「……んじゃあ、行くぞ。」
「えぇ、この辺りの境界を歪めたから、例え失敗したとしても問題は無いわ。」
「妾の方も準備はとっくの昔に出来ているのじゃ、いつでも行けるぞい主様。」
八雲邸、そこの庭で黒音と陽が向かい合っていた。そして、その二人の様子を見守る様に縁側に座る紫、陽鬼、月魅。
陽は朝のことを反復させながら自分の心の準備を整えていくのだった。
「……は?憑依をしたい?」
「そうなのじゃ、それのためのスペルカードも既に出来上がっておるし理論上は可能なはずじゃ。陽鬼や月魅との憑依を見させてもらってないのが残念じゃがまぁできなかった時はできなかった時でなんとかなるじゃろうて。」
「……いや、理論上は可能って言っても当事者の俺ですら何が起こってるのか分からないんだぞ?分かってることは『安定してる』か『安定してない』かの二択しかない訳だし。
そんなもんでいいのか?失敗したらどうなるかなんてよくわかってないんだしさ。」
数時間前、黒音が唐突に陽に提案をしていた。現在、陽鬼や月魅との憑依を可能にはしているものの、最近では陽鬼や月魅と離れることも多々出てき始めている。
だからこそ黒音は『自分とも出来るようになればいいのではないか?』と考えたのでこの時に陽に提案をしていたのだ。
「しかし、実験をせねば確証は得られぬ。失敗しても結果だけは嘘をつかないのじゃ。失敗してしまえばその結果と過程を変えて再度挑戦、また失敗すれば変えて再挑戦と何度も繰り返していけばいい。そうやって確かめていかなければいつまで経っても成功なんて出来ないのじゃ。」
「いやまぁそうだけどさ……いや、黒音が言うんだったらやってみるのはありだな。確かにやらないと失敗どころか成功なんてするはずがないよな。その通りだ。」
「うむ!ならば主様にはこのスペルカードを渡しておくのじゃ。このスペルカードには妾の魔力がふんだんに込められておるから同調しやすいと思うのじゃ。
まぁ殆ど仮定の話じゃから結果がどうなるかまだわからんがの。」
そして陽は黒音から真っ黒なスペルカード『
「……これまた黒いな。で、これをどうするんだ?」
「簡単な事じゃ、主様が妾を憑依させた姿を頭に思い浮かべれば可能と踏んでおる。聞いた限り今まではスペルカードが勝手に作られたという話じゃからの。極限状態でしか作れないようなものなら、極限状態じゃない時に作れるようにしておけばいいのじゃ。
ならば、憑依を無理矢理行うことによって生まれる状況を極限状態にすればいいのじゃ。」
「……理論的というか、想像的というか……まぁやってみようか……」
「忘れてはいけぬのが、ちゃんと姿を想像する事じゃ。そうでないと、意識が食われて暴走するからの」
「……んじゃ、早速いくぞ。狂闇[黒吸血鬼]」
陽がスペルカードを唱える。吸血鬼となった自分を想像しながらゆっくりと進めていく。
「……む?いだ、いだだだだだだだ!?」
「く、黒音!?どうした!?」
スペルカードを唱えた瞬間に叫びながら悶え始める黒音。陽はなんとかスペルカードの発動を無理やりやめて黒音に駆け寄った。
「か、体に物凄い激痛が……痛すぎて一瞬体がバラバラになったのではないかと思ったぞ……お、お主らはこれほどまでの痛みに耐えておったのか……」
「い、いや……私達には痛みなんてないんだけど……」
「えぇ……何というか、物凄く眠くなっている時に布団に潜り込んでまぶたを閉じるような感覚でしょうか。そういう心地よさを感じています。」
痛みで全く思考がまとまっていない黒音だが、今回の実験は失敗に終わっているという事だけは何とか理解していた。しかし、それ以上の思考を身体中の激痛が許してくれなかった。
「と、とりあえず部屋でやすひぎゅう!」
「こ、今度はどうした!?痛みだけじゃなくてまさか体の中がダメージを受けているとかか!?」
「そ、そうじゃ無いのじゃ……あんまりにも痛過ぎて……全身の皮膚が敏感になってて……そよ風であっても痛みを感じてしまうのじゃ……!いだだだだだだだ……!」
