「……ほう、あなたがここに来るとは思ってませんでしたよ、白土。」
「うるせぇ……既に杏奈は見つけた……が、俺には……てめぇを殺すって願いがある。そうしねぇと腹の虫が収まんねぇんだよ。」
どこともしれない空間、白土とその向かいに立つ人物……マター・オブ・ホライズンがそこに居た。
白土はとても冷静な顔で、全てを殺意に変えてホライズンにぶつけていた。
「ふふふ……私を殺す……ですか。無駄な事ですよ、私に貴方は殺せない……それだけで私は貴方に負けることがないのです。」
「うるせぇ……フェンリルの力で喰らったライガの力……テメェで試してやらぁ!!」
そう叫びながら複数枚の紙を取り出して白土はその全てを短剣に変える。そしてそれを投げる。
その短剣は、ライガが行ったのと同じようにライガの能力を込めた掠るだけでも相手を殺す確殺剣。それはホライズンも分かっているはずだと白土は思っていた。だから避けた瞬間にケルベロスの増える程度の能力を使い更に波状攻撃を仕掛けるつもりだったのだ。
だがしかし。
「……うっ……」
「なっ!?」
ホライズンは避けなかった。避けようともしなかった。まるで初めから避けるなどという選択肢が頭になかったのか、という位には避けることは無かった。
「……まったく、短気なのも考えものですね。」
「っ!?」
だが、ホライズンに短剣は刺さっていなかった。白土は確かにホライズンに短剣が何本も突き刺さるのを見たのだ。
だか、投げた短剣は全て地面に落ちていて、初めから刺さっていなかったとしか言いようのない事態に陥っていた。
「何だ……今、何が起こりやがった……!?」
「ふふ……貴方の投げた短剣が当たった、という世界が単純に否定された……それだけですよ。」
「世界、だと……!?お前は何を言って……クソがっ!!」
ケルベロスの能力の増える程度の能力、フェンリルの能力の喰らう程度の能力の掛け合わせ。
ケルベロスは三人までしか増えない代わりにその間感の意思疎通や感覚の共有を可能とする能力になる。白土の場合は分身は白土の言いたいことや思ったことなどを代弁する程度の役割しかないかも、無尽蔵に増やせる能力。
それら二つの掛け合わせは相手を確実に食らう布陣。
「がっ……」
そして、白土の攻撃はすべて当たる。触れられて抉られたせいで身体中穴だらけになったホライズンは断末魔を上げることなくそのまま倒れる。
『確実に決まった』と思っていたその瞬間に、既に白土の肩にはホライズンの手が乗っていた。
「だから……言っているでしょう……『貴方に負けることがない』と。」
「っ!チィっ!!」
何故攻撃してこないのか、それだけが気になる白土。しかし、それを気にしていても自分がホライズンを殺せないという時点である意味勝敗は決まってるも同然だった。
「潰せないのなら……このまま消してやる!!」
紙を取り出し、白土はホライズンに触れて一緒に紙の中へと入る。ティンダロスの能力によって直角の中に閉じ込めたのだ。
そして、そのまま白土だけが脱出する。その間に全く抵抗のなかったホライズンを見て、白土は更に苛立ってしまっていた。
「これなら……どうだ……!」
脱出した瞬間にホライズンを閉じ込めた直角を紙ごと消し去る白土。直角間の移動は白土、またはティンダロスだけが行える能力であり、閉じ込められたものは絶対に移動はできない。
入口を開いている時に限っては誰もが移動出来る能力であるものの、基本的に対処の出来ない能力である。
