「……」
「あら、陽……それ何読んでるの?」
「魔法の本……」
「突然紅魔館に行きたいと言って行って来てから、すぐに帰ってきたと思ったら本を読み始めて……貴方には魔力が宿ってなかったはずでしょ?」
八雲邸、そこで陽は何冊もある魔法の本を熱心に読み漁っていた。それを見た紫は一体何をしているのかと少しだけ呆れていた。
陽は弾幕を撃てない。それは霊力、魔力、妖力、又はそれ以外の特別なエネルギーを持って無いからなのだ。
「……俺は霊力、妖力を持ってる……らしいぞ。パチュリーに体を調べてもらったらそう言っていた」
「えっ……よ、妖力も……?」
霊力は分かりきっていた。人間が持てるのは霊力、魔力だ。そのうちの一つを持っている事は何ら驚く事じゃない。
だが妖力は別だ、あれは妖怪という部類のものが持てるエネルギーだ。それを人間が持つ事はありえない。
だが、パチュリーがそう言っていたのでは間違えたということも考えづらいと紫は思っていた。
「……だから、魔法が使えてもおかしくはない。今は魔力は持ってないけど……多分、できる」
「陽……」
紫は少し心配していた。陽はここのところ体に無茶を利かせ過ぎているのだ。過度な運動、そして暇さえあれば本を読んでいた。
そう言えば、と紫は思い出していた。最近刀や銃の練習もしていた、と。
鍛錬、鍛錬、鍛錬……体に少し負担を掛け過ぎではないのか、と紫は不安になっていた。
「……ね、ねぇ……少し休んだら……?」
「もう少ししたら休む。ありがとう紫……けど俺も……月魅や陽鬼みたいに強くならないといけないから」
そう言って陽は軽く外に視線を向ける。紫もそれに釣られて視線を外に向ける。
そこには籠手を付けて殴りかかっている陽鬼と刀でそれを捌いてる月魅がいた。2人は喧嘩をしている訳では無くただ特訓をしているのだ。
月魅は速さを、陽鬼は力を……それぞれ特訓していた。
流石に人間の反応速度を超えてしまっている様な戦いを見せつけられてのんびり過ごせるほど月風陽という男はマイペースでは無かった。『誰かを守りたい』その願いだけがひたすら暴走していた。
「……陽鬼ー、月魅ー、少しいいかしらー?」
「はぁはぁ……何?」
「ぜぇぜぇ……何でしょうか……?」
「━━━陽の事なんだけど……」
紫は二人を呼んだ。話の内容は勿論陽の事であるが、別段陽を二人に止めてもらおうという話では無い。
この二人に言われて止まれる程陽も柔では無いというのは分かりきっている。では何を話すのか? 簡単な事である、止めるのでは無く、誘導してもらいたいのだ。強くなろうとするその気持ちから自分達に気持ちを向ける様にと。
しかし━━━
「……その話は聞けない、と言うかそれを叶えようとしても陽がより一層無理するだけだと思う。陽がそれで今までやってきた事を疎かにする様な人じゃないのは紫も知ってるでしょ? ううん、私達より少しだけとはいえ付き合いの長い紫なら分からないといけないと思う」
「えぇ……マスターは無理をするお方です。しかし、出来ない事をしようとはしない……けど今はその出来ない事をやっているから紫は心配しているのですよね? 魔法の勉強や人間が体を壊しそうな程の特訓をしているマスターの事を……」
「そう、だけど……貴方達の言う事も聞かないの?」
その言葉に陽鬼達は首を縦に振る。その反応に紫は肩を落として顔を俯かせる。
「恐らく、ですが……マスターは止まらないと思います。自分の大切な者達に危害を加えようとする者、自分とはほとんど無関係の者を自分を誘き出す為だけに平気で手にかける者……それら全てを殲滅し終えるまで」
「私が陽に……憑依、だっけ? あれをしてから微妙に様子がおかしいんだよね。
生活を楽しんでたのがいつの間にか陽は日常生活で笑わなくなってる気がする……」
紫は同意の返事こそしなかったものの、陽鬼の言った事に対しては同意していた。来た時は全てに興味が無かった少年、気付けば自分たちに笑顔を見せるようになってて……今になっては笑っててもどこかぎこちない様な笑みを浮かべている事が多い、と。
「……ともかく、早く私達に危害を加える者達を何とかしないと……マスターは本当に笑わなくなってしまいます、心の底から……」
