東方月陽向:新規改訂   作:長之助

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熱いものには蓋ではなく差し水を

「ふむ……」

 

部屋で一人、昼間に負担なく活動できる珍しい吸血鬼である黒音は情報をまとめていた。

前に起こった人里の火災、その際に里の人間が言っていた『道具が火をつけた』ということを魔法で調べあげ、その譲歩を全て書き上げていた。

 

「……あー、止めじゃ止めじゃ。何百何千と調べる気にもならんのじゃ。何じゃ適当なもんばっかり持ってきおってからに。百を超えたあたりで当たりが一切出てないのが本当に頭に来るのじゃ。」

 

しかし、里人から渡された火をつけたとおぼしきものは全て、何かしらの術や能力の影響を全くと言っていいほど受けていなかったのだ。調べあげた紙には全て『特に異常なし』としか書かれていなかったのだ。

 

「黒音、出来上がったか?」

 

「主様か……もー、面倒くさくてやってられないのじゃ。魔力を使うのもタダじゃないのじゃ。と言うかどう考えてもゴミを押し付けられたようにしか思えないのじゃ。付喪神化した道具とやらに興味を持ってしまったあの時の自分を殴ってやりたいのじゃ……」

 

そして、陽が部屋に入ってきた時には既に椅子に持たれてやる気を完全になくしていた。

陽はそんな黒音を見て苦笑していたが持ってきた饅頭とお茶を机の上に起き一服入れるように促す。

 

「ほら、饅頭作ってやったからこれ食べて元気だしな。疲れた時には甘いものが食いたくなるからな。」

 

「助かるのじゃ……にしても主様は本当になんでも作れるんじゃな……能力も存在しているものなら何でも可能というおかしな性能じゃし……その能力をもっと生かせればいいとは思うんじゃがの。」

 

「はは……妖怪じみた事ができるようになっても、俺自身の力量は何も変わってないってことだな。まるで何も成長しない、どうしようもないなホント……」

 

「……何か悪かったのじゃ……あ、そう言えば━━━」

 

何かを思い出したかのように黒音は近くにあった本を一冊手に取ってパラパラとページを捲っていく。そして、あるページのところで止まってそのページを陽に見せつける。

 

「……な、何だ?」

 

「人間と妖怪が一つになる、という術があっての。もしかしたら主様と何か関係があるかと思ったんじゃ。何かこのページに書いてあるような事をした記憶はあるかの?あ、これは翻訳後の妾が書いた本じゃからにせずに読んでほしいのじゃ。」

 

陽はとりあえず黒音の開いたページを読んでいく。確かにそのページには妖怪と人間が一つになる方法と言うのがわかりやすく書いていた。

しかし、そのページに書いてあるような方法は全て陽はやったような記憶が無く、読み終わってから本を閉じて首を横に振ったのだった。

 

「……むぅ、無いとなるとかなりしんどいのう……」

 

「急にどうしたんだ?」

 

「いや、主様は陽鬼と月魅の二人それぞれを体に憑依させて戦っておるじゃろ?そしてその2人を同時に憑依させる戦い方も。

ならば妾もそれが出来ないかと思っておったんじゃ。上手くいけば主様は魔力を使えるようになり、その魔力を妾が吸収すれば元の体の大きさに戻って戦うことが楽になるかもしれん、とな。」

 

陽は黒音のその言葉に少し嬉しさを感じていた。遠まわしに『一緒に戦ってくれる』という事なのだから力を貸してもらえるのは陽にとっては有難かったのだ。

 

「な、なんじゃニヤニヤして……ちょっと引くのじゃ。」

 

「……まぁ、唐突にニヤニヤし出したらそら気持ち悪いよな。いや、まぁ俺のことも考えてくれてるんだなぁって思ってさ。」

 

「まぁ曲がりなりにも妾の主じゃ、隠れ蓑に使ってしまってることも考えるとそれだけ恩を売ってといて何もしない、というのも非道な気もしてるからのう……見た目こそ子供じゃが、これでも中身は立派な大人なのじゃぞ。」

 

「あぁ、分かってるよ……ありがとうな、黒音。」

 

そう陽が礼を言うと、嬉しいのかどことなく誇らしげにする黒音。それを見て陽は更に頬を緩ませるのだった。

と、ここで黒音がふと何かを思い出したかのように陽に問い始める。

 

