東方月陽向:新規改訂   作:長之助

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狼と殺神と

「……おい、一つ聞くが……なんで豊聡耳神子を狙う必要があった?お前に言われてやったのはいいが……あの後どうするつもりだったんだよ。」

 

「あー……できれば殺害、ってくらいだったな。あいつは人に迷惑を働く妖怪を退治する巫女の役割を自分で行っているやつだ。それが今回の火事に乗じて『豊聡耳神子の殺害』が行われるとする。そうすりゃ人里は豊聡耳神子は聖白蓮が殺したというアンチ命蓮寺派と聖白蓮はそんなことはしないアンチ豊聡耳神子派に分かれる……そう予期したつもりだったんだが…まさか二人が同じ場にいるとは思わなかったんだよ。ま、結果として二人をどこかに追い払うことが出来たし、人里が火災になってるっていうのに何もしなかった二人……そういう図式が成り立った者もいて不信感は多少なりとも上がっただろうな。」

 

どこかの空間。白土が今回の件において豊聡耳神子と聖白蓮を狙う必要性をライガに問いていた。ライガは一瞬戸惑ったような表情をしてから白土の質問に答えていた。

 

「……で?本当の所はどうなんだよ。そんな高尚な目的があったわけじゃねぇだろうが。」

 

「……あーそうだよ。ただ単に確かめたいことがあったから確かめる目的で今回の事件を起こしたんだよ。

んで、大成功を収めたってわけだ。豊聡耳神子はその際に邪魔だから足止め目的だよ、ただのな。」

 

「……で?確かめたかった事ってなんだよ。」

 

白土のその質問にライガが口角を上げてにやりと笑う。その顔が少し腹が立った白土だったが、下手にキレても何もならないため仕方なくイライラしながらスルーした。

 

「鬼人正邪が俺たちと同格たり得るか……ってところだな。まぁ結局は同格ではなかったんだがな。だからついでに暴れさせたんだよ、八蛇の能力の確認もできるからな。」

 

「同格?俺はあいつの事はただの小物妖怪かと思ってたが……神格の血筋とかそんなんの可能性があったって事か?」

 

「いや、そんなもんじゃねぇよ。血筋なんかは一切関係ねぇ……あるんだよ、他者の能力を受けづらい体質ってのがな。俺はあいつがそうなんじゃねぇかとそう思っていたんだよ。だがあいつも所詮ただの妖怪だったってこった。」

 

「……なんだよ、その他者の能力を受けづらい体質って。そんなもんが本当にあんのか?」

 

そして、白土のその質問に待ってましたと言わんばかりにその場に座っていたライガが立ち上がる。その顔は歪んだ満面の笑みだった。

 

「『特異点』俺達はそう呼んでいる。ある一定の他者の能力を全く受け付けない能力だ。能力って言っても俺らが使うようなやつじゃない。体質的な話だ。

特異点は生まれながらにして特異点、その特異点を俺達の仲間に引き込むというのが俺達の目的。逆らえば死、従わないといけない。お前もその特異点の一つなんだぜ?白土。」

 

「……俺が?十六夜咲夜の時止めに俺は対応出来ていない。俺は違うだろうがよ。」

 

「他者の能力を受けづらいつってもよ、限度があるわけだ。実際特異点が無効化に出来るのは自身に直接影響のあるものだけだ。十六夜咲夜は基本的に自分以外の全ての時を止めたりするからな。例えばどれだけ爆発しても体に傷がつかない……と言っても世界そのものを爆破されたんじゃ土台がなくなって死んでしまうようなもんだ。世界そのもの、じゃなくて自分に直接的にしか影響がないものじゃないといけない。

例えばレミリア・スカーレットの『運命を操る程度の能力』でお前が転ぶ運命に変えたとしよう。だがお前は特異点だからその運命には従わない。

だが、足元の小石に踏んだ相手を転ばす。という運命に変えるなら……お前は転ぶのさ。」

 

ライガの説明に白土は?マークを浮かべていたが、その内『能力を受けづらい体質の持ち主』という所だけ理解していればいいと考えて他を考えないことにした。

 

「……とりあえず、特異点を仲間に引き入れるってのはわかった。だが引き入れた後どうするつもりだ?陽を殺すにしてもあいつだけなら別に誰でもいいわけだしな。」

 

