東方月陽向:新規改訂   作:長之助

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光の天使

白い翼を持った少女は蔑まれていた。人間と違うことに、その翼がまるで天使の様な翼であることから『近づかれれば天国へ連れていかれる』などという噂が立ってしまったが故に。

美しい羽を持った少女は持て囃されていた。人間のような姿をしていることに、その羽がまるで白鳥の様に白く美しい羽であることから『羽を売れば金になる』という確信を得られたがために。

彼女の周りには誰もいなかった。人間と違うその見た目が、その事実が周りの人間達との心の距離を開けてしまっていたから。羽を金儲けのためにしか考えていない者達に連れ去られてしまうと噂がたったから。

彼女の周りには全てがあった。人間と同じその見た目が、その姿が周りの人間達に恐怖を与えてしまって逆らえないようにしていたから。彼女の機嫌を損ねればあの世へ連れていかれるという噂も経ったから。

 

「……ここ、は……?」

 

全てが虚構だったという真実だけがそこにあった。全てが真実だと思っていた虚構だけしかそこには無かった。

彼女は常に泣いていた。心で泣いていた。彼女は常に笑っていた。表情で笑っていた。

そんな光景を見てその少女……光は困惑していた。

 

「こんな、記憶……知らない……」

 

彼女は裕福だった。望んだものは手に入り、やりたいことはすぐに出来た。地位も、名声も、知識も、表情も……彼女はその全部が豊かだった。

彼女は貧相だった。真に望むものは手に入らず、やりたい事を行えても達成感も何も無かった。辿り着く努力も、励まし励まされる関係の友人も、学べた時の達成感も、感情も……彼女にはその全てが存在していなかった。

 

「私は……主に使えていて……」

 

彼女はその全てに満足していた。彼女はその全てに満足していたが故に全てに飽きていた。

その生活も続き始めていた頃の映像、その映像は突然にプツリと途切れる。

景色の暗転。そしてまた景色が明るくなってきた頃には彼女も見覚えのある景色、風景だった。

 

「あ……」

 

そこには一つの全てがあった。一人の主に使え、主に使えることだけを目的とし、主が望むことをする……その唯一の事だけがある世界。

天使としての自分の記憶が始まった、その屋敷の姿そのものだった。

 

「……」

 

しかし、彼女はその光景を懐かしめなくなっていた。先程までのあの光景。あれがただの幻だと思えたら彼女にとってどれだけの救いとなっていたか。

しかし、彼女は先程までの光景を幻ではなく現実だと理解していた。記憶はなかった。だが、彼女の中の何かがあの光景を本物だと感じ取っていた。

ならばあの記憶はなんなのか?自分がここに連れてこられるその前は一体何があったのか。それに対する疑問だらけで頭の中がいっぱいいっぱいになっていた。

 

「調べる……べきなのですね……私自身の過去と……向き合う為に……」

 

知的好奇心よりも勝る知ることへの恐怖。しかしその恐怖を乗り越えてこそ、自身の過去に向き合えると彼女は確信した。

そして、その確信した辺りから彼女の意識は朦朧と歪み始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夢、でしたか。」

 

鳥の声が響き渡る朝。隣を見れば陽鬼達が並んで寝ているのを確認してから光は外に出る。

雲一つない青空、眩しい太陽の光で一瞬目が眩んでしまう光。しかし、青い空を確認してようやく夢から引き戻されたような感覚になる。

 

「あら……随分と早いじゃない。もう少し寝ていてもよかったのよ?」

 

「紫……私は急速に必要な睡眠時間は全て取れています。それに伴った睡眠もバッチリ取っているのです。

つまりはもう寝ていなくても問題は無い、ということなのです。」

 

「ふふ、そうなの……貴方は随分と健康的な生活を送れる子なのね……こうも仕事ばかりの毎日だとそういう生活ができるのが素直を羨ましく思えてくるわ。」

 

紫は微笑みながら光の頭を撫でる。少し気持ちよさそうに目を細めた後に紫はふと光の背中に担いでいるものを確認する。

 

「光……それって、弓かしら?貴方って弓を使うの?」

 

「……そう言えば紫には言っても見せてもいませんでしたね。はい、私は弓を使い、天使の光の力を使ってエネルギー体の矢を作り出す、という戦い方をしているのです。お陰で近接戦闘はあまり得意ではないのですが。」

