東方月陽向:新規改訂   作:長之助

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男の正体

「……それじゃあ、あの男から陽の匂いが染み付いていたというの?」

 

「最初こそあの変身能力を使っていた以上、彼にも変身可能だと思ってそれの匂いが染み付いているものだと思っていました。

しかし、そうなるとほかの者の匂いも出ていなければおかしいんです。」

 

皆が寝静まった夜。藍と紫は部屋で話し合っていた。昼間の男、陽を殺そうとするあの男の正体は何なのかと。

 

「……貴方が言うのだから、匂いに関しては信じるしかないようね……けれど、そうなると……あの男は陽本人ということになるわよ?見た目も、その戦い方も……まるっきり違うのよ?あれだけの人数がいて、その事に誰も気づかないなんて……」

 

「ですが……この家に向かうまでの道のりの事、臭いの事、陽鬼達の戦い方を完全に把握していたこと……全部合わせてしまえば……全て、彼が『月風陽だから』ということになるんですよ?

私にはこれ以外の正解が思い当たりません……」

 

「……仮に、仮によ?あの男が陽本人だとして……一体何の目的で自分を殺そうとするの?それに、何故陽が二人もいるの……?」

 

紫のその言葉に藍は返答することが出来なかった。

状況証拠だけで物的証拠が何も無く、男が陽本人だとしても……それはあくまで仮定の話であり、それ以上は追求も何もすることが出来ない。仮定の正解すらも導き出せない今では、二人にはどうすることも出来なかった。

 

「……何故、二人いるのか……恐らく理由はあの剣にあるんでしょうが……今考えていても、アレの謎は解けることはないと思います。

だから……このことは私達だけの内密にしておいた方が……」

 

「……その方が、いいのかもしれないわね。いきなりあの男が自分自身だなんて言われてしまったら誰でも驚いてしまうでしょうし。」

 

「はい……」

 

「……今日はもう寝ましょう。色々、気を張ってしまって疲れちゃったわ。」

 

紫はその部屋から出て私室へと向かう。先程まで話していたこと、考えていた事を全て頭の奥隅に追いやってゆっくりと休む為に。

紫が部屋を出てから藍も部屋を出て私室へと向かう。モヤモヤとしたこの思いを忘れるかのように早足で、早く寝て明日冷静に考えよう……そう思いながら眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、太陽が上り始めた時間帯。光は登る太陽をじっと見上げていた。

自分の本来やるべき事は前の主に言われたこと『そのまま滅びろ』というものである。しかし、今の彼女の心の中にはこの生活を楽しんでいる、という確かな感情があった。

感情を感じている自分と、命令を全うする自分。どちらが本当の自分なのかを考えれば考えるほど光は答えを見いだせないでいた。

そして、楽しんでいる、という確かな感情の他にもう一つ。言い知れない不安があった。

男が陽を殺そうとした時、光は言い知れない不安に襲われていた。その不安が今の生活を奪われたくないという不安なのか、自分の存在価値が無くなってしまうからなのか、彼女には分からなかった。

 

「……私は、何なんでしょう。」

 

ポツリと呟いた一言に反応するものは誰もいない。当然だ、普通ならば太陽が上がり始めた時間帯に起きているものというのはなかなかに限られているからだ。

しかし、光は実は今までの生活は夢幻であり、この屋敷は自分がいつの間にか見つけて住んでいるだけで他には誰もいないのではないか?という不安があった。

だからこそ━━━

 

「あれ?光どうしたんだよ……こんな朝早くに……っとと?」

 

「……」

 

陽が声をかけた瞬間、反射的に抱きついていた。光にも、何故抱きついたのかはハッキリしていないが、陽がいたという事実だけは光にとって安心感を与えるものだった。

 

「……何かよく分かんないけど、寂しい思いしたんだな。大丈夫大丈夫、俺がそばに居るからな……」

 

子供をあやす様に頭を撫でていく陽。それに安心したのか、光は陽に抱きついたまますぅすぅと寝息を立て始めてしまう。

この体勢だと動けないと思った陽は、光を起こさないように抱き上げてゆっくりと部屋へと連れていく。

光にもこういう時があるんだな、と感じた陽はこれ以上誰かを不安にさせない為にも、もっと強くならないといけない……そう考えるのであった。

 

