「……やっぱり、何度言われても出来ないものは出来無いんだと思う」
月風陽……彼が八雲邸に住み始めてはや数週間、今ここでは彼が生きる為に出てきたある問題に悩まされていた。
「紫様……やはり彼は……」
「えぇ……彼、弾幕も撃てないし空を飛ぶ才能も無いのね……」
彼、月風陽は八雲紫が見出した謎の『程度の能力』以外何も出来ない少年だという事に自他ともに認めさせられていた……
そもそもの発端は、彼がこの特訓を始める数日前の話である。
八雲のお掃除兼料理役の大役を任された彼は今日もその仕事に精を出していた。元々一人暮らしに近い生活だった為に自分でやれる事はしていたし、偶に帰ってくる両親の分もその時に一緒にしていたので大抵の事は一般人以上に出来ているのだ。
本人にとっての数少ない趣味と言えるのかどうかさえも怪しいものだが彼はそれらの事を調べては効率よく掃除したり、どうすれば栄養価の高い食品の摂取が出来るかというのものを考えていた。それも無意識レベルで。だからと言って八雲邸の釜戸に驚かなかった訳では無いが。
そしてその料理と掃除が紫に気に入られ、しばらくは続けていた時に紫がこう言ったのだ。
「貴方、ここで生き抜く術を覚えていた方が結構楽よ?」
「……生き抜く術と言っても……俺の能力が未だによく分からないし何とも言えないんだけど……」
彼の能力はこの前の1件で一応は使える様になっていた。しかし紫が少し彼の体の中を調べようとして能力を使おうとしたところ、何故か弾かれてしまったため使いながら調べる事にしたのだ。
そして実際にしばらくの間能力を使ってみて分かった事が━━━
「筋力強化、集中力強化、視力強化……とりあえず肉体面の強化が主に使えるみたいね。私や藍に使えなかったところを見ると自身限定の能力と言ったところかしら。けれど代償として強化した部分が必ず痛めてしまうという弱点もあるわね……集中力は確か頭が痛くなるんだったかしら……
うーん……ならこの能力はどう命名するべきか……」
この時の彼は命名する必要性を感じなかったが別に嫌な訳では無いので紫と一緒に考える。因みに藍は考える振りをしてずっと彼を睨んでいたため彼もあまり集中出来た訳では無いが。
と、ここで彼がふと思い付いたネーミングがあったので言おうとする。だが、藍が強めに睨みを利かせてきたので今ここで意見を言ったら殺されるまではないだろうけど何かしらの怪我をさせられそうな気がしたので一旦言い淀む、だが━━━
「藍、あまりにもしつこいと私は貴方に罰を与えねばなりませんわ」
「も、申し訳ございません……!」
この数日間で彼が学んだことだけが一つだけある。『紫は本気で怒って本当に罰を与える時の口調が何故かお嬢様口調になるという事』だ。彼の為に怒ってくれているのかそれともただ殺気を出されるのが鬱陶しいからかは定かではないが。
「言ってご覧なさい? 貴方の能力なのだから名前はあなたが気に入ったもので無いといけないわ」
「……限界を無くす、程度の能力……」
彼の言った言葉に紫は目を丸くする。やはりこの名前はダメか……と彼が思った時に紫が軽く手を1度鳴らして笑顔になり彼は更に驚いた。
「いいじゃない、いいじゃないその名前。限界を無くす程度の能力……うん、まさにそれがピッタリね」
『まさか自分の考えた事が人に褒められるなんて』と思った彼は少しだけ心が暖かくなる様な感覚を味わった。これに関しては彼自身が即座に嬉しかったからだ、と認識した。
それと同時に紫の顔を見て何故か妙に胸が高鳴るがこれに関しては分からなかった。
この時、彼は嬉しさというものを思い出し、そして謎の高鳴りを覚えたのだった。
「なら、この能力で幻想郷を生き抜けるんじゃないかしら。頑張れば一時的とはいえ飛べる可能性もあるし……弾幕も出来るわ」
彼は一応話には聞いていた弾幕の話を思い出す。
この世界で行われる弾幕ごっこは所謂『ごっこ遊び』ではあるものの殺しをしないという点では幻想郷向きなのだそうだ。
幻想郷は妖怪と妖怪を信じる人間の為の空間。しかしそれ自体は外界の技術の発展に伴い段々と少なくなっていく。それに気づいた八雲紫は妖怪達とそれらを信じる人間を匿う為にその時の博麗の巫女と一緒に外界で言うシェルター……『博麗大結界』を作ったのだと。
「……でも、出来たとしてもやり方が良く分からない。ゆ……紫とかのをみてても人間……かつ弾幕ごっこなんて出来無い気がする。」
「うーん……とりあえず、やり方自体は教えるから一度自分でやってご覧なさい。何か問題があれば私達が適宜指導していくわ。
それと藍、彼が呼び捨てにする事を許したのは私自身よ。一々目くじら立てて怒らないでくれるかしら? 私だって一々あなたを注意で済ませるほど心が広い訳じゃ無いのよ。
そうやっていてくれるのは私としては嬉しいのだけれど度が過ぎると面倒臭いだけなのだから」
