東方月陽向:新規改訂   作:長之助

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前回の続きです。


性格の違い

「……い、いやいや……スペルカードに食われる? 意味が分からないぞ? 俺のスペルカードには意思があってしかも口もあって俺をバクバク食べるっていう事か?」

 

「今ここでボケれるって凄いわよね貴方。それとも天然? もしかして実はちゃんと理解してて言ってるのだとしたら貴方は随分と愉快な人ね。

残念だけど全然違うわ。私が言いたいのは今の貴方の精神……貴方の意識がスペルカードを発現させた時に出てくる新たな意思によって上書きされて無くなるわよ、って事よ。要するに自分が知らない間に段々自分で無くなる……って事かしらね」

 

『自分が自分で無くなる』この言葉に陽は言い知れぬ恐怖を感じた。物理的に食われるのだとしたら実はまだ抵抗のしようがあったのでは無いか? 自分が知らない間に自分で無くなるというのはどう足掻いても諦めるしかない。抵抗のしようが無いではないか、と考えていた。

 

「……けれど、その意思をどうにかして抑え込めればいいのかもしれないわね。ただ変身……憑依させた時にすぐ発現するんじゃ対処がかなり難しいのだけど……発動前に、これを飲んでみなさい。

特性の精神安定剤だけど多分無いよりはましだと思うから、今度このスペルカードを使う時が来たら試しに使ってみなさい。それでどうにも出来なかったらもう二度とこのスペルカードは使わずに八雲邸でひっそりと生きていく事ね」

 

そう言いながら目の前に置かれた大きな瓶を陽は見つめた。中にはカプセル錠が大量に入っていたがこれを憑依する前に飲まなければいけないのか、と考えた。

 

「安定剤はあくまで橋の様なものよ。しかも丸太をそのまま設置したとかその程度の橋。

けれど飲み続けてきたら薬に耐性が出来ると思うし1錠ずつ増やしていった方がいいわ。そしたら知らない間に薬が無くても憑依できる筈よ。まぁ精神安定剤だなんて名称のものをあんまり飲みたくはないわよね、精神に異常があるならともかく無いのに飲まなきゃいけないのだもの」

 

「……これ、だけなのか? これを飲むだけでいいのか?」

 

「えぇ、私の予想が外れていなかったらそれを飲むだけでいいわ。

まぁ私が他に貴方に聞きたい事があるのかと言われれば一つだけあるわね。今日はどうして竹林にいたのかってことよ。おかげでこうやって関わらないといけなくなっちゃった訳だし」

 

陽は手に取った瓶をまじまじと眺める。精神安定剤という言葉自体に嫌な感じを抱いている訳では無い。必要ならば飲まないといけない訳だしちゃんとした薬なのだから別におかしいところなんて何も無いのだ。

だが、こうやって道具の力を使っていかないとまともに使えない力を持っている自分が嫌になってくるのだ。弱い力を持っている自分に。

 

「ただ……その精神安定剤が確実に効くかどうかは知らないわ。そもそもあれが精神とかと関連しているものなのかどうかもよく分かってないのに」

 

「う、うぅ……ここどこ……」

 

二人が話していると陽鬼が目を覚ました。気付いた永琳は陽の前から彼女の近くへと椅子ごと移動して目の前に座る。

 

「陽鬼、あなた今まで何してたか覚えてる?」

 

「……陽がスペルカード使ってから…………記憶が無いや……」

 

「やっぱり無いか……という事はやっぱり新たな意識が生成されてるって事かしら……それともこのスペルカードに入ってる意志……? 突然現れたらしいし……本当にこのスペルカードは謎ね……というか本当に貴方達は何で竹林にいたのよ」

 

「……あ! 橙と紫の風邪薬!!」

 

その事は陽もすっかり記憶から抜け落ちていたらしく陽鬼が言った途端にそう言えばそうだった、と内心思いながら少し焦った顔をしていた。

紫はまだ軽度だから薬は飲まなくてもいいと言っていたが橙に関しては別である。そして藍は橙に関しては少し過保護な所があるため、今回薬の事を忘れていたら藍にとんでもなく怒られていた事だろう。

 

「あら、あの二人風邪引いたのね……とりあえず症状さえ言ってくれたら薬を今すぐ調合するわ。後、どれくらい重いのかも言ってくれたら助かるのだけど」

 

「……症状は━━━」

 

紫と橙の症状をそのままの体勢で陽が説明し始める。と、その間に陽鬼は手を握ったり離したりして今動けるかどうかの確認だけしておく。歩ければなおのこと良いのだがそれは難しいと分かりきっていた。

