「ほらぁ!能力を使わなくてもアンタみたいな弱小を倒せるんだよ!!アイテムも!能力も!スペルカードも!!あんたには弾幕一つで十分なのさ!!」
ところどころ燃えている人里のその一角でその戦いは続いていた。鬼人正邪と月風陽の戦いである。弾幕を打てない陽はひたすらに避け、陽のその避ける行動ですら自分は相手に勝っていると考えようとするほど、ブチギレている正邪は攻撃を続けていた。
「さっきから避けるばかりで何の反撃もしてこない!空を飛ぼうともしない!弾幕ごっこやるには空飛べねぇと意味無いって知ってるかよ!?あんたはこの幻想郷でお尋ね者である私以上に幻想郷に受け入れられていないのさ!戦えない一般人が出てくるなよ!大人しく餌になっておけよ!弱いものは強いものに搾取されなくちゃならないんだよ!だから私は、私はァァ!私は、強いんダァァァァァ!」
「……狂ってきてるな。お前の本音は何なんだ鬼人正邪……弱者が強者を虐げる世界か?弱者が強者よりも強くなって見返している世界か?それとも誰かに認めてほしいだけなのか?」
その問に正邪は返さない。まるで自分を認めてくれる者がいない、と泣き叫ぶかのような怒号。何の形であれ誰かに認めてもらいたかったのではないか?構って欲しかったのではないか?
しかし、いくらそう考えても真実は陽には分からないし、恐らくどれだけ説明されても納得することはないだろう。
仮に納得しても、プラスであれマイナスであれ認めてもらおうとする努力すらもしてこなかった自分にはどちらにせよ彼女に意見する権利はないと思っていたからだ。
「……俺はお前が倒す。誰かに構ってほしい、そう思うのは勝手だが目の前の敵を見逃すことは出来ないんでな。」
「ほざけ雑魚!私にただの1度も攻撃を当てることが出来ないような奴に私が分けることなんてありえないんだよ!!人間がァ!妖怪に勝てるとでも思ってんのかァ!どれだけ弱かろうと!道具がなけりゃ虫にすら劣る人間がァ!」
そう言って正邪は陽の目の前に飛び込んでくる。拳を握りしめ、そのまま一気に陽の顔を殴り飛ばそうとしたからだ。
しかし、力を振り絞る前に陽が自ら咄嗟に飛び込んできたのだ。一瞬焦った正邪だったが、そのまま拳を振り抜き始める。
陽は、迫ってくる拳をものともせずに頭を振り上げて一気に振り下ろし始める。陽の顔に正邪の拳がぶつかるが、陽の頭はそのまま正邪の頭に振り下ろされる。要するに、頭突きである。
「がっ……!」
陽は、この頭突きまでの工程で1度も能力を使わずに正邪を全力の頭突きで叩いていた。額が切れて血が流れるが、そんなことを気にせずに陽は正邪の状態を確認して正邪を担いで、そのまま運び始める。
このまま放置しておけば、恐らく正邪は全ての罪をなすりつけられる。幾らお尋ね者とは言え、無実の罪まで被せられたら……というのを考えて陽は放っておけなくなったのだ。
そして、陽はそのままフラフラと歩きながら元来た道を戻って言ったのだった。
「ちっ……!」
「打てども打てども……全部封じられていくとは…思いもよらなかったわ……」
「……私のナイフも残り少なくなってきました。」
紅魔館。そこでは未だに白土と紅魔館勢の戦いが繰り広げられていた。しかし、白土の食らう程度の能力のせいもありお互いがお互い疲労し続ける消耗戦と成り果てていた。
パチュリーが魔法を撃てばその魔法を白土が食らい、咲夜がナイフを投げても食らう。白土に攻撃を与えようとしても片っ端から白土が取り込んでしまうので全く向こうにダメージを通すことが出来なかった。
そして、白土は白土でパチュリーの魔法や咲夜のナイフ、レミリアのスピア・ザ・グングニルと他の弾幕によって無効化し続けていても全く進めないという状態になっていた。
「ちっ……もっとデカイ一撃を入れたい……がっ!」
「そんなのさせるわけがないだろうが!わざわざ大技を発動させるのを許すほど連携が無い訳では無いのだからな……!」
そして、白土が何かスペルカードを発動させようものなら即座に誰かが攻撃を加えてくるので白土も中々決め手を出しあぐねていた。
白土に近づけば即座に餌食にされるため近づけず、白土の方から近づこうとすれば捌ききれない攻撃で後ろに下げられる。そんな攻防をもう何十と続けていた。
