「……にしても、なんで人里の人達はこんなにピリピリしてるんだろうな。まるで何かに怯えている様に見えるけど……」
人里、ここで陽、陽鬼、月魅は買い物に来ていた。紫に頼まれてきたのだが、本来の買い物役は藍だったはずなのにどうしてなのか? と素直に陽鬼が訪ねてみたらどうにも今は出掛けたくないと藍が言っている事を紫が答えたので変わりに来た、という訳だった。
「うーん……藍が外に出たくないって言ってたのと何か関係がある様に見えるんだけどね……」
陽鬼が頭を抱えながら必死に考えているが、藍の事も人里の事も何も分からなかった。
代わりに、月魅が何かを思い付いたのか口を開く。
「……藍が人里で何か事件を起こしてしまい、人間達に恐れられている…なんていうのはどうでしょうか」
「流石にそれは無いだろうけど……ん?」
ものを買いに行く為のいつもの道のりを歩いている道中目の前から女性が歩いてくる。
ぶつかりそうだったので右に動いて避けようとするが━━━
「っ! 陽危ない!! っ!!」
「……は? お、おい陽鬼!?」
突然陽鬼が叫んだかと思えば吹っ飛んで民家に激突する。そして、隣にいる女性の閉じた傘は陽の頭の近くにあり、それで陽鬼が吹っ飛ばされたのか? 陽は思った。
「……ちっ、角は飾りかと思ってたけど……伊達に鬼じゃない、か」
「あ、あんたいきなり陽鬼に何すんだよ!?」
「黙れ……恨むなら、お前の連れの狐を恨むがいいわ!!」
そう言いながら女性は傘を突き出す、ギリギリ避ける事に成功するが何度も避けれる様なものでも無い事は陽自身分かっていた。
月魅は既に目の前の女性に斬りかかっている。しかし、その斬撃は女性に届く前に傘によって防がれてしまう。
「っ……それは本当に傘かどうか疑いたくなるレベルですね本当……!」
「あら、鬼のあの子が殴って傷一つ付いてない時点で察しておくべきところよ? 随分貴方は鈍感なのね?」
そう言いながら鍔迫り合いの力を利用して後ろに飛んで距離を離そうとする月魅だったが、逃げ切るよりも早く女性は素早く一回転して傘を月魅に向けて突き出す。その一撃を受けて月魅も吹っ飛ばされ近くの民家に激突する。
そして陽はその隙を付いてナイフを突き刺そうと能力で一気に近付いてその心臓狙ってナイフを突き出す。
最早陽には話を聞く、などという事は無かった。陽鬼も吹っ飛ばされ、月魅も吹っ飛ばされ……身近な者二人に手を出された陽は完全にその女性を『敵』として認識していた。
「甘いわよ、能力を持って自分を強者なんて勘違いするあなたの様な者が一番簡単に倒せるんだから。
ただの人間が妖怪に勝てるなんて思わない事ね」
だが、ナイフが届く前に素早く傘でナイフを弾き飛ばされて頭をゲンコツの一撃で地面に叩きつけられる。
叩きつけられた影響か周りには砂煙が立ち込めている。しばらくすれば収まるだろうと女性……風見幽香はしばらくその場で立っていた。一応民家を壊してしまったので修理を手伝ってやらねばならないからだ。
壊してしまった事に関しては自分が悪いと反省していた。だが、その瞬間幽香の感覚が目の前からくる殺気を捉える。
気付いた幽香はとっさに傘でガードしていて、後ろにある程度吹っ飛ばされていた。
「はぁ……ふぅ……小さいから倒せたと思った? あんなんでやられるほど華奢な体してないよ私は」
粉塵の中から繰り出された一撃は陽鬼のものであった。陽鬼は吹っ飛ばされて民家にぶつかる瞬間に地面に強力な一撃を加えて速度のある程度の抑制をしていたためダメージが軽微だったのだ。
陽鬼がぶつかった民家には陽鬼の角が刺さったような跡があり、それを抜くのに手間取っていたのだろうと幽香はちゃんと確認を怠った自分を後悔していた。
だが、陽鬼が無事であると言うことは他の者も無事なのだろうと幽香は確信していた。その証拠に━━━
「陽鬼、貴方は体が頑丈なだけです。例え華奢な体であっても技術さえあれば強い攻撃であってもダメージを受けずに済みますよ……ですよね、マスター?」
月魅はぶつかった民家から平然とした様子で出てくる。よく見れば民家の床に刀を差した様な跡がある為、恐らくそれで勢いを軽減したのだろうか? と幽香は予測していた。それにしては予想以上にダメージが少ないのが気にはなっているが。
