「では、お主は一人我々は3人ということでいいな、ゆくぞ我の最大火力の一撃を食らうがいい!古舟[エンシェントシップ]!」
「ちょ!待て!いきなり過ぎるだろっ!!」
唐突に現れる船。その船の上に布都が飛び乗り弾幕をバラバラと撒き散らしていく。あまりにも唐突なことだった故に陽を始めとして、布都以外の全ての人物が呆気に取られていた。
しかし、すぐさま冷静さを取り戻した豪族達はお互いに顔を見合わせて頷く。そして何かしらのアイコンタクトをした屠自古が布都よりも上の位置に浮かび上がってくる。
陽を倒そうとしている布都はそれに夢中になっており、飛んでくる布都には気がついていなかった。
屠自古はこのまま一旦電撃を布都に与えてまた痺れさせて止めようという魂胆だった。神子も同じ事を考えていたので屠自古のこの行動を止めようとは思わなかったのだ。
しかし━━━
「あまりやりすぎると、誰かからの報復が待っていることをあなたは知った方がいいですよ。」
「む?」
月魅が屠自古よりも先に布都に切りかかっていた。布都は突然目の前に現れていた月魅に驚いて、彼女が自分の乗っている船を切ろうとしていることに一瞬気づくのが遅れてしまっていた。
「せい!」
そして、一息の掛け声とともに月魅の刀が布都の船を切り裂く。それでバランスを崩した布都は地面に激突し、月魅は着地していた。
しかし、落ちた痛みを我慢しつつ勢いよく起き上がり、陽のいるであろう方向へと視線を向けてガッツポーズを取る。
「我の船は真っ二つになってしもうたが、これで月風陽も痛い目を見たであろう!いいか!人里に迷惑をかければこういう痛い目に……む?」
そこは弾幕が落ち続けていたせいで土煙がもうもうとしていた。しかし、その煙が晴れていくと段々と一人の人影が浮かび上がってきていた。
無論、その煙が晴れる頃には布都もそれが誰か分かっていた。そう、陽だった。
「何故じゃ!何故傷一つおっておらん!!」
「お主が弾幕を主様にバカスコ撃って楽しんでいる時は邪魔しても気づかなかった様なのでな、全部妾が撃ち落としたのじゃ。狙って当てるようなものでもなさそうだったみたいじゃし、主様に当たりそうなものだけ対処させてもらったのじゃ。」
「くっ!我1人だけであったのに三人がかりとは卑怯な━━━」
瞬間、布都の顔を横切るように高速で何かが飛んでいった。布都の髪の毛が少し削られたのかパラパラと地面に落ちていった。
投げられた方…1番前にいた月魅の後ろにいる陽よりも後ろ、そこにいる黒音よりも更に後ろ……そこでは陽鬼が石ころを上に投げては掴み、投げては掴みの繰り返しをしながら布都を睨んでいた。
「急に決めて不意打ち……そのせいでてっきり私は本格的な戦いをするもんだと思ってたよ。ルール無用、不意打ちをしても文句は言われない気づかない方が悪い……てっきりそうだと思ってたから、今つい手が出ちゃったよ。
それでえーっと……なんだっけ?1人なのに3人がかりは卑怯だっけ?じゃああなたが最初に言ったことってなんだっけ?あなた達3人と私達の主が一人で戦うとか言ってなかったっけ?」
「そ、それは……」
「反論できないなら……あんまり勝手なことしないようにね?貴方の失態は貴方の大切な太子様の顔にまで泥を塗るハメになるんだから。」
布都は無言で神子の方を見る。対して神子の方は歩いてきて布都を通り過ぎ、陽の目の前でしゃがみ、手を差し出した。
「ウチの布都が申し訳ないことをした。いや、我々がやっていること自体かなり恥ずかしいことなのではあるのだが……ちゃんと公平に試合をするつもりだった。
まさか布都が先走ってしまうのにはさすがの私も驚かされた。彼女の心の欲望は私の役に立ちたいという願いしかないならね。私でも何をするか予測不能だ。」
「い、いや……別に俺は気にしてないけど……」
陽はそれよりも本気でブチ切れているかもしれない陽鬼に対して若干ビビっていた。扱いやすい布都よりも、怒らせたらどうなるか分からない陽鬼の方が今の陽にとっては恐怖の存在でしかなかったので、布都のことは気にしていられなかったのだ。
