東方月陽向:新規改訂   作:長之助

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今回陽は出ません。


月と太陽の奇妙なお買い物

「今日は陽がご飯の仕込みで忙しいから二人で買い物に行ってきてくれない? 余分にお金を渡しておくから一人一つだけ好きなものを買ってきていいわよ」

 

「……え? 二人で、って私と月魅でって事?」

 

「えぇ、陽鬼と月魅の2人で行ってきて欲しいのよ。藍は陽と一緒にご飯の仕込みをしているし橙はマヨヒガで遊んでる、私は今から結界の情報をまとめなくちゃいけないからお願いね」

 

月魅が精霊だと調べ終えてから数日後。今日の八雲邸では紫が陽鬼と月魅の2人に買い物を頼んでいた。2人とも思い思いの事をしていたので暇な事は暇だったのだが陽鬼としては買い物くらい一人で出来るつもりだったので月魅と行かされるのは少しだけ納得していなかった。

 

「わ、私1人でも出来るのにどうして私と月魅に頼むのさ!」

 

「そうねー……月魅に幻想郷の人里の案内も兼ねてほしいから、かしら? 月魅って興味の無い事はとことん興味が無いから無理矢理にでも人里の事をいろいろ教えて欲しいのよ。

前に『遊んできたら?』って声を掛けたけど『また今度』って返されちゃって……何か名目が必要だと思ったから今あなたに頼んでるのよ。買い物だけだとあの子本当にすぐ終わらせちゃうし適当なお店や広いところに連れてって遊ぶ事も覚えてほしいのよ」

 

「うー……分かったよ、月魅と一緒に行ってくる……」

 

そうして陽鬼は月魅と一緒に人里で買い物をする事になり、買い物と兼用で月魅に『遊び』というものを教える事になった。あくまでも陽鬼は月魅と遊ぶ事は渋々だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……次は豆腐ですね。豆腐屋はどこにあるのですか?」

 

「こっちだよ、けど紫には急いで買い物を終わらせろなんて言われてないし丁度いいから色々な所を紹介しながら豆腐屋までの道を行く事にしよう」

 

「……必要あるものだけ覚えておきます」

 

人里。紫のスキマによって来ていた陽鬼と月魅であったが紫が言っていた事はこうだったのかと陽鬼は若干イラつきながら月魅とやり取りをしていた。

なにせ、何をどう教えても『必要性が感じられない』『こっちから行った方が早い』『知っていたら何か得する事はあるのか』という正論じみた意見ばかりだったのだから。

正直な話月魅はお洒落する為の小物屋などを見て何故必要なのか理解出来ないタイプのクソ真面目な性格なのだ。故に基本的には自分にそれは必要であるか否かという事に中心点を置いてある為に楽しければいいじゃないかという性格の陽鬼とは相性が合わない。

 

「……あのさ、そんなに真面目な生活してて楽しいの?」

 

「貴方風に言うのであれば私はマスターに命令されて動いてる時が楽しいですね。所詮私はそういう(さが)を背負っているんですよ。

元々の出自が出自です、命令されて動く様に作られている私にとっては最低限の食事と水さえあれば後はマスターの命令にさえ従っておけば楽しかったです」

 

知っていた。陽鬼は月魅がこういう返し方をする人物だと知っていた。月魅の頭の中には陽の事しか頭に無いんじゃないかというくらい陽の事を口にしていた。何故か陽鬼はその事がとても気に入らなかった。

 

「……そんなに陽の事口にするけどさ。いくら何でも前の主とやらの話は一切しないよね。何、それも今となってもどうでもいい事だから覚えてる必要が無くなったの?」

 

つい喧嘩腰で陽鬼は月魅を挑発してしまう。言った後すぐに罪悪感が感じたがそれに対し月魅は表情一つ変えずそのままある事を言い放つ。

 

「一応私にも倫理観はありますし好意的に見る人物と嫌悪的に見る人物がいます。今のマスターはとても好意的に接してくれるので私としてもマスターは好意的に見ています。

今のマスターが好意的に見るとしたら前のマスターは嫌悪的に見ていました。ただそれだけの話です」

 

「……前の主は嫌いだったって事か。ちょっと意外だけどちゃんと好き嫌いはある様で良かったよ」

 

月魅に好き嫌いがあったのか、と陽鬼はふと思っていた。だが月魅が人物の好き嫌いをするなんて……と少し驚いていた。しかし月魅ですら嫌悪する彼女の前の主とは彼女に一体何をしたのかと陽鬼は気になっていた。