「━━━当たり前だ、ろ!」
そして下に叩きつけた筈の陽がナイフを持って刺してこようとした事に幽香は驚いた。地面にひび割れるほどの勢いで頭をぶつけたのに流血してる程度で済んでいる事が幽香には不思議だった。
だが、例え全員無事であったとしても彼女のやる事は変わらない訳だが。
「不思議ねぇ……あなた本当に人間かしら? 普通の人間ならあれだけで死んでるはずよ。そこの二人ならまだ分かる……けれどあなたが分からない。
そう言えば能力持ちだったかしら? どんな能力かは聞いてないからどうしようもないけど……まぁ、一撃で沈められないなら……場所を移動、ね!」
そう言うと幽香は自分の傘を地面に突き立てる。すると、地面が揺れて陽達3人の足元から3人を覆うほどの巨大な植物が3人を覆ってしまう。
「ぐっ!?」
「うわわっ!? 何これ!?」
「せ、狭すぎて刀が使えない……」
そして、そのまま地面に引きずり込んでしまう。それを確認した幽香はそのままその場から飛び立っていく。
そしてその場に残った人間達はまるで天災が去ったかのように安堵の表情を浮かべていた。
「っ眩しっ……!」
「……ってあれここどこ? 私達さっきまで人里にいたよね?」
「恐らくあの植物の様なものが私たちを人里から引き離したのでしょう。覆われた直後に浮遊感を味わい、今出される直前には何かの重みがかかってるあの感覚……地面に立っていた事も考えると私達は地面の中を走らされていたみたいですね」
しばらくして、人里から遠く離れたところに放出された陽達。眩しさに一瞬目が眩んだが、すぐに背中合わせで三方向からの攻撃を警戒する。
「地面の中ぁ? そんなところ走る植物なんているの?」
「私も聞いた事がありませんが……彼女がそういう能力……例えば植物を操る能力、という可能性もありますからね。
私達が最後に見たのは彼女が地面に傘を突き立てたところです。あれがあったからこそ植物に覆われてしまったのでしょうね」
月魅の説明に、陽鬼は露骨に嫌な顔をしていた。表情こそ変えていないが、陽や月魅も同じ様に正直相手にしたくない能力だと思っていた。
幻想郷に植物が生えていない場所というのがそもそも存在していないのだ、つまり予想通りの能力だとするとあの女性には幻想郷の全てが能力のテリトリーという可能性が高くなるのだ。仮にそうだとすると相手は幻想郷そのものと言っても過言では無いと陽は考えていた。
「敵を前にしてぺちゃくちゃ喋るのが貴方達の流儀なのかしら? それとも慢心? 私の一撃が効かなかっただけで随分余裕ね」
突然、声が響く。左右前後それぞれの方向にそれらしき姿は見当たらない、ならばと三人が上を向くと声の主はそこにいた。
「ねぇ! 何で私達を狙うのさ! 私達と貴方って初対面だと思うんだけど私の記憶違いかな!?」
陽鬼が女性、幽香に質問をする。幽香はその質問に表情一つ変えずただ上空から陽達を見下ろしていた。
「えぇ、初対面よ。けれどさっきも言ったと思うけど……恨むなら狐を恨みなさい。全ては貴方のところの狐が招いた事よ」
「狐って━━━」
「……藍の事ですね。どうやら藍が彼女をあそこまで怒らせる様な事をしてしまったようです。
出かけたくなかった理由もこれで納得しました。知らず知らずのうちに怒らせてしまった相手と対面する事を恐れて家に引き篭もっている事を望んだのでしょう」
それって要するに自分達に責任を擦り付けたという事なのだろうかと陽は思ったが、藍だって自身の代わりに自分達が襲われるなんて事は予測してないかっただろうと思い直した。流石に嫌われるような事を最近やった記憶が無いのだ。
だから多分違うと陽は思っていた。
「ま、そういう訳だから……地獄で合わせてあげるわ。狐どころか貴方の主にもね」
恐らく紫の事を言っているんだろうと陽は思っていたが、紫を始末すると言われて黙っていられる程彼は器は大きくなかった。紫が負けるところなど陽は思い付く事は無かったが、例え不可能な事だとしても目の前で彼が守りたいと思っているものを始末すると言われて彼は我慢が利かなかった。
「何されたか知らないが、紫を殺すと言われて俺もはいそうですかと殺られる訳にはいかないな……あんまりやりたく無かったが……月魅、行くぞ」
