「ここがこうで……あぁ、こうなってるのか……そうなるとこうなってて━━━」
「……暇ですね……」
「そうだねぇ……」
「河童の領分は俺達には分からないと思うぞ……」
妖怪の山、そこに流れる川の近くに住んでいる河童の集団。そこの一角に住んでいる河城にとりの工房に陽達は来ていた。
数刻前、陽達は八雲邸で陽が作り出しそして使わなくなった機械の数々をどう処理するか悩んでいた。そこで紫が『河童に渡してしまおう』という意見を出し、特に反対する意見も無い為妖怪の山まで紫にスキマで送ってもらったのだ。
河童は人見知りだが人間とは結構仲良くしている為例え初めてあったとしても『盟友』と呼んでいる為、紫に紹介された『河城にとり』と呼ばれる少女にもすぐに話が通じた。
「いやぁ、外の世界の技術の一端を見れるなんて素晴らしいよほんと……出来れば魔改造してみたいところなんだけどねぇ……」
「別にそれは好きにしてくれても構わないぞー、もう使わないしなー」
作り出した、と言っても精々簡易ガスコンロくらいなのでガス管を変えれば充分なのだが陽も釜戸に慣れてきたので正直使わなくなってきてたのだ。
しかし外の世界のもの、しかもそれをタダでくれるということににとりは心底感動していた。目を輝かせながら分解していくにとりそしてそのままガチャガチャと音を立てながら分解しては組み立て、分解しては組み立ての繰り返しをしていく。
「お礼としてこれ魔改造しまくって返してあげるよー!」
「いやだから別にいいのに……」
そういうやり取りを時折挟みながら約数分が経過した頃、川辺で寝そべっていた陽達のところに突風が吹き荒れる。ついうっかり目を閉じてしまって何が起こったのかよく分からなかった陽は恐る恐る目を開けて周りを確認する。
「あやややや? こんなところに鬼と人間が二人の組み合わせに河童が付いてきていますよ。これは珍しい」
まるで学生が着るかの様なセーラー服を着た少女が陽の上空を飛んでいた。自分達を見下ろすかの様な位置にいる彼女の姿はパッと見た限りは学生服だというのが陽が見た光景だった。
それ以上の特徴を見付けようとした瞬間に突然視界が真っ暗に染まり頭に物理的な激痛が走り出す。
陽は気付いていないが、陽鬼が陽に空を飛んでいる彼女の下着を見せない様に腕で陽の両目をホールドしながら抑えていたのだ。力加減を忘れてはいたが。
「陽は見たらダメ……!」
「陽鬼、貴方の力でマスターを抱き締めたら骨が折れるので即刻止めてください……」
「あややや……別にスカートの中くらい幾らでも見せてあげますよ。この下は下着じゃなくてちゃんと見えても困らない様に上から履いてますから」
セーラー服の彼女が地面に降り立ったところで陽鬼が我に返り陽から離れる。風が止んだかと思えば上にセーラー服の少女がいて、認知した瞬間に顔をとんでもない力でホールドされた陽は一瞬ふらついたがなんとか頭を抑えながら謎の少女に話しかける。
「そういう問題じゃ無い気がするけど……とりあえず…誰……?」
「ふむ、私は射命丸文と申します。いわゆる天狗というやつですが新聞記者もやっていましてね。
ただ暇なので今日はゆっくり空飛びながらフラフラしたいたら貴方達を発見した訳です。ところで貴方達はどちら様で?」
「……俺は月風陽、鬼の子は陽鬼で銀髪の子は月魅だ。月魅は人間じゃなくて妖精よりも格上の存在の精霊、って言うらしい」
「精霊、精霊ですか……新聞のネタに出来そうですね……ところで貴方は外の世界の出身ですか?今まで貴方みたいな人は見た事がありません。あと良ければ新聞のネタにしてもらっても?」
軽く、親しみやすいかつ敬語を使っている文。新聞記者という肩書きがよく分かっていない陽鬼は頭の上にハテナマークを浮かべていた。
そして月魅もよく分かってなかったので二人は顔を見合わせた後に同時に頷いて意思疎通を図っていた。
「ねぇねぇ、新聞記者って何?」
「新聞記者というのは新聞に載せるネタを仕入れては書いていく人達の事ですが……それを知らないという事は新聞も知りませんか?」
「私の住んでたところ小さな村みたいなもんだったから近所で何か起こったらすぐに分かるもん。」
