「二重だと……?」
スペルの二重がけというのは『スペルカードルール』や『弾幕ごっこ』においては禁止はされていないもののあまりやる者はいない。そもそも二重がけをしてしまうと相手を完封してしまう場合もある故に暗黙の了解で禁止になっている場合が多い。
だが、八蛇の目の前にいる男、月風陽はそんな事気にせずに二重がけをやって見せた。
そして今、八蛇の目に見えているものはとても奇妙で本能から嫌悪してしまいそうな光景となっていた。
月化の光と陽化の炎が混ざってグルグル掻き回っているような光景。
そして、その光と炎の複合体が弾けるとともに中から陽が現れる。その見た目は陽化でも月化でもない見た目となっていた。
髪は長い銀髪に所々赤のメッシュが入っており、まるでマントのように背中についている妖精の様な羽、そしてこめかみから後ろ向きに伸びている角……二つの特徴を一つに纏めたかのような、そんな見た目になっていた。
「……貴様は……月風陽……なのか? 随分と姿が変わった上に……種族が複合されたかの様に見えるが?」
「……お前に答える義理はないさ。それに……意識は合っても、もう体がいう事を聞かねぇんだよ……!」
そう言って陽は突っ込んでくる。月化の時よりも速い速度だったが、八蛇は慌てずに蛇をけしかける。月化自体が一旦解除されたので先程のスペルで作られたエリアも同様に解除された。
だが、陽は空中を飛びながら蛇を手で持っている月化の時の刀を使い叩き切っていく。
「なんだと……? さっきより力が強化されているという訳か……ならば、邪悪[悪しき者]……!」
八蛇は新たなスペルを唱える。
「……」
しかし、陽はそれを軽く刀で弾いていく。だが弾かれた事に八蛇は動揺を見せたり焦って行動を間違えたりはしない。
弾かれた弾幕はそのまま飛びながら陽の後ろで交差したかと思えばそのまままた陽目掛けて飛んでいく。
「っ! 戻ってくるタイプか……!」
そう言いながら陽はまた飛んできたものを弾いていく。しかし、弾けば弾くほど早く戻ってくる。
「くっ……! 面倒臭いな……!」
陽が言った事、その言葉通りの事を八蛇も思っていた。わざわざリターンする弾幕を使いつつ蛇も出し続けているのにその全てを刀1本で防いでいく陽の事を面倒臭いと思っていた。
「………ならば、これも追加してみるか。強欲[欲する者]……」
八蛇は新たなスペルを発動する。これは弾幕ごっこじゃない、遠慮無く殺しにかかっても構わない死合である。
「はっ……!?」
そして、それに気付かない陽が飛んできた蛇を斬る。するとその断面から弾幕が飛んでくる。陽は何とかその弾幕を刀で叩き落として無効化していくが、それ以外の蛇や鍬型弾幕は攻撃を弾くと同じ様に弾幕が出てくる。
そこまで来て陽はようやく理解した。新たに発動させたスペルカードの正体を。
「攻撃すれば弾く弾幕という事か……!」
「ご名答、そこまでの手数に押されてしまっていてはスペルカードを使う暇もあるまい。
事実、使えば早いのに一切使おうとしないのだからな」
「くっ……!」
確かに陽はスペル宣言をする暇が無かった。全ての攻撃を弾いているとはいっても、だから余裕があるという訳では無かったのだ。
スペル宣言をしている内に蛇に拘束されるのなら……と思っていてスペル宣言をしていないのだ。
「ぐっ……!」
「ようやく、ようやく一発目か。いやはや……手間を掛けさせられるな。だが……一撃が働いたからこそ次の一撃も慎重に当てなければならない。私は臆病者で、慎重に事を運び過ぎるのが悪い癖でね……だが、それを長所と認識しているのだよ。お陰で事を冷静に、順調にこなせるのだから」
そう言いながら八蛇は手を加える事も引く事も無く一定の調子で攻めていく。こういう輩に挑発の類は効かないだろうと考えた陽は仕方無くスペルを唱える準備をする。
「ぐっ……日蝕[満ちる日の丸]」
陽の背中の後ろに黒い太陽が昇る。ダメージ覚悟で発動したスペルカードは一体どれ程の力を持つのかと八蛇は少し気にかかったが、構わず手を緩めず追い打ちせずの精神を保っていた。
