「……」
陽は歩き続ける、まるで幽鬼の様に。何かに取り憑かれてしまったかの様にその歩みを止めずに手紙の指定場所まで歩いていく。
「陽……気持ちは分かるけど、落ち着いて……! 陽、陽ってば!」
陽鬼の声が聞こえてないのか陽は一切振り向くことなく進んでいく。怒りに囚われているのかすらも判別出来無い程に恐ろしくその顔は表情を持ってなかった。
「もうすぐ指定の場所に着いちゃう……今の陽じゃ何があっても対処できない……」
陽は能力こそ持ち合わせてはいるがその実態はただの人間である。陽鬼がいなければ彼には自衛する術はほとんど無いと言っても過言では無いだろう。
だからこそ、いつも以上に対処出来ない陽に陽鬼は恐れを抱いていた。恐らく陽は怒っているのだろう、けれど表す事の出来ない程の怒りは蓄積していくかの様に溜まっていく。
負の感情というのは感情あるもの全てを狂わせるものだ。溜め込んだ怒りが頭のネジを飛ばすまでに溜まってしまったら……例え自分の体を痛めつけてでも陽は相手を殺しに行くんじゃないかと陽鬼は考えていた。
「……それだけはさせたらダメだ。陽は私が守らないと……」
「おーおー、本当に来るとは思わなかったよ。なんだ? たった数時間一緒にいた程度のガキ殺されてそんなにキレてんのか? 人間ってのはよく分かんねぇな」
突然聞こえてくる声。いつの間にか森の中に足を踏み入れていた様でその声が聞こえた瞬間陽の足取りも止まった。
「しっかしよ……ほんと無謀だよな? 能力をまともに使いこなせねぇ奴が殺す標的なんてよ……面白くもねぇ冗談ってのは本当にあるもんだな。もうちょい強かったらまだ嬲りがいがあるんだけどよ」
そして、二人の目の前に一人の男が姿を現す。突然何も無い場所に扉が作られ、それが勢いよく開いて一人の男が姿を現す。
2m近い巨体に短い銀髪の男が現れた。陽も陽鬼もその姿を見覚えはあった。昨日人里で見かけた男だった。
同時に見かけたもう一人の男は見当たらなかったがもしかすると仲間なのでは? と陽鬼は思っていた。
しかし、陽はそこまで考えが及んでいなかった。敵と完全に見定