「お嬢様……これでは……」
「分かっている……流石の私も疲れてきた……同じ事を何度繰り返したか……咲夜、パチュリー、あの分身達諸共一気に片付けるぞ。あいつは手のひらでしか攻撃の無効化は行えない、ならば範囲攻撃で一気に消すぞ。私とパチュリーが大型の技を使い、咲夜が時を止めて一気に終わらせてくれ。」
「……分かりました。」
「よし……行くぞ……紅符[不夜城レッド]!」
レミリアは白土の真上に飛びスペルを発動させる。そうはさせまいとレミリアの周りから飛び込む白土の分身達だったが、レミリアを中心としたまるで十字架の様な光が白土の分身達を全て消していった。
「ちっ……分身共の大半が消されたか……」
「これで少しは楽になった……さて、そろそろ本体にも分身体ともどもご退場願いたいのだがな。」
「退場する訳ねぇだろって!!」
「パチェ!!」
レミリアが叫ぶとその瞬間からパチュリーは魔法の詠唱を始める。自身が持てる限りなく強いスペルカードを唱えるために。
本来、彼女にとっての詠唱する魔法は嘆息である彼女にとっては唱えづらいものであり調子がいい時にしか使えていなかった。
だが今日は調子がいい為に何度も連発することが出来た。高位の詠唱を唱えるには充分な体調だった。
「火水木金土符[賢者の石]……これで消えなさい……!」
パチュリーの周りに現れる五つの石。それぞれの石にそれぞれの属性が備わっており、そこからレーザーが放たれていく。
「ちっ……!」
白土はこの石から放たれるレーザーに当たらないように避けていくが、分身達は食らう程度の能力を使って消そうと試みる。しかし、レーザーを取り込もうとしたその瞬間から一体は一瞬で灰になり、もう一体は液状化していき、さらにもう一体は身体中から木が生え、もう一体は体が金属化していき、もう一体は土塊のように体が瓦解していった。
「……なるほど、あなた本人はどうか知らないけれど手のひらで発動するその能力は取り込んだものの性質を吸収する能力みたいね。本来弾幕や魔法ではそんなことは無いみたいだけれど……賢者の石はその属性に特化した魔法って扱いになっているのかしら?悪食なのもあまり良くないと教えられたわ。」
「調子乗ってんじゃ……ねえぞ!」
レーザーを避けながら白土はパチュリーに迫っていく。レミリアがサポートに入ろうとするが数こそ減ったが、まだいる分身達に阻まれてパチュリーの元までたどり着くにはタイミングが完全に遅れてしまっていた。
「これで終わり……がっ……!?」
しかし、腕を振り上げた瞬間に白土は仰向けで倒れる。その胸には1本のナイフが刺さっていた。輝く銀のナイフである。
「……ようやく隙を見せてくれたわね。私の攻撃はダメージが通らないと思っていたかしら?生憎だけれど、貴方みたいな狼男にぴったりの銀製のナイフがあるのよ。そうでなくとも心臓を一突き……聞こえているかどうかは分からないけれど、これで終わりよ。」
「ふ……ふふふ、ふははは……!」
ナイフが心臓に刺さったまま笑い始める白土。それに対して咲夜は笑っている白土を訝しげに見つめていた。
「……何がおかしいのよ。」
「あぁ……すまんすまん……確かに俺はここで終わるだろうな……
それと同時に分身達は全員自分の体を何かしら傷つけて、血が出ているところに手を当てる。同時に、異常を感じ取った咲夜が時を止めて外に出ていた白土以外のメンバーを一気に屋敷内の部屋に押し込み、全員を確認してから時を動かす。
途端、屋敷の外で大爆発が起きた。流石に屋敷もかなり吹き飛んだかもしれないが、死なないよりマシだと思った咲夜は軽くため息をついた。
「……咲夜、これは……」
「……あの男、自身を自爆させて私達をまとめて葬り去る予定だったようです。しかも、私達が戦っていた者達は全員分身体。本体はまたどこか別の場所で……この煙は……?」
話している間に部屋に蔓延する煙、最初こそ爆発した影響で出てきた煙なのかと思ったが、それにしては早すぎる上にどこか燃えて出てきた煙ならば臭うはずの焦げ臭さが臭わなかった。
「……っ!咲夜後ろ!!」
「え━━━」
