並べられた2枚のスペルカード。
一方は太陽のように赤いスペルカードでもう一方は夜の様に青いスペルカードだった。陽化[陽鬼降臨]と月化[月光精霊]の2枚のスペルカード。
どちらも陽鬼か月魅かの違いだけでそれ以外は全て同じ。特定の人物を憑依させてその者の種族となり戦うスペルカード。
何故か口調が変わるが陽はそんな事は意識した事も無い。
だが、何故月化が制御出来たにも関わらず陽化は未だに制御が出来ないのか。使う度辺りに炎をばらまいて迷惑をかける。
なぜ、何故なのか……陽は悩んでいた。
何が原因なのか、何が暴走を引き起こす原因になっているのか、それさえ分かれば苦労はしないだろう。
「暴走する原因……か。簡単に分かったら苦労はしないって自分でも分かっちゃいるが……逆にいえばそこまでしか分かってない。それくらいなんだよな」
誰かに助言を頼もうとした、だがこれは自分自身の問題であり他の者と共有出来る問題では無いのだ。
それらは陽も分かっているので紫にも藍にも助言は一切聞かない様にしている。
「……使った時、どんな状況だったっけ……」
一番初めに使った時は迷子を保護したという事で仲良くなってしまった家族、それを殺した犯人と対峙した時。怒りに身を任せた。もはやあの時の記憶すらかなりあやふやになってしまっているがとんでもなく怒っていた事はよく覚えていた。
二番目に使った時は白土に追われていた時。一度暴走したものを止められるか? と不安になっていたのだけは陽は覚えていた。
三番目に使った時は白土に追い詰められた時に初めて月魅を憑依させた時だった。その時は迷いも、不安も何も無かった。ただ少し……月魅に無理をさせてしまっていたという悲しみはあった。だが、それ以上にその時の陽は誰かを守りたい……そう思っていたのだ。
「気持ちの……問題、なのか? たったそれだけの……単純な事、なのか?」
気持ちだけでここまで左右される力。感情を抑える事が出来たのなら勝てるのだろうか? いや、勝てない。
陽は頭の中で悩んでいく。感情によって暴走した陽化と感情によって制御を成しえた月化。どちらも感情という点で見れば同じものなのに片方は負の感情、もう片方は正の感情。-と+。
つまり、簡単な事なのだ。不安や怒りを抱えるのはいいがそれ以上に何かを守ろうという感情が必要なのだろうか……陽は本当にそんな結論でいいのか、という気持ちになってくる。
「けど、例え暴走する危険性があったとしても……それ以上に誰かを守れないのは……でも、誰かを守る為に暴走して……誰かを傷付けるのも……」
守られるのは嫌、誰かを守れずに傷付くくらいなら自分の命が燃え尽きたとしても相手を守らないといけない。生きている限り誰かを守り続ける事が出来る。
陽はその異常なまでの誰かを守ろうとする心が決して異端だと気付く事は今は無い。一人でいる彼を止めるものは誰もいない。故にその心は暴走していく。
「ん……? 雪、か……なんか最近寒いと思ってたけど……そっか、もう冬だったんだな」
降り始める雪、シンシンといつの間にか降っていたそれは確実に地面の色を白銀に染めていく。
外の世界にいた頃はいつからか自分も含めた全ての事に興味が無かった。幻想郷に来たらいつの間にか物事に興味を持っていた。ただスグに色んな事に興味が出る訳じゃ無くて今ようやく季節が冬だという事に気付いた辺り自分もまだ外の世界気分が抜けきってないのかと少しばかり苦笑した。
「……こんなに綺麗だったんだな」
外の世界では雪は冬になってもそこまで降るものではない。だが、自然が沢山あるこの幻想郷では雪はどうやらそこまで珍しくもないものの様だ。
陽はそこそこ積もってきていた雪を手で軽く取ってその冷たさを実感する。能力で手袋を作り出して付けてから再度雪を手で固めていく。最初は小さな玉の様に、しかし次第に大きくなっていく。
「……うん、いい出来だ」
丸く固められたそれはとても綺麗な白銀の色をしていた。こんなに綺麗なものなら雪だるまを作りたくなる気持ちもよく分かる様な、そんな気がした。
「……止みそうにないな」