あれがどの様なスペルカードが分からない以上、下手に攻め手を変える訳にもいかないと判断したのだ。
だが、そのスペルカードを発動してから陽は全ての攻撃をその身で受け始めたのだ。だが、八蛇はすぐに理解した。今の陽にダメージが通って無い事を。事実、多少攻撃を受けた彼の後ろにある太陽は、端の方が少しだけ光っていたのだから
「貴様……そのスペルカードのお陰か?」
「さて、どうだろう……なっ!」
ダメージが通らなくなった陽が、八蛇に向かって突っ込んでくる。八蛇は一旦攻撃をやめて陽の攻撃を避ける事に決めて、攻撃を避け始めた。
「くっ……!」
刀から発生する斬撃の弾幕と手から出す炎の弾幕、この二つを巧みに使って陽は八蛇を追い詰めていった。
「いつまでも逃げてばかりじゃ俺を殺すなんて不可能だぞ蛇野郎!」
「蛇野郎、か……その挑発には後で応えてやろう」
しばらく追いかけっこするかの様な攻防を続けていたその時、陽の背中に張り付く様にいた太陽が突然離れて空へと昇り出す。
八蛇は太陽の行先が気になったが、今それを気にしていたら陽の攻撃をまともに浴びる事になってしまう。そう考えてチラ見程度で済ませていた。
そして、太陽は弾けた。
「……すぐに種がバレたのはやっぱり痛かったかっ!」
「っ……!」
弾けたその後、陽はすぐさま殴り掛かってくるが八蛇は避けた。だが、掠っただけなのに八蛇はまるで風の拳に殴られたかの様に吹っ飛んだ。いくら図体がデカくても、空中に浮いていれば踏ん張れないので紙屑の様に飛ばされる……というのは八蛇も理解していたが、なぜ直接当たってもいないパンチの風圧に軽く飛ばされたのか。
それだけを考えてすぐさま結論に辿り着く。
「……攻撃力の上昇、あの太陽が弾けたからか」
「……その通りさ。そこまで種がバレたらもう全部バラしてやるよ。
あの太陽はさっきまでの俺のダメージを肩代わりしてくれてたんだよ。そしてそのダメージ分、あの太陽が弾けた時に力が付与される。そういう仕組みさ」
「面白い……が、凶悪なスペルだ。初見では下手をすれば最大の攻撃力まで持っていかれていた可能性もあるな」
「それもその通りだな、攻撃を迂闊にするなって事だ。だが、今度はどうかな? 月蝕[欠ける月]」
そのスペルカードを発動した瞬間に八蛇や陽の周りが夜へと変わる。そして空にはたった一つだけ、満月が浮かんでいた。
「……」
下手に手を出す訳にはいかなくなった八蛇は一旦離れようとバックステップで距離を取ろうとする。
しかし、バックステップをしたはずの八蛇は
「何っ……!? くっ!?」
もう一度そこからバックステップを踏む八蛇。しかし、また陽との距離が縮まってしまっただけだった。
「どういう……事だ……!?」
「さぁてな、おまえのその蛇には似合わない賢い頭をもって考えてみればいいさ」
そのまま陽は後ろへ軽く飛んで足で何かを蹴り上げる様な行動を取る。それと同時に、八蛇の顎に何かの一撃が入る。
「ぐぁっ……!?」
「ほら次だ!!」
そして陽はその場で何かを殴るかの様に拳を振るい始める。それに合わせて八蛇の体もダメージを負っていく。
八蛇はダメージを受けながらも冷静に考えていた。
『後ろに飛んだ』はずなのに『前に行く』事や、『向こうが後ろに飛んだ』はずなのに『殴る蹴るの攻撃が当たる』
これらを踏まえると『離れようとすると近付く』『離れている様に見えて実は近い』という結果に辿り着いた。
「なら……ばっ!」
ダメージを受けながらも八蛇はその場で横蹴りを行う。右から左に流れる様に華麗な蹴りは陽の体を
「やはり……認識の反転か。前後左右……下手をすれば上下でさえ逆になっているのだな、この世界は」
「ちっ………こうもすぐに種がバレるとかなりやりづらくなってくるな……蛇が苦手になりそうだぜこの野郎……」
悪態を吐く陽だが、八蛇はそんな事よりも空に浮かんだ満月……だったものに視線を注いでいた。
何故なら、先程まで満月だったものが今では少し大きい三日月くらいにまで黒い部分が広がっているのだから。