「光……お前を安心させるくらい強くなってやるからな。」

 

軽く頭を撫でると、光は小さく微笑む。それを見て少しホッとした陽はそのまま静かに部屋を出て、朝食を作る為に台所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして朝。全員が一つのテーブルを囲んでいる状態の中、光1人だけが顔を俯かせていた。

陽達は心配していたが、陽が近づく度に顔を赤くして離れて、声をかければ顔を赤くして顔を背け、触れようとすればまた顔を赤くして離れて……をしている内に陽以外は明らかに光が『恥ずかしがっている』ということだけは理解していた。陽本人は、朝の出来事のせいで嫌われたものだと思っているが。

 

「……ねぇ、陽……光と何かあったの?」

 

耐えきれなくなった陽鬼が陽にヒソヒソと話しかける。陽は眉間に皺を寄せて考えるが、陽には一切思いつくことがなかった。せいぜい、朝の出来事だろうか?というくらいまでしか思いついていなかった。

 

「……朝ご飯作る時に、その前に確か光に抱きつかれた……くらいしか思いつかない……風呂入ったつもりだったけどもしかしてまだ汚れてたのか……?もしかしてそれの匂いが……」

 

「いやぁ……理由は完全にそれじゃない、ってことだけは私にも理解できるよ……」

 

「え?」

 

「流石にそれは自分で気づけた方がいいと思うから……私は何も言わないでおくけどさ………」

 

そして朝ごはんを食べた後、陽鬼は陽にそう忠告したあとに部屋から出ていく。

既に全員各々の時間を過ごし始めており、当の光本人は月魅と一緒に森の中を散歩していた。

 

「………」

 

「……」

 

光が、月魅を散歩に誘って一緒に歩き始めてから二人はお互いに一言も発せていなかった。月魅は朝のことが気になってしまっているが、話すべきではないという感情もあってそれが頭の中でぐるぐるしているため。光は月魅に朝のことを話して相談に乗ってもらいたかったが、自身でも何故かは理解していないが、朝の事を話すのを恥ずかしがって話せないでいること。

二人のこの要因が合わさって黙りながら二人は散歩を続けていた。

 

「………」

 

月魅はなんとか話を出してやりたいところだが、無難な話の種すら思いついていなかった。

そのことを考えている内にふと思いついた事が月魅に出来た。

 

「……光、随分柔らかくなりましたよね……その、表情が。」

 

「……そう、なのです?自分ではよくわからないのです……私はただいつも通りにしているつもりなのですが……けど、そういうことなら……そういう事なのですよね……」

 

「嬉しくないんですか?」

 

「なんというか……他人から褒められたことは殆ど無かったもので……こういう時、どういう返しをしたらいいのか、褒められた時に得る感情がどんなものなのか……そういうのが一切分からないのです。」

 

「……素直に、受け止めればいいんですよ。

褒められたなら……ありがとう、と言えば……自分も相手も幸せな気持ちになれるんですから。」

 

「なるほど……勉強になったのです……そう言えば、家に珍しく紫や藍がいたようですが……今日はやることが無かったのですか?」

 

光からの急な質問、月魅もよく聞いてないのでどう答えたものか少し悩んだが、ここで憶測でモノを言ってもしょうがない、と考えてとりあえず正直に答えることにした。

 

「私も詳しく聞いていませんが……それらしいことは言っていました。『今日は久しぶりにゆっくり出来る』ということだけは聞いていたので。」

 

「本当に無いのですね……いつも忙しそうにしているので、今日くらいはゆっくりしていてほしいものなのです。」

 

「紫はともかく藍は難しいでしょうね。彼女は家事をすることが趣味というくらい家事をすることが好きみたいですし。

多分いざ家事をやらせなかったらやることが思いつかなくて家事を無意識にしているくらいには……家事好きかと思われます。」

 

月魅がそう言うと、光にも思うところがあるのか頭を俯かせて腕を組んで納得していた。

 

「……ゆっくり休んでほしい、というのも難しいものなのですね。休んでいてほしいのに当の本人は働きたがっている……やはり、感情というのは考えれば考えるほど……」

 

「しかし、軽い手伝いくらいまでなら彼女の負担も減るでしょうしそれにしてみればどうですか?」

 