「……結局、戦うしかないって事なのね……それにしてもどうして陽が狙われるのかしら?」
紫の素朴な疑問、しかしその疑問には誰も答えられない。何せ誰も狙われる理由が思い付かないからだ。
「……あの白土という男は妹が人質に取られてるような発言をしていた様な……」
「けどそうなると他の奴……えーっと、あのライガって奴が何で狙うのかよく分からないんだよね……外の世界で何かがあった、とかじゃないみたいだし……」
そのまま3人は考え込んでしまう。しかし、流石に情報が少な過ぎるので何も言えない。
「……うん! 考えていてもしょうがないし来たらぶっ飛ばすって事でいいでしょ!」
そう言いながら陽鬼は立ち上がる。確かに今考えていても仕方が無いと二人も思い姿勢を崩す。答えを知らないなぞなぞは答えようが無いので考えていても仕方が無いのだ。
「ま、丁度いい休憩にはなったかな……あ、そう言えば何で敵ってここに攻めてこないのかな? 場所が分からないとか?」
「確かに今までの事を見ている限りそれもあるかもしれないけど……それ以前にここの周りも私の能力で境界を弄り続けて入るにしても私の能力が無いと不可能な程になっているのもあると思うわ」
陽鬼のその疑問は紫が答えた。陽鬼は理解している様な理解していない様なそんな微妙な表情をしていた。
しかし、とりあえず入れないというところだけは完全に理解したようでそのままどこかへと走っていった。
「……そう言えば、藍はどこに行ったんですか?」
「藍は買い物に出掛けて行ったわ。まぁ仮に誰かに襲われたとしても彼女をどうこう出来るのは霊夢や魔理沙くらいよ。霊夢は普通に強いし魔理沙はいつでも全力で戦ってるから……ま、私達が何か異変を起こさない限りあの二人が何か事を起こさない限り何もしてこない……と思うわよ多分」
「……それならそれで安心なんですが……」
「くっ……! お前本当に人間か……!?」
人里……から離れた草原。そこでは藍が誰かに追い掛けられているかの様な状態で逃げながら戦っていた。
紫が開いたスキマからは離れていっている。紫達を巻き込むまいとした為だ。
「くそっ……どこまで逃げようってんだ!!」
そして追い掛けているのは黒空白土。彼は藍が八雲紫…つまりは陽を追い掛ける為の道筋として彼女を狙う事にしたのだ。
「お前の知った事では無いだろう! いい加減私を追い掛けるのを止めたらどうだ!?」
藍は白土の速さとパワーに少しだけ驚いていた。だが、藍の相手が十分に務まる相手でもある。しかし、馬鹿正直に相手をするのも面倒なので逃げて撒くつもりであった。
それに、弾幕ごっこではないただの殺し合いを望む相手となれば確実に相手の肉を噛み千切り、爪で引き裂き、返り血を浴びてしまうだろう。
そうなれば買い物どころの話じゃないしなにより橙から避けられてしまうと藍は考えていたのだ。
故に無駄な血は流したくないのだ。
「……」
ひたすら逃げる藍。それを追いかけ続ける白土だったが、どうにも違和感が拭えていなかった。
藍が逃げている先が八雲邸に繋がるスキマに走っている様に思えてならないからだ。だが、追わなければ陽を見つける事もままならない。
仕方無く追うしかないのだった。
「ここを抜ければ……!」
藍はとある場所へと向かっていた。とある人物のいる場所へと。
まず幻想郷では指折りの強者であり、勝てるものも数少ないという人物。だが、その人物が藍に協力する事が無いのが問題ではあった。しかしそんな事を気にしていてはいつまで経っても白土に追い掛けられるだけとなる。
だからこそ、協力では無くその人物が白土だけを狙う様に誘導している。
「あ……向日葵の花畑……?」
藍が抜けた先には向日葵畑があった。そしてそこに藍は飛び込む様にして隠れた。元々向日葵畑が一面黄色いのも相まって、尻尾を上向きにして飛んでいた藍が見えなくなってしまった。
白土は炙り出す為に一枚紙を取り出したかと思えばそれを手榴弾に変えて一つ一つピンを外しながら放り投げていく。こうやって手榴弾を手当り次第に爆破していくことで炙り出そうというのだ。藍が死んだ時はその時はその時で別の策を考えようという考えだった。
「……出てこねぇなぁ」
