東方月陽向:新規改訂   作:長之助

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前回の続きです、一旦この編は終わりになります。


怒鬼剛進

「……」

 

男は困惑していた。目の前の男が月風陽である事には間違い無い。しかしこの状況から考えたらどう考えても陽は鬼の子供……陽鬼と融合した事になる。

だが、陽の能力は創造する程度の能力と限界を無くす程度の能力の二つのみ、他には聞いてないし新たに発現したという事も聞いていなかった。意図的に隠していた可能性もあるが、陽鬼が驚いていた様子から見るとあっちも初めて見た能力だという事だけは確信出来る。

 

「どうした? 来ねぇのか? だったらこっちから行かせてもらうぜ!!」

 

そしてまるで鷹が高速で滑空して飛んでくるかの様な速度で男に向かって陽が飛んでいく。そしてそこから放たれる一撃を男は何とか避けるが拳に宿った炎が男の顔の皮膚を少しだけ焼く。

陽自身が口調が変わっている事やそれに違和感を持っていない事なんて簡単に頭から消えた。今の男の頭にある事は鬼となった陽をこのまま始末するか、この場から逃げるかの二択である。だが、ただ逃げる訳にもいかない。なるべくこの鬼と化した陽の力を把握しておく必要がある、と考えた男は逃げる事は後回しにして調べる事に専念する事に決めたのだった。

 

「へっ! 俺様の拳を避け続けるなんざよく出来るなほんとに!」

 

「殴るだけしか出来ねぇならいくらでも避けれるっつうの、やっぱり姿は変わっても雑魚は雑魚のままって事か」

 

「んだとゴラァ! だったら殴るだけじゃねぇっていうのを見せてやる! テメェがちびって謝ろうともぜってぇに燃やし尽くす! 骨も灰も何も残らないほどに燃え尽きてしまって消え去れ!!

喰らえ!火炎(かえん)[炎波破弾(えんぱはだん)]!! んでもってオマケだ! 炎獄(えんごく)[炎帝の檻(えんていのおり)]!」

「なっ……!? 炎の檻だと……あづっ……!」

 

スペル出現で出てきたのはゆっくりと飛ぶ炎の弾と炎の檻。檻は男を捕えてある程度の身動きを制限させてしまう。男は何とか抜け出そうと檻を掴むが、触れようとした瞬間にとんでもない熱さを感じすぐに手を離してしまう。

 

「……だが、この檻の中ににいたとしてもあのノロマな弾は避ける事は容易いし問題無いな」

 

「へ、本当にそう思ってるならとんでもなく頭がお花畑してんだなお前! 俺の怒りを静めるのに必要なのはお前が苦しむことだ! 『弾けろ!!』」

 

陽がそう叫んだ瞬間に弾は大きさそのままで2つに分裂する。そしてその直後に四つ、八つ、十六と倍々に増えていく。勿論大きさそのままで、だ。

 

「っ!? 流石にあそこまではこの空間じゃ避けらんねぇ!!

抹殺(まっさつ)[殺すべきは存在全てか?]」

 

男も負けじとスペルカードを発動する。すると男の目の前にブラックホールの様なものが出現して檻を吸収してしまう。

そしてそれを前に飛ばして陽の出した火炎弾を全て吸収してしまう。

 

「あんまり手の内は見せたくねぇんだがな……! 『放て!!』」

 

男の怒声が響き渡り、ブラックホールの様なものに吸収されていたスペルがまるで一つになったかのように巨大な炎の弾として射出される。陽はそれを避けようともせず、微動だにしないでその攻撃の直撃を受けてしまう。

 

「はは……調子に乗るからそんなことになるんだよ。自分の炎に焼かれて━━━」

 

「俺様の炎に焼かれて……なんだって?」

 

「!?」

 

爆炎の中から陽は無傷で現れる。男は一層困惑した、自分でさえ軽くやけどを負ったあの炎を受けてこいつはピンピンしていると。

いくら何でも無傷という事は有り得ないと、そう考えていた。

 

「お前よう……太陽が自分の炎で燃え尽きるか? 太陽の炎は自分から出してる炎だ。自分で出せる分の炎の火力をぶつけたって火傷なんてしねぇよ。まぁダメージは入ってるが元々熱はあってもパワーは無いスペルカードだからな。俺にはこれっぽっちもダメージは入らねぇよ」

 

「あぁ、そういう事みたいだな」

 

男は考えていた。こいつは煽ったらこういう搦手を使ってくるが基本的に攻撃力重視のスペルや攻撃しかしないのだと確信していた。一応絡め手もあるが所詮火傷しか負わせられない程度ならあまり使わない手なのだろうと。

 

「へ……面白ぇ……!」

 

男は軽く手首を利かせて手を数回振る、すると先程まであった手の火傷がすっかり治っていた。

 