激痛で涙を流している黒音を見て、このままだと運べないと考えた陽はどうしたら黒音に痛みが走らないかを考え始める。まずは、風邪が黒音に当たらないように黒音の周りに板を地面に刺していきながら、風避けにしていく。
「……これで風避けにはなってると思うが……」
「うぅ……す、すまぬ主様……」
黒音は陽に謝りながらじっと痛みに耐え続けていた。しかし改めて落ち着いて考えてみると、何故失敗したのかという事がこの場にいる全員の考えとなっていた。
「……私と月魅だったらこんな風にならなかったことだけは分かるんだけどさ、結局のところ何で失敗したのか私たちもよくわからないよね?」
「はい……しかし、一つだけ予想してみたことがあります。」
黒音以外の全員の視線が月魅に向く。月魅は皆の前に立つように少し移動してから、まるで教師の様に説明を始める。
「まず、私は今回の事と陽鬼と私の事である違いがあると思いました。まだあるのかそれとももう無いのかは分かりませんが、少なくともこれだけは確定した一つの違いです。」
「その違いってなんなの?」
「……
そして、その場合考えている場合はほとんど無かった筈だと私は思います。」
月魅は陽に質問する。陽は、今までの憑依の事を思い出す。始めてしたのはライガと戦った時。2回目は白土に襲われた時など……確かに、どれもこれも一々考えていられるほど甘くはなかったことを思い出す。
「まぁ、憑依するのは基本的に戦ってる時だったからな……言われてみればそんな状況で考える事なんて出来やしないと思うぞ、余程弱い相手でもない限りは。」
「やっぱり……そうでしたか。
今回と今までの違いはやはり、意識しているかどうかでしょうかね。となると、マスターが本気で殺しに行くくらいの気迫を見せれる相手でないと憑依自体が成功しないのではないのでしょうか。」
「な、ナルホドの………過去の事を妾は考えておらんかったわけか。そう考えるとなるほど……合点が行ったのじゃ……」
返事をした黒音に陽が心配したような表情を向けるが、問題ないと言わんばかりに黒音は親指を上に向けて立てていた。
「ちょ、ちょっと黒音……貴女大丈夫なの?さっきあんなに痛い痛い言っていたじゃない。」
「い、痛みを緩和する魔法を掛けたのじゃ……とは言ってもせいぜい鎮痛剤程度の効果しか発動しないのじゃが、この際選んでいられないのじゃ……それで、その答えに対する対策……は思いついてたりしないかの、月魅。」
「残念ながら、思いついていません。強いて言うなら……考えて行動せずに、思い切った直感だけの行動をしろ……と言うくらいでしょうか。」
月魅の対する答えに黒音は顔を俯かせる。しかし、それは失望や絶望といった諦めの意思ではなく、むしろその逆。直感的な行動と同じ効果を得られるような行動をさせるためにはどうしたらいいのかを、考えているのだ。
「……まだ痛みは完全には抜けきってないのだから、とりあえず今は一旦部屋に戻りましょう?一度ああなった黒音は、なかなか戻ってこないから強制的に移動させるけど。」
そう言って紫はブツブツと打開策を考え始めている黒音をスキマで強制的に移動させる。黒音がスキマに落下した直後に屋敷の方から黒音のとんでもない悲鳴が聞こえてきたが、紫は気にせずに戻っていく。少し困惑しながらも陽鬼達もそれについて行ったのだった。
「……とりあえず、黒音が何とか回復したので何がいけなかったのかを改めてまとめていきたいと思います。黒音、結局あの後もブツブツ言っていましたが何か思いついたんですか?」
「答えはNOじゃ。いい打開策が一向に思いつかなくてのう……何せ、直感的な行動というのは擬似的に表現できるものではないからじゃ。
少なくとも魔法ではの。」
陽、陽鬼、月魅、黒音、紫の計5人は再び集まり、今度は居間で話し合いを始めていた。
「ではやはり……本番しかない、という事でしょうか。」
