「……?」
鳴り響く轟音、壁に白土のスペルが激突して鳴り響かせている音。陽は体に痛みが走る事無くその轟音を聞いていた。
「まったく……何事かと思えば……なるほど、侵入者でしたか」
見えるのは白銀の髪、緑色の服と二刀の刀を持った半人半霊の少女。結界によって陽鬼達と共に別空間に隔絶されたはずの魂魄妖夢本人だった。
「何事かと思いましたよ……料理を作り終えて居間に戻ったら誰もいなかったんですから……最初こそどこか行ったのでは? と屋敷内をぐるっと見渡してみましたが誰もおらず、どこか出かけたのでは? と思いましたがそれなら幽々子様が一言下さるはず……何かおかしいと思い白玉楼の門を触ってみれば妙な結界が張ってある事に気付きましてね……」
「刀で結界ぶった切ってきたってか?無茶苦茶な奴だな……いや、それも半人半霊のなせる技ってか?」
妖夢の言葉に被せる様に白土が続ける。妖夢は白土を完全に敵と認識したのか刀の一本を構えて白土を睨みつけていた。
「半人半霊などとは関係無い……これは私が持っている技術だ。我が
「確か……1振りで幽霊10匹分を屠れる刀だったな。そして短い方の剣は迷いを断ち切る白楼剣だったか?」
「貴様に対して白楼剣を使う事は無いな……貴様には、ただ斬られるという事を味わってもらおう……剣伎[桜花閃々]!」
妖夢がスペル宣言を行う。瞬間、妖夢が突進して横一閃の斬撃を繰り出す。白土はそれをバックステップで避けるが、その瞬間縦一閃の桜色の斬撃が白土の体を斬っていた。
「っ……!?」
「まだだ……人符[現世斬]!」
妖夢は更にそこからもう一歩踏み込み、もう一太刀浴びせる。だが、それだけでは終わらずそこから白土が勝手に切り刻まれていくのを陽は眺めていた。
動体視力を上げているのでようやく分かる事だが、妖夢は白土の目から隠す様に腕や体を使って刀を直前まで隠して斬っていたのだ。まるで直前まで斬られる事を悟らせぬかの様に。
そして、そのまま連続の斬撃を味合わせたところで白土を軽く背中で押し飛ばしながら再度スペル宣言をする。
「これでトドメだ……人鬼[未来永劫斬]!」
妖夢は再度白土に突っ込む。しかし、先程までとは違い縦一閃の斬撃を刀の峰で放ちつつ白土を上に飛び上がらせる。そして、そこから力強く一歩を踏み出して空中に跳び上がり、刀で目にも留まらぬ剣戟で一気に切り刻んでいく。そして、トドメと言わんばかりにそのまま上から斬って床に叩き落とした。
そして、そのまま妖夢も空中から華麗に着地を決めた。
「……この楼観剣の錆にもならないな。私に勝てない様では勝負は見えている。下がれ、雑魚が」
「そんな、おめおめと引き下がって……!」
「……どうにも刀の入りが悪いと思ったら、なるほど……貴様、自身の能力で自分の体を固くしていたのか。刀がまともに通らない程硬い体をしたやつなんてあの不良天人以外で初めて見た……それも、人間の身で楼観剣の剣戟を耐えきる程の硬度か」
立ち上がる白土にはそこまで深い傷は無かった。せいぜい切り傷と言えるくらいのものが体中に付いている程度だった。
それでも血は出ていて、身体中に痛みが走っているのだろうと陽はパッと見でそう感じ取っていた。
「へっ……もっとつえぇ打ち込みじゃねぇと俺の体は切れねぇよ。一太刀でどんな硬いものでもぶった切れる強さがねぇとダメだな」
「……いいだろう……ならば、その体を持って思い知らせて━━━」
と、もう一度切りかかろうとした妖夢を制止するするものが1人。水色の着物をまとっている女性、西行寺幽々子だった。
「妖夢、今は彼に構っている場合じゃないわ。彼も……私達や陽鬼ちゃん達が戦った相手すらも囮だったのよ。
西行妖の一部を奪っていく事……それが貴方達の狙いね?」
幽々子の言葉に妖夢は驚き白土はニヤッと笑みを零した。
「ライガの野郎が自分の能力の強化の為にあれが欲しいらしくてな……その時にここを襲撃するから出来ればついでに相手するヤツらを出来る限り潰していく事……それが今回の作戦だったらしいぜ? 囮、じゃなくて可能な範囲内での作戦決行……ある意味、俺には作戦失敗に近いな……」
