「……おい、八蛇。どこへ行くつもりだ。」
「ん?月風陽が新たな力を身につける前に葬っておかねばと思ってな。我らが達成するべき目的はそれなのだろう?」
どこともしれぬ空間。そこに居たライガは覚悟を決めたかのような顔つきをしている八蛇に対して、どこに行くのかを問う。
それに対しあっけらかんと答えた八蛇に、ライガの表情にシワが寄っていた。
「おい、命令はあいつの言う通りに……ホライズンの言う通りにしろ。いくらお前だと言ってもあいつの能力の前には無意味だぞ?」
「ふん……確かにそうだ。能力者の能力が効かない者……『特異点』であっても、奴は能力を行使して消すことが出来る。
だが、それは運任せだ。やつは世界を操れない、唯戻すだけの存在。戻して世界が自分の都合のいいような世界に改変しようとする……そういう能力だということはよく知っている。
だからこそ月風陽を殺しに行く……ライガ、お前の言うことを聞かないのはこれが最初で最後かもしれんな。」
そう言いながら彼は姿を消す。それを見届けたライガは、溜息をつきながらその場に座り込む。
「……殺すんじゃなくて、殺しに行くことが俺達の目的だってのによぉ……ま、殺せればそれはそれでって感じだがな……」
そのつぶやきは誰に聞こえるという訳でもなく、虚空に消えていくのだった。
そして、まだ朝が登ったばかりの幻想郷にある八雲邸では。
「……は?買い物に行かせられない?え、なんで突然そんなこと言い出すんだよ。昨日まで行かせてくれていたじゃないか。」
「どうしてもよ。理由は言えないけれど人里は今危ない状況なのよ。だから今日はもうこの辺りで動き回っておくしかないわ。
理由を言えなくて悪いのだけれど、そういうものだと思っていて頂戴。」
ここでは、紫が陽に人里に行くなと言っていた。当然陽は反発しているが、紫はどこ吹く風と言わんばかりにそれをスルーしていた。
「私は今から忙しいから、用事なら後で聞いてあげるわ……それじゃあ。」
「ちょ、紫!?まだ話は……本当に行きやがった。」
紫は最終的にスキマを使ってどこかへと移動した。流石にスキマで移動されては追う術も何も持たない陽はどうしようもなかった。軽く頬を膨らませながら陽は縁側に少し感情任せに座る。
理由を言わず、けれどどこにも行くなというのは彼にとってははいそうですかと納得のできるものではないのだ。
「陽……何か大声出してたけど何なの……」
「あぁごめん陽鬼。起こしちゃったか?ごめんなちょっと騒がしくてさ。ちょっと問題はあったが……まぁ、解決するだろうし。」
陽は未だ寝ぼけている陽鬼の頭を撫でて部屋まで連れていく。まだ寝ぼけている彼女を二度寝させるためだ。
「……藍なら何か知ってるかもな。どうせあいつもそろそろ起きるだろうし聞いてみるとするか。」
陽がこんなに朝早く起きていたのは、朝ごはんの支度をするためだった。しかし、台所へ行く前に珍しく早起きしていた紫に呼び止められて……最初の方に戻る、という訳だ。
「……あぁおはよう、あまり騒ぎ立てるものじゃないぞ。私も少し驚いて飛び起きたようなものだからな。」
「……藍、支度する前にちょっとだけ話をしていいか?多分俺に言われてるんだから藍にはもっと早く伝えているはずだ……今日俺は紫に人里に行くなと言われた。
藍は何か知らないか?」
陽の質問に藍は表情を変えず、視線を合わせずして静かに黙ったままだった。しばらく経って答えようとしない藍に痺れを切らしかけた陽がもう1度質問をし直そうとした瞬間に藍が答えた。
「私は何も知らないな。何故紫様がそんなこと言い出したのか、なんてこれっぽっちも分からない。」
「式神であるお前に言わずに、俺にだけに言うなんてことはありえない。一応言っておくがお前が何も知らない、なんて言うのは嘘だって分かりきっているんだからな。」
「……ならば、人里に言ってみればいいんじゃないか?紫様のスキマがなくとも人里に行くことは可能だからな。」
藍の言った言葉に陽は驚いた。いつもどこかに移動する時は紫のスキマを使って移動していたため、スキマを使わずして移動できることに驚いているのだ。