「そうなってしまうのが辛いのう…魔法使いである以上、考えながら行動するのが常なのじゃ。魔理沙やアリス・マーガトロイドの様な近距離戦を、持たぬ魔法使いは特にの。
それを捨てろというのじゃから辛い事この上なかろうて。」
「本番……と言っても誰かに弾幕ごっこやろうぜ、って言うわけにもいかないしそもそも本当にそれで使えるようになるのか、って疑問もあるしな。」
全員が顔を俯かせながらとにかく必死に考え始める。しかし、陽が言ったように誰かに頼むわけにもいかなければ、頼んだとしてもそれはゴッコではなく本気の殺し合いになる。流石に自分を殺せと言っている様なものなのでこれを頼む相手なんている訳が無いのだ。
「……まぁ、実際の所は殺し合いさせられるよりかはごっこで済む範囲ならそれでいいかもしれない、って事だよな。
こういうのを使わなくていいのが来てくれれば本当に……」
「これこれ、流石に今のタイミングで言うセリフでは無いのじゃそれは。流石にもうちょっと考えてくれねば少し悲しくなってくるのじゃ。」
「だからって事件が起きろ、って願い続けるよりはかなりマシな願いにも聞き取れると思うんだけどな。
本番しか使えないんじゃあ……な。それに本当に俺はそう思っているしな、一応………まぁでも、黒音の努力を無駄にする気もないんだ。」
そうやって黒音と陽が話し合っている間に陽鬼は小さく唸りながら考えていた。彼女も、どうやったら使えるのかと考えに考えているのだ。
「あ……異変、起こせばいいんじゃないのかな。そしたら異変解決させようとするみんながこぞって私たちを倒そうとし始めるよ。どう?これならいいんじゃ━━━」
「流石に異変を起こすのは……駄目だろ。しかも紫を必然的に巻き込んでしまうし、第一異変を起こした理由が『殺し合いがしたかった』って相当なサイコパスだろうよ。そこまでの戦闘狂は幻想郷にはなかなかいないと思うぜ、ほんとに。」
「だよねぇ……やっぱりこのままやっていくしかないのかなぁ。」
「そうじゃのう……やはりここは、妾の頭の良さを使うべきという事がよく分かったのじゃ。」
そう言って黒音は歩き始める。一瞬全員がどこに行くのかと疑問に思ったが、研究をするのだから自分の部屋しかないだろうとすぐに考え直して誰も止めようとはしなかった。
「……あれ、放っておいても良かったのかな?」
「アレが黒音だからな……止めても止まらない、魔法使いっていうのは何かに没頭してると自分の体のことすらも頭から消えるらしいからよく体を壊しかねないんだと。
時折様子を見てヤバそうなら無理やり止めてやればいい……それくらいしないと本当に止まらないだろうしな。」
「そうですね……没頭したい時はなるべくどっぷりとさせた方が良さそうですもんね。私達に出来るのはたった一つだけ……彼女の面倒を見てあげることです。」
「……藍にお粥を作らせようかしら。」
この後、なし崩し的に集まりは解散して個人個人でやりたいことをし始める。しかし、黒音の部屋には時折様子を見に来たりしていたのでしばらくの間は大丈夫そうだと陽は考えていたのだった。
「ようやく……出来た、のじゃ……きっと、今度こそこれで……」
しばらく日が経ち、黒音がようやく部屋から出てくる。フラフラになりながらもその目は何かを成し遂げたかのような目をしており、その手には漆黒のスペルカードが握られていたのだった。
「おっと……まったく、無理して……部屋で寝てなさい。」
陽は倒れかけてる黒音を抱き上げてそのまま彼女の部屋の布団で寝かし始める。余程疲れていたのか、横にした瞬間にグースカ眠り始めていて、それを確認した陽は軽く頭を撫でた後に部屋を出ていく。
黒音が眠ったので起こさないように騒がないこと、起きるまで放置していること。何かあったら無理矢理にでも寝かせること。
この三つを皆に伝える為に動き始めていた。後は、黒音が起きた後に黒音の大好物のものをありったけ作ってやろうとも思い始めていたのだった。