東方月陽向:新規改訂   作:長之助

8 / 121
鬼の彼女の名前で一悶着あったようです。


鬼の少女、その名は。

「味が無いよー……肉とか味の濃いものが食べたいよー……」

 

「我慢なさい……本当に身体にはもう何の問題も無い様ね……本当に胃に負担掛けても問題無いんじゃないかと思えてきたわ」

 

目の前で重ねられていく皿。既に永遠亭の使える皿は鬼の少女に出すお粥だけでかなり減っていく。ぶつくさ文句を言いながらそれでも食べ続ける辺り本当に腹が減っているのかもしれないがこれは逆に胃に負担がかかっているのでは? と思ってしまう陽であった。

 

「……ただ、体の燃費がかなり悪いっていうのも分かった事だけど……」

 

陽は彼女が自分達に付いていくと決めてくれたすぐ後の事を思い出していた。彼女はすぐに立ち上がり何故か急にその場でジャンプしたり体を動かしたりして彼女以外の全員を驚かせていたがその後は空腹で倒れて今は負担を掛けない様にとお粥だけを流し込んでいる状態だ。

にしても体力以外は本当に回復しきっている様だった。回復力が高い彼女は先程名前が思い出せないと言っていたが一切気にして無い様だった。

 

「……まぁ、これだけ食えば一応動けるかな」

 

そう言って大量に積み重ねられた皿は崩さない様にして彼女は平然と立ち上がる。そして陽のところへ来て手を差し出す。背格好から見ても妹に手を繋ぐ事を要求されている兄の様に見えるのだが紫は妙に面白くなかった。

 

「……ほら、帰るのだったら早く帰るわよ」

 

「あ、あぁ……」

 

紫が開けたスキマに最初に紫が入り、次に苦笑しながらこの場は黙って場を見守っていた藍、それに続いて陽と少女が入る。

その場にはもう永琳しか残って━━━

 

「師匠〜……彼女帰りましたか〜……?」

 

「あら、優曇華無事に生きてたのね……てゐと姫様は?」

 

「てゐはご飯を炊くのに労力を使い過ぎてぶっ倒れてます……姫様はいつもと変わらずですよ……」

 

部屋の外から現れたのは鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバである。長いうさ耳とまるで外界の学校の様な制服を着こんでいる月の生まれの兎である。

そんな彼女はフラフラになりながら永琳の元へと辿り着いた。そう、彼女と今この場にはいない因幡てゐがお粥とその皿を洗うのをひたすら行っていたのだ。そしてお粥や食べ終わって積み重ねられない程になった皿から他の兎達が回収していたのだ。

 

「そう……」

 

「あ、でも……『何か面白い事がおきそうね』って言ってましたけど……何の事なんでしょう?」

 

「……さぁ? 長年一緒にいる私も姫様の思考は分からないもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガツガツ……もぐもぐ……んぐっ、んぐっ…………ぷはぁ……お代わり!」

 

「ま、まだ食うのか……二人で回しても足りないとはどういう胃袋しているんだ……」

 

八雲邸、件の少女は着くなり腹が減ったとまたぶっ倒れた。本来はお粥を作ってやるべきなのだろうが永琳が連れて帰る時に何も言わなかった辺り問題は無いと判断した紫達は彼女が好きそうな肉料理をご馳走した……が、軽く牛一頭分は食ってるのではないかと思われる程の食欲を彼女は見せた。

しかしそれでもまだ足りない。陽と藍が一心不乱に作っている肉料理は全てが彼女の胃に収まっている。彼女が出すお代わりの声は既に藍にとっては恐怖の通告に等しいものだった 。

 

「貴方……よく食べるのね……食費代というものを初めて心配しそうになりそう……」

 

「だって……ガツガツ……お腹減っちゃって……モグモグ……お粥ばっかりだったし……んぐっ、んぐっ━━━」

 