「そうか、気にしていないならいい。今日はもう帰ってほしい。今から仕切り直しというわけにも行かないからな。それに、こちらも布都に少しばかりお説教をしてやらないといけないからな。」
「そ、そうか……」
こうして、よく分からないまま陽は八雲邸へと帰っていったのだった。その間、陽鬼は物凄く不機嫌なままだったために陽は彼女にとても話しかけづらい状況が続いてしまっていたのだった。
「え……豊聡耳神子のところにいたの……?」
食事中、紫は驚きの余り箸を落としていた。床に落ちそうになっていた箸を、藍がぎりぎりキャッチしていたので難を逃れたが。
「うん……何か、俺の力を見ておきたかったらしかったんだけど、布都って人の暴走で有耶無耶で終わっちゃって。また次あった時にでも手合わせをよろしく頼む……みたいなこと頼まれちゃって。」
「何で唐突にそんなこと頼むのかしら……私に喧嘩でも売ってるのかしら?」
「だからって、あの人にちょっかいかけるのやめてた方がいいと思うけどな。手を出してしまったら、人間の俺に肩入れしてるって事になって『一人の人間に肩入れしてしまったらただの妖怪や人間と変わらない』とか言って退治する名目を得てしまうよ。」
陽は冗談半分、真面目に考えていること半分で伝える。実際問題、もし仮に彼が巻き込む様に人里に被害を与えてしまっているのではなく、人里に故意に被害を与えていると考えられてしまった場合本当に彼女は陽を退治しようとするだろう。
人間ではなく、体は妖怪になってしまっているのだから。
「……それもそうよね。けど、あそこの豪族達は一人彼女にご執心している人物……物部布都がいるせいで凄く心配になるのよ。」
その言葉に陽は声こそ返さなかったが、同意はしていた。布都の神子の敬い方はどう考えても過激派宗教団体のそれだと何となく感じていた。実際にいたらあんな感じなのだろうと。
「……まぁでも、いざとなれば陽鬼達もいるから簡単に不意打ちは出来ないよ。」
「……不意打ちは確かにできないでしょうけど……陽鬼があぁやって黙々とご飯を食べてる事態には何度もなって欲しくないものよ。いつも凄いいい笑顔で食べてるのに今日はずっと仏頂面だもの……」
「……」
いつも食事時は全てを食いつくさんと言わんばかりに、笑顔で飯を食べている陽鬼が今日は黙々といつもより遥かに遅く飯を食べている。その事で陽鬼以外の者達は明らかに陽鬼が機嫌を悪くしていることに気づいていた。原因を見ていない藍や紫でさえも、だ。
「よ、陽鬼……調子悪いのか?体の調子が悪いなら先に寝ておいた方が……」
「いい、お腹減ってるから全部食べる。体も調子悪くないから心配しなくていいよ。」
『見るからに機嫌を悪くしているじゃないか』と一言陽はいってやりたがったが、流石にこの状況で陽鬼に対して反論するのは得策じゃない、と思って何も言わないでおくことにしたのだった。
「……役に立ちたいなぁ……」
陽鬼のそのぼそっと吐いた言葉は小さすぎて誰にも聞こえなかったのだった。
「陽鬼、ちょっといいかしら?」
「紫……何?不機嫌だったことに対しての説教でもするつもり?陽がしようとしないから。」
「そういうのじゃないわよ……ただ、話をすることで解決することもあるかもしれないじゃない。貴方、何をそんなに不機嫌になっているのかしら?豊聡耳神子達に何か嫌なことでも言われた?」
一瞬言い淀んだ陽鬼だったが、ぐっと拳を握ってから軽くため息を履いてポツポツと話し始めた。
「何か私……あんまり役に立ってないと思って……」
「そんな事ないわよ?貴方だって立派に陽の役に立っていると思うわ。貴方の力は誰よりも強いんだもの。」
「力が強いだけじゃあいけないんだよ。黒音は魔法が使えて遠くまで攻撃できるし頭もいい、月魅は直感がかなりいいから不意打ちされても避けれるときだってある。
それに対して私は殴ることしか出来ない。魔法が使えれば陽よりも身長が大きくなれるし、刃物が扱えれば薪を集められるようにもなる。
