「……」
「えぇ……そっちの箱はそっちにお願いね。え? 中身はどうするのかって? そのまま運んで頂戴。あ、そっちの箱は中身を出してから運んで頂戴。
中から出したものはそこの一角に固めておいて。えぇ、そこよそこ。
……ほら、陽もさっさと動きなさいよ。一応今はお手伝いさんなんだから」
陽は紅魔館にいた。
何故自分がここにいるのか、今日は永遠亭に行くつもりだったのに何故紅魔館にいるのか。まず陽は一時間程前の事をゆっくりと思い出してそこから順々にどうなったのかを把握していく事にした。
「無理ね、全然分からないわ」
「……そう、なのか」
約一時間程前、陽は永琳に匙を投げられていた。体の高熱の原因を調べてもらっていたのだが永琳には『高熱』とまでしか分からなかったのだと陽は思った。
「分かるとしたら紅魔館の魔女さんじゃないかしら? 私は魔法の事なんてからっきしだしね。
それに医者で薬剤師の私には妖力や霊力が原因の事なんて直しようがないわ」
「……なるほど、つまり原因が分かるけど直し方が分からないって類だったのか」
「えぇ、原因さえ分かってもこればかりは薬でどうにかなる問題じゃ無いわね。妖力や霊力の暴走を抑える為に必要なのは薬じゃなくてほかの力で上から押さえつけて抑える事だけよ。
普通なら発散させるところだけど貴方は弾幕を撃てないから発散しづらいわね」
陽は言葉にこそ出さなかったが確かに彼には妖力や霊力の発散の仕方なんて分からない。そもそも発散するものという事さえも知らなかったのだから。
「……じゃあ、紅魔館に行けばこの高熱も治るかもしれないんだな?」
「えぇ、そういう事よ。これ以上私には何も出来ないしどうする事も出来ないわ。もし、仮に彼女でも直せなかったら……ま、紫や霊夢辺りが封印するなりして何とかしてくれるでしょう」
「随分適当だな……まぁ、いいけどさ━━━」
「……そういえば、そんな感じだっけか」
「一体何をブツブツ言っているのかしら? 確かにパチュリー様が今寝てられるんだからその間手伝いをさせてもらうって決めたのはこっちだけどね……働く時はちゃんとするものよ。暖房機さん」
「その呼び方はやめてくれ、普通に傷付くから……というかもう昼なのにパチュリーはまだ寝てるのか?」
パチュリーに会いに来た陽。しかしそのパチュリーは未だに寝ているという事で何故かお手伝いする事になった陽。
というのも例の貸しの事を引っ張り出されてしまい仕方無く手伝いをする事になったのだ。
そして今は咲夜にいい様に顎で使われていた。
「えぇ、ええっと……確か朝の4時まで起きてたのは覚えてるわね。何だか研究中の魔法に進展がありそうだーって言いながらずっと起きてたのよ。嘆息が酷くなるから程々にして欲しいものだけれど……」
「……要するに寝落ちしたって事か。という朝の四時まで起きてたのか? 咲夜っていつ寝てるんだ……」
「あら? 時を止めてから寝れば一秒も経つ事無く寝る事が出来るわよ?」
『それは能力の無駄遣いなのではないか』と言おうと思ったが、職務上咲夜にしてみれば必須な使い方なんだろうとも思ってしまい内心だけに留めて置く事になった。
「それで……俺はどうすればいいんだ?」
「あそこのベンチで座っておく仕事よ。その無駄に高い体温を活かせる仕事だから安心しなさい」
陽は咲夜に言われた通りに彼女が指定したベンチに行って座る。何故こんなベンチに座るだけで体温が役に立つのかと思ったが、よく周りを見てみればその理由も判明した。
大量のメイド服や、布類が干されているのだ。そして陽の今の高い体温を活かせるという事は理由は一つだけである。
「……俺、乾燥機にされてるのか……」
実際、干されている洗濯物の全てがいつの間にか陽を囲うように置かれていたのだ。そして、洗濯物と陽の距離は触れるか触れないかくらいのかなり近い距離なのだ。
陽は洗濯物から出てくる水蒸気の蒸し暑さに顔をしかめながら下を向いていた。
何故ならこの紅魔館は女性ばかりの館である。つまり、服や下着なども女性のものがほとんどである。