しばらく止んで欲しくないそれを陽はただただ見つめていたのであった。
「あ、雪……うぅ寒っ……家の中に入ろ……」
陽鬼は八雲邸の縁側で雲いっぱいの夜空を見上げていた。今までの事でなにか思う事があり、それで物思いに耽っていたのだがそうしている内に雪が降ってきたのだ。
流石に今の時期は寒いと思いながら陽鬼は屋敷の中に入ろうとした。だが、何となく寒いと思いながらも外へ飛び出した。陽鬼自身ですら何を考えているのか分かっていなかったが雪を踏みしめたり木を殴って木に載っている雪を落としたり……手当り次第に色々な事をやっていく。
「はぁー……何やってんだろ私……」
木を思いっ切り殴った拳を触る。真っ赤になって少しだけヒリヒリしたが冬で寒いから、という訳でも無く彼女の体が脆い訳でも無い。
「……誰かを殴るっていうのは、これ以上に痛いんだ。例え悪人であったとしても」
しかし、自身ではそれに耐えなくてはならないと思っていた。自分の主である月風陽という男を守る為には、矛である為には例え誰であっても敵として障害となったら殴らないといけない。
だが、もし彼が間違えていると思ったら例え殺されようとも彼を殴り飛ばす覚悟もしていた。
「……武器、武器が欲しい。月魅みたいな刀じゃなくてもいい、けど……私の特性を活かせる武器が欲しい……!」
更にもう一発、今度は本気で木を殴り飛ばす。殴った瞬間に幹が折れて軽く吹き飛ぶ様に後ろの木にぶつかった。そしてぶつかった木も折れる。
陽鬼は軽く息切れしながら自身の手を見つめた。
明らかにパワーが底上げされている。だが、陽鬼は陽の特訓に付き合って自身も体を鍛えてはいるがこんな劇的に変わる事でも無いと感じていた。
未だに戻らない記憶、異常に底上げされている腕力。もしかしたら何かまだ重要な記憶があるのかもしれない……そうしてうんうん唸って考えてみたが不意に大きく溜息を吐いて踵を返して八雲邸に戻っていく。
「私には考える事は向いてないや。私が出来るのは殴って蹴ってもの食べて寝る事! 私馬鹿だから何か考えるくらいなら何も考えずに突っ走る! 考えるのは陽や月魅の役割だ!」
彼女は小難しい事を考えるのはやめた。
守りたいと願ったものを守る、その為に立ちはだかる者がいるなら守る為に全て殴り飛ばしていく。
そう考えたが、ふとまた考えてしまう。
「私は……陽を守ると言ったけど陽は自分が間違えているのなら殴ってくれって言った……だとすると私の守る物って……一体何なんだろう」
月風陽を守ると誓った、けれど自分の主は間違えた時は殴ってほしいと頼んだ。つまり、陽鬼が絶対に守らなければならないのは月風陽という男じゃなく何か別のものという事にも捉えられる。
「間違えた時……何をもって間違えた時になるんだろ?」
振り続ける雪を見ながら考えてしまう。振り続ける雪のせいで普段考えない様なところまで考えてしまうのかとも思ったがすぐに頭を振った。
今まで考えなかった事だがこれだけはキッチリと考えておいた方がいいと陽鬼は直感でそう感じていた。
「陽がやりたい事はみんなの前に立ってみんなを守る事……間違えた時、って言うのは多分みんなを守らなくなった時だ。つまり逃げ出した時って事……?」
でも、と言葉が続いてしまう。彼女も陽が戦ったあのライガという男も白土という男も恐ろしい相手である事には間違いが無い。
ゴッコじゃない本当の殺し合い……それをしている以上逃げ出したくなるかもしれない事を考えるとそれは間違いじゃないと考える。
「……守るって事は守らないと死んでしまう誰かがいるから。それが誰かの手によって殺されるなら……つまり敵。敵がいなければ守る事は無い……あ、もしかして」
ふと、考えついた答え。いつも働かない頭を何とか駆使して出てきた彼女なりの答え。
「敵がいないのに守ろうとする事、かな? つまり……敵じゃないものもみんな敵視して……殺す事。
それが陽の言う、間違えた時なのかな」
真偽は分からない、しかし彼女なりの答えを見付けれた事に彼女自身が嬉しそうに部屋へと戻っていく。
少しだけ彼の言いたい事を理解できた為にスッキリした顔付きで彼女はまた明日に備えて寝る準備を始めたのだった。
