東方月陽向:新規改訂   作:長之助

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負の連鎖

月風陽は疲弊していた。困惑と共にその体力は徐々に削られていっていた。

その理由は、ここ数日の内で彼が何度も何度も襲撃を受けているからだ。だが、それだけならまだ問題なかった。問題といえば、襲いかかってきているのが全て同一人物であること、その同一人物というのが八雲邸に襲ってきた男のことであった。

その男は自分のことをツキカゼと名乗った。その事により陽は人里であらぬ噂を広められていたのだ。

月風陽を襲っているのがツキカゼという男、というこの図式。陽と親しい人間ならば嫌がらせのためにそう名乗っていると思うかもしれないが、特に親しくもない人間や、逆に嫌われてる人間からすれば良くて身内争い、悪くて陽が被害者のフリをした加害者という可能性も生まれてきてしまうからだ。

そして、見かねた八雲紫が陽にしばらく八雲邸に籠ることを提案。その提案を受け入れた陽は本当にしばらくの間外に出ることは無かったのだが、何故か人里で陽が襲われているという噂が出ていた。

当然、八雲邸にいた陽は驚いていた。自分は家にいるのに何故自分が襲われているという噂が立ったのかを。

そして、その真相を確かめようと陽は陽鬼達を連れて外に行くことにしたのだった。

 

「……でも、なんで陽が襲われているって噂が立つんだろうね?私達だけで出かけている時は絶対に襲われることもないのに……」

 

「あのツキカゼという男は自分の姿を真似することができます。ならばマスターの姿を真似することでわざとそういう風に仕立てあげているというのが考えられるでしょう。」

 

「うーむ……しかしそこまで分かりづらいことをするのが分からんぞ?何を狙っているのかも予想がつかないのじゃ。あの男の目的は主様を殺す事というのに……やっておることはせいぜい主様のことをよく知らない人間達からの主様に対する視線を冷たいものにするくらいじゃ。」

 

「……という事は、あの男がやっている事はタダの評判下げ……?随分と地味な戦法というかなんというか……」

 

陽鬼達は、男の目的が何なのかを話し合っているが、いくら話し合ってもわからなかった。

そして、陽も陽で陽鬼達の話を聞きながら何故こんな回りくどいことをするのかと考えていた。

陽が外に出なくても陽が襲われているという事実を流す。そのこと自体は確かに陽に良くない噂を立てることには充分である。しかし、それだけでは上白沢慧音は自分を人里の敵とは見なさないし、豪族達や命蓮寺も以下同文である。

ならば異変として扱われるのはどうか?しかしそれでも陽が被害者という立場は変わらないためにどちらかと言えば異変被害者として扱われることになる。

本当に、ただ単純に陽の評判だけを落とす事しか出来ないのだ。それしか出来ていないはずなのに何故こうも行うのか?陽はどれだけ考えても全く理解はできなかった。

 

「……いや、考えてても仕方ないよな。とりあえず、あいつ……ツキカゼが現れた時にあいつを殴り飛ばせばいい。

襲われてる時はヒットアンドアウェイを繰り返されて逃げられ続けていたけど……今度こそ捕らえる。皆、頼むぞ。」

 

「「「「おー!」」」」

 

陽鬼達は言葉を合わせて息も合わせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「見て、あの子よ……」

 

「おいおいまた来たのかよ……いい加減巻き込まれるのは勘弁してほいんだがなぁ……」

 

人里についた5人。しかし、歩く度に周りの人間たちにひそひそと囁かれてしまい、まるで針のむしろのようであった。

陽鬼以外は全ての声を聞かないことで平成を保っているが、その当の陽鬼はその嫌味をだいたい聞いてしまっているせいでフツフツとフラストレーションを溜め込んでいた。

 

「陽鬼、貴方は少し人の話を聞かないようにすることを覚えた方が良いですよ。」

 

「……何さ、陽が悪口言われてるのそんなに気にならないってわけ?」

 

「そんなことはありません。もし私が今の陽鬼の様に全部を聞いてしまっていたら先ず間違いなくこの辺り一帯の人間の首をはねています。」

 