 

「……手を動かす事は出来るけど腕に力が入らないと起き上がる事すら出来ないんだけどなぁ……足にも力入らないし……」

 

動かないものはしょうがない、として陽鬼は半分諦めて溜息を付きながら体を休ませる事に集中した。陽の説明がそこまで長引く訳でも無いだろうから寝て回復させる事は出来ないので仕方無いからぼーっと壁を眺めているしかない。

天井のシミは病院には無いので本当にただぼーっとしているだけになる事に内心すぐ飽きてくるだろうという自分の未来の姿を予想し始める。

 

「━━━それくらいならただの風邪ね。とは言っても人間用の薬じゃ変な風に作用する可能性もあるから妖怪用の薬を作成させないといけないわね……えーっと、あぁでも紫はともかくあの子の方は猫だから━━━」

 

またブツブツ喋りながら薬の材料を探し始める永琳。2人にとってはチンプンカンプンな内容な為、段々と眠気が来て二人は気付かない間に寝てしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

陽が目を開けるとそこはまっさらな空間だった。壁も窓も屋根も寝るためのベッドも何も無かった。そして地面も空も何も無く、まるで白い箱に閉じ込められたかのような錯覚を起こすくらい白色の空間に陽は立っていた。

 

「……どこだろう、ここ」

 

あたりを見渡しても何も無い。とりあえず歩きだそうとしたその時、陽の足元で何かがぶつかった。

ふと足元を見てみればそれは創造の能力で最初に生み出した防弾シールドの様なものだった。陽が記憶している限り、それは家に持ち帰った後、紫から密かに捨てたと聞いていたのでどうしてこんな所にあるかが全く理解出来なかった。

そして、視線を前に向けてみればガスコンロや色々な物が散らばっていた。だが、物の種類はバラバラでも陽にとってはそれら全てに共通する事が分かっていた。

 

「……これ、全部俺が作ったものだ……でもそういうのは全部紫が河童とかに渡してたり捨てたって聞いてたんだけどな……」

 

偶然とは思えない一致、何故自分はこんな所にいるのだろうとゴロンと横たわってから考える。しかし、横たわった時に上の方に小さな黒い点の様なものを見つける。その点は遠くにあって小さく見えているだけなのか、手の届かないだけでただの小さい点なのかまでは区別が付きづらいが不思議と陽はその点を見続けていた。彼自身も分からないがその点を掴もうと手を伸ばして掴もうとする。

 

「ん?」

 

だが何故か、黒い点じゃないなにも見えないが妙に柔らかい感覚がありそれらの感触を確かめつつ今触れているものがなんなのか考えていると━━━

 

「━━━ぁぁぁあああああ!!」

 

「いっで!!」

 

唐突に頭に強烈な痛みが走り、視界が暗転したと思って即座に目を開けてみると……そこには鈴仙がいた。

 

「はぁ……はぁ……人のお腹いきなり触る人がいますか!? 何ですか変態なんですか!?」

 

「……腹?」

 

今自分が触っていたのは状況を見る限り鈴仙の腹だという事はすぐに理解した陽。そして、さっきまでいた場所と触ったのが鈴仙の腹だと考えた瞬間に、あそこにいた事はすべて夢だったのかと理解した。

 

「……夢、か……」

 

「聞いてます!? 寝てるし一応患者だからと言っても━━━」

 

夢という事は分かっても、知らず知らずのうちに鈴仙の腹を触ってしまった事に対する謝罪はしないといけないしこの説教もきちんと受け入れてから永琳に薬を貰って人里まで戻ろう。陽はそう考えながら顔を真っ赤にした鈴仙に説教をされていた。そして陽鬼は大声で説教している鈴仙の事なんて聞こえてないかと言わんばかりに熟睡していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、橙、薬だぞ……ゆっくり飲んでちゃんと休んでくれ」

 

「藍しゃまありがとうございます……」

 

「ごめんなさいね、面倒を掛けてしまって……」

 

「いや、薬届けるの遅れたし……それにこれくらいなら朝飯前だよ。寧ろこっちは遅れてしまってたのが本当に悪かったよ……」

 

あの後、薬を貰ったあとに大急ぎで戻ったのは良かったが帰ってきたのは月も昇っている夜だった。幸い月が昇り始めて割と直ぐに戻ってこれてたため皆が寝静まった後でなくて本当に良かったと陽は感じていた。