「……その月が段々と欠けていくのを黙って見てはいけないと蛇の第六感が告げている。さて、一体何が起こるのか考えたくないものだな」
「安心しろ……すぐに分かるし、楽にしてやるつもりだ」
そう言って刀を持って陽は『左に』動いて刀を振り始める。八蛇は刀の動きを左右前後上下全てが反対になっていると避けづらいと即座に判断して前に飛んだ。
「ちっ…………!」
前に飛んだ八蛇に対して陽は後ろに飛んで追い掛ける。絵面としては八蛇が陽を追い掛けている状態にしか見えない為本来逃げているつもりの八蛇も少し困惑していた。
「あの月がどういう効果のものか分からないが……気にしていたら他の攻撃に晒されてしまうからな……即死ダメージが飛んでくるというのだけはあって欲しくはないが……せめてダメージを最小限で回避出来ればそれでいい」
そしてこうやって行っている攻防の間にも段々と上に登っている月は段々と欠けていく。
止め方も分からない以上、下手にダメージを受けるよりかはいっそあの月からあるであろうダメージを負った方がマシだと八蛇は思っていた。
そして、逃げ回り追い掛け回した末に遂にその時が来た。
「むっ……月が……ぐあっ!?」
月が新月になった事を八蛇が認識した瞬間、突然何かに切り裂かれたかの様に八蛇の体のあちこちから血が吹き出し始める。それだけでは無く、何かに暴力を振るわれた様な衝撃も同時に彼を襲った。
「……このスペルは、月が新月になった瞬間に俺以外の全ての者にダメージを与える技さ。勿論、弾幕ごっこでは使えない代物だな……だが、俺はこれでお前らを殺れるならそれでいいさ」
遠慮は無い。月風陽という男は根っからの善人でも無ければ根っからの悪人でも無い。
敵の命でさえも憂う様なマンガの主人公みたいな優しい性格では無いのだ。故に、敵であると認識した以上はどんな死に方でもいいので殺そうと思っている。
「……私を殺してどうなる? 私達が殺した家族は戻ってこないが?」
「単なる自己満足さ。だが、お前らみたいな『殺さないといけない奴』は殺しとくのは世の中の為になるだろうな。
だから殺す事に決めた。単なる自己満足で、屁理屈を付けて……な」
そう言って自嘲気味な笑いを浮かべ陽は刀を振り上げる。気付けば既に先程までの認識の反転は切れていたのでようやくまともに動ける、と八蛇は薄っすらと笑った。
その笑みを見逃さなかった陽は何か嫌な予感がした。そして勢いよく刀を振り下ろした。
「━━━怠惰[怠ける者]、憤怒[怒る者]」
八蛇は瞬間的に二枚のスペルを唱えた。まず、一枚目のスペルを唱えた瞬間に身体中の傷が回復した。
次に振り上げられた刀が体を通る前に八蛇が真剣白刃取りで刀を抑えたのだ。
「……傷の回復と腕力強化……か。蛇ごときが鬼の腕力に勝てるとでも……!」
「そのくらい無ければ……八岐大蛇を名乗りはせん!」
その叫び声とともに陽の刀はへし折られてしまう。折れた瞬間に両者が後ろへと飛ぶ。だが、役目は終わったのか八蛇が後ろに下がった瞬間に戦闘態勢を解いた。
「……今回の私の目的はお前の足止めだ。月風陽……目的は果たせた。では、帰らせてもらうとしよう」
「なっ!? おい待て!」
そう言ってすぐさま姿を消す八蛇。陽はあまりにも唐突だった為に反応が遅れて追う事が出来なかった。
そして、仕方無く憑依を解こうとしてそこで一つだけ気付いた事がある。
「……解けない」
いつもは気を抜けば勝手に憑依が解除されていた。だが今はそんな事をしても一向に解除される気配が無かった。
よくよく考えてみれば、憑依の上から更に憑依を重ねたのだ。そんな不具合が起こってもしょうがないといえばしょうがないだろう。
「……一旦、帰るか」
このまま永遠亭に行く事も考えたが、八雲邸に帰ってから対策を立てていった方がいい気がしてきたのだ。
偶には自分で解決する事も大事だと思ったからである。
「…………」
ふと、空を見上げる陽。太陽が昇ったり月が昇ったりしていて気付かなかったが、今は既に夕方だという事に気付いたのだ。
その夕暮れの中、陽は足を進めて帰っていく。何とかする為に。