だが聞いたら聞いたらで自分も嫌な思いをする事になりそうな気がして聞くに聞けなかったのだ。

 

「この小さい体にも少しは慣れてきましたしクローンロイドだった時の生活よりも今の精霊としての生活の方が充実している気がしますね……」

 

「今の体、か……そう言えば月魅って今の体とクローンロイドとしての体は違うんだよね。前の体って大きかったの?」

 

「大きかったですよ。クローンロイドは元々マスターの身の回りの警護やお世話をするために作られてましたし……それが今のように小さい子供では色々出来なくて不便極まりないですからね……まぁ、敢えて小さい子供の姿をさせている様な者もいましたが」

 

「ん? 今何か言った?」

 

陽鬼は月魅が最後に小さく発した一言を聞き取れてはいなかった。しかし、月魅は特に何事も無かったかの様に歩き続けている。

 

「いえ、記憶の中を探ってて不意に出た一言ですからあまり気にしないで下さい。聞いてても聞いてなくても話にそこまで関係ありませんから」

 

「ふーん……まぁ月魅がそう言うならいいや。世の中には言いたくない事もあるだろうし一々聞いてちゃただの野次馬根性だしね」

 

月魅に続いて陽鬼も付いていく。知られたくない事の一つや二つ誰にだってあるもの、だと陽鬼は認識している。

陽はあんなこと言っていたけど自分の記憶が完全に戻った時彼は自分を見捨てるのではないか、と陽鬼は思っていたのだ。だから陽に見てもらえる様にしておきたいのだ。その為だったら、彼の味方をずっと出来るなら……とも、考えているのだ。

 

「そう言えば……ずっと気になっていた事が一つあるんです。聞いてもいいですか?」

 

「よほど変な質問じゃなかったらいいよ〜……」

 

「陽鬼はマスターの事をどう思っているのですか? マスターを主だと認識しているのならどうして四六時中見守ろうとしないんですか?」

 

「……いや、何言ってんの? 流石に風呂とか厠までついて行く必要は無いし何より今の状況だと私達二人共陽から離れちゃってるじゃん」

 

月魅は陽鬼のその返しに心底不思議そうな顔をしながら首を傾げていた。まるで思っていた事と全く別の返事が来たかの様に。

 

「風呂や厠は皆油断しやすい場所です、厠はマスターが絶対に入らせてくれませんが風呂はついて行って頼み込んだら入れてくれましたよ?」

 

そして月魅のこの返しに陽鬼は足を止めて目を見開いて月魅を見るくらいには驚いていた。陽鬼が止まったので釣られて月魅も止まったが彼女には陽鬼が何故驚いているのか分からない表情をしていた。

 

「……い、いやいや!? 入れてくれてるの!? えっ!? というか一緒に入ってるの!? アンタさっき倫理観がどーのこーの言ってた癖になんで一緒に風呂入ってるの!? おかしくない!?」

 

「何故か入る度に体に布地を巻かないと入れさせないと言っています。しょうがないので毎回タオルを巻いてから入れてもらってますよ?」

 

「違う! そういう事じゃない! 男女が一緒に風呂に入る事がおかしいって言ってるんだ!!」

 

陽鬼が驚きつつも指摘した事に月魅はジト目で溜息を吐きながら首を横に振った。『何も分かっちゃあいない』とでも言いたげな表情なのが少しばかり陽鬼の神経を逆撫でた。

 

「陽鬼、いいですか? 男女が同じ風呂に入るのは全くおかしい事じゃないんです。幻想郷は日本という国の一部を切り取っている世界ですがその切り取った時の時代をそのまま今まで維持してきているんです」

 

「……えっと、何が言いたい訳?」

 

「黙って聞いていてください。その切り取った時代よりも少し前、せいぜい100年ちょっとくらい前には逆に男女は一緒に風呂に入る時代だったのですよ? つまり、私とマスターが一緒に風呂に入った所で何もおかしなところは無いんです」

 

月魅が喋り終えてから陽鬼はふと思っていた事が確信に変わっていた。『月魅は賢いアホ』だと。天然が入ってるところもあるが別段自分がいい様に解釈しているとかでは無く本当にそう思っている類の考え方をしていると陽鬼は感じ取っていた。

自分が肉体労働担当で月魅が考える役割という配置図が完成していたのが少しだけその役割分担が陽鬼の中でぐらついていた。

 

「月魅……今と昔は違うしそもそも幻想郷が日本から切り離されたと言ってももうここは別の世界なんだから。世界が違えば常識も違う、幻想郷じゃあ別に男女が一緒に風呂に入らない事はおかしな事じゃないんだからね? つまり、昔の日本がどうだったかは知らないけど今の幻想郷には何も関係無いの。分かった?」