 

「遅れるくらい何ともないわ、橙は私より酷い風邪だけどそれでも大急ぎで取りに行かないといけない程の重症では無かったもの」

 

「……はい、二人共これデコに貼って。氷枕使ってるから要らないかもしれないけど一応念の為、ね」

 

そう言いながら陽は能力を使って熱冷まし用の湿布を2人に貼り付ける。あまり過剰に冷やすのもどうかとも思ったが、貼っても一応意味はあるかも、と考えて貼り付ける。

 

「……そう言えばお粥は?」

 

「もう食べさせたさ、まだ卵があったから卵粥を作った。

……ところで、何でこんなに遅れたんだ? 出て行ったのは朝だから遅くても昼頃には帰ってくると思っていたんだが」

 

「……それは━━━」

 

陽は今日起こったことを藍に説明し始めた。白土に襲われた事、それによって永遠亭に保護されていた事。今日起きた事は、永琳から言われたこと自体以外はキチンと説明した。

『スペルカードに食われる』そう言われた事は陽にとってもまだ何も解決していない事なのである。よく理解すら出来てない事を説明したところで余計な事を考えさせてしまうだろうと考えた陽はその事だけは黙っておいておく事にしたのである。

 

「……まぁ、今日は疲れただろう。私は風呂は既に入っているから今のうちに済ませておくといい。その間に汗をかいた橙と紫様の体を拭かなくてはならないからな……一応言っておくが、覗くなよ?」

 

「風呂入ってくるんだから覗きようが無いよ……」

 

そう言いながら陽は風呂場へと向かった。わざわざ風呂場に行くと言っておいて行かない事をする理由も無いからすぐに風呂に入る事にしてある。そもそも、藍の鼻を誤魔化せるほど匂いが消せるとは思っていない。

そう考えていた陽は風呂場の前で足を止める。そしていつからか陽鬼がいない事に気付いた。

 

「……そして風呂場から水音がする」

 

紫、橙、藍はあの部屋にいる。そして八雲邸は紫の能力で周りが歪めに歪められて入る事も出る事も紫の能力を使わないと出来ない事なので不法侵入者という可能性も当然ない。

ということは残りは陽鬼しかいないので今風呂場にいるのは陽鬼という計算になる。

 

「……別の部屋に行ってこよう」

 

油断してたら風呂を覗く羽目になっていた。力が弱まっているとはいえ鬼の本気の一撃を食らう事だけは流石に嫌なので陽はそのまま風呂場を離れて自室で時間を潰す事にした。と言っても彼にはまるっきりやる事は無いのだが。

 

「……30分も待てば風呂から出てくれるかな。って腹減ってきたな……」

 

今日の時間殆ど食事をしていなかった陽は安心しきったのか今腹が減ってる事に気付いたので自室へ向かう事はやめて台所へと足を進めていく。幸い、今紫達のいる部屋の前を通らなくて住むので覗きと勘違いされる事も無いだろうと安心して歩いていった。

 

「今ある食材は……卵とご飯、そしてネギか。肉があったら良かったんだけど贅沢は言えないしこれで軽く炒飯作って食べてよっと」

 

フライパンを作り出して食事を作り始める陽。作っている間に陽鬼が風呂から上がってくるだろうと考えたので2人前を作っておく。

そして作り始めてから五分ほど経過した時。

 

「美味しそうな匂いがするけどご飯作ってるの!?」

 

陽鬼が寝間着姿で台所へと飛び込んでくる。5分だとまだ軽く炒め始めたばかりなのでそこまでいい匂いがしないと思っているのだがどうやら陽鬼の鼻はかなり効くんじゃないか? とか考えながら炒めていく。

 

「作ってるよ、今日はまだまともにメシ食えてなかったし丁度いいだろうと思って作る事にしたんだ。腹減ってるだろうしな」

 

「私も食べる!! 私の分はある!?」

 

「ちゃんと作ってるよ、風呂から上がったらこっちへ飛び込んでくるだろうな〜とか思ってた。

もうすぐ出来るからちゃんと席座っておけよな」

 

「はーい」

 

そう言いながら陽鬼は近くの席に座る。陽も陽で手っ取り早く終わらせるためにサッと炒めて美味しく出来上がる様にしていく。

出来上がった後は二人で美味しく頂いたが、途中から藍や紫も入ってきたのでその二人の分も作った為に八雲邸から残り少なかった卵が消えたが、それはまた別の話なのであった。




尚、翌日には橙は回復した模様。

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