「……? 殺す能力だけなら傷は直せねぇと思うんだけどな。回復能力って訳でもねぇみたいだが……そんなのかんけぇねぇ! 回復すんなら回復しきる前に殴り殺せばいい事だ!!」

 

男の能力は応用する事で怪我を『治す』のではなく『殺して存在を消す』事が出来る。しかしそんな事を陽に喋る気は毛頭なかった。先ほどまでと状況が全く違うのだからさっきみたいにベラベラと自分の能力を喋る訳にはいかなかった。

 

「にしても……さっきよりも拳を振る速度が速くなってやがる……がっ!」

 

「ぶっ飛べやゴラァ!」

 

怒号を上げながら陽は男を殴り飛ばす。鬼となって腕力が底上げされていたのか男はぶっ飛びながら木を2本ほどぶつかっては折るの繰り返しをしながらようやく地面に落ちる。

 

「ぐっ……! 馬鹿力が……っ!! げほっ……やべぇな、煙が溜まってきやがったか。そろそろ俺も戻らねぇとヤベェかもな……!」

 

「逃がすと思うのかこの腐れ神がぁ!!」

 

「あいつが無事だった事を考えると……火に関係するものも大して効かねぇ事になるな。こりゃ厄介だ。

……おい、月風陽!! 今回のところは見逃してやるよ。だが次会った時は容赦しねぇ!」

 

陽の前に立ちながら高らかに宣言する男。明らかに逃げる気だと分かっているのなら容赦する必要も無いだろうと思った陽はそのまま男の所まで跳びながら上から下にたたき落とすように拳を振り上げる。

 

「覚えておきな……俺の名は『ライガ・ブラッド・ミハエル』だ━━━」

 

その言葉を最後に男はまるで重力に従うかの様に落ちていった。陽がチラッと見た光景には()()()()()()()()()()

 

「に、が、す、かぁぁぁぁぁぁ!! 炎撃(えんげき)[炎中一打(えんちゅういちだ)]!!」

 

だが、その扉に向かってそのままの体勢で陽はスペル宣言をする。そしてそのまま扉があった場所に向かって拳を振り下ろした。振り下ろす寸前で扉は消えてしまったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅん……ここは、どこだ……? 体が……動かない……」

 

「ここは寺子屋だ。」

 

「あなたは……? というかどうして俺の体は動かない……?」

 

「……私の名は上白沢慧音、そしてお前の体が動かない理由はお前の体を縛っているからだ。悪いがしばらくは拘束させたまま大人しくしてもらうぞ。」

 

人里の寺子屋、そこの一室で陽は縛られて横向きに寝かされていた。よく見ればまだ寝てはいるが陽鬼もいた。

だが、上白沢慧音と名乗った女性は明らかに自分達を解放する意志が無い事だけは確かに感じ取れたのだった。

 

「……俺達を拘束して、どうするつもりだ?」

 

「どうする、だと? 少なくともお前達が今最も疑われている事が分からないのか?」

 

「……? 疑われてるって、何の事だ?」

 

「とぼけるな、向こうの森の大火事の事と大きな穴の事だ。しかもその大穴の中心にはお前達が気絶していたのだ。犯人ではなくとも絶対に無関係だとは言えないはずだ」

 

陽には何の事かさっぱり分かっていなかった。そもそも森の方は自分達が帰る通路であり、そこを破壊してしまうと帰れなくなるのでそんな事は絶対にしないはずだと思っていた。

だが、陽にはここしばらくの記憶が途切れた様に無くなっている。思い出そうとすれば思い出せるかもしれないが嫌な予感しかしていなかった。

 

「さて……その二つの事柄とお前達……どう関わっているのか聞かせてもらおうか」

 

陽はまだ覚めきっていない頭で何とか思い出そうと必死に考える。だが、彼はこれっぽっちも分からないのだ。彼自身にとっても火事や大穴の存在なんてまるで記憶に無い。

だからこそ、今日の行動を大雑把に一から思い出していた。

まず、買い物を頼まれた為に陽鬼と共に人里に行く、その時に噂を聞いて事件があると伝えられてその事件があった民家まで走って行ってから━━━

 

「……分からない。本当に俺には何も分からないんだ……」

 

「……本当に分からないみたいだな。けれど、それは忘れているだけか別の何らかの理由があると見て間違いが無い事だろう。まずはその鬼の少女が起きてから━━━」

 

「……起きてたよ、さっきから……けど頭がぼーっとしてたからちょっと黙ってたんだよ。今ようやく気が付いたんだ」

 

寝転ばされながら陽鬼は体をゴロンと転がして慧音の方に振り向く。

 

「なら丁度いい、あそこで何があった? お前達は何とどうしてあぁなったんだ?」

 