紫は藍の方を一切見ずに藍を制す。その藍は紫を呼び捨てにした陽を痛めつけようと爪を伸ばしたのだがやはり紫の式神だからなのか藍の考えている事は手の平の事の様に分かる様だ。
「……分かった、とりあえず頑張ってみる。空を飛ぶ事はともかく弾幕なら頑張れそうな気がするから」
そして冒頭に戻る。
「出来無い理由は……まぁ無いのよね、霊力や魔力の類が……」
「それは最初から分かっていた事ではありませんか。人間が全員弾幕を撃ったり空を飛べたりする訳では無いと思うのですが何故このような事を?」
藍は訝しげに紫を見つめる。自分にも分かっている事を紫が分かってないとは考えづらい、無いものをどうやって体の外に出して撃つのかが分からなかった訳だが結局紫の真意は分からなかったので直接聞く事にしたのだ。
「……あの子の能力でもしかしたら霊力や魔力の類が精製出来るかもしれないと踏んでいたのよ。けれど出来無かったのよね……何故かしら……」
「あの……そもそも霊力や魔力の類を見た事が無いのに出せと言われては出せないと思うのですが……」
藍がその台詞を言った瞬間場の空気が凍る。紫が黙りながら藍の側を離れ、陽の隣を通り過ぎて背中を見せながら扇子を開いて見えない顔を隠すような仕草をする。
「……もしかして、気付いて無かった……のか?」
陽がそう呟いた瞬間紫の肩がほんの少しだけ動く。そしてこれで藍と陽も察したのだ。『気づいてなかったんだな、と』
「……そうよね、そもそも弾幕だけ見せてハイやってみてと言うのが無理な話よね。
霊力や魔力がどんなものなのか知らずに使えって言う方が………おかしいのよね」
背中を向けたままだが何となく2人には紫がしょげてる様にも見えたが今の状況では声を掛け辛い。藍は紫の気付いて無いところを言い、陽は紫の図星を突いてしまった。罪悪感が彼らの中に生まれていた。
「…………俺、紫の言う霊力や魔力の類は確かに見た事無い。だから見せれる場所に連れてってほしい」
その言葉に紫が少しだけ反応する。クルリとこちらを向いて扇子で顔の正面を完全に隠しながら歩いてくる。そして陽の隣で止まった後ちょっとだけ扇子を下ろして目だけを出して陽を見つめてくる。
「……さっきまでのやり取りを忘れてくれたら連れてってあげる」
何とも無茶ぶりをする人だな、と思いながらもあれを覚えられている内は本当に連れて行ってくれないだろうし何より紫に対して申し訳無くなってくるので忘れる事にしよう。
そう思った彼は縦に頭を振る。それに気分を良くしたのか扇子を勢いよく閉じてパチンッ!と音を鳴らす紫。その隣には既に空間の裂け目が広がっていた。
「それじゃあこのスキマを通って行きましょうか。現博麗の巫女、『博麗霊夢』の所へね」
そして陽は紫と一緒にスキマを通る。おいてけぼりをくらい掛けた藍も慌ててスキマの中に入り、紫を追いかける。
「霊夢〜来たわよ〜」
「来るなっていつも言ってるで……しょう……に…………?!」
「どうしたのよ、そんなに驚いた様な表情をして。まるで鳩が豆鉄砲を食らった様な顔してるわよ?」
博麗霊夢、現在の博麗神社の巫女でありまた幻想居で起こる大事件『異変』の解決者の一角である。しかし彼女は妖怪に好かれやすいのかいつも誰かしらがいるせいで妖怪神社とまで言われているせいで人から若干距離を置かれる様になってしまったのである。本人は全く気にしてない様だが。
そんな彼女が世界の終わりだと言わんばかりの驚愕の顔を浮かべている。紫が霊夢の視線をゆっくり辿っていくとその視線の先には陽がいた。そして紫は霊夢が何に驚いたのかをようやく理解した。
「あ、あんた…………なんで人間なんて連れてるのよ……!? 私は人肉は食べないわよ!?」
「あのね、霊夢。私がいつも人間を食べてるみたいな言い方するのは止めてくれないかしら? あの子はここに残りたいと言ったから、私はあの子に住んでもいいと言ったから一緒にいるのよ? 何か問題でもあるかしら?」
「え、え? あんたが自分の家に人間を住まわせる? じゃあ何? 餌でも奴隷でもなく、あんたの所の式神とかでも無くてちゃんとした人間って事?」
「だからそうだと言ってるじゃない。とは言っても流石にただの人間てはないのだけれど━━━」
陽は二人の間に入れなかった。何というか二人の間の絆の様なものに割り込んで入れる空気では無かったからだ。
仕方無く陽は周りを見渡す、周りには木々が生い茂っており、その中にまるでポツンと経っているかの様な印象を受ける神社だと思い、その直後に思った事が『まるで誰からも忘れ去られた地域』だった。
その時、不意に肩に手が置かれる。
「という訳で、今からあの女の子……博麗霊夢があなたの師匠よ」
「し、師匠?」
「ちょっと待って紫、私まだ話が終わってないわよ!