「はい、マスター」
「むぅ……月魅なんだよね、やっぱり……」
少しだけ頬を膨らませて拗ねる陽鬼の頭を苦笑しながら陽は軽く撫でる、そしてすぐに幽香の方に視線を向けてスペルカードを構える。
「月化[月光精霊]……本気でいかせてもらうぞ」
スペルを唱え、月魅の体が青白い光へと変化していく。その光が陽の体を包み込んでその光の殻が砕け散れば、中からは精霊となった陽が出てくる。
「……へぇ、人妖を一つにまとめるスペルね。随分と面白いスペルだけど……そんな華奢な体で結局どうするつもりなのかしら?」
「ふん、貴様にその傘の武器があるように我にも武器があるのだ。
月剣[月光剣]……さぁ、これで五分五分だ」
陽がスペルを唱えると一本の刀を取り出す。幽香はその刀に見覚えがあった。憑依で一体化する前に少女、月魅が使っていた刀なのだ。本来刀などほとんど同じに見える幽香だったが、特殊な色合いをしているその刀だけは記憶に残っていた。
「……その刀で私の傘が切れてたかしら? あんまり調子に乗ってると本気で潰すわよ? 小さいのと人間だからって理由で手加減してたけど……ね」
「……陽鬼、下がってろ。あの女は我がやる」
「う、うん……」
この陽の口調に物凄く違和感を覚えているが、今はそんな事を言ってられないので、言われた通りに陽鬼は陽の邪魔をしない様に植物の蔦等を燃やす事にしたのだった。
「では……行くぞ!」
「……!」
踏み込む型になったかと思えば、次の瞬間には空中にいる幽香の目の前まで接近していた。
少しだけ幽香は驚いたが落ち着いて傘でその一撃を捌いていく。
だが、陽もその一撃で済ますつもりは無く連撃を加えていく。右から振りかぶれば幽香が傘を左手の逆手に持ち替えて防ぎ、そのまま刀を押し返していきながら逆手で傘の一撃を当ててこようとする。
だが、陽もその一撃をもらう訳にはいかないので傘の一撃を受け流してその場で一回転してその勢いを利用して左から一閃を浴びせ様とする。しかし幽香は刀の直線上よりも上に飛んで一旦距離を取る。
「……へぇ、確かに面白い動きするのね。けれどそれはこの幻想郷に似合わないと言ったら似合わないわね。
この世界は弾幕という花で魅せながら戦うものだけどあなたのその戦い方はただただ血の花を咲かせるだけのものですもの。そんなに誰かを殺したいのかしら?」
「……少なくとも、理由を話そうとせずに殺しにかかる様な女に何も言われたくないものだな。
我は問答無用で殺しにきた相手を同じく問答無用で迎え撃っているだけ……これだけ見れば悪いのは貴様の方になるのだがな。まぁ、敵なら迎え撃つだけだが」
陽のその言葉の後には誰も何も喋らなかった。ただ陽と幽香は睨み合っていた。お互いがお互いを倒そうという思いを秘めて構えをとる。
陽鬼も幽香が操っているであろう植物を蹴散らしているにも関わらずその空気に触発されていた。
『先に動いた方が負ける』と言わんばかりの空気が今この場には流れていた。
「……ふっ……!」
先に動いたのは陽の方だった。動けば負けるかもしれない、だがこのままじっとしていては憑依の時間が切れてしまうのも時間の問題と考えたからだ。
負ける『かもしれない』のならば負けない様に動けばいいだけの話なのだ。そういう思考の元に彼は動いていた。
「……」
対する幽香はそれを気にする事も無く簡単に避ける。陽が放った突きの一撃を上半身を後ろに倒しながら避けてそのまま傘を陽の腹に押し当てる。
「恋符[マスタースパーク]……魔理沙のとは比較にならないわよ」
一瞬でエネルギーを貯めて幽香は殺す気で彼にマスタースパークを浴びせる。一瞬で彼の体を覆い尽くしたそれで幽香は確実に殺したと思っていた。
「……危うく死ぬところだったな」
しかし、陽はマスタースパークが発射された直後に刀を無理矢理盾のように構えて結界を展開、マスタースパークを受け流す様な形の結界でマスタースパークを防いでいた。
「……へぇ」
ただただ彼を殺そうとしていた幽香、しかしマスタースパークを防いだ事で少しだけ彼に興味が出てきていた。
まだ、戦いは終わらない。
│←マスタースパーク
△←結界
図としてはこうなりますね、最後の攻防は。