「勿論あいつは殺すさ……だがな、特異点は世界に大体10人前後いるらしい。

そんでもってその全員の能力を何かしらの方法で手に入れた時……とんでもねぇパワーになるんだとよ。」

 

「……何かしら?どういう事だ?その力を手に入れる方法があるのが分かっているってことか?」

 

「人間が妖怪の肝を食えばその人間は食った妖怪の力を使うことが出来る。妖怪が妖怪を食った場合も然りだ。

逆に妖怪が人間を食うのは、人間の恐れを食うからだ。妖怪を恐れていれば恐れているほど食った時に増す力が大きくなる。

例外として、人間の負の感情を人間ごと食う奴もいれば人間の驚いた感情だけを食う奴もいる。

なら、この方法を特異点の能力に関しても使えないか?と俺達は考えてんだよ。」

 

ここまで来て白土はその方法を理解した。そして、その方法を理解した後にニヤッとライガの方を向いて口角を上げていた。

 

「なるほど、つまりお前と八蛇を食えば問題ないってことだな。ライガ()。」

 

「逆に俺がお前と八蛇を食ってやるんだよ。白土()。」

 

お互いがお互いに睨み合いながら笑みを浮かべていた。白土は妹の為に目の前の協力者()を殺す為にライガを殺し、ライガは白土を殺す為に白土()を喰らわんとするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけないでよ!何で私達があんたの手伝いなんてしなくちゃいけないのよ!!

そうだよねぇ……いくら何でもちょっと理不尽過ぎるよー

だ、だから無理ですううう!」

 

「ケルベロスの言う通りだ……貴様に従う気など毛頭ないわ。」

 

「そうじゃのう………お主が儂らに土下座して謝れば手伝うことを考えてやっても良いぞ?」

 

ライガと白土が別れてから白土は神狼の三匹を呼び出す。呼び出した途端に口々に文句を叫んでいるが、白土はそれを全て無視しながら紙を取り出して椅子を作り出す。

そして、そこに深く腰掛けて3人をじっと見つめる。

 

「……お前ら、そうやって自分が俺よりも偉いと思っているが……お前ら自分のルーツ分かんのか?ケルベロス、フェンリル、ティンダロスとしてのルーツをよ。」

 

ある程度眺めてから、白土は3人の声を遮って三人に質問を解いた。最初はポカーンと呆気に取られていた三人であったが、すぐさま白土を嘲笑うかのように軽く微笑み始める。

 

「当たり前じゃろうが、自分のルーツを知らずして何が神狼か。儂の伝説は━━━」

 

そう言い始めたところでティンダロスの表情が固まる。張り付いたような笑顔になり、その後すぐに真面目な顔をしてすぐに段々と青ざめていく。

 

「……な、何しているのだティンダロス……そ、そうだ。私の、フェンリルの逸話を聞けば思い出すかも━━━」

 

そしてティンダロスに続いてフェンリルまでもが青ざめていく。そうやって二人の様子を見ていたケルベロスも慌てて思い出そうとしているが同じく顔が段々と青ざめていっていた。

 

「……き、貴様我らに何をした!?我らの逸話!ルーツ!存在意義!神狼として覚えているはずのことをすべて忘れている!」

 

「俺は何もしていない。そして、お前らは元々一つの場所に集まっていたが……お前らは全員それぞれ別の神話形態から生まれた存在、出会うはずのない存在なんだよ。お互いにな。」

 

「なっ……!?な、ならば何故儂らはあそこにいた!出会って……いや、そもそも儂らはいつ出会って、いつからあそこに住んでいた……!?」

 

ティンダロスの言った言葉に2人がはっとした顔になる。そう、3人ともお互いに出会った記憶もいつからあそこに住み始めたのかさえも記憶になかったのだ。

 

「……伝説は逸話から成り立つ、信仰も同じさ。例えそこに何も存在していなくても、心の底から崇め奉れば神の種族というのは生み出される。逆に忘れ去られてしまえば、ちゃんと存在していても神格は失われてしまう。

お前らは名前と力だけがある『偽物』なんだよ。本物のお前らは女ではなく男、お前らはあの村の奴らが作り上げた本当の偶像に過ぎないのさ。」

 

「なっ……ふ、ふざけるでない!ならば何か!?儂らは紛い物であり、奴らの信仰は儂らを生み出すだけのものじゃったと、そういう事なのか!?」

 