「ちゃんと飲み込んでから喋ってるから注意し辛いわね……後でお腹壊しても知らないわよ?」

 

「大丈夫……!」

 

皿の中のものを掻き込んで食べていく姿は非常に気持ちのいいものだが度を過ぎれば見ているだけで胸焼けがしてくる様なものである。事実、紫は何も口にしていないのに既に満腹感を味わっている。

 

「生姜焼き、卵焼き、親子丼、カツ丼、炒飯……まだあるわね。陽が外界のものを作ってくれるのはいいけど……というか卵の消費が早いわね……」

 

尚、材料に関しては紫が能力を使って外界に行って採って(買って)来たものを使っているが外界で言う八雲邸のエンゲル係数の6割程が今彼女の胃袋に収まっている様な気がして紫は若干身震いをしていた。

 

「ここまで大食漢だとは……鬼ってみんなこんな感じなのか?」

 

「ううん? 私は何でかよく食べるんだよ。何でだったかなぁ……もぐもぐ……」

 

食べっぷりがいいのは作り手としてはいいのだがこんなに食われるとは思ってもおらず、いつになったらゆっくり話が出来るのかと思い始める3人だった。

結局、彼女が満足したのはさらに時間が経過した頃だった。そしてゆっくり話が出来る様になるのは食べ終わってからまた更に時間が経過した頃だった。

 

「ぷはぁ…………いやー、美味しかった美味しかった。ごちそうさま!」

 

「満足出来たのならいいけど……それじゃあ、話を聞かせてもらってもいいかしら? 貴方が何者で、どこから来たのか、何故ボロボロだったのか……答えられる範囲内でいいわ」

 

「って言われてもねぇ……殆どの記憶がぶっ飛んでて良く分からないんだよねぇ…………うーん…………」

 

彼女はそこから頭を傾けて腕を組んで考える様な仕草を取っているがどうやらまだ何も思い出せない様だ。

 

「……あー、これは記憶とは関係無いんだけど……」

 

「何かしら?」

 

「体の感覚がおかしいと言うか……今まで取れる範囲内だったものが何故か取れなくなった感じ……かな? 今は慣れたけど起きたばっかの頃は腕が短いような感覚だったから結構大変だったなぁ……」

 

彼女のその言葉に紫達は思案する。彼女の言葉がどういう意味なのかをそれぞれ自分で考えているのだ。

しかし、今は自分たちが考えて時間を削る訳にはいかない。とりあえず陽は頭を振って一旦考えをリセットしてから彼女に話し掛ける。

 

「とりあえず……身だしなみ整えようか。それに記憶を失ってるからと言ってずっと『君』で呼ぶ訳にもいかないし仮の名前でも考えないと」

 

陽は一つの袋を取り出し、更に何かの容器にたっぷり入った液体と櫛を能力で作り出す。櫛と液体を同じ袋に入れた後、両端で袋を縛ってから彼女の前に座る。

 

「髪はボサボサだしせめて髪だけでも整えないとな。そう言えば水浴びはしてたのか? 女の子なんだし体は清潔にしないとな。

それと名前はどうするか……」

 

「よ、陽? 名前は後でもいいとして急にどうしたのよ。まるで貴方その子の母親みたいな事言い出したわね……」

 

「……何か妙に気になって……永遠亭にずっといたから体は拭いてもらってたと思うけど髪は整えられなかったのか凄いボサボサになってるしな……だからせめて櫛で整えようかと思って……」

 

陽はそう言いながら彼女の頭を撫でる。彼女は少し気持ちよさそうに目を細めている。まるで猫の様に。

 

「はぁ……一つだけ、言わせてもらうわ。その子の名前を付けたら……その子は貴方の式神の様な存在になるわ。それでもいいのかしら?」

 

「え?」

 

陽は驚くが、紫は真剣な表情であり鬼の少女は少しだけ目を逸らしていた。恐らくこれは覚えていたのだろう。だから先程から名前の事に関しての話題を振らなかったのか、と藍はある程度察していた。何せ、自分と相手を縛るような行為その物なのだから。