「……何度やっても無駄です━━」
三度現れるホライズン。声がした瞬間に紙を能力を使い改造して槍にして投げる。
勢いよくホライズンの胸部を貫いた槍は、ホライズンをその間貫通してどこかへと飛んでいく。
「だから━━━」
貫かれた事実自体がなかったかのように、いつの間にか貫かれたホライズンは消えていて、白土の後ろにホライズンはいた。
間髪入れずに改造で生み出した剣を白土は縦真っ二つで切り裂いた。切り裂いたと思ったら剣を振り下ろした先の丁度一歩前にホライズンが立っていた。踏み込んで横一閃、また無傷のホライズン。再び手で抉った。また無傷のホライズン。
何度も、何度も、何度も切って、抉って、決して、貫いて、焼いて……その度に復活した。
「はぁ、はぁ……」
「……ふふ、鬱憤は晴れましたか?」
そういう事を続けていれば、スタミナは減って疲れも出てくる。何故か殺すことができないと、ここまでして漸く白土はその事実を信じざるを得なくなってしまった。
「……何故、だ。」
「はい?」
「ライガ、の………『殺す程度の能力』は……不死人すらも、殺せる代物……なのに、なのにどうしてお前は死なねぇ……復活した瞬間がわからねぇ……!」
白土が睨みながら言い放ったその言葉にホライズンは頬を掻いていた。まるでどう答えたものかと悩むように。
「うーん……まず一つ一つ情報を整理しましょうか。
まず私は不死人ではありません、あなたの攻撃一撃一撃で確かに『私』は殺されています。」
「……なん…だと…?」
「そして、私の能力は……事象を操る程度の能力……操るというのはあくまでも事象で、それがどういう結末になるか、とかそういうのは私の意思では行えないんですけどね。
ただ、その能力は死んでも発動するんですよ。」
白土は絶句した。そして同時にただひたすら後悔していた。殺せない、倒せない。そんな相手と戦ってしまったことにではなく、自分ではこいつから杏奈を守りきれないんだと。その事に悔しがっていた。
「私は不死人ではい……けれど、死ぬ度に『私が死んだ』という事象は私の能力によって否定されて私が生きているという事象を作り出す。
平行世界の私の命を使っているとか、限りある命を使って復活し続けているとか……そういうのではないんです。
私が死んでいない世界を、事象をひたすらに作り出していく……それが、私が死なないことの種です。」
「……だが、ならば何故攻撃しない。お前自身の攻撃力が皆無でも……お前の能力なら俺を殺すことも可能だろう……」
「先程も言いましたが……私の能力ではどんな事象になるか分からないんですよ。ただ……この能力発動した以前の事象と全く同じことが全く同じ時間帯で確実に起こらない、それだけの話です。
それに、私の能力は一度使うと戻した時間の分は能力を使えなくなります。対象が何かを選択しなければならない時……そういう時に私の能力を使って、その選択をした場合どういう結末になるのかを見る……せいぜいこの能力の使い方はその程度です。」
白土はキレていた。目の前にいるホライズンが悪意も何もなく、ただ本当に子供に優しく教える教師のような説明をしていることに。それが彼の神経を逆なでしていた。ましてや、白土には勝てない相手だということが彼の苛立ちを更に加速させていた。
「……なぜそこまで怒っているんですか?私は言われた通りに説明しただけなんですけどね……」
「……何故、あいつや俺に固執した?お前の能力ならどんな相手でも勝つことが出来るだろう?