「ついでに言うなら、西行妖の事以外に関しては完全に失敗してるわね。私達のところには殺しの神が……陽鬼ちゃん達のところには蛇がいたもの。
陽鬼ちゃん達は少し危なかったけれど……あの神だけは私1人で十分だったわ……私達を相手取るには貴方達自体の強さが足らないわね。おかげで気付く事が出来たもの、西行妖の異変にね」
「……魂すらも殺すライガの能力。だが生と死を司る冥界の姫様には勝てなかったって訳か……」
へへへ、と力無く笑う白土。そして、幽々子が1歩近づいた瞬間に白土の倒れている床が扉の様に開く。完全に予想していなかったのか妖夢や幽々子も流石に驚いていた。
「しまっ……!」
「じゃあな、陽……まだまだ俺はお前を狙える余地がある……だが、それはしばらく後って事にしておこう……お前を余裕に倒すにはまだまだ力が足りないからな……」
そう言いながら白土は床に出来た扉に吸い込まれていった。その扉は一人でに閉じて以降はただの床に戻る。
「……また、逃げられた……か」
「……しかし、楼観剣に対してのあの防御力。とてつもないものを感じますね、幽々子様はどう思われますか?」
「そうね……そんな事より、そこでボロボロの服を着ながら起き上がれそうにないくらいぶっ倒れている彼の介抱して上げるべきね。冥界で死んだら割とシャレにならないわ〜」
「え、あ……ご、ごめんなさい!! 忘れてました!!」
忘れてたのならしょうがない、と最早考える事も苦痛になり始めてきていたので陽はそのまま目を瞑って眠りにつく事にしたのだった。
「━━━それで、貴方はここに常連と言わんばかりに通っている訳だけども」
「……返す言葉もございません」
永遠亭。最早入院した回数が重い持病を患っている患者なのでは、と考え始めている陽。そして永琳はただひたすらに呆れていた。
病気ではなく怪我で入院する者はいない事も無いが、陽の場合前までの入院歴もある為にもうこれはここに通う為にやってるんじゃないかと永琳は錯覚するレベルになっていた。
「……まぁ、今回の事ではっきりしたわ……あなたも分かってるけど……回復力は人間を超えてるわ。当然、体もそうなる様に作り替えられ始めている。
簡単に言えば、人間という種の道を外れ始めてるわね。その回復力は回復力とは言わない……『再生能力』よ。
あなたのその再生能力はたとえ心臓に近いところを穿たれようとも完全に直せる代物……妖怪化したとしても普通はこんな能力は付かない。妖怪っていうのは総じて痛みに疎いけれど再生能力がある訳じゃ無い」
「……つまり?」
「貴方の能力は月風陽という妖怪の能力って事になるのよ。陽鬼という鬼の力でも無い、月魅という精霊の力でも無い……貴方自身の力の一つという事になるわね」
確かに、と陽は頭の中で納得していた。再生能力という物は陽鬼にも月魅にも存在しない能力なので、自分自身が単独で目覚めた新たな能力だと考えるのが普通だと認識した。
「とは言っても……ここまで一気に妖怪化するなんて……何があったのか気になるわね。襲撃された、みたいな話は聞いていたけれど他にも原因がある気がするわ。
何か思い当たる事は無いかしら?」
「思い当たる事と言われても……せいぜい昨日白玉楼に泊まる日に陽鬼と月魅の二重憑依だと思うけど…」
陽のその言葉に、永琳は持っていたカルテを落としていた。今度は呆れでは無く驚きの表情。それか、と言わんばかりの納得の表情とそんな事があったのかという驚きの表情。それら二つが混ざりあった様な表情をしてから永琳は陽に近付くと、陽の顔を両手で挟んで自分の方に向かせた。
「何でそれを言わなかったの!! どう考えてもそれが原因じゃない!! タダでさえ妖怪を人間の体に憑依させることなんてとんでもない事なのに……それを二人分も!? そりゃあ人間離れも加速するに決まってるじゃない!! 貴方は何かしらの影響によって妖怪になったんじゃない、妖怪を体に身に重ねす過ぎたせいで体がそれに変化していってるのよ…言うなれば『妖怪の受け皿となるべき存在』って事よ? それがどういう事か分かる!? 貴方今妖怪『もどき』なのよ!」
「……妖怪ですらない、ただのバケモノ……って解釈でいいのか?」