ただでさえ家は狭いのに男をもう1人入れるなんて絶対無理よ! そもそも仮に入れたとしても二人しかいないのに何かされたらどう責任取るつもりよ!」
ここで襲うつもりなんて毛頭無いから心配するな。なんて率直な意見を出せば間違い無く霊夢にぶん殴られるんだろうな、と考えた陽だったがそれを口に出す間もなく紫が訂正を入れてくる。
「霊夢、さっきも言ったけど私が連れてきた時だけでいいのよ。しかもやる事はこの子に霊力の扱いを教えるだけ。魔力を教えるのもありかと思ったけれど魔法使い達に預けたらろくな事にならなそうだし預けるのはあなたが一番適任なのよ」
「う、うぅん……まぁアンタがそこまで言うなら良いけど…………というか珍しいわね、あんたがそこまで肩入れする人間なんて」
「興味が湧いたのよ、貴方や……霧雨魔理沙、紅魔館のメイドと同じ様にね」
自分の知らない間にどんどん話を進めていく2人を彼はじっと見つめていた。
妖怪の賢者と人間の巫女、本来相容れない者同士が手を取り合って生きている。片方がもう片方をただひたすら搾取するのでは無く本当に手を取り合って生きている。どちらかがどちらかを襲うという事はありそうだがそれも一つの共存の形としてはありなのでは、と二人を見ていた彼は感じ取っていた。
「ところで……ここにあの魔理沙が入れば赤、青、黄が揃ったのにね……なんとなく惜しいと思えるわ」
「青? 青色なんてどこに…………あ、本当ね」
紫が言った事に陽は信号機の事を思い出していたが、どうやら話題に出ている霧雨魔理沙という人物は黄色のイメージがあるらしい。
そして青色というのは……
「……俺、ですか?」
「そうよ、だってあなたの髪色は真っ青なんですもの。面白い髪色よね。人間じゃ滅多に見ない様な珍しい髪色」
深い青色に赤い瞳。それが彼、月風陽の特徴だった。
「それじゃあ明日からよろしくね」
「はぁ……約束は守りなさいよね!!」
「分かってるわよ」
結局大して二人の話を聞いていなかった為この約束というのがどういうものなのか、こんなにも嫌がっているのに引き受けさせれる程の約束とは何なのだろうか。
陽はそれが気になったが追求しなかった為すぐさま記憶の外に追いやられた。
そしてさらに数日後
「……紫、やっぱり見当違いだと思うわ。いえ、ある意味では貴方の予想通りと言えば予想通りなのだけれど……」
「な、何でかしら……」
「流石にこれは……私でもよく分からないぜ」
ある昼下がり、博麗神社の境内で陽は霊夢と紫、それに面白半分で修行に付き合っていた霧雨魔理沙に見守られながらの特訓をしていた。
しかし結果は芳しくなく……否、元々の紫の思惑の半分は予想以上の結果が出た。
だが、もう半分に関してはうんともすんともいわない状況である。どういう事かといえば━━━
「何で霊力や魔力を自分の能力で精製出来るのに弾幕どころかそれらの力の玉を作り出せないのよ!」
「魔法も初歩の初歩は出来んのに空は飛べないんだもんな……」
「……」
どうやら戦闘の事に関しては大分紫に迷惑を掛けてしまう事になりそうだ、と彼は天を仰ぎながらそう思ってしまったのであった。
限界をなくす程度の能力はそれに対する限界があればそれらの限界をなくして極限まで高めることが出来るんですね。
但し筋肉とかに使用した場合後から酷い筋肉痛に見舞われますが。