東方月陽向:新規改訂   作:長之助

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天使のひかり

「……俺にも仕事を?」

 

「貴方だって随分ここの事を理解しただろうし……そろそろ、仕事の方をやらせてもいいかな、って思ったのよ。貴方も随分やりたがってたみたいだし……でも、あくまで簡単なのからよ?」

 

「あぁ!分かった!」

 

八雲邸。陽は、紫に今まで幻想郷の管理に関係する仕事を見せられてきていたものの、紫はその仕事を実際に行わせていなかった。そして、何を思ったのかまでは陽には分からなかったが、今日は紫から直々に簡単なものとはいえ、仕事を任せると言われた。

当然陽は喜んだ。いつも特訓ばかりの日々て完全に穀潰しとかしていたからだ。

 

「ところで……どんな仕事をすればいいんだ?」

 

「簡単よ。声を聞いてくれればいいのよ。

人里、紅魔館、後は……地霊殿の三つのところに行って話を聞いて言ってくれないかしら?話の内容は基本的に『現状どうしようもないもので困っていないかどうか』よ。

例えば人里なら川の氾濫や、理性のない獣型の妖怪や獣そのものが人里に入ってくる、みたいなものよ。」

 

「なるほど、それで聞いた話を紫に話せばいいんだな?」

 

「えぇ、けど自分でも解決できそうなのは解決して頂戴ね?客観的に自分が何を出来るかを決めてほしいもの。

妖怪退治は相手を見ておくのもいいけど絶対深追いはしないように。」

 

「あぁ、分かったよ。」

 

そして陽は張り切りながらマヨヒガを抜けて人里まで向かっていった。だが、陽がマヨヒガから自力で抜け出す道を使っていると、紫は怒りたくなるような泣きたくなるような複雑な気持ちになるため、やはり藍に教えないように念を押すべきだったかと、若干後悔しながら書類仕事に戻っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?子供預かり?」

 

「はい……子供、と言っても産まれたての妖怪とか人間の子供が迷い込んだとかそんな簡単でわかりやすい子供ではないんですけどね。」

 

地霊殿、人里と紅魔館の仕事を終えて陽は最後の地霊殿の元へと足を運んでいた。

そして、さとりはいつも通りの少し無愛想目の表情で陽にそう告げていた。

 

「その子は……どうやって拾ってきたんだ?地上の妖怪や人間は大体がここに入るのを恐れている。自分から入ってくるなんてよっぽどだが……」

 

「……よく、分からないんですよ。

私が気づいた時には地霊殿の外に倒れていました。こいしも、お空も、お燐も誰1人としてその子が来たことに気づいていなかったんです。

本人に話を聞こうにも何も喋らない、目を合わせないをずっとしているのでどうしようかと思ってまして。」

 

「……ん?さとりって心を読めるよな?なのになんでそれをしないんだ?」

 

「うーん……読めない、いえ違いますね……『読んでも何も無い』が正解かも知れません。」

 

陽はその言葉の違いに少し困惑したが、要するにさとりの拾ってきた子とやらは、さとりのさとり妖怪としての能力が効かない存在なのだというだろうか?とあやふやながらも答えが出た。

 

「……いや、さとりの能力が効かないってまた珍しいな。

能力を無効化って事か?」

 

「あー……勘違いです。能力が効かないのではなく『何も無い』

心では何も考えていないような、そんな存在という事です。いえ……何も考えていないどころか下手をすれば欲求全てを押さえ込んだ存在とでも言いましょうか……こんなことは言いたくないですが、私はあの子が怖いです。欲求すらない存在はもはやそれは生きているものを全て否定している様なものだから。」

 

少し気分が悪そうにさとりは頭を抱える。話を聞いていた陽は、本当に欲求は無いのだろうか?と考え始める。

しかし、会わないことには何も分からないため、これ以上はその子とあってから決めようと決めた。

 

「さとり、できればその子を見せてくれないか?とりあえず預かろうにも見なきゃどうにもこうにも話が決められない。」

 

「あぁ……それもそうですね。お燐、陽さんを彼女の所に案内してあげて。

陽さん、申し訳ありませんが私はなるべく彼女と接したくないので……」

 

