「ねぇ、藍……少し頼まれてくれないかしら?」
「?何か外せない仕事でも入りましたか?」
八雲邸。紫が珍しく申し訳なさそうに仕事を頼もうとしている姿がそこにはあった。
藍は内心珍しがりながらも、主の頼み事だし別に構わないかと思って仕事を受ける前提で聞いていた。
「仕事、というか……結界の調子が不安定になってるのよ。だから今日1日は他の仕事の殆どができない可能性があって……私が戻ってくるまでの間頼めるかしら?
なんだったら簡単な仕事くらいなら陽に任せるといいわ、彼結構仕事を渡されるの嬉しかったみたいだし。」
「わかりました。では今日の紫の仕事は私が引き継ぐことにします。
仮にも紫様の式ですからね、やれるところを証明しなければなりません。」
「ありがとう、助かるわ。
それじゃあこの紙に今日は仕事内容が書いてあるから……頼むわね。」
そう言って紫は仕事内容の書かれた紙を藍に手渡す。藍はさっと目を通した後に紫を見送って、紫がスキマで移動したのを見てから仕事に取り掛かり始める為の準備をするのだった。
「……この仕事を俺に?」
「ああ、前に紫様がお前の方に回していた仕事は月1のものだ。だがこっちは本来なら1日に一回の割合でしないといけないものだ。
無いとは思うが、誰も見ていないから適当にしようなどという事は考えても無駄だからな。明日には私が見に行くだろうしな。」
藍はとりあえず陽でもできそうな仕事を回していた。内容としては、意見として集められた妖怪を退治することや、危険性物の退治から雑草処理までが主な仕事だった。
「今回は簡単な仕事だ。守矢神社の参道の途中で謎のキノコが大量発生しているらしい。サンプルとして1つ持ち帰ることと、それ以外は焼き払うくらいの簡単な仕事だ。」
「毒キノコ……ねぇ……まぁ分かった、みんなを連れてって確認してみるよ。」
「助かるよ、見た目としては『赤黒い血のような色をしている』という特徴があるらしいからそれを頼りに探してくれ。
では、頼んだぞ。」
陽は、陽鬼達を連れて守矢神社の参道まで行く。そして、確かにそこには赤黒い血のような色をしているキノコが大量発生していたのだ。
「うわぁ、確かに陽に聞いた通りの色してるね。」
「まさかここまで嫌な色合いだとは思いもよりませんでした……嫌悪感すらあります。」
「しかしどうして大量発生しているのか気になるのう……人為的なものなのか、それともまた別の要因なのか……」
「とりあえず全部消し飛ばすのです。その方が早いと思うのです。」
それぞれが喋っていく中、陽はゴム手袋をつけてキノコの1個をケースの中にしまう。とりあえず、取ること自体に問題はないようなので、この1個以外の全てをどうにかして処理しなければならないと考え始める。
「焼き払うんでしょ?だったら私の出番じゃん!」
「お主の火力では森まで燃えてしまうわ。妾ならば一つ一つ丁寧に燃やすこと自体は可能じゃが……」
「では私が時折結界を貼ります。そしたら幾分か楽にはなりませんか?」
陽鬼達はキノコをどう処理するかで話し合いを始める。かく言う陽もどう処分するか悩んでいた。
燃やすにしてもどう燃やすか、をだ。
「……このキノコ達は処分してしまうのですか?」
唐突に、光が陽に質問をする。藍から聞いている限りで陽はこのキノコ処分しなければならないと考えていた。
人間は問題ないのだが、動物が何も知らずに齧ってしまったりしてしまうこともあるからだそうだ。
「まぁ被害……特に山の動物達に出ているのなら処分してしまうしかないだろうな。
人間なら学習のしようがあるけど、動物はキノコを食べて体調が悪くなっても他の動物には伝わらないからな。もっと深刻な被害が出る前に処分しないとな。」
「とりあえずマスターが取った時に何か出る、ということがないのは理解できましたので後はどうやって処分するかですね……」
「……とりあえず一個ずつ燃やすかのう。月魅の結界があれば一気に複数燃やしても問題ないから便利じゃわい、結界様様じゃの。」
