「━━━はっ!?」
「あ、起きましたか?」
陽が目を覚ました先、記憶が混濁しているせいで一瞬どこか分からなかったから、目の前にいる緑髪の少女である東風谷早苗がいるので、恐らく守矢神社なのだろうと陽は予測していた。
「えっ、と……何で俺はここに……いるんだ?それに、陽鬼達は……」
「全員別室で寝てもらっています。一応神奈子様に見てもらっていますが、恐らく何も心配はないでしょう。
それで、何故ここにいるかって話ですが……それは私が貴方達を見つけて拾ってきたからです。
それで質問なんですが……なぜ貴方達はあんなにボロボロだったんですか?貴方達の傷を見ていると、弾幕ごっこじゃないただの殺し合い……何故かそんなのを見ているような気分になってしまいます。」
「っ……それ、は……」
陽は言葉に詰まっていた。目の前の彼女はとても優しい少女だ。しかし、自分の責務を放任してまで自分の手伝いをするとは思えない、ということも確信していた。
だから話すべきだと、彼女なら簡単に自分を手伝うなんてことは言わないと陽は思っていた。
しかし話せなかった。もし自分も手伝う、なんて事を言い始めてしまったら?その可能性が無い訳では無いのだ。少しでも可能性のある選択肢を取ってしまって手伝うと言って欲しくなかった。
「……まぁ、今は体を休めておいてください。八雲紫様に連絡を取って貴方をここで預かっていることを説明しないといけませんから。」
「あ、あぁ……」
少し悲しそうな顔をしながら陽は答える。早苗は部屋を出ていったが、恐らく事情を話せるようになるまで休ませてやろう……等といった考えを持っているのだろうと感じていた。
だが、話すわけにはいかない。彼女を巻き込みたくないから。
「……よく良く考えたら、苦手な奴を守ろうとしてる俺ってどういう類のアホなんだろうか。考えたって……意味無いんだけどさ。」
陽は自嘲しながら自分の手足が動くかどうかを確かめる。拳を握ったり開いたり、足を曲げたり伸ばしたり、ゆっくりと力を入れて立ち上がろうとしたりして自分の体に異常がないか確かめていた。
「……ちょっとふらつきそうだけど……立ち上がれない、なんてことはなさそうで安心したよ。
よし、まずは陽鬼達を迎えにいくか。」
そう言いながら陽はフラフラと陽鬼達の部屋へと向かい始める。何か言われそうかもしれない、と陽は思っていたが、部屋にいるのが神奈子である以上理由を話さないわけにもいかないだろう、も少し鬱屈しながら陽は向かうのだった。
「……おや、もう起きたのかい。存外早く目覚めたようで何よりだよ。」
「……お、おはようございます。」
陽鬼達の寝ている部屋。そこには予想通り神奈子がいた。いつも通り、尊大な態度をとることもない比較的親しみ易いいつもの神奈子である。
それに少し安堵してその場に座ろうとしたその瞬間、背中のしめ縄に一つの柱が生まれそれの先が陽に向いていた。
「……何のつもりですか?」
「見ての通り……あんたに攻撃を仕掛けようとしている。けど、あんたの答えしだいじゃあ攻撃する気も無くなるかもしれんな。」
「……分かりました。何が聞きたいんですか?」
神奈子は陽が座るのを待ち、座り込んでから目を瞑る。質問したいことは山ほどあるが、本当に必要な情報だけを手に入れるのなら、明確にその質問の取捨選択をしていっているのだ。
そして、時間にして数秒。神奈子は目を開いて、陽に質問をする。
「一体何に巻き込まれている?八雲紫との連絡を取っている諏訪子の話を少し聞いただけなんだけどね……八雲紫の気配が一瞬だけ近くで感じとれた。
しかし彼女はこの辺には来ていないという。
嘘をつくメリットがないことを考えるとあんたが何かを隠しているのだけは明白だ。早苗に言わなかったのも恐らくなにか事情があるんだろうが……あんまりしつこく聞きたくないんだ。
だから、もう一度質問をする。『あんたは一体何に巻き込まれている?』」