「マヨヒガがあるだろう……あそこは木々が多いために迷いやすいが、実はちゃんとした手順を踏めば外に出られるんだ。その方法を教えてやる……」
そして、陽は藍にその手順を教えてもらってある程度時間が経ってから陽鬼達を連れてマヨヒガへと向かうことになったのだった。
「━━━にしても何で紫は人里に行くな、って言ったんだろうね?特になんの理由もなく言ってたってことはないよね?流石に機嫌が悪いとかじゃないのにそう言われるのは謎だし。」
「いや、八つ当たりも有り得ないでしょう……私としては何故マスターよりも早く起きていたのか気になります。仕事だというのならまぁ少しは理解できますが……でも、マスターがいつ起きてくるかなんて知らないですよね?朝作るものによって藍もマスターも起きる時間が変わってますし。」
「藍も何か知っておるんじゃろうが……しかし、まさかいつまで経っても帰ってこぬとは予想外じゃったの。仕事にしては些か長すぎるしのう。
一体何のために人里に行くなと言い、答えがバレぬ様にいつまでも帰ってこないという状況を作り出したのやら……藍は絶対に話さぬしのう……しかも藍もその方法を伝えた後にどこかに行ったらしいではないか。二人して一体どこに行ったのやら……」
「それら全部がわかれば苦労はしないだろうな……けど、こうやって黙られてる間は本当の信頼はないってことなのかもな。」
その後は適当に誰かが喋り出しては数分位で話題が止まる、の繰り返しをしていた。藍から教えられたマヨヒガ脱出のルートを思い出しながら丁寧に進んでいく。
「あれ、こっち行ったら戻っちゃうよ?」
「いや、これで良いのじゃ。マヨヒガの特性なのかは知らぬがこの森はただ真っ直ぐ行くだけでは一生抜けれぬ仕組みになっておる。そして、抜ける為には専用の道を使って特性を回避せねばならぬようじゃ。」
「へぇ……ずっとまっすぐ行けばいいとだけ思ってたよ、実はそんな風になってたんだね。黒音よく分かったね、魔法で理解したの?」
「まぁそんな所じゃ……とは言ってもその道順も……かなり難しそうじゃがな。行ったり来たりを繰り返しておるし。」
前へ行ったかと思えば後ろに行き、右へ行ったかと思えば左へ行く。そんな事を繰り返しているうちに段々と視界が開けてくる。木々が少なくなり、段々と平野が見えてくる。
「お、抜けれたようじゃな。主様、まだ道はあるのかの?」
「……いや、これ以上は無いな。もうほとんど抜けれたみたいだしさっさと人里に向かうとしよう。」
森を抜け、人里がある方向に向かって飛び始める陽達。陽は魔法により大きくなった黒音に抱き抱えられながら飛行する。
しばらくして人里が見え始めたため、一旦降りてから人里まで歩いて向かう。
「……特に何も起こってないように見えるんだがな。」
「上から見ても何も変わった様子はありませんでしたし……いざこうやって街の中に入っても、何も起きていませんね。
どこかに人が一極集中している、とかなら何かが起こっているというのはわかりやすいのですが。」
「まぁ話していても仕方が無い。取り敢えず人里で話を聞き、本当に何も無かったのなら何も無いで済ませるだけの話じゃ。紫が何かを隠していることは明白じゃしの。」
「そうだな……取り敢えず入ればわかる話か。」
そう喋りながら陽達は人里へと入っていく。しかし、中に入ってもやはり特別何かが起こっている、何か目新しいものが増えているなどの事は特にないので陽達は本当に困惑していた。
「うーん……やっぱり何も無いよね?私には分からないから聞くけどさ、結界が貼られているとかそんな雰囲気あるの?」
「……いえ、そういったことは特に感じ取れていません。一応私の刀を出して起きますが……」
「そうじゃの……妾もいつでも取り出せるようにしておくかの。
しかし、こうなってくると本当に謎じゃな。何故紫は人里に行くことを拒んだのか。何故藍は拒まずにマヨヒガからの脱出の手助けをしてくれたのか……色々謎は多いしのう。」