そう言いながら月魅は周りの人間を睨む。それに怖気付いた人間達はそのままその場から散り散りになって去っていた。

それを見たあとで月魅はため息をついて話を続ける。

 

「……結局、一緒なんですよ。私達はみんな考えていることが。けれど、考えない方がいいこともあるというのが私達の結論です。

マスターが気にしていないことをあなたはわざわざ掘り返すのですか?」

 

「うっ……」

 

月魅の言葉に陽鬼は反論できなかった。短絡的に一々全部に反応してしまっていたら、確かに陽の迷惑になるのだと。陽鬼はそれを理解していた。

 

「……わかった、でも私は多分必要なことだけを聞き取れなんて器用なこと出来ないと思うから━━━」

 

「えぇ、分かっています。あなたが止まらなくなってしまった時は私達が無理矢理止めてあげますよ。

もしくは耳を塞いであげます。」

 

「……ありがとう、月魅。」

 

「いいんですよ、この程度。ほら、早く行きましょう。マスター達はもう先に進んでいますから。」

 

そう言って2人は先に進んでいる陽達のところへと向かっていく。そして、それを見張る影が一つ。

その影はすぐさま姿を消していた。故に、そこに居たことはその影以外知ることは無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見当たらねぇな。それなりにめぼしいことも起きていない。」

 

「5人に別れてぐるっと見渡したつもりなんですけどね……ここまで見つからないとなると……」

 

「……今日は本当に何もしないつもりなのかな?けど、そうなったら何でって疑問が出てくるんだけど……」

 

「元々奴が何をしておるかも分からんのじゃ、考えても仕方あるまい……じゃが、妙だと感じているのは妾もじゃ……」

 

「……今日、いつもと違うようなことって何かあったのです?もししないのならそういうことになると思うのです……」

 

五人で座れるところを探して座り、話し合いを続ける陽達。何も見つからないということが物凄く不自然なのだ。

いつの間にか自分たちに気づいて暴れなくなった……という事は、そもそも人里に来ている時に襲われて起こった話なので襲わない訳が無いのだ。自分に対する周りの不信感を煽るのが目的なら尚更、である。

 

「……もう少し探してみるか。もしかしたらなにか手がかりが見つかるかもしれないしな。

見つからなかったらその時はその時だしな。」

 

「……その通りじゃな。じゃが、これ以上探すとなると少し離れた位置になるし少し移動を━━━」

 

言い終える前に黒音は銃を取り出して陽……の後ろに向けて放つ。陽は黒音が咄嗟に魔力弾を放った事に驚いたが、黒音が撃った方向に目を向けると更に驚いた。

 

「はぁはぁ……くそが!人間の癖に妖怪に力を貸してもらいやがって!この化物が!!」

 

「……主様、今主様はあの男に石を投げられたのじゃ。」

 

そこに居たのは一人の人間の男だった。当然面識など無いのだが、黒音が言っていることが本当ならば、自分は見知らぬ人間に石を投げられたことになると、陽は困惑の中、心のどこかで納得していた。

 

「……お前が、お前がいるせいで人里が襲われてんだろうが!!だったらここに来るなよ!なんだ、みんなの住んでいるところを壊して楽しいのか!?

わざわざ人里に来る理由はなんだ!?お前が来ることで人里は壊れ続けているのに!もう来るなよ!妖怪に囲まれて暮らしてろよこのバケモノ!!

人間のクズ、恥知らずめ!!」

 

「……言っていいことと悪いことが━━━」

 

「月魅、何も言うな……皆もだ。」

 

そう言って陽は手を出しかけていた月魅達を静止する。月魅達には何も手出し出来ないように一歩、また一歩と踏みしめて陽は男の前に出る。

 

「……謝ったところで、何が出来るわけでもないけど……俺のせいで、大切なものを失ってしまっているのなら……俺は、それを謝る……すまなかった……!」

 

そう言いながら陽は頭を下げた。深く深く、頭を下げた。近づいたのを警戒していた男だったが、陽のこの行動で困惑した表情を浮かべていた。

そして、フツフツと怒りも出てきていた。

 

「……謝っても、謝っても戻ってこねぇんだよ!!謝るくらいなら最初からここにこなけりゃあ良かったんだ!お前が妖怪につかなけりゃあ良かったんだ!さっさと死ねばよかったんだ!