声を荒らげていた永琳は、陽の静かな言葉に息を荒らげながら頷いた。そして、永琳のその頷きを見てから陽は考え始めた。永琳が言うのだったら本当にそうなのだろうとまるで他人事の様に考えていた。
その余りにも冷静にしている姿を見て永琳は言い表せない様な感情を抱いていた。
既に人間じゃない、という宣告を受けてここまで冷静でいられるのはおかしいと思いながら陽を見ていた。
「……ねぇ、今何を考えているの? 混乱して怒り狂う訳でも無い、かと言って悲しみに明け暮れる訳でも無く、心にポッカリと穴が開く様な空虚な表情もしていない。
貴方は本当に、ただ冷静に自分の置かれた状況を把握してるだけにしか見えない。貴方は……自分の体が今までの自分のものじゃないっていうのになぜそこまで冷静でいられるの? 貴方は……自分に興味が無いの?」
「……え? いや、そんな事は無いけど……なっちゃったものはしょうがないし今更グチグチ悩んだところでどうしようも無いと思うんだけど」
陽のその言葉を聞いて永琳は溜息を吐き出した。陽は自分の事より他人の事を考えているのだと。そして、その他人の為なら恐らくは自分がどうなってもいいという覚悟でも持っているのだろうと。
「……もういいわ。今の質問は忘れて。あー、怪我自体は治ってるし特に問題も無さそうだから帰ってもいいわよ。
診療代とか今回は要らないわ。特に何も無かったのだし本当に診るだけでお金徴収する気は無いもの」
そう言われて陽は診療室から追い出された。何故追い出されたのかよく分かってなかったが、とりあえず払わなくていいというのなら……と陽はそのまま外にいる紫と合流してから八雲邸に帰っていったのだった。
「……ぐ、ぁ…………」
「に、人間の強さではない……ぞ……!」
「何、で……こんな奴に……!」
外の世界のとある一角、人の立ち入る事が無い空間に倒れている三人の少女がいた。その三人の少女は人間の様な見た目をしているが、全員犬の耳の様なものを生やしており、犬の尻尾の様なものが付いていた。
「はぁはぁ……は、ははは! お前らは俺と戦う前に言ったよなぁ!? 俺が勝てば俺に力を分け与える存在になり、服従すると!!
その結果がこうだ!! お前らがいくら人間よりも格上の存在といっても人間を舐めてかかるからこうなるんだ!!」
そして、その三人の前に息も絶え絶えだが立って見下ろしている男、黒空白土がいた。
「さあ、約束の時間だ。俺はお前ら3人の力を取り込む。いただくぞその力……!」
そう言って白土は3枚のスペルカードを取り出す。そのスペルカードは3枚とも鎖で拘束される何かの絵が描かれていた。
「封印だ、クトゥルフ神話における神狼……『ティンダロスの猟犬』ことティンダロス!」
「ぐ、ぐぅ……!」
褐色白髪の少女がスペルカードに吸い込まれるように消えていく。彼女を吸い込んだスペルカードは絵が変わり、煙のもやの様な狼の姿が描かれる。
白土はまた別の少女を狙い定めた。
「封印だ、北欧神話における神狼……『ヴァナルガンド』こと、フェンリル!!」
「私が、こんな奴に……!」
長身で銀髪の少女が二枚目のスペルカードに吸い込まれる。そして一枚目と同じ様に絵が変わり、巨大な白銀の狼の絵が描かれたスペルカードとなる。
そして、白土は残った最後の1人にも三枚目のスペルカードで狙いを定める。
「お前で最後だ……封印だ、ギリシア神話における神狼……『三つ首持ちし冥界の獣』ことケルベロス!!」
そして茶髪の短い髪をした少女はスペルカードに吸い込まれ始める。
「私がこんな奴に負けるなんて……」
「しょうがないよ、実力差で負けちゃったんだし」
「な、何されるか分かんなくて怖いよぉ……!」
吸い込まれながら自分で自分と会話する少女。決して独り言では無く、まるで一つの体に別の人格が存在しているかの様に喋りながらスペルカードに吸い込まれていった。
「……神狼[ティンダロスの猟犬]、神狼[フェンリル]、神狼[ケルベロス]……そしてこれらを統括する俺オリジナルのスペルカード
狼化[狩り尽くす猟犬]これで、陽のやつにも対抗出来るな……くくく、ははは…………はははははは!!」
本来ケルベロスやフェンリルは男みたいですね。けどまぁ、女体化とかよくある話みたいなものですから……