 

陽鬼が諭す様に言っていると月魅も理解したのか少しだけ顔を俯かせながら首を軽く縦に振っていた。

 

「……陽鬼の言いたい事は分かりました。たしかにその言い分には一理あるでしょう。しかし、それならば何故マスターは私と一緒に入ったのでしょうか?」

 

「多分陽は月魅みたいな事を一切考えてなくて『一緒に入りたいんだろうな』的な事を考えてるんだって。どれだけ月魅の理論を並べ立てても結局一緒に入りたい為の建前を並べてるとかそんな感じにしか思ってないよ陽は……というか今更だけど紫はこのこと知ってるの?」

 

「言ってませんから知らないと思いますよ。知っていたら多分私のところに来て何か言うでしょうし」

 

陽鬼もそれは理解しているのだが陽が紫に言わない事は無いと思うし恐らく陽は説明を入れたが紫に説明する時に『一緒に入りたそうにしてたから〜』や『寂しそうだし一人で入れるのも〜』などという事を言ったんだろう。そうでもしない限り基本的に紫に怒られるか注意されるかの二択だからだ。しかしわざわざ言う事でも無いし見逃してくれてるなら自分から言う事は無いと思い、陽鬼はもうその話題をするのを止めた。

 

「……とりあえず早くご飯買って帰らないといけないからそうしよう。ちょっと無駄話が過ぎちゃったよ」

 

「そうですね、早く行くとしましょう」

 

そして2人は再び歩き始めて行く。いくら時間が掛かるとはいっても流石に無駄話で時間を潰す訳にはいかない、紫には大した負担では無いだろうけどいつまでもスキマを開かせておく訳にもいかないからだ。

そして本来の目的である買い物を終えた時━━━

 

「あら? 前まで入院してた2人組じゃない。」

 

後ろから掛けられた声、心当たりのあった二人はとりあえず後ろを振り向く。そこには鈴仙・優曇華院・イナバがそこに居た。

 

「あ、れいんげだ」

 

「鈴仙・優曇華院・イナバね。別にフルネームじゃなくてもいいからせめて鈴仙か優曇華院って呼んでよ……うどんげでもいいから」

 

「分かりました。鈴仙・優曇華院・イナバ」

 

「貴方達実は私をおちょくってない? 鈴仙かうどんげでいいって言ってるでしょ……だからって今度はイナバって呼ばないでよね?」

 

実際この2人はおちょくってるつもりは無いのだが三回目で少し怒ってる鈴仙を見て流石にそろそろ呼ばないといけないと思った2人はとりあえず鈴仙の言う通りにした。

 

「で? 鈴仙が何でこんなところに来てるの? 私達と同じ様にお買い物?」

 

「……そうね、買い物と言えば買い物だけど……私は売る方でここに来てるのよ。定期的に薬を買わないといけない、もしくは体を悪くして買いに行かないといけない……けれどそれらの事情を抱えているのに歩けない人の為に定期的に人里に来ては薬を売ってるのよ。

実際永遠亭に来る人の診断料や医療費とかじゃあどう頑張っても生活費が足りないもの。だからこうやって薬売りをする事で稼ぐしか無いのよ」

 

「薬売り……ですか」

 

月魅の表情こそ変わってないが興味深々の眼差しを察した鈴仙は何かを考える様に顎に手を当てて考え始める。

そして何かを思い付いた様に満面の笑みで頷いた後に二人に再度話し掛ける。

 

「ねぇ、良かったら見てみる?」

 

「いいんですか? ついて行っても」

 

「いいのよ、私としても貴方達みたいな子供が付いて来てくれたら嬉しいもの」

 

鈴仙の本音としてはこういう薬売りの相手は老人、それも孫や息子がいなかったり会いに来る人がいないなどといった人が多い為、鈴仙が行くと毎回構われすぎて終わるのが遅くなる。だからこの2人を連れていけば自分よりも更に小さく更に子供っぽい陽鬼や背格好から見たら大人ぶってる大人しそうな月魅の方をより構って薬売りがし易くなると考えていたのだ。

 

「それじゃあ……ついて行ってみたいです」

 

「ちょっと月魅、まだ用事が終わった訳じゃ━━━」

 

「大丈夫です、昼ごはんまでに戻ればいいですから」

 

そして、今日は買い物ついでに色々行く事になった二人であった。




一応まだ続きます。

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