そう言いながら黒音は火の魔法の準備をする。そして月魅も結界を張る準備をする。
光はそれを見つめながらじっと観察を続けていた。キノコは本当に処分していいものなのだろうかと。
「それじゃあ火種を置くから結界を頼むのじゃ。貼ってくれれば後はこっちが燃やすだけじゃからのう。」
「分かりました。」
光が考えている間に着々と準備は進んでいく。しかし、どれだけ考えても処分以外の方法は思いつかないままだった。
光がじっと黒音たちの様子を見ているのに何かを感じ取った陽は、光の方に視線を合わせて話しかける。
「どうした?何か気になることでもあるのか?」
「……いえ、被害を発生させているとはいえ本当に燃やしてもいいのか……とずっと考えているだけなのです。」
「……まぁでも、これ全部とったところでどうしようもないしな。毒を抜く調理法でもあれば別だが、他の動物達にはできない芸当だしどっちにしろ処分する必要があったんだと思うぞ。」
「……やっぱり、そうなるのですね……」
結界が貼られ、その中で小規模な爆発が起こる。少しだけ地面の草が焦げていたが、キノコは文字通り全焼して跡形もなく消え去っていた。
光の表情が少しだけ曇った様に見えた陽は後で何か埋め合わせでもしてあげようと決めたのだった。
「……これで全部か?」
「の、ようじゃの。この辺り一帯を捜索したが似たようなもんは発生し取らんようじゃ。」
「……にしても本当にすごい色のキノコだよねこれ……私ですら美味しそうって思わないのに何で動物達はみんな食べちゃうんだろうね?色とか気にしてないのかな?」
「その辺りは……最初に取ったキノコを調べれば済む話でしょうね。もしかしたら動物達を引きつける何かがあるのかもしれませんし。」
そんな感じで軽く話し合いをしながら陽達は森を抜けようと歩き始める。しかし、どれだけ歩いても森の外へ出ないまま10分程が経過していた。
「……こんな深いところまで入ってたか?」
「いえ、作業には大体1時間位を要していましたが……そこまで奥の方に入った記憶がありません。ほとんど横移動だったので出れる筈なのですが……」
「もしかして方向間違えちゃってたり……はないよね、日光出てる場所に向かって歩いてるんだし。」
「空を飛んで見るしかないの……光、手伝って欲しいのじゃ。」
「分かったのです。」
そう言って黒音と光は翼を出して空を飛ぶ。コウモリの羽と天使の羽、その2対を開いて黒音達はそのまま上から出口を探す。
「……どうだー?どっちの方角かわかったかー?」
陽が声を出して黒音達に聞く、黒音達は少し間を置いてから羽を戻して地面に降り立つ。
「どうしたんだ?まさか分からないとか━━━」
「そのまさかじゃ、この辺り一帯……何かしらの結界で包まれておる。そのせいでこの辺り一帯がだだっ広い森になってしまっておるのじゃ……」
その言葉に陽達は驚愕していた。一体いつの間に結界を張られていたのか全く気づかなかったからだ。
普段ならば月魅辺りがすぐに気づきそうなのに、である。
「……かなり大規模な結界です、普通ならば張られた瞬間にでも気づく……そうでなくとも違和感くらいはあると思ってましたが……まさかここまで気づかないとは思いもよりませんでした。」
「張られてしまったのは仕方が無い、なら結界の壁を探してさっさとぶち壊してやればいいんだ。」
「……そうですね、行きましょう。」
そう言って五人は歩き始めた。しかし、歩けど歩けど一向に端につかない。五人はしばらく歩いてから、一旦その場に座って話し合いを始める。
「一向に出口に付かないの……流石に少しだけ鬱憤が溜まってくるのじゃ。」
「貯めたところでどうしようもありません、それよりも今はどうやってここを抜け出すかが問題です。」
「……恐らく結界を張って私達を隔離してるのと同時に、結界内の空間を歪めて距離をおかしくしているのだと思うのです。