料理ができれば陽の手伝いとかもできるしもうちょっとお淑やかな性格してれば人里に行ってる時とか大声で叫んだりして陽に迷惑かけることなんてないし……そういうのを、ちょっと考えちゃって……」
紫は黙って陽鬼の話をよく聞いていた。そして、話を言い終わった後に紫は陽鬼の頭を撫でる。陽鬼はそれに甘えるかのように紫に抱きついて頭を押し付けていた。
「多分、多分だけれども……陽は別に貴方のことを迷惑に思ってなんかないわよ?貴方のその明るい性格や貴方にしかないその力は間違いなく陽の助けになってる。
貴方が言ったように月魅や黒音にしか出来ないことだってある。でもそれは貴方だって同じ、貴方の力は貴方だけのものだし……貴方の性格だって貴方自身のもの。それは間違いなく陽の助けになっていて……励みになっていると思うわ。」
「……本当?私、陽の助けにちゃんとなれてる?」
「えぇ、本当よ。貴方がいなかったら陽はどこかで死んでいたかもしれないじゃない。寧ろここまで生きてこれたのは……貴方や月魅、黒音……陽を助ける貴方達の力もあるのよ。」
紫がそう言うと、陽鬼は紫から離れて紫に背を向ける。そして、嬉しそうに伸びをして再度紫に向き直る。
「ありがと紫!おかげで元気出た!じゃあちょっと陽と話してくる!」
「えぇ、行ってらっしゃい。けどあんまり長話して寝るのが遅くならないようにね。」
「はーい!」
そう言って陽鬼はそのまま走っていく。部屋に入ったのか大声で叫ぶ声も聞こえたのを紫確認すると、紫はそのまま自分の仕事を終わらせるために自室まで戻っていったのだった。そして、紫達が話していた場所に1番近い部屋の中に二人の影があった。
「……何とかなったみたいだな。」
「えぇ、そうですね。最初は心配しましたがもう大丈夫みたいです。」
藍と月魅だった。2人とも陽鬼が心配になっていたので少しばかり様子を見ていたのである。しかし、紫と陽鬼の会話を聞いて陽鬼が元気を取り戻したところまで見ると、もう大丈夫だと判断したのだった。
「にしても……平然と部屋に隠れるのが上手いというか……気配を消すのが上手いな、誰かの元お付きとは到底思えん。」
「今の私は精霊です。気配そのものが自然物である以上その気配を殺すことなんて簡単なんです。
それと最近はこういう事を繰り返していますし。」
「そうかそうか……ん?」
藍は一瞬月魅の言っていることに納得したが、即座に疑問が生じた。月魅の『こういう事を繰り返している』という台詞にだ。
「少しいいか?こういう事をって……月魅は一体何を繰り返しているんだ?」
「……マスターの、警護です。ただ殺意を丸出しにしていると目立つ上にマスターの警護なのにマスターに負担をかけてしまうかも知れません。そう、だから私は気配を消してマスターに危害を加える者がこの家に出ないか伺ってるんです。」
「……風呂や厠……まで一緒にいる、なんてことは無いよな?」
月魅は藍のその質問には答えず、顔を背けて歩き始める。藍も早歩きでそれについて行って意地でも答えてもらおうとしていく。
「……後で、お前の部屋を物色させてもらう。下手をしたら何か私は重大な事をしでかしている者を今見つけているかもしれないんでな。」
「大丈夫です、私は決してやましいことなんて何もしていませんよ。えぇ、本当です。本当ですとも。だから私の部屋に来るということはなるべくしないでもらえると有難いのですが。あの、藍?どうして私を追い越して我先にと言わんばかりに私の部屋に向かおうとするのですか?藍?あの、藍?」
静かに、しかし騒々しく2人は部屋へと向かう。今日もまた一日が過ぎる。騒々しくも平和な日常が。
しかし、いつでもいつまでもそれが続くとは限らない。どれだけ幸運が積み重なっている者でも、不幸な時は必ず来るのだ。
それに気づかなければ死ぬかもしれない……そう言わんばかりに━━━
「はっはっは!気分がいいよ!もっかい下克上出来るんならそれに越した事はない!」
「さっさと行けよ天邪鬼……お前がやらないとあいつらは来ないんだからな。せいぜい派手に暴れてくれ。」
━━━人里のある所から火の手が上がっていた。