「私の出身は月ですので何か起こったらすぐ映像か音声かで知ることが出来ますし新聞というものはありませんでした。どんなものかは知っていますが見た事はありませんし……」
月魅のその言葉に文は疑問を覚えた。新聞がある事を知っているならどうして新聞記者が分からないのだろうか、と。しかし分からない事……それが自分が気になったのならすぐさま聞くのが自分のやる事だ、と文は問題無くメモとペンを片手に再度月魅に質問をし始める。
「何故新聞というものを知っているのに新聞記者は分からないんですか? というか貴方月の出身だったんですか? なら月はどんなところか聞いてもいいですか? 教えて下さいよ」
「え、えぇっと……」
月魅が文に質問攻めにされて困り果てる。流石にこれはちょっとまずいんじゃないかと思った陽が止めようとしたその時。
「いい加減に……しろっ!」
「おっと危ない」
文の後ろから大きな刀が振るわれた。しかし文はそれを華麗に避けて切りつけようとした人物をヤレヤレといった表情で見つめていた。
「椛ー、毎度言ってますが流石に上司に向かって真剣を振るうのはどうかと思いますよ〜? 私の首を物理的に飛ばすのはいいですがソレをすると貴方の地位のクビも飛んでしまいますが〜?」
「そう言いながら避けてるのはどこの誰ですか。上司じゃなければ問答無用で叩ききってやったものを……それで? 何故『侵入者』と仲良くしてるんです?」
椛と呼ばれた彼女、陽は彼女が『嫌いな上司に嫌々敬語を使っている部下』という恐らく彼女が聞けばブチ切れそうな印象を持ってしまった。
だがそんな事より。
「侵入者? 俺達が?」
「おや、いつ発言を許しましたか侵入者。少なくとも妖怪の山に入ってる時点で既に私達の敵ですよ。この山は天狗の領地です……まぁ守谷こそ陣取ってはいますが基本的にあそこまで行く道のりはあの神社の領地、それ以外は全て天狗の領地ですよ。河童は害は無いと判断されてここに住んでいますけどね」
どうやら自分達を河童以上の脅威として見られているであろう事を知った陽はどうしたものかと考えていた。自分には戦闘力は一切無い、陽鬼と月魅にはあるかもしれないが……しかも説得も通じ無さそうな相手ではどうすればいいか考えものだった。
「こらこら椛、勝手に天狗の領地を増やさないの。それでいざこざ増えるんだからそろそろ反省しなさいな。天狗の領地は正式には麓にある河童の領地から上の山の部分よ。
プライドが高い天狗はこれだから……」
「……ふん、貴方だってそのプライドの高い天狗でしょう。それに、どちらにせよ彼らは妖怪の山に入ってきている。にとりに機械を見せている様ですが怪しい事には変わりありません」
と、悩んでいたら文がすぐさま仲裁に入った。自分では知りえなかった、それに同じ天狗だったからこそ彼女を戒める事が出来たのかもしれない。とはいったが実は上司に逆らったらいけない、くらいの縦社会なのでは無いのかと陽は思ったりもしたが。
「正真正銘私に外の世界の機械を渡しに来ただけだよ彼らは。それに手を出せば八雲紫と全面戦争になるみたいだけどー?」
「……八雲紫? 彼女が人間を飼ってるなんて話は聞いた事がありませんね……しかし、なるほど……一体どこから入ってきたのかと思ってましたがあのスキマ妖怪の能力なら突然現れる事も可能という訳ですか」
口調こそ落ち着いてはいるが椛はその隠そうともしない殺気をビシビシと陽に向けていた。不用意な事をしたらまず間違い無く首が飛ぶというのが陽にもはっきりと分かっていた。
「とりあえずその殺気は分かりやすいから仕舞いなさい。本気で天狗と八雲紫を戦争させるつもりかしら? 起こしてしまったらあなた1人の命じゃあ済まなくなるわよ」
「……ちっ、分かりました。今は止めておきましょう。しかし、後ろの方も私とやり合うつもりのようですが?」
そういう椛の目には陽の後ろで刀を構えている月魅の姿があった。陽への煽りで彼女は少し怒っていたのだ。
「煽るんじゃない、そろそろ上司としての命令に変わるわよ? それに逆らったらあんた明日から住むところもやる事も食べるものも味方も無くなるわよ?」