「……目が覚めてしまいました」
ムクリと起き上がる月魅。彼女はゆっくり眠っていたのだが不意に目が覚めてしまいまた寝る気にもなれないので周りの者を起こさない様に着替えて少しだけ外に出て運動する事に決めたのであった。
「……ほんの少しだけ明るいですね、夜明け前でしょうか」
白銀の雪を踏みしめながら月魅は歩いて行く。どことはいわない、どうせ八雲邸の周りからは自力での脱出は不可能なのだ。だが、それでも無性に歩きたくなっていた。
しばらく歩いた後にふと一本の木の前で立ち止まる月魅。白土から奪ってそれ以降愛用している刀を構えたかと思うと一気に飛び上がってその刀を使ってその木の各枝を落下しながら切り落としていく。
そして地面に着地した後に再び木を見上げる。
「一、二…………二十本中余ったのは5本ですか。まだまだですね」
自身の刀を見つめる月魅。夜の様に青い刀身を見つめてまだ、切れ味が足りないのか……と考える。
自分は霊力を使える、しかしその霊力を未だに発揮出来ていないのだ。
やった事と言えばこの刀を自分のモノにしただけ、もっと霊力を上手く扱える様になりたいと切に願っていた。
「……刃に霊力を纏わせて……」
目を閉じて刃に意識を集中させる。目を閉じた為見えないが刃に自身の霊力を纏わせるイメージをする、そして深呼吸していくと段々と刀がさらに青く発光していく。
だが━━━
「きゃっ……!」
刃に纏わせていた霊力はすべて弾け飛び月魅は刀を離して尻餅を付いてしまう。
再び立ち上がった月魅は刀を拾い上げて見つめ始める。
「……やっぱりまだまだですね。マスターにも未だ迷惑をかけてしまいます……もっと、力を付けないといけませんよね」
月魅には記憶があった。陽に憑依されている時の記憶、意識だけでしかなかったので体を動かす事は出来なかったが。
「力が……陽鬼の様に強い力が……全てを倒せる力が……」
月魅は陽鬼を羨ましく思っていた。自分よりも強い力、自分よりも先に陽と一緒にいた事……色々な事が陽鬼に対しての羨ましいと思える心に変わっていた。嫉妬、と言うほど強い感情では無い事は本人も理解しているので純粋な羨ましさではあるが。
「陽鬼には純粋な力……私にはこの刀しかない。
刀は腕力で扱うものじゃないというのは私も分かっている、分かっているはずなのに……やはりどうにも力が欲しくなります」
自分の体では腕力は宿らない、ならば自分の欲しい力というのは一体どんな力なのか……月魅は立ったまま木を見上げて考え始める。
「刀の練度……霊力、後は他に何があるでしょうか……腕力や脚力では駄目です……刀を使えるには速度……そう、速度が必要ですよね……」
斬る速度、足の速さ、それらを支える動体視力。動体視力に関しては月魅は自信があるのでこれは武器になるのでは? と考えた。
「つまり……結局のところ素早さを武器にしないといけない訳ですか……脚力を鍛えられないのなら……霊力を使って……やって見るしかない様ですね。
しかし、ならば全ての基盤は『霊力』という事ですか……博麗の巫女にでも鍛えてもらいましょうか」
霊力を扱える中で月魅が知る限り最強の人物、各異変を解決した彼女ならば霊力の扱いに関して未熟な自分を鍛えてもらえる……のではないかと月魅は予想していた。
何せ未知数なのだ、よくよく考えたらあった事も無い人物に会って話せというのはなかなかに緊張する。
「……しかし、その程度の事で尻込みしている暇はありませんね。私には意地でも強くなりたい理由があるのだから……はっ!」
月魅は木に向かって一瞬で刀を振りそしてそのまま鞘に収めた。抜き身の刀を収めてくれた事、勝手にマスターと呼んでおいてそれの事で嫌がりもせずにちゃんと引き取ってくれた事、月魅は陽という主に対しての感謝が有り余る程にあった。
「……だからこそ、彼と一緒に歩ける道を歩きたいんです」
踵を返して八雲邸に戻っていく月魅。その背中を夜明けとともに登ってきた太陽が照らす。彼女を照らす事を邪魔する木は既に切り落とされている。それは彼女の彼の前に立ちはだかる者は全て斬る覚悟を表していたのだった。