「そう言えば他の者達はどこに行ったのじゃ?朝からバタバタしていると思ったらすぐにどこかに出掛けてしまっておったしの。」

 

「あぁ……陽鬼と月魅は紫について行ったよ。んで、紫本人は事後処理のために人里に行ってる。木材運びや、解体作業にあの二人が必要なんだと。」

 

「あぁ、なるほど。新しい木材の回収やら一部が燃えた建築物の改修の為に駆り出されとる訳じゃな。

む?それならば何故妾には声がかからない?」

 

「まぁ黒音がここで道具たちを調べていたからじゃないか?流石に仕事をしている時とかに声はかけられないよ。」

 

「むぅ……それもそうか。」

 

陽の作った饅頭を頬張りながら黒音は納得がいかない、と言った表情をしていた。自分のやっていることが未だ進展がない、と言う状態なので尚更自分だけ仕事をせずにあそびほうけているような、そんな気持ちだったのだ。

 

「とりあえず一息つけたなら、何か別のことするか?魔力も結構使って疲れただろ?」

 

「……少し休憩したら再開するのじゃ。というか主様と藍は何をしているのじゃ?」

 

「俺は必要になったら声をかけてくれるって紫が言ってたよ。いざと言う時はって感じみたいだな。

まぁ俺の作る木材は他のものより強度が落ちてしまうからあんまり重要な部分には使えないんだけどな。藍は飯を作ってるよ、陽鬼と月魅の分だな。どっちにしろ紫がこっち来てくれないと何も出来ないんだけどな。」

 

「まぁそう言う理由なら納得なのじゃ。どちらにせよ仕事がない、ということじゃな。」

 

黒音の言ったことに苦笑する陽。自分の成果が上げられないことに若干自暴自棄になっているせいか自虐ネタまでし始めているんだろうな、と陽は察したからだ。

 

「……人里は今どうなっておるのじゃ?復興作業は順調に進んでおるようじゃが、わざわざ人間だけでも出来ることを紫達が手伝いに行くとは到底思えん。」

 

「何が言いたいんだ?まるで紫がそれ以外の目的がある、と言いたいみたいだけど。」

 

「文字通り、そのままの意味で言ったのじゃ……そもそも、人里で聖白蓮と豊聡耳神子が狙われたという事実だけで今人里は結構ピリピリしているはずなのじゃ。何せ悪い妖怪を完全に退治する豊聡耳神子の派閥、妖怪と人間を平等に協力しあえる関係にしたいと望む聖白蓮の派閥。

その二人が襲われ、尚且つその中でも神子側の人物が2人も怪我を負った。相反する二つの派閥がこれを見逃すわけもない。」

 

黒音の言いたいことを聞いて陽も彼女の言いたいことをある程度察せていた。表向きこそ人里復興の為の手伝いとして向かっているが、本来の目的は人里で無用な争いが起こらないための押さえつける役割として向かった、という事だとを。

 

「けれど、結局のところ違うんじゃなかったのか?だったら2人が押さえつけた方がよっぽど効果があるような気がするけど。」

 

「派閥の中にいる者達が全て彼女達のいうことを聞くとは限らん。ありもしない妄想をして、それをさも現実のように混同して敵をすべて滅ぼしていく。

特に神子派閥は妖怪嫌いも多いと聞く。これは彼らにとっては好機のはずじゃ。なにせ、妖怪を殲滅したいと思っておったところに今回の事件、聖白蓮を糾弾するには格好の材料じゃ。さて……そうなってしまえば最早派閥の中心である白蓮や神子ではもう止まらぬ。じゃから紫が出るしかなかったのじゃろう。

第三者に収めてもらえばいいこともあるんじゃ。」

 

「第三者……ねぇ……」

 

陽は人里に向かった紫達の事を考えて少し不安に襲われたが、迎えに来るまで待っていようと思ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

所変わって場所は人里。そこの人気の無い場所に紫は一人座っていた。

 

「紫、あっちもこっちもピリピリしてて話になんないよ……」

 

「こちらも同じです。話し合いの場を儲けようとしてもその場すらもすぐに保てなくなります。」

 

そして、紫の側に陽鬼と月魅も疲れた顔でやって来る。二人の様子を見て紫は二人の頭を撫でて無言で褒める。

陽達の考える通り、今人里は各地で小競り合いが起きてしまっていた。こういうことが起こらないように、文々。新聞での情報規制や各勢力から情報が漏れないようにしていたのに、結局どこからか漏れだしていてこの始末である。