 

「弓矢……しかも矢はその場で作るのね……まぁ弾幕みたいなものと考えれば早いし、竹林の耳が長い方のイナバだって弾丸みたいな弾幕を使ってたものね……」

 

紫は光の説明を聞きながら頷いたり、感心したりしながら光の弓を観察していく。

そしてしばらく考えた後にふと、光に質問をする。

 

「その矢って一度に最高で何本まで作れるのかしら?」

 

「一度に、ですか……試したことはありませんが多分10本くらいまでなら作れると思うのです。

とは言ってもいつもは片手の指と指の間の数……四本までしか作ったことがなかったので分からないのです。」

 

「とりあえず最低でも4本は作れるという事ね……それじゃあ、その矢を弓を介さずに飛ばせるのかしら?あ、空中に浮かせた状態でね。」

 

「どう……なのでしょうか、今まで試したことがないのですが……恐らく無理だと思うのです。矢を作った時は重力の影響を完全に受けてしまっているのか、大体手の上に落ちて来ることしか見たことがないのです。」

 

その質疑応答で紫は唸りながらまた考え始めてしまう。紫の言いたいこと、やりたいことはさっきの質問内容から光はようやく理解したが、それが出来てしまえば弓の存在価値は無いのでは……と光は考えていた。

 

「……あの、紫のやりたい事は何となく……というかだいたい理解したのですが、流石に矢を大量に作り出してそれらを弓を使わずに一気に飛ばす……ということは少しばかり難しいのです。

と言うかそれなら初めから弾幕ごっこのような戦い方をしていくに決まっているのです。」

 

「うーん……やっぱりそうよねぇ……まぁ、それに関しては諦めるけれど……どうせなら少しその腕前見せてくれないかしら?的に関してはこちらで用意するわ。」

 

「別に構わないのですが……」

 

「ん、じゃあ今からスキマを上に作るからそこから落ちてきたものを一つずつ撃ち抜いてちょうだい。

どうせなら5回くらいやってその腕前を見るわね。」

 

その説明の元紫は光から少し離れた位置にスキマを下向きに作り出す。光は矢を作り出して弓矢を構える。

 

「それじゃあ、落とすわよ〜」

 

そう言って紫はスキマから小さな丸太をスキマから落とす。光は無言で自分の目の前に来た瞬間に、その丸太を射抜く。矢は丸太を貫いて後ろの木に刺さっていた。

 

「流石にこれは狙いやすかったわね。なら次は難易度をあげるわよ。これならどうかしら?」

 

そう言って今度はスキマから少し大きめの石を落とす。これも光は無言で射抜く。今度は貫く前に石が粉々に砕け散ってしまったが。

 

「そのやって結構破壊力あるのね……ならこれならどうかしら?石よりも硬いわよ。」

 

その次はどこから落としたのか刀が落ちてくる。光は刀身の方を狙って射抜く。砕け散ることはなく、柄と刀身が綺麗に分かれて刀身がどこかへと飛んでいったが、2人は気にせずに続けていく。

 

「金属も折れるのね……じゃあ次は趣向を変えてこういうものを落としてみましょうか、これは狙って射抜けるかしら?」

 

そう言って紫が落としたのは薄い紙だった。しかし、先程までの三つのものとは違い、紙はヒラヒラとあっちこっちに移動するため普通ならばかなり狙いにくい的である。

しかし、光は表情を変えず構えを解かずにそのまま動きに紙の落ちる合わせていく。

そして、無言である程度動きがあったところで紙を射抜く。紙は矢に貫かれて後ろの木に刺さっていた。

 

「……あんな不規則な動きのするものをよく狙えたわね……私なら絶対に当てられない自信があるわ。」

 

「お褒めに預かり光栄なのです。それで、丸太と来て石と来て……金属と来て紙と来た……最後の目標は一体何を射抜けばよろしいのですか?」

 

「そうねぇ……硬いのも、不規則な動きをするものもダメとなると……ならこうしてみようかしら。」

 

そう言って紫はスキマから矢を落とす。そう、矢である。細いそれはかなり狙いにくい的ではあるが、単純に狙いにくいだけの的であり光にとってみれば、先ほどの紙の方がまだ難易度はあった方である。