文のその言葉に椛は無言で刀を仕舞って陽達の方向とは真逆に向いて空を飛んでどこかへと去っていく。それを見た月魅は刀を仕舞い、文は陽達の方に振り返ってニコニコしながら話し始める。
「いやぁ、すいませんね。なにぶん天狗というものは領地の事とプライドだけはいっちょ前ですからね。まぁ元々規律正しいというのが拗れてあぁなったようなんですけどね……ルールはまとも過ぎた為に他の規律が無いところを忌み嫌ってしまっているんですよ」
「はぁ……そうなのか……」
「まぁ大丈夫ですよ。あの子は口は悪いですが融通は聞きますし次回からはすんなり入れるでしょう。煽るのはまだ侵入者と認識していて攻撃をさせる事を待っているだけですからね」
天狗にも色々いるんだな、と少し疲れた表情で陽はそう思った。しかし、彼女が攻撃待ちだとするならばにとりや文があまり焦っていなかった事には多少の納得が行く。自分から暴れようとしない限り椛は手を出す事は決してないらしいのだから。
「……ふー、終わったよー
色々見せてもらったから作ったの全部合体させてみたよ」
「そういえばにとり、貴方さっきから何をどうしてたんですか……いや、ほんとになんですかこれ」
「……穴だらけのコンロ……? 電子レンジも付いてるし……」
陽達の目の前には謎の物体が存在していた。下からオーブン、電子レンジ、ガスコンロという順に並んでおり、さらに側面には縦一列に並んだ穴が開いていた。
「いやね? どうせなら全部繋げてしまおうって発想で繋げてみたんだよ。これ一つでどんな料理も思いのままに出来ちゃうよ! あ、穴が空いてるのは全部このガス缶っていうんだっけ? これを入れれる穴、計10個あるよ!」
全部繋げて何の不自由も無い様に作れるにとりの才能に驚いた陽達(といっても陽以外何が何だかよく分かっていないが)
しかし、これは自分くらいしか使い方が分からないだろうからあまりにとりには意味が無いものでは? と思っていたのだが……
「んじゃあお礼として盟友にこれあげるね」
「……は? いやいや、元々にとりに渡すものだったんだけど?」
「いやぁ、私はこれ使う機会は無いからね。それだったらよく使う方に上げた方が機械も喜ぶってものさ」
そういうものか、と陽は複雑な表情で見ていたがしかしまぁ貰えるものは貰っておいても損は無いだろう。そう思った陽が貰っておこうと思ったその瞬間にとりが何かを思い出したかの様にもう一度機械の前に立っていじり始める。
「ごめんもうちょっと待って! 今思い付いたのやるから!!」
まぁ時間はあるから別にいいか……そう思って横になった陽。ふと気が付いてみれば、文はいつの間にか姿を消していたが既にどこかへ飛んでいったのだろうと思ってすぐさま文の事は記憶の片隅に追いやったのであった。
「……何のつもりですか先輩。あの男は間違い無くとんでもない男ですよ? なのに放っておけだなんて……」
「確かにね〜弱ってるとはいえ鬼と……精霊? っていうのを従えてるなんて一体何がどうなってそんな事になったって話しよね。
……けどね、だからこそちゃんと見極めないといけないのよ。彼が敵なのかどうかを見極める為にはまだ時間が足りないのよ。侵入者を建前に貴方が突っ走っていったせいで戦争が起こってしまったら意味無いのよ? もうちょっと考えて行動なさいな」
「うっ……そこは素直に謝ります」
「宜しい、とりあえず彼らをよく観察するのよ。天狗の敵になるのなら潰す、ならないのなら放っておく。それが一番いい事なんだから」
「……わかりましたよ。今度からは山に入っても基本的に襲わないようにします」
「それでいいのよ、椛」
「……それで、何かしらこれは」
「……持っていったものをにとりが全部くっつけて魔改造したもの……かな」
「だからってガスコンロが電気コンロになる上に自家発電も可能になってるものなんて始めてみたわよ?」
結局、持っていったものを一つに統合した上に進化まで果たしてしまったものを持って帰ってきた陽。大きさは言う程無い為置く事は可能だが八雲家には少しだけ複雑な空気が流れていた。
電気コンロにオーブントースター、更に電子レンジまで兼ね備えている上に自家発電もするものって最早コンロじゃないですねほんと。