 

「妖怪にとって名前と言うのは人間より大切なものなの。その妖怪の存在そのものがその名前に込められてると言っても過言では無いわ。

だから……あなたが名前をつけてしまったら彼女はそれ以降あなたがつけた名前として存在する事になり、今までの名前を捨てる事になる……そして、貴方が死ぬまで彼女と貴方は運命的に何があっても一緒にいるハメになる。

そこまでの覚悟があるかしら?」

 

この言葉で陽は少し和やかになっていた気分が一気に現実に引き戻された。何せ、名前を付いてだけで存在そのものが書き変わるというのだから。

 

「……俺は……」

 

「み、水浴びしてくるよ! い、行ってきます!」

 

「お、おい!?」

 

そう言って少女は藍の手を引っ張って無理矢理水浴び場へと移動した。そして、部屋に残されたのは陽と紫の2人だけだった。

 

「……私が言ったことは真実よ。名は体を表す……っていうのがあるけれど妖怪は正しくその通りなのよ。

だからこそ……名付け親になると言うのならそれ相応の覚悟はしてもらわないといけないわ」

 

「……俺はもう、帰る気は無いんだ。だから幻想郷で生きて……出来る事なら誰かを助けたいとも思ってる。

英雄気取りでいたいわけじゃないけど……でも、目の前であの子みたいに傷ついた子がいるなら……何をしてでも助けたいって思ってる」

 

「………貴方があの子を助けたい、って気持ちは分からなくもないわ。私も数々の妖怪を救う為にこの幻想郷を創ったんですもの……けれど、助ける為にはそれ相応の『強さ』がいるのよ。

何も無い者に誰かを助ける事は出来ない……今の貴方は感情に振り回されすぎているわ。キツイ言い方をする様だけど……貴方は半人前なのだから身の程を知りなさい」

 

「っ……!」

 

陽は唇を噛んだ。紫に『お前は力が無いから止めろ』と言われた事が悔しいのでは無く、自分に何かしらの力が無い事が悲しいのでは無く、ただひたすらに誰かを救えない自分に憤っている為だ。

 

「貴方があの子を救おうとすれば間違いなくあの子はその時点では救われるわ。けれどね、その後はどうするつもりなのかしら? もしあの子が記憶を取り戻した後に親元に帰りたいと言った場合はどうするつもりなのかしら?」

 

「そ、それは…………」

 

「前の名前を思い出したから『じゃあ今の名前じゃなくて元の名前にする』じゃあ駄目なのよ? 例え思い出したとしても絶対に帰る事が出来無い様になるんだから……どちらにせよ、ね。

……今決めずに、ゆっくり考えてご覧なさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから時間が経過して夜となった。

頭の中があれ以降ぐちゃぐちゃになっていた陽は全く寝付けずに縁側で1人月を見ていた。

 

「……あの子の助けになりたい、けどあの子を助けようとしたらあの子が助けられなくなる……それは……っと?」

 

不意に背中に誰かが持たれる様な感覚が来た陽は誰が一体持たれたのかと頭だけを捻って後ろを見る。そこに居たのは鬼の少女だった。

 

「……あのね? 実は私別に帰れなくてもいいんだよ」

 

「……え? なんでだよ」

 

「何もかも忘れてるなんて嘘……ていう訳じゃ無いけど、覚えている事もあるんだ。

何で私がボロボロになってたのか……どうして1人であんなところにいたのか……というより1人だったのか。それくらいの事は覚えてたし思い出せてたよ。けど喋る事でも無いと思ってて……」

 

昼頃の明るい声寝とは違い今の彼女の出す声は妙に哀愁が漂っている様に陽は感じて、彼女とは背中合わせで喋ってその表情を見てはならないと感じた。

 