お前がっ!お前が全ての元凶じゃないか!!お前がいなけりゃ良かったんじゃないか!!」

 

男は無我夢中で陽を殴った、蹴った。だが、陽はそれだけされても決して頭をあげることは無かった。

そして、陽鬼達も手を上げることはしなかった。陽が出すなと言っていたから出すのは止めていた。もっとも、男の暴力により陽が負う傷はほとんど陽の凄まじい回復力により消えてはいるが。

 

「はぁはぁ……くそ、くそっ……!何でだ、何でなんだよ……!……萎えたから今日のところはこれくらいにして帰ってやる……」

 

そう言って男は踵を返して逃げるように走ってその場を去っていった。陽は男が去った後もしばらくは頭を上げずにじっとしていた。自分は何を守りたくて、何を守ればよかったのか……その事をじっと動かずに考えていた。

 

「……マスター、体の方は……」

 

「傷は完全に治っている……体の方は完全に回復したよ……俺は、ああ言う人間の文句も全部受け止めきれるつもりでいた、本当にそのつもりで終わってしまうなんて思わなかったけどな。

けど、いざあぁやって文句を言われてしまうと、自分はそういえばなんのために戦っていたのかが分からなくなってしまったよ。」

 

「……帰りましょう、今の貴方に必要なのは……休む事です。今日はもう戻って身体も、心も休めましょう……」

 

そう言って月魅は大人化の魔法によりでかくなり、陽に肩を貸した。そしてゆっくりと歩いていってそのままその場から離れようとしたその瞬間、()()()()()

 

「おいおい逃げるなんて無粋な真似はよせよ……っと!!」

 

目の前に刺さる大きな剣。この場にいる全員がその剣に見覚えがあった。そして、この剣の持ち主こそが……今回の探していた相手であった。

 

「ツキカゼ……このタイミング……どっかで隠れてみていやがったな?じゃなけりゃこんな器用にはうまくいかない。

下手をすればさっきの男もツキカゼに協力させられた………って線もあるが。」

 

「それはご想像にお任せしよう……だが、今言えるのはただ一つ……お前が今俺に勝てる要素である精神面での強さが、無くなっているということだ。

こんないい機会を逃すなんてことを俺がするはずもないしな。」

 

月魅は陽に肩を貸しながらゆっくりと剣から離れていった。今ツキカゼの剣をとって反撃しても、本来の力を発揮できないまま殺されるのが目に見えていると分かっているからだ。

 

「なんの力もない人間にボコボコにされた気分はどうだ?お前のせいで人間達は被害を受けている訳だが……その辺は、どういう思いなんだ?」

 

にやけながらツキカゼは刺さっている大剣を抜いてから背負い、陽達に近づいていく。

そして剣の間合いに入るための1歩踏み出した瞬間に━━━

 

「なっ!?」

 

━━━爆発が起きた。と言っても、火薬ありきの爆発ではなくただの煙がその場で一気に広がっただけなのだが。

しかし、不意打ちも同然だったのでツキカゼはまんまと罠にハマっていた。

 

「引っかかった……なっ!!」

 

刀を振りかぶり、中からは月化のスペルを使って月魅を憑依させた陽が現れた。とっさに反応できたツキカゼは、ギリギリでその刀の一撃を防ぐことには成功していた……が、陽の攻撃はこれでは終わらなかった。

 

「貴様を倒すのに一撃だけだと思うな!!」

 

そう言いながら陽は刀を振り抜く速度を維持したまま一回転してさらにもう一撃、さらに一回転して一撃……というふうに回転しながらツキカゼを攻撃していった。

 

「一々……調子に乗るなっ!!」

 

「ぐっ!!」

 

ある程度ツキカゼを押し出したところで陽はツキカゼの反撃で吹き飛ばされる。

そして、二人は睨み合う形となっている。

 

「……ここで戦う気か?さっきお前はここで戦って被害を出していたじゃないか。」

 

「……だから、出さないようにすればいい……!」

 

こうして、人間であるツキカゼと妖怪となった月風の戦いが今、火蓋を切ろうとしていたのであった。


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