「あぁ、無理すんな。気分を悪くしてまで俺に付き合う必要は無いからさ。とりあえずお燐に起こったことを聞いてくれよ?」

 

「分かってます……では陽さん、また今度。」

 

そう言って手を振ったさとりを見てから陽は部屋を後にする。お燐に案内されて例の子のいる部屋の目の前まで案内される。

扉を開けようとしたが、それをお燐は無言で制止。陽がいきなり開けてはならないのだと、とりあえず理解して扉から手を引いたところでお燐が話し始める。

 

「こんなかにいる子はね……本当に、ずっとボーッとしてる感じなんだよ。どこを見ていて、何を感じているのか、何を思っているのかさえさとり様でも分からない。

だからって悪い子、って訳じゃないんだけど……」

 

「そういやさとりの能力が効かないんだっけか……所謂、さとり妖怪の点滴って奴が居るようなものなのか?」

 

「多分そんな感じだろうねぇ……さとり様はあの子といるとどこか怯えたような感じになっちゃうんだよ。

だから……仮に連れて帰るとしても……あの子だけはさとり様の目の前に連れてこないでほしいんだ。

あの子はさとり妖怪としてのさとり様の弱点で、トラウマなのさ……」

 

「……ん、分かった。なるべく連れてこないようにするよ。」

 

それを聞いて申し訳なさそうに頷くお燐。それを確認してから陽はそっと扉を開ける。部屋の中に入ると、そこには白髪の小さな少女がいた。

来ている服も白、髪の色も白、肌の色は今まで日に当たったことがないんじゃないかと言わんばかりの白さ。

弓を担いでいるのが陽は少し気になったが、そこをスルーして少女に声をかける。

 

「……ねぇ、君……名前はなんて言うのかな?」

 

警戒させないように、しゃがんで視線を低くし。ソファに座っている彼女の下から覗き込むように話しかける。

少女は声をかけられたことにスグには気づかなかったのか、何の反応も示さなかったが、すぐに自分が話しかけられているのだと気づいて、ゆっくりと視線を陽に向けた。

 

「……名前は、ない……です。固有番号6299という番号を名前と呼ぶのなら、私はそれが名前です。」

 

「……そっか、名前が無いのか……」

 

少女はその言葉にゆっくりと頷くと、陽から視線を外して虚空を見つめ始める。

 

「……ねぇ、俺達が部屋に入る前もそうやってしてたけど何を見つめてるのかな?」

 

「何も。優先すべき事柄が無いので、今は待機状態です。何か私に命令するようなことがあればなんでも致しますが。」

 

陽達は少女の態度に眉を潜めた。会話はできているが、まるで人形のように抑揚のない感じ。

陽は、こういうのはさとりが確かに苦手としそうだと思いながらどうするかを考え始める。

 

「……名前は番号、命令されない限りは動かない……貴方は一体何の種族なんですか?」

 

「……私の種族は天使、天に使えて地上の生物を見守る者。」

 

陽は少し驚いていた。天人とも月にいる者達とも違う存在、天使だとは思っても見なかったからだ。

陽鬼達もこればかりはかなり驚いたらしく、全員がそれぞれ驚きの表情をしていた。

 

「……その天使が何で幻想郷……いや、旧地獄だったここまで落ちてきているんだ?」

 

「……廃棄、されたのです。私は既に主に捨てられた身、この身は主の命令により朽ちるまで天に帰ることはないでしょう。」

 

そして、追加で更に全員が驚いた。既に捨てられた、という少女。命令により自分の存在が抹消する事を受け入れている。

 

「……その、朽ちるまでの間は何をしておけ……みたいなことは言われた?」

 

「いえ、何も言われておりません。ですので、現時点で私の主はあの人以外にもう1人設定する事が可能です。

とは言っても、私の大元の主は変わりませんが。」

 

そう少女が答えた後に、陽は陽鬼達の方をチラッと見る。それで陽が何を考えているのかを察した陽鬼達は、それぞれ頷いた。

少しだけ安堵した陽は再び少女に視線を向けて話しかける。

 

「じゃあ……その主、って言うのに俺もなることが可能なんだな?」

 

「はい。特に有資格者が必要という訳では無いので、誰であっても可能です。主を設定するにあたり私の仮名称を付けなければいけませんが。」

 