「……」
神奈子は自分を手伝わない。陽はそう確信していた。本当に事情を聞き取るだけ、東風谷早苗に自分から伝えに行ってやろうという心構えのつもりで彼女はこの質問をしている、そう陽は考えていた。
「……実は━━━」
だから、この人に話そうと陽は思って話し始めるのだった。
「……なるほど、旧友から狙われ、そして知らない奴らからも狙われている、と……話さなかった理由は早苗が自分も手伝うと言い始めてしまわないように……ね。」
「……はい……っでぇ!?」
俯いていると、陽の頭に柱が軽く叩きつけられる。元が元なのでいろんな意味で陽に取って激痛なのだが。
「な、何を……!?」
「人に頼る、って事をしたくないって言うのはわかる。完全な私情だからね。だから他の奴らが狙われるのが耐えられないって言うのもわかってるつもりさ。
だけどね、人の信用まで消し去る必要は無いんだよ。話したくないから話さない、じゃなくて話したくなくても話さなきゃいけない。
あんたは被害者だ、けどそれを盾にとって自分だけが悪い、自分だけが死ねばいい、みたいな考えは一番嫌いだ。」
「……だったら、話せって言うんですか?東風谷は絶対に手伝うとか言うのに……」
「断れよ、自分のされたくない事は断るのが当たり前だ。受け入れられるのが話さない?巻き込みたくないから話さない?馬鹿か、そんな善意ハナからいらないし受け取る必要性も感じないよ。
お前は頼まれたらすべて受け入れるのか?飛んだ善人だな、お前みたいな人間が増えれば世界はもっと平和になるだろうさ。」
神奈子は見下したかのような笑顔で陽を見る。何故挑発するような言い方を……と陽は思っていたが、次の瞬間には神奈子は真面目な顔付きに戻り陽に御柱の一つを向ける。
「うちの巫女を巻き込みたくない、というのは立派だよ。あんたにも人並みの感性があるのだと思ったからね。
だが、やり方が気に食わない。話さずに相手が察するのを待つか?それとも話さずに皆が離れるのを待つのか?馬鹿なのか?お前の都合なんて分からないから手伝いたいっていう奴らがいるんだろうが。
お前の都合を、考えを押し付けてやれ、それでようやく相手を断るかどうかという結末になる。お前が『できる限り巻き込みたくない』っていう考えならば……話してから断るんだな。」
「……わかり、ました……東風谷にも話してきます。」
そう言って陽は部屋からでていく。陽鬼達は無事だと分かったので、後は神奈子に言われた通りに早苗に話をするだけだと感じて、陽は早苗のもとへと向かうのだった。
「けろけろ……何もあそこまでする必要なかったんじゃない?彼だって早苗の性格をわかって言ってる事だし、何より旧友だしね。」
陽が部屋から出た後に諏訪子が入れ替わるようにして入ってくる。隣の部屋か廊下かは分からないが、恐らく話を聞いていたのだろうと神奈子は諏訪子の言っていることから確信していた。
「あぁ、早苗なら間違いなく手伝おうとするだろう。それを察して本音を言わないって言うのも間違いじゃあない。」
「じゃあ何で?彼が早苗に苦手意識を持っている腹いせか何か?」
「そんなんじゃない……ただ、言わないまま放置していたとしても早苗はなぜ言わないのかわからないから、とかそんな理由で八雲紫の所に行きそうだからだよ。
それを止めるために今から言わせておいた方がいいって事だ。」
「ふーん……ま、何でもいいけどあんまり彼に辛く当たってると彼にご執心の八雲紫が報復に来るかもしれないよ〜
タダでさえさっき連絡取れた時にもちょっとイライラしてたみたいだしねぇ……」
神奈子は軽くため息をついて頭を抑えた。それを見た後に諏訪子は部屋から出ていって、早苗の部屋へと向かったのであった。
「……そんなことが、起こってたんですね。最近色々な事件……異変とはまた違うことが起こっている事に少し疑問を抱いていましたが、よく分かりました。」