「そうさ、お前らは過去に村からの願いで周りのいくつかの村を滅ぼしただろ?お前らは都合のいい道具にされていたんだよ。

あの村の住人達の……先祖にな。だからこそ真実は明かさなかった……いや、お前らからしてみればいつまでも三人仲良くする……そんなお伽噺みたいな逸話がある意味ではルーツだもんな。ま、それに中身なんて伴ってないゆえにこういう弊害が生まれてしまっているわけだが。」

 

白土を除いた3人はまるで力が抜けたかのようにその場に倒れ込み顔面蒼白となっていた。

今まで三人でいた記憶というものは、全てあの村の者達の悪意から成り立っており、ならば自分達の本当というのはどこにあるのか、と誰に問うこともなく心で自分に問いていた。誰も答えない、答えられない悪魔の証明に等しいことを。

だが、白土はこの三人の様子を軽く確認してから話を再開した。

 

「……だからこそ、お前らが真実として戦ってみたくはないか?自分達が本物だとしてな。」

 

「……儂らが、本物……?つい今し方お主自身が儂らは偽物じゃと……そう言ったでは無いか。そしてそのとおり儂らは偽物だった。こんな偽物だったからこそお主に負け、儂らはこうやって奴隷の如く扱き使われておる。」

 

「そう、お前らは偽物だ。だが、偽物が本物に劣っているなんて言うのはまだ分からないことだ、違うか?お前らが本物に劣っているのかどうか、まだそれは判明していない。だったらまだお前らが本物になり変われる可能性はあるって事じゃねぇか。」

 

知らずのその言葉に3人は耳を傾けていた。やってはならぬ事だと三人は理解していても白土のその言葉は傷が入った三人の心に甘く溶け込んでいった。まるで悪魔の囁きのように。

そうだ、逸話で男として語られているだけで実は女だった、と言うことにするだけで特に何も変わりはしない。ならば本物に代わってもいいのではないか?と段々考えるようになっていった。

 

「……どうすれば、本物に取って代われるかの……」

 

「そんなん知るか。俺はお前達の力を勝手に使っているだけで種族としては人間だ、どうやったら神狼が倒せるのか呼び出せるのか全く分かりゃしない。

だがな、お前らが『自分たちは偽物だが、偽物が本物に負ける道理はない』という事を考えておけばいずれ道は開くんじゃねぇか?

やるのはお前らだ、戦うのはお前らだ……その為に、俺に力を貸せ……俺に力を与えて、お前らが自身を強くするためにな。」

 

「はん……方法が無いどころか考えることすらも儂らにぶん投げてしまうのか……お主は本当に、心底儂らの怒りを買いたい様じゃのう……のう、フェンリル、ケルベロス……お主らはどうしたい?」

 

ティンダロスのその問にフェンリルは静かに顔を上げて、ケルベロスはそっぽを向きながら、しかしどこかやる気に満ちている目をしていた。

 

「……私達を解放するためにはその男を殺さなければならない。しかし、今の私たちではそれも不可能。」

 

「けど……私達がこの男の支配から抜け出せるほど強くなれればその男からの支配から抜けられる……

それどころか、下手したら本物を殺してしまう可能性もあるんだよねー……

下、下克上って怖いイメージしかないからやりたくないです……け、けどやらないといけないならやりますぅ……!」

 

三人の答えを聞いて白土は内心高笑いをしたくなるような気持ちがあった。だが、それを抑えて三人を見据えて自分も自分の目的のために動こうとしていた。

そしてそれを眺める者達もいた。

 

「……なぁ、何であいつをこっち側に引き入れた?引き入れることがなければあいつもまとめて殺せばよかったはずなんだがな。」

 

「まぁ良いではありませんか。肥えた獲物ほど美味い……しかし肥えすぎるとこちらが食べるどころかあちらが私達を食べに来る。だから時を待つのです。一番食べやすく、なおかつ食べられないギリギリの時期を狙うんですよ。」

 

マター・オブ・ホライズン、そしてライガ。この2人が白土のことを眺めていた。白土がいつ反逆するのかを待っていた。

ライガは今からでも、例えこちらから仕掛けたとしても構わずに潰そうとしていた。ホライズンは機会を待っていた。白土は神狼達を利用してライガ達を潰そうとしていた。

互いが互いを潰しあおうと画策しながらも、これからも協力していこうという考えの元、動いていくのであった。


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