しかし、どれだけ歩いても異変も異常も疑問も違和感も何も出てこない。些細なことすらも分からないとなると人里に行く以外の意味で人里に行くことを禁じたのではないか、とさえ陽は考えていた。
「……けどそうなるとなんで人里限定にしたのか分からないな……」
「……うーん、やっぱりおかしい所なんて何も無さそうだよ?いつも通りすぎて逆に怖いくらいだし。」
「そうですね……無駄に警戒しているせいでここまでいつも通りだと不安はあります。」
「そうじゃのう……む?」
「黒音、どうした?」
「いや、そこの川に蛇が泳いでいるのが目に入っての。蛇も泳げるんじゃのう……と思っておったところじゃ。」
黒音の言った川を見ると、確かに蛇が上流に向かって必死に体を動かしているのが陽にも見えた。
そして、蛇を見て陽は八蛇を思い出していた。
「……いや、まさかな。」
「どうしたのじゃ主様……おお、蛇がこちらに向かって登ろうとしてきておるな。しかし体が湿っているせいで壁を登れずにその場で動いてるようにしか見えんの。」
黒音に言われてようやく陽はその事実に気づいた。しかし、八蛇の事を思い出したこともあり、あまり陽は蛇を見ていたくないと思い始めていた。
「……まぁいい、取り敢えず他の所に行って……おい、陽鬼達はどこ行った?」
「……それどころか周りの人間まで消えておるぞ主様。それ以前に……結界じゃ、結界が貼られておる。誰かが妾達を閉じ込めよった。」
周りに誰もいなくなった事で警戒度を高める二人。しかし、警戒せど警戒せど何かの気配を感じることは無かった。しかし、陽はそれ以上に川にいる蛇に警戒していた。
陽はこの結界が動物は消えないのか、敢えて消していないのかのどちらかが分からなかった。更に勘違いで攻撃したところにカウンターを入れようとしているんじゃないかという考えさえ出てきていた。
「……主様、警戒するのは良いがあまり警戒しすぎるとかえって足元をすくわれてしまうのじゃ。何にそこまで警戒しておるかは分からんが……あまり気負ってはいかんぞ?」
「……すまん、だったら……少しの間頼めるか。不安の目を断たないといけない気がするからな。」
「……分かったのじゃ。」
陽は少し移動して川が覗ける位置にくる。そして、未だに壁を登っている蛇に向かって能力で作りだした拳銃の銃口を蛇に向けて一発放つ。
蛇はその銃弾に直撃して川に落ちていく。陽は何故かこの瞬間をゆっくりと見ている気分になった。
しかし何も起こらない。起きようがない、と言われているのかと思うほどに何も起こらない。
「━━━酷いじゃないか、必死に陸に上がろうとしている蛇を撃ち落とすなんて。」
「っ!?」
どこからともなく聞こえてくる声。しかし姿は見えずとも声はあたり一面から聞こえてくる。
「八蛇!やっぱりお前か!!どこだ、どこにいる!!」
「ふふ……蛇はいつでもお前を見ている。さて一体どこにいると思う?もしかしたらお前の後ろかもしれないし前にいるかもしれない。上から降ってくるかもしれないしいつの間にか足元にいるかもしれない。」
八蛇の声がそう言うと、陽の前後に突然蛇が現れる。反射的に拳銃で撃とうとしたら上から蛇が振ってきて司会を遮られる。そして、気づけば足元に一匹巻きついていたのだ。
「ちっ!?」
刀を作り出し足元の蛇を一突きする陽。拳銃で前の蛇を撃ってから他の色々な方向から襲いかかってくる蛇達を薙ぎ払っていく。
「おいおい、意外と酷いことをするものなんだな。蛇達だって生きているのに……存外、簡単に殺すんだな。」
「てめぇの体の一部で再生可能な部分っていうのは分かりきってんだ!今更躊躇なんかするわけねぇだろ!!」
陽は刀と拳銃を持って走り抜ける。いつの間にかいなくなっている黒音、そしてこの空間。これらのことを考えて結界に閉じ込められているのは間違いないと陽は確信していた。
「……どこだ、一体どこに……」
陽は陽鬼達を探す、陽鬼達が別の何処かに飛ばされたとすれば探す方が手っ取り早いからだ。
そして同時に八蛇も探し始める。一体どこにいるのか、見つけた瞬間にこの結界を解除させるために、走り続ける。