「━━━貴方、私の花畑で何をしているのかしら?」
「なっ……ぐっ!?」
何回か畑を爆撃した後、白土は何者かに何かで殴られて吹っ飛ばされる。そしてそのまま地面に叩きつけられてしまった。
「な、なんだ……?」
「ドンドン喧しいと思えば向日葵達が爆破されていってるじゃない……貴方、覚悟は出来てるんでしょうね?」
緑色の髪、獲物を射殺すかの様な赤い瞳、フリルの付いたチェック柄のスカート、同じくチェック柄の上着を羽織っていて日傘を持っている女性が白土の目の前に映っていた。
「うるせぇ……! 例え誰であろうとあの狐を捕獲するのを邪魔するやつはぶっ殺す……!」
「……狐? まさか八雲の……となると……」
女性は少し考えてから傘を構えて花畑に向ける。気配を感じさせずに近付き、そして思いっきり人をブン殴ったであろうその傘に全く傷が付いてない事を考えると、恐らく女性と密接な繋がりのある妖怪傘なのだと考えて白土は、彼女の視線が外れた瞬間に近くの木陰に隠れた。
「あの女……とんだ馬鹿力じゃねぇか……普通の妖怪じゃねぇな……クソっ、あんな啖呵を切っちまったが流石に勝てる気しねぇな……あいつが誰か分かってからやりあった方が得策だな、こりゃあ……また引き下がらなきゃいけねぇのか……クソがっ……」
そのまま白土は空中にドアの様なものを作り出してそこに入ってドアとともに姿を消す。
しかし、今は藍の方に気が向いている女性は向日葵畑のギリギリ上を飛びながら畑を観察していた。
「……あの人間の言っていた事は多分本当ね……火薬臭い中で少しだけ獣臭い香り……もしかしなくても私は利用されたクチか……気に食わないわね、この私……風見幽香を自分が逃げる為だけの道具として使われるなんて……あの狐、少しだけ痛い目に合わせないとダメかしら?」
女性、風見幽香は不敵な笑みを浮かべながらそう呟く。しかし、笑みを浮かべていてもその実彼女の腹の中は煮えたぎっていた。
当然、怒りでだ。
「あー……ほんとに死ぬかと思った……」
八雲邸、藍は何とか風見幽香から見つからずに逃げ切って帰路についていた。正直いつ見つかるかとヒヤヒヤしていたのだ。
「あら……藍、随分遅かったけどどうしたの?」
そして、戻ってきて藍は紫に声を掛けられる。声を掛けられるまで気付かなかったので紫の声が聞こえた瞬間に驚いてしまったが、背筋を整えて返事を返す。
「ゆ、紫様! ただいま戻りました!」
「え、えぇ……どうしたのよ、随分疲れてるみたいだけど……」
「ちょ、ちょっと変なのに絡まれてまして……大丈夫です。別の者に擦り付けてきましたから……」
疲れきった藍の表情を見て紫はこれ以上聞く事をやめた。
何故か自分も疲れる予感がして聞くに聞けなかった。そして、これだけ疲労しているとなると藍には休んでもらわないといけないとも思っていた。
「藍、今日は夕飯作らなくていいわ」
「し、しかし……そうなると彼一人に負担が行きますが……」
「うっ……け、けど……彼に何か気晴らしになる様な事は少しでもさせて上げたいと思ってて……」
紫のその言葉に藍は頬を掻く。料理が出来ない程疲れている訳では無いから作ろうと思えば作れるが主の命令で作らなくていいと言われているので命令無視して作る訳にもいかないのだ。
「まぁ気晴らしさせる事も大切ですが……今の彼に負担を余り掛けるものではありませんよ」
「うっ……それじゃあ今日のご飯どうしようかしら……」
「あの……ちょっといいですか?」
紫が悩んでいたその時、月魅が紫の服の裾を引っ張りながら声を掛ける。珍しいと思いつつ、話を聞いてみる。
「お二人には及びませんが……私も一応料理は出来ますよ。元々家事手伝いをしていた身ですから」
「あら、それなら月魅に頼もうかしら? 結構人数多いけれど大丈夫かしら?」
「えぇ、いつも食べているお陰で誰がどのくらい食べられるのかの把握は済んでいます。後は二人の味に慣れた舌で私の料理が美味いと感じさせられるかだけですけどね……」
そしてその日の夕飯は月魅が作る事になった。その味は存外悪いものでは無いというのが紫達の感想だったのであった。
月魅も陽鬼と同じように刀をスペルカードにして持ち運んでいます