つまり、いくら歩いても歩いても私たちの場所は移動してないも同然、ということにもなるのです。」
「なる程な……じゃあどうやってここを突破するべきか……」
陽は考え始める。しかし移動しても意味が無い、動かなかったとしても意味が無い、だとどうすることも出来ないのだ。
「……上に飛んでもダメなのか?」
「そんな簡単にできるのなら問題は無いのじゃ……それに、飛んだところを狙い落とされる可能性も捨てきれんからのう。
向こうがいつどこで妾達を狙っているのかはっきりせんからの、無闇な行動は控えるようにしておるのじゃ。」
「それもそうだよな……」
どうすることも出来ないこの状況、どうしたものかと陽は思っていたがふとあることを思いつく。
「試しに上に飛んでみるか?」
「……主様妾の話を聞いておったのか?」
「いや、俺達が飛ぶんじゃないよ……飛ぶのは……いや、飛ばすのは━━━」
「………流石に飛ばねぇか?こんな見え見えの罠に引っかかるほどアホではないか。
ま、だからといってどうすることも出来ないだろうな。飛べれば結界を解除しやすいが、飛べば狙い撃ちにする気しかないからな。」
とある空間の中に白土はいた。結界のそれぞれの角に配置された札の中から白土は陽達がいつ飛ぶのかをじっくり待っていた。
飛んだ瞬間にそれぞれの札の角から弾幕を出して一気に狙い撃とう、という作戦を白土は行っており、そして白土だけは結界関係無しに内外へと出入りが可能なのでじっと此処で待っているのだ。
「さぁ……どうする?縦の移動も横の移動も不可能だって気づいているだろう……どう動けばここから出られるのかを……見させてほしいもんだ……ん?何だあれ……」
白土は一つの影を発見した。飛んでいるのは小さな結界、そして結界の中は何か術を仕込んであるのか真っ黒で何も見えなかった。
見つけてすぐは白土はそれを無視しようと思ったが、すぐに考え直してあれがなんなのかを考え始める。
「真っ直ぐ上に向かって飛ぶ謎の物体……中身は見えないが、速度はかなり遅くて狙い撃てば余程の下手さじゃない限りは余裕で撃ち落とせる。
だが、撃ち落とすべきかそうでないか……」
三つのパターンを白土は考えていた。
一つは単純にあれがタダの囮で飛ばしてるだけの物体であるパターン。これの場合は、完全に無視していた方が射線で場所を勘づかれることなく終わらせられる。
二つ目はこの中に陽達の誰か、もしくは全員が入っているパターン。これの場合は全力を持って撃ち落とすべきだと考えられる。全員が中に入っている可能性は無いためにかなり危険な行為ではある。
三つ目は、本命でも囮でもある場合である。あれ自体が結界を破壊する術を内包している可能性である。だからゆっくりと上に上がっているのだと考えれば一応の辻褄は合う、包んでいる結界を破壊しては本末転倒だからだ。
これに関しては撃ち落とそうが撃ち落とすまいが、まったく関係ないのだ。どちらにせよバレるか結界が壊されるか、だ。
「……さて、あの結界はどういう類のものなのやら……警戒心を持たせないように森には直角のものをあまり配置してないんだよな……おかげで観察がしづらい。
二つ目と三つ目の場合撃ち落とした時にバレる可能性が高い。かと言って三つ目のパターンだと無視するわけにもいかない……」
白土は悩み続ける。いっその事時でも止められれば楽だろうと考えていたが、流石にそこまでの力はないので別の現実的な方法を考える。
「……一つ目のパターンは多分ないか。あいつらは一刻も早く外に出たいのであって俺を見つけたいわけじゃねぇ。
じゃあ結局無視はできないってことか……しょうがねぇな……おいてめぇら……分かってるな。」
白土は今自身と融合している3匹の神狼に命令を下す。その命令に神狼達は嫌々ながらも従って2匹は空間の外……結界内部へと出ていった。
「さて……今回の俺とお前の勝負はどちらが勝つか……見ものだな、陽。」