爆発に耐えるために締め切った扉。夜に生活するレミリアだからこそ利く夜目。その夜目が咲夜に近づく、扉の角から現れた白土に気づいていた。
「くっ!」
「おせぇ!!」
時を止めようとする咲夜、それに対してスグに咲夜に向けられる爪の一撃。その一撃は、咲夜の体を切り裂き彼女の体をバラバラに━━━
「……がっ……!?」
「……この能力の使い方は、かなり体力を消耗するので……あんまり、使いたくないんですが……所謂、『残像』というもの……かしら。」
━━━なっていなかった。白土が切り裂いた咲夜は霧散してそのまま消え去っていっていた。代わりに、白土の脳天には一本のナイフが刺さっていた。
「……貴方今の……何をしたの?咲夜。」
「パチュリー様は知りませんでしたっけ……今のは……『私があそこにいた時間を伸ばした』って考えてくれればわかりやすいかと……」
「……つまり、本来一瞬しかなかった『咲夜がその場所にいた時間』を限りなく伸ばして劣化分身体を作り上げて、その分身体を攻撃させた様なものなのね……それを人間の身でやるなんて……無茶苦茶ね、ほんと。」
「お褒めに預かり光栄でございます。」
咲夜が軽くお辞儀で返す。『疲れているだろうに』とまるで何事も無かったかのような笑顔な咲夜に、パチュリーは呆れながらそう思った。しかし、そんな中でもレミリアは未だ警戒していた。
「咲夜、どきなさい。」
「は、はい。」
咲夜をどかせてレミリアは扉に向かって白土ごとスピア・ザ・グングニルを使い、扉を吹き飛ばした。念のためにドアのあった場所にある『直角』と部屋の両済の『直角』を潰して外に出る。
「お嬢様……どうなさったんですか?」
「……私はずっとあいつの移動能力が紙を媒体とするものだと思っていた。だが、実際はどうだ?今あいつは扉から出てきたんだ。ならばあいつの使っていた紙と扉の共通点はなんだ?」
「直角……まさか、直角から入りまた別の直角から出てくる能力……お嬢様はあの男の能力をそう考えているのですか?」
「実際、予想出来るのはこれくらいだ。もしかしたら何か別の要因があるのかもしれない。だが、そういう能力だと考えていいだろう。」
そう言いながらレミリアは部屋から離れていく。そのままとある場所に向かっていた。それは白蓮達を入れた部屋である。
どこか分かりづらい部屋に隔離しておくのを少しは考えたレミリアだったが、すぐに考え直して地下のフランの部屋に入れていたのだ。けが人2人と一緒に入れておくだけより用心棒代わりで入れておいた方がいいと思えたからだ。
恐らくは無事だとはレミリアは思っていたが、如何せん先程の白土の分身体の例もあり、もしかすればフランの部屋に割り込んでいる可能性もないとは言いきれないため、向かっているのだった。
「フラン、大丈……夫………」
「あ!お姉様!」
フランの部屋に入ったレミリアは絶句していた。元々紅かったとは言え、辺り一面が肉塊が転がっていたり血溜まりが出来ていたりと、とんでもない地獄絵図に変わっていたからだ。
「……フラン、この惨状は……?」
「えっとね?変な男がいっぱい来たから破壊して遊んでたの!ちゃんとこの人たちを守ったわよ!」
レミリアは顔に手を当てていた。説明不足でも、ましてやフランが考えも無しに破壊し続けたわけでもない、というのはレミリアは分かっていた。だが、ここまで酷いことになるとは思ってなかったのだ。
「……末恐ろしいものだ。まさかあそこまで一方的な戦いになるとは思わなかった。もう頭から離れられそうにないよ。」
「こう……酷く鮮明に覚えてしまってるのが少し……」
そしてレミリアの予想通り2人に一種のトラウマだけを植え付けてしまっていた。レミリアが想定できる中である意味最悪のシナリオではある。流石に破壊せずに対処しろとは思わなかったが。
「とりあえず……掃除はメイド達にやらせるから貴方は血を洗い流してきなさい。咲夜が使ってる奴らじゃなくて私たち用のよ?分かってるわね?」
「はーい!」
フランに血を洗い流すように促して部屋から出してから、レミリアは再度フランの部屋を見て、こう思った。『もうちょっと能力を抑えるように言いつけておこう』と。
最終的にフランの部屋は白土の血だらけ状態でした。