そして服ならともかく、下着を見てしまった時には何を言われるかわからない以上下を向いておく方が賢明と陽は判断していた。
「どうせ咲夜が後で呼びに来るだろうしな……にしても段々眠くなってきたな……よく考えたら結構長い時間寝てないような気がする……今日は何時に起きたんだっけ俺……」
眠い、とは言っても洗濯物の水蒸気のせいでかなり蒸し暑くなっている為、あから様に寝苦しいのは目に見えていた。
暑さの中、微睡みの中でウトウトしていると唐突に陽は頭の後ろに強烈な衝撃を感じた。
「外で眠ると頭をぶつけてしまうわよ?」
「……だからってナイフを投げる奴がいるか。柄の部分とは言え、痛いもんは痛いんだぞこれ」
「あら、折角起こしてあげたのにお礼は無しかしら……って言うのは冗談よ。パチュリー様が起きたから伝えようと思ったのよ。そしたら貴方寝てるんだもの……起こさないとと思って」
咲夜を軽く睨みながら頭を擦りながら陽は立ち上がる。そして、咲夜の案内の元陽はパチュリーのいる図書館へとやって来た。
「パチュリー様、月風陽が来ましたが」
「んぁー……通してー……」
扉の奥から物凄くやる気の無い声が聞こえてくる。それでも魔法を使って入口近くの音を拾う様にしている辺りそれくらいの事は出来るんだな、と陽は心の中で苦笑していた。
そう思いながら図書館の中へ入ると、下に魔法陣が浮かび上がり陽達はパチュリーの目の前まで飛ばされる。
「……咲夜、コーヒー入れて……とびきり熱いやつ……眠気を飛ばすわ。何かこいつが来てからせっかくマシになってきた寝起きの眠気が鎌首もたげてるのよ……何この人間暖房機……」
「やっぱり暖房機って言うのか。もうそろそろツッコミ入れるのも面倒くさくなってきた」
パチュリーは咲夜が時を止めて持ってきたホットコーヒーを飲んで一息入れる。そして、陽の方を見て一言告げる。
「先に言っとくけど私にはどうしようも無いわよ、医者じゃないから貴方の妖力の暴走なんてどうしようも出来ないわ。使い切るのが一番いいのだけれど貴方自身が妖力の使い方分かんないからどうしようも無いのよ。
残念だけれど他を当たって頂戴」
パチュリーの言葉に陽は考え込む。まだ姿しか見せてないのにパチュリーには彼の熱の原因が妖力の暴走だと確定した。
しかし、治す方法が分かるのと原因だけが分かるのは別の話であり、確かに自分が使い方を把握していれば一番手っ取り早いのだろうと陽は考えた。だが同時に、その方法以外にも
「……そんな考え込んだって無駄よ。どうせ、私が他に方法を知っているのだと思っているのでしょうけど……いえ、どうせならこの際言いましょうか。確かに私は知っているわよ、しかもとっても簡単なものがね。長丁場になるのだけど」
「……その方法って?」
「貴方が人間を止めればいいのよ。その体の異常は、体が異物を排除しようとしてるからそうなってるのよ。なら
陽はある程度この答えは予想していた。人間の体で異常が起きるのなら人間を止めればいい、実にシンプルで簡単な答えである。
だが、パチュリーの言った様に彼女にも妖怪の成り方自体は分からないのだろう。魔女になるやり方なら分かる様だが。
「……あんまり驚かないのね、ちょっとムカッとくるわ」
「ある程度予想はついてたしな……そもそもの『妖力の暴走』の原因も分かっているからあながちその方法しか無いんじゃないのか? って思ってたよ」
「いえ、そういう事じゃ無くて……やっぱりいいわ。多分貴方は咲夜と同じ様に普通の人間の考え方をしていないのでしょうね。この幻想郷に残ろうとしている時点で」
「まぁ……そうだろうな。俺も普通の人間とどこか違うんだろうな」
陽には自分が他と違う考え方を持っているという心当たりがあるので、そういう事を言われても特に反応はしなかった。
「……ま、そういう事だから。貴方がどうしようと勝手だけど霊夢や魔理沙辺りに退治されない様に祈っておくわ。異変を起こせば退治されるのはあなただもの」
「さすがにその辺は理解してるよ……異変はなるべく起こす気は無いよ」