「じゃあ……俺が主になろう。名前は後で考えるのはありか?」

 

「可能です。ですが、先に誰かに名前をつけられた場合はその人物が主となるために、早急な判断が必要となります。」

 

「それで構わないよ。」

 

そう言いながら陽は少女の手を持ち立ち上がる。少女はぴょこんとソファから降りて陽のされるがままに歩き始める。

本当にされるがままに、言われるがままにされ続けるのを見ていると、陽は昔の自分を思い出しそうになる。

興味の全てが無くなっていて、行う行動の全てが義務的におこなっているだけのもの。

 

「……とりあえず家帰ったらまず名前を考えてやらないとな、お前達と同じように………ってどうした黒音、そんな不機嫌そうな顔をして。」

 

「いや……種族的な意味合いで相入れづらいと思った迄じゃ。天使と悪魔……と言いたいところじゃが、吸血鬼も悪魔の劣化版みたいなものじゃからこう、イマイチの。」

 

そう言えば、と陽は思い出していた。いつも日の元を歩いているせいでうっかりしていたが、黒音も吸血鬼。デイウォーカーという特性があるだけで別に吸血鬼ではないという訳では無いのだ。

光には弱いのだ、デイウォーカーと言っても吸血鬼に光の力を使うものは、近づくだけでも毒となりうる存在でもある、ということを。

 

「……私には種族的なものはどうにも出来ません、自身の眷属を優先させるか、私を眷属とすることを優先させるかは主が決める事です。」

 

「……いや、別にそれが嫌って訳じゃないのじゃ。その……なんというか、何か後光がさしてるように見えて滅茶苦茶眩しく感じるのじゃ、何故かは知らんがの。」

 

「え、私何も見えないけど?」

 

「私も何も見えませんね。吸血鬼である黒音にしかわからない事なのでしょうか?他に確かめようがないのでどうしようもありませんが。」

 

陽は少なくとも、辛いのなら直接見なければいいのだろうと思った。じゃあどうすればいいか?までを考えて一つ案を思いついたのでそれを実行して見ることにした。

 

「よいしょ。」

 

「……一体何のつもりですか?」

 

「いや、君がその場にいるのが耐えられないのなら見えないところに置けばしばらくは大丈夫と思って……」

 

そうして陽がとった方法が、光を黒音の目の届かない様に抱き上げる事だった。抱っこをすれば、いい感じに少女の体は陽の体によって隠されるので黒音からは何も見えなくなるだろうと確信していた。

 

「まぁ確かに後光は見えんくなったが……」

 

「見えなくなったんならよかったよ。んじゃあ後はお燐に━━━」

 

「あたしがどうかした?」

 

部屋を出た後の扉の後ろから出てくるお燐。陽はずっとそこに居たのかと少し驚いてしまっていたが、丁度いいので部屋の中で決まった事をお燐に伝える。

 

「あ、連れて帰ってくれるんだね。助かるよ。さとり様もその子のことを心配してくれているのは分かってるんだけどさとり妖怪としての性というか、性質そのものが今のこの子を嫌っているようなものだしねえ。

けど、今言った通り心配もしているからできれば定期的に連絡をくれると嬉しいと私は思うよ。」

 

「さとりは優しいからな……分かった、余裕があれば定期的に連絡を行うようにしておくよ。

さとりにもそうしておく、ってことを伝えておいてくれ。」

 

「はいはーい。んじゃ、出口まで案内するから付いてきてね〜」

 

そう言ってお燐は先頭を歩き始める。それに陽達は微笑みながら付いていく。唯一、少女だけは抱きついている陽にガッチリとしがみついたままでお燐の方は全く見ていないが。

そして、暫く歩いているうちに出口にたどり着いた。

 

「今日は助かったよ〜」

 

「いや、幻想郷の人の話を聞いて解決させるのが俺の仕事だからな。

じゃあな。」

 

そう言って陽達は地霊殿から離れていく。新たな少女を抱き上げたまま戻っていく。

そして、そうやって戻っているうちに陽は一つ不安の種ができてしまっていた。

『紫にはこの子をどう説明するべきなのか』という悩みの種が、出来てしまっていたのだ……


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