わざわざ何も知らないあいつや俺を……杏奈を攫ってまでして、お前は何がしたいんだ?」
「あれ?そこ聞いちゃいますか。まぁいいでしょう……とりあえず何から話したものか……」
うんうん唸りながら考えるホライズン。敵意も悪意も殺意も、ホライズンには本当に存在しないと、白土はこの時ふと思っていた。
だからこそ無邪気に、簡単に人を殺してなぜ殺してはいけないのかがわからない人物なのだろうという予測もついた。
「そうですね……とりあえず説明をしましょうか━━━」
「……そんな、そんな事のために…?」
「そうですけど……気になったから調べたいだけですしね。恐らくこれが終わってしばらく時間が経てば私も『そんなもの』『そんな事』『この程度』みたいな言葉で終わらせてしまうんでしょうね。」
すっぱりと言い放ってしまうホライズン。それに対して白土は頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
ホライズンが自分たちを狙う理由があまりにも酷く簡単で、それでいてその程度、で終わらせられることをさせられていたのだから。
「まぁ、真実を話したのはあなた1人だけですから……別に、このまま妹さんと外の世界で一緒に暮らしてもらっても構いませんよ?私は本当に止めませんしこれから誘うこともありません。
私はここから動けないのでやるべき事はライガと八蛇にしか任せられませんでしたから。見た通り戦闘能力も皆無なので戦闘ではあなたに勝つことはありません。
あくまで殺し合いで私は負けがない、と言うだけなので━━━」
言い切る前に白土はホライズンを吹き飛ばしていた。しかし、そんなことは無駄だと白土は分かりきっていた。
けれど、だけれども、自分が掌で動かされている以上に、彼にとってはその程度のことで動かされていた自分にムカついてしまっていたし、それ以上に何も関係がない妹に手をかけた事が何よりもムカついていた。
「……無駄だと分かっていて━━━」
声が聞こえた瞬間、爆弾を投げて爆殺。
「━━━何故殺そうとするのか━━━」
巨大な岩を出して圧殺。
「━━━私には━━━」
ロープで絞殺。
「━━━理解━━━」
焼殺。
「━━━不能━━━」
殺。
「まったく……まさかこんなに何度も何度も殺されるハメになるとは思いませんでしたよ。
一応、死なないだけで直前の痛みなどは存在しているんですけどね……自信が気絶するほどまでに私を殺そうとしたことだけは褒められるものなのでしょう。」
ホライズンは、体力の消耗によって気絶した白土を元の空間へと戻してから、そう呟く。
ホライズンにとっては、今のことも些事に過ぎないのだ。自分が何度も何度も殺された程度、その程度ではホライズンは揺るぎもしないのだ。
「うーん……けれど、動く者がいなくなってしまったのは困りますね……そう言えば、変な男が一人いましたね……彼を使ってみましょうか……ま、彼が従わなかったら完全に私は手足を失ってしまうのですけどね。」
軽く溜息をつきながらホライズンはそう呟く。計画が進行しない可能性があることに対する溜息ではなく、自分て動くことだけが面倒なだけなのだ。
だが、動かなければ思いついたことも試せないので仕方なくホライズンは目当ての人物を探し始める。
見つからなければ、どうしたものかと思えてきてしまうが、まぁいいやと今は考えないようにするのであった。
「……くそ、が……!」
「そこまで悔しがっても何も無いだろう……私達ではあの男に勝てない。勿論、勝つ方法がない訳では無いだろうが……」
「そうだのう……死なない訳では無いが、殺せない相手となると正攻法では勝つことは確定でできなくなる、引き分けにも持ち込めぬ……となれば正攻法じゃない戦い方でないと無理だということじゃ。
儂の能力で別空間に閉じ込めたのに復活する……となると、まともな封印術もあやつには効かんじゃろうなぁ……」
「殺せなくて?封印もダメ?しかも一応死んでいるから吸収したライガとかいう男の能力もほとんど意味をなさない……もう、存在自体を消し去るしかないんじゃないの?
って言ってもそんな能力を使える人物がいない気がするけどねー……
そ、それじゃあ絶対に勝てないんですかぁ!?」
「黙ってろケルベロス!!くそ、が……!」
疲弊した体を休めていく白土。上り詰めるところまで上り詰めた自身の怒りの沸点は、今では段々と下がってきていた。
だからこそ冷静な思考で考えねばならない。どうすればホライズンを倒すことができるのか、封印でも殺すでもない倒し方なんて存在するのかどうか。
「……いや、今は休む……今考えたところでまともな思考はできない……とりあえず……寝かせて、くれ………」
そう言いながら白土は眠りにつく。フェンリル達も、いざという時のために体を休めようと警戒しながらも休み始める。
いずれ勝つために……倒せない存在を倒すために、休み始めるのだった。