だからなんの問題もなく、彼女はその矢を自分の矢で射抜いてへし折っていた。

 

「……純粋にすごいと思ったわ。かなりの腕前あるんじゃないかしら?それだけで稼げるレベルよ、本当に。」

 

「お褒めに預かり光栄なのです。ですが、この力を金儲けのために使おうとは思わないのです。

こういう1芸しか出来ないくらいだと、すぐに飽きられて終わるのが目に見えているのですから。」

 

「うーん……確かにその通りだけれども……勿体ないわねぇ……その腕をなにかに役立てられないかしら。そう言えば、貴方って他に何が出来るのかしら?貴方と禄に話したことがないからよくわからないのよ。」

 

「他に……ですか……私は前の主の護衛役……だったのです。他に何が出来るのか?と聞かれても弓矢で立ちはだかる敵を射抜くことしかしてこなかった以上、それ以外の事は何が出来るか全く分からないのです。」

 

そう言われて紫は唸り始める。陽鬼は物運び、月魅は直感を駆使した危険回避能力、黒音は魔法を組み立てる基礎を生かした計算力、などの光にとっては矢を射ることを利用して何かに使えないかと考える。

とりあえず彼女は一つ思いついたことがあったので紙とペンを取り出してそれを光に渡す。

 

「……あの、これは?」

 

「この屋敷の見取り図書いてくれないかしら。弓矢を扱うって事は空間把握能力が高い可能性もあるわけだから。」

 

「……分かりました。絵心があるかどうかが不明なのでなんとも言えませんが、頑張ってみようと思うのです。」

 

そう言って光は紙とペンを持ちながら屋敷の中へと戻っていく。屋敷は広いとはいえ、全ての部屋を見て回るのに1時間なんて長い時間はかからない、という事を紫は知っているので暫くここでお茶でも飲みながら待っていようと思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、約30分ほどの時間が経過してから光は紫の元へと戻ってきた。紙にはビッシリと書かれた間取りが描かれており紫はそれを光から渡されてゆっくりと観察していくのだった。

 

「……やっぱり、こういうのを書くのが得意みたいね。ちょっと大きめの紙を渡して正解だったわ、細部まで描かれているんですもの。

貴方、地図書きの職にでもつけるんじゃないかしら。」

 

「地図……ですか……そう言えば幻想郷に地図はあるのですか?」

 

「あるわよ〜……それもきっちり書かれた奴がね。」

 

紫は箪笥の中を漁って、幻想郷の地図を探し出す。光にそれを見せると少しだけ目を輝かせている様な気がして、紫は少し微笑ましい気分になった。

 

「……凄いのです。世界一つを丸々書いている地図を作れるなんて素直に尊敬してしまうのです。」

 

「一応最新版だけれど、細かいところを載せてないから……ある意味、未完成と言えるわね。

一度落ち着いたら……貴方もこういうのを書く職に就けばいいのよ、まぁ強制はしないけどね、自分の好きな事をやれればそれが一番いいのだから。」

 

「……紫は、幻想郷の管理者……幻想郷を作れたのは、嬉しかったですか?」

 

「……えぇ、嬉しかったわよ。異変ばかりで落ち着かないけれど、けどそのドタバタを見るのも楽しいものなのよ。

人間と妖怪がある意味共存できている世界……という意味では、ここはいい意味で幻想の世界だと私は思っているわ。そして、桃源郷とならなかったことに少しだけ思うところがあるけれど……こういう方が妖怪らしい……とも思っているわ。」

 

「妖怪、らしい……」

 

光は、紫と共に空を見上げる。雲一つない綺麗な青空が澄み渡っており、光は無意識に微笑んでいた。

 

「あ……ふふ、とりあえずそろそろ陽鬼達を起こしましょうか。陽はもう起きているしね。

そろそろご飯の時間だから起こさないとまずいわよ。」

 

「そうですね、陽鬼達を起こして早くご飯にしてしまうのです。」

 

光は微笑みながら紫と共に歩いていく。光が初めて微笑んだ事は、紫は心の胸のうちにしまっておこうと思ったのだった。これから、いくらでも見られるだろうと考えて。


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