「……じゃあ、そうしてみるのです。今は、難しい事を考えるより目先の事を考えておきたいのです。」

 

「意外とそういう所もあるんですね……」

 

他愛もない会話をしながら二人は散歩を続けていく。そしてその最中に月魅は、光が変わってきていることを確信して少し喜んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ……どうしたものかのう……」

 

八雲邸にて、黒音は部屋で紙を広げて色々書き込んでは消して、書き込んでは消しての繰り返しをしていた。そして、陽鬼が偶然その場を通りがかって、気になったのか黒音に近づいていく。

 

「何々?黒音何考えてるの?」

 

「陽鬼か……いやの、五人もおってあそこまでやられるとなると新しい戦術でも考えないといけないと思ったのじゃ……何せ、ほとんどの攻撃はあの男には通じておらんかったしのう……」

 

「あぁ、なるほど……でもさ、思いつく限りのことはもう使ってるよね?これ以上覚えること多いと私の頭爆発しちゃうよ?」

 

「お主はもう少し頭を使った方が良さそうじゃな……とは言っても妾達は遠近に偏った戦法を取るからのう……一応は逆の戦闘が出来るが……雀の涙じゃしなぁ…」

 

二人は唸りながら考える。しばらく考えてから、陽鬼は何かを思いついたのか黒音からペンを奪って、紙に書き込み始める。

そして、書き込めた後にそれを見せつけるように黒音に向ける、が━━━

 

「……字が汚いのじゃ、もうちょい丁寧に書けんのか……」

 

「うっ……そ、それより!!これ読んでみてよ!!」

 

「本来なら読めんのじゃ……まぁ、魔法でお主の考えてる事をこの文から読み取れればいいだけじゃが……」

 

そう言って黒音は魔法を使って読み始める。そして、すべて読み終わった後に椅子に深く腰掛けて、唸り始める。

 

「うーむ……悪くは、悪くは無いのじゃが……」

 

「あ、あれ?駄目だった?」

 

「……『各々が今の武器に囚われずに、新しい武器やその戦い方を身につける

そして、本来の自分の戦い方とは真逆の戦法をとる』というのは悪くない、悪くないのじゃが……妾はともかくとして、お主にそれができるとは思えないんじゃが……」

 

「えっ?何で?」

 

陽鬼の言葉に大きくため息をついて椅子から立ち上がる黒音。そして、大きな紙を一枚用意してそのままその紙を壁に貼り付けて何かを書き込んでいく。

 

「……まず、言葉で説明してたら妾もごっちゃになってくると思うからこうやって紙に書くが……妾の出来ることは、基本的に銃を媒介にした魔法戦じゃ。銃弾を撃つように魔法も連射していく、そういう戦い方をするのじゃ。

そして、月魅の出来ることは刀を使った接近戦……結界を飛ばしたりする事による応用技もあるが、基本的に結界に干渉して結界の影響を受けない、または一撃で壊せる結界壊しの技がある意味売りとも言えるのじゃ。

そして光、矢を光の力で生み出して補給なしで撃ち続けられる弓矢を使う。まぁ一気に飛ばすということが出来ないから本当に相手に一撃必殺を与えられる時だけの方がいいんじゃがな。

そして陽鬼、お主には何が出来るのじゃ?」

 

「えっと……相手を殴ったり、炎で弾幕作ったりして相手に飛ばすくらいかな……弾幕にしてもそもそもの数を作れないからあんまり役に立たないけど……あ、そうか。」

 

「はぁー……気づいたようじゃな。

妾は銃でも近接戦闘できるから問題ないのじゃ、そもそも狙い打つものではなく乱れ打つ物じゃからな。

月魅も結界を使えばそれなりに遠近両用で戦えるタイプじゃし、光だってあの光の矢は折られたり壊れたりするほど柔らかいものでもない……というかそもそもエネルギーの塊じゃから応用すれば問題なく戦えるじゃろう……

しかし陽鬼、お主は殴ったりするせいで武器という武器の幅がないんじゃ。拳圧で戦うのも時間がかかるしのう。」

 

「難しいなぁ……」

 

「ま、今からゆっくりと考えていけばいいじゃろう……」

 

そう言って、二人は部屋の中でこれからの戦い方について何時間も話し合うのであった。


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