 

「にしても……本当にここまで小競り合いが続くなんて思わなかったよ。神子派の人達皆がって言わないけどさ……他の考えを持つ人たちを糾弾していくんだもん、どうしようもないよ。」

 

「私達が言っても『妖怪のくせに』と言われ、仮に人間の方からの糾弾が入れば『妖怪の仲間』として扱われる。

少し落ち着きがなさすぎます……本来一番上にいるはずの神子ですら彼らを止められてません、相当暴走しています。」

 

二人の意見に紫は溜息をついた。まるで抜いても抜いても生えてくる雑草の如くあちこちで諍いが起きているからだ。しかも、止めようとしても一向に止む気配がない。暖簾に腕押し糠に釘、何度止めてもすぐにまたぶり返してしまいそろそろ紫達も体力の限界だった。

流石にこのままでは不味いと感じ取っている人里に住んでいた妖怪達は皆命蓮寺の手伝いをして、なんとか暴力の矛先が向かないようにある程度の人数でグループを組んでいた。

 

「まったく……このままだと止まるものも止まらないわ……一体どうすれば……」

 

「白蓮と神子を襲った犯人を突き出しちゃえばいいんじゃないの?二人とも顔は見てるはずなんだし。」

 

「いえ、恐らく無駄でしょう。元々神子派に属している過激派の一味は人里に妖怪が入ってる事を快く思ってない者ばかり……こんな絶好の機会を逃すとは思えません。

今回の事はただのきっかけ……余程のことがない限り止まることはないでしょう。例え、犯人を彼らの目の前に突き出したとしても白蓮の仲間だと言って全てを殺す勢いで動くに違いありません。」

 

「……何でそこまで争おうとしちゃうのかな。過激派の人だって神子の事に賛同した人でしょ?だったらそれが人間同士で争うべきじゃない、ってことは分かりきってると思うんだけど……何でなのかな……」

 

陽鬼の言うことに二人は黙る。人間同士、どころか妖怪同士ですら同族感において争う事があるが、人間のそれと比べれば大差ないと分かっているからだ。

 

「今この自体を『こんなことをしている場合じゃない』と割り切ってしまえるほど大きな出来事が起きればいいんですけど……そんな方法、特にあるとは思えないですし……」

 

「あ………それよ。そうよ、いっその事それくらい大きなことを起こしてしまえばいいんだわ。そうするだけの事を起こせるのよ、今の幻想郷は。」

 

「……どういう事?月魅が言ったような争いを引き起こすってこと?でもそれって幻想郷の管理者、っていう立場の紫がやっていい事なの?間接的に関係するのならともかく直接的に関係してしまったらダメなんじゃ……」

 

「だから、間接的に引き起こすのよ。

えーっと……幽々子は多分OKしてくれるだろうし紅魔館もいけるはず……あとは癪に障るけれどあの不良天人にも手伝わせてやりましょう……」

 

「………?」

 

月魅と陽鬼はお互いに顔を見合わせて一体紫が何を考えているのか、今は検討がつかないことを考えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅いな、紫。もうそろそろ帰ってきてもいい頃なんだけど。陽鬼と月魅だけ先に返して用事だなんて……何か用事が入ってるとか……藍は聞いてたか?」

 

「いや、私も聞いていないな。緊急のようなら私の所に何か連絡がある筈だが……それもない。何か嫌な予感がするが……何かしてないだろうな、あの人は………」

 

そして、あれから数時間がすぎた。紫は八雲邸に陽鬼達を先に返して陽達には『まだ用がある』と言って未だに帰ってきていないのだ。

そして、心配する一同の元に橙が走り込んでくる。

 

「ら、藍しゃま!大変ですぅ!これ、この新聞!烏さんがマヨヒガに持ってきた新聞!!」

 

「落ち着け橙、その新聞に何か書いて……なっ!?」

 

「藍、どうした……何が書いて━━━」

 

陽達が見た新聞、そこにはこう書かれていた。『レミリア・スカーレット率いる紅魔館と、西行寺幽々子が率いる白玉楼の二つの派閥が手を組み、博麗の巫女、博麗霊夢へと挑戦を叩きつけた』と━━━


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