「私ね……家族、と言うか群れみたいなものだったんだけどそれが嫌で逃げ出してたらいつの間にかあそこについてたんだよね。

人間から逃げるようにして隠れていたあの鬼の村が心底嫌で嫌で……住んでた洞窟から誰も出ようとはしないから出て行ってやる! って思って世紀の大脱走してたら……違う世界に閉じ込められるとは思わなかったよ」

 

「……ちょっと待て、その言い方だとまるでお前は外界の……」

 

「……うん、私は外界から来たんだよ。だからこの世界には私の血族なんて一人もいないし気の許せる相手も陽達だけなんだよ。

だから、私に新しく名前を付けて私をこの世界から逃げ出さないでいれる様に縛ってくれないかな?」

 

陽は悩んだ。彼女が望んでいるのなら自分はそうするべきなのか、と。しかし彼女はどう考えても反抗期のそれであり自棄を起こしている感じだ、今自分が彼女を縛ってしまったら彼女は後から後悔するのではないか? 名前を与えるのは契約のそれと同じだ。だからこそ、自分は悩んでいるというのに……この子はこんなにも悲しそうな顔で村との未練を断ち切ってほしいと言っている。

気づけば陽は彼女の体を強く抱きしめていた。

 

「よ、陽? どうしたの、ちょっと恥ずかしいよ……」

 

「本当は帰りたいんじゃないか? そんな悲しそうな顔で村との関わりを一切合切断ち切ってくれ、だなんて言われても俺ははいそうですか、って、決める事なんて出来やしない。

でも、だからこそ……名前を与えるからこそ……お前をいつか胸を張って村に送り返せる様にしたいと俺は思った」

 

真剣な眼差しで彼女を見つめる陽。彼女もその雰囲気に飲まれて黙ったままだった。

 

「俺はお前を助けたい。お前が村に帰りたくないから名を与えるんじゃなくて、俺が助けたいだけという独り善がりでも無くて……俺は、お前がちゃんと村に帰れる様にする為だ。

そんなに村が嫌なら逃げ出さずにお前が変えてしまえばいい、なんなら幻想郷に入れてもらえればいい……ここは、何でも受け入れる世界だからな」

 

「私が、村を変える?」

 

「そうだ、洞窟にこもって隠居生活しているあの村が嫌ならお前がそれを変えて外に出させてしまえばいい。暗くてジメジメしてんならお前の性格みたいに明るい村に変えてやればいい。

俺はお前ならそういう事が可能だと思っている」

 

彼女は陽のその言葉に胸が高なっていた。もし、自分の嫌いなあの村が自分が好きになれる村にすることが出来たなら? そしたら自分の両親は自分を誇りに思ってくれるだろうか?

そう考えて彼女は実の両親の事を思い出していた。

 

『お父さん! お母さん! 私はね、大きくなったらこの村を洞窟じゃなくて外に作りたいの!』

 

『ふふ、貴方なら出来るわよ。もし出来たら私たちの自慢の娘よ。もしかしたら……男の子がいっぱい寄ってくるかもね?』

 

『なっ!? ━━はやらんぞ!? 俺を倒せる様な男じゃない限りは絶対に認めないからな!』

 

暖かい家庭、その中で未だに欠けている自分の名前。だが、彼女は今は名前を忘れていてもいいと思った。

だったら、私はこの男を主として生きてもいいんじゃないかと……記憶を取り戻したら一旦村に帰って……村を変えた後で主である彼に報告してみたら……自分の父親と母親に報告したら……恐らくはかなり喜んでくれるだろう。

そう考えた彼女は━━━━

 

「……私は、貴方を守る。けどその代わり私が村の族長になったら……褒めてくれる?」

 

「あぁ、お前をわが子の事の様に褒めてやるさ……言うぞ、今日からお前に与えられる新しい名前は━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━陽鬼だ。




という訳で新キャラの陽鬼ちゃんでした。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。