「あぁ……けど、この件は俺と……陽鬼達で解決したい。東風谷、お前が手伝いたいって言っても俺はこの件を俺達だけで解決したい……」
「……」
早苗の部屋、そこで早苗と陽はお互いに向かい合って座りながら話し合っていた。とは言っても、既に話し合いはほとんど終わっており陽は早苗に言いたいことの全てを言ってしまっていた。
「……月風君の言いたいことはわかりました。そこまで言われてしまったら私にはどうすることもできません。」
「……あぁ、後悪いんだけど…陽鬼達が目を覚ますまでここにいさせてやってもいいか?流石に紫が迎えに来たとしても寝ているこいつらを起こすのも少し気が引けるしな……」
「分かりましたけど……別に月風君もここにいてもらっても一向に構わないんですよ?別に迷惑だとかそういうのは思ってませんし……」
「いや、東風谷が迷惑だって考えていなくても流石に俺の気分が良くないしな。タダでさえ今こうやって部屋の一つを貸し切らせちゃってるわけだし。
ただ陽鬼達は休ませてあげたいからしばらく寝かせたい、って言うのもある。」
「そ、そうですか…」
久しぶりに陽と話し合いたいことがいっぱいあると思っていた早苗は、陽が陽鬼達が目を覚ましたら帰りたいというのを聞いて少ししょげていた。早苗にとっては、話をしたくないと言われているようなものだったからだ。
しかし、自分が同じ立場になればきっと似たようなことを言うのだろう、と考えると強く出れないのだった。
「……何か、食べますか?軽いものなら作れると思うんで。この子達だって今すぐ目覚める訳じゃありませんし少しくらい何かを食べてても問題ないと思いますよ。」
「別に俺は━━━」
否定しようとした瞬間に陽の腹の音がなる。結構大きめの音が鳴って、その音がお互いに聞こえていたせいで一瞬は静かになった。
しかし、その後に子供みたいに、漫画みたいに大きな腹の音がなった事に早苗は少しおかしく感じてしまい、クスクスと笑い始めてしまう。
「な、なんだよ……そんなに俺から腹の音が鳴るのが面白おかしかったのか?」
「あ、いえ……ご、ごめんなさい……け、けど…どれだけ疲れていてもお腹は減るんだなぁって思っちゃっただけてすよ。
やっぱり、軽いものじゃなくてしっかり食べれるものつくりますね。食べやすいようにはしますけど。」
微笑みながら早苗は部屋から出ていく。早苗が完全に部屋から離れたことを確認すると、陽は顔を俯かせて完全に恥ずかしがっていた。
腹の音を聞かれたので流石に恥ずかしくないわけ無かったのだ。それも異性に聞かれたことが陽にとってはかなり恥ずかしい事となっていた。
「まぁ今だけは……早苗の好意に甘えても……いいかな。」
居候で早く帰りたいのもあるが、陽鬼達が目を覚まさないことともあるので、最早ここで好意を断るのも早苗の気分を悪くしてしまうのでは、と陽は考えていた。
「ちゃんと話せたようだね、いいこといいこと。そのまま早苗にプロポーズをして私達に孫の顔を見せてほしいもんだね。」
「……そう言っているから俺に敬語を使われないんだと思うんだぞ。諏訪子はもうちょい思慮深くなった方がいいんじゃとまであるくらいだ。安易にプロポーズだとか孫の顔を見たいだとかそういうのを口に出すもんじゃないだろ。」
「何気に今馬鹿にしたよね。神様を目の前にして馬鹿に出来るやつなんて同族以外まともにいなかったよ。流石に罰を加えないといけないようだ。
家の婿としての心構えをちゃんとしておかないとね。」
「……そうやって決めつけるところがだめだって言ってるんだけどなぁ」
お互いにこんなことを言っているが、心のどこかで2人ともこの状況を楽しんでいた。
そして、そのやりとりの後に腹の音がもう一度響く。しかし今度は陽からではなく、諏訪子から聞こえてきていた。
「……ご飯、待ち遠しいね。」
「……そうだな。」
陽鬼達が目覚めるまでの居候。陽は少しだけ、早苗に辛く当たるのをやめようとおもったのだった。、