「とか言っておきながら貴方は各地で事件を起こし続けているけれど? 知っているかしら? 貴方が起こした事件って被害こそそこまで大きくも多くもないけれど、事件そのものの数だけ見ればそこら辺の妖怪以上よ。
何せあなたは食べる為に戦わないもの。関係無い人間を守ったり、関係無い人間の敵討ちをしようとしたり、誰かに襲われて関係無い誰かが被害を被っているもの。
貴方が喧嘩を起こしているか、貴方が巻き込まれたかは知らないけれど……あんまり人里で事件を起こさない様にね。貴方は八雲紫の庇護下でその恩恵のお陰で生き延びられているだけの状態なんだから……」
そう言いながら未だに陽と顔を合わせようとせずに本を読み続けるパチュリーに陽は鳩が豆鉄砲を食らったかの様な顔をしていた。
パチュリーが彼の身を案じる様な事を言ったのでそれで少し驚いていたのだ。
「……あぁ、善処するよ。
ありがとうなパチュリー、心配してくれて」
「……別に貴方を心配した訳じゃ無いんだけど。わかったなら帰ってくれるかしら? 今から私は魔法の研究をするのよ」
「ん、じゃあまたな」
そう言って陽は出口まで歩いていき、そしてそのまま紅魔館から出ていく。そしてスキマに入って八雲邸まで帰って行ったのだった。
「……結局、それを治す術は無いという事ね。残念な様なホッとした様な……」
「暖房機としての役割なんて果たしたくないぞ。流石に抱きつかれて寝るのはしばらく勘弁だ」
八雲邸、陽は帰ってからそこで紫との二人での会話をしていた。帰り際にどうだったかを聞く為だけのものだったが、ゆっくりしたかったので陽も話し合いに同意していた。
「っ……ごめん、部屋に戻るよ。眠たくなってきたからさ」
「あら……ならここで寝たらどうかしら?」
そう言いながら紫は自身の膝をポンポンと叩いた。陽は驚きで目を丸くしたが、どうやら紫は冗談でこんな事を言ってるのではないと理解すると吸い込まれるかの様に紫の膝の上に頭を乗せていた。
「あらあら、甘えん坊さんなんだから」
その言葉が届くよりも先に陽は既に意識が朦朧としていたのですぐに寝てしまった。甘やかさせる為に膝枕をと言った紫だったが本当に乗っけてしまう程彼が眠気に襲われてたのだと分かると微笑みながら彼の頭を撫でていた。
「薪割りが終わりました………って、マスター寝てしまったのですか?」
紫が彼の頭を撫でていると部屋の襖を開けて入ってくる人物が2人、陽鬼、月魅が入ってきた。
「えぇ、よほど眠たかったみたいでもう夢の世界に行ってるわ」
「膝枕……しんどいでしょ? 交代しよっか?」
陽鬼がにっこりと笑いながら紫に聞くが、流石にずっと膝枕をしている訳じゃない旨を伝えると言葉上では陽鬼は納得した。
だが、物凄く不満そうな顔をしていたので紫は苦笑していた。
「にしても……本当に温かいね」
「えぇ……今のマスターを布団に入れたら恐らく二度と出られない炬燵状態になるでしょう」
「今の陽はとても暖かいものね……暖かくて私も少し眠くなってきたわ……」
手で口を抑えながら欠伸をする紫。それに釣られてか陽鬼や月魅も欠伸をしていた。
その光景の後、三人で顔を見合わせて軽く笑った後に紫がスキマを開いて四人全員を布団にまで運んだ。
「という訳で軽く昼寝しましょうか。藍も帰ってくるのが遅いし……ね」
「賛成です……もう私もかなり眠気が来ていますので……」
布団の中で目を擦る月魅。陽鬼はもう既に寝てしまっている様で寝息を立てながら同じく布団に入って寝息を立てている陽にしがみついて眠りについていた。
「それじゃあ……おやすみなさい」
「おやすみなさい……」
そして月魅もゆっくりと目を瞑って眠り始めた。紫もそれを見た後に瞼を閉じてスヤスヤと寝息を立て始めたのだった。
「ただいま戻りましたー………おや……ふふ、よく眠っておられる……」
そうして、数分後に藍が帰ってくる。そしてまるで家族の様に一つの布団で眠る紫達を見て軽く微笑んだ後にゆっくりと襖を閉めて夕食の準備の為に台所へと向かったのだった。
因みに陽は暑くてほとんど寝苦しい思いをしていたりしています。