「……私達は確かに森を焼いたのかもね。けどそれは焼こうとして焼いた訳でも地面に開いた大穴とやらも開けようとして開けた訳じゃない。

不可抗力ってあるでしょ? 私達はある『敵』に呼び出されて戦って仕方無くああなったんだよ……というのが私が考えている事だよ。

実際のところ私もなーんにも覚えてないんだからこうしか言えないよ、敵がいたのは事実だけどね」

 

「敵……?」

 

何故自分達はその敵と戦う事になってたのか、全く覚えていない。いや、もしかしたら自分の頭で覚えてたら駄目な事だと認識したんだろうか? もしかしたら忘れてはならない事まで忘れている様な気分になって陽は少し嫌な気持ちになった。

 

「そこにいる男は敵というのが何か理解していない様だが?」

 

「当たり前だよ、だって陽ってば何で自分が森にいたのかすらよく分かってないんだもの。森に行った理由すらよく思い出せてないのに行った後に出会った敵の事を覚えてたらそれは逆に不自然でしょ?

なんなら永遠亭の永琳って人がいざという時の自白剤作ってるみたいだし貰ってきたら? あれなら覚えてる範囲内なら幾らでも喋るからさ、どんな些細な情報でも吐かせたい貴方達に取っては丁度いい代物でしょ?

……けど、陽に飲ませたりしたら情報の代わりにあなたの頭を砕かせてもらうけどね……いたっ!」

 

慧音を睨む陽鬼、しかしそこまでの事を彼女は言ってないのでなんとか頭突きをかましてそれ以上の事を止めさせる。慧音自身が言ってない事で怒るのは流石に理不尽だと言うのが分かっているからだ。

 

「それ位にしておけ、俺の事を思ってくれてるのは感謝するけどそれで他人に理不尽にキレるのは無しだ。

彼女だって知りたい事なんだから当事者であろう俺たちに聞くのが当たり前だろ? お前だって知りたい事があってその近くに誰かいたら話を聞くだろ?」

 

「うぐぐ……分かった、私が悪かったよ……だからそれ以上の説教はしないで……」

 

「……分かってくれたならいい」

 

「……話を戻させてもらうぞ。

まず、お前達はどうして大穴に倒れていたかすらも分からない。だがその子が言うには『敵』とやらと戦っていてその時に出来た惨状だという事だな?」

 

陽と陽鬼は無言で頷く。とは言っても陽には陽鬼の言った事を信じるしか手が無いのだが。

 

「……目撃者もいない、お前達に特に目立つ怪我がない、その『敵』とやらのそれらしき姿もなかった……だが、この場は信じるしかないだろう」

 

「……信じるの? それだけ否定材料が揃ってるのに?」

 

「信じるしかないだろう……そもそも、お前達にそれだけの力があるとは思えないからな。

彼は物を創造する能力があるらしいが創造したものが辺りに無かった事を考えると彼が森を燃やしたとは考えづらい。けれど君の方はどうだ? 君の出す炎も極めて微弱なものだ。それだけであそこまでの大火事が出来るとは考えづらいし、力も人間の男の大人よりありそうだがそれでもあそこまでの大穴は開けられないはずだ。爆弾でも使えば別だろうが……大穴が出来たであろう時に聞こえた轟音の時点で既に森はかなり燃えていた」

 

「……それが、あの森を燃やした犯人じゃないって証拠か? なら何でこんなことを……」

 

「君達が犯人じゃないとも限らなかったんでな。一旦縛って目覚めるまで放置してた。もし危険人物なら危ないしな。

それに君達の能力については……彼女が教えてくれた」

 

そう言って慧音がちらっと扉の方を見ると扉の影から見える人物。彼らもよく知っている八雲紫本人であった。

 

「紫……」

 

「う……そういえば買い物忘れてた……」

 

「買い物なんていいわよ、貴方達が無事ならそれで……けれど流石に勝手に連れて帰ったらケジメがつかないからここで彼女に貴方達が無実かどうか判別してもらう必要があったのよ。

そうした方が貴方達が森に行ったのを見られてた時とか無実が証明しやすいのよ」

 

「紫……ありがとう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、紫は見ていたのだ。彼らが一つとなって森を焼いたことを、本当に敵がいた事を。

既にその事は慧音には伝えているが、彼女は紫ですらよく分かってない状況なのを察してくれて今回は許してもらえたのだ。

紫は一つとなった彼らに対し恐れでも憧れでもなく、疑問を抱いていた。

何故一つになれるのか、何故敵の男……ライガは陽を殺そうとするのか、何故白土とやらの人物の名前を出したのか……すべてが疑問だからである。

だからこれからより一層月風陽という人物に対しての認識を改めねばならないと考えていたのだった。




大穴の大きさは直径20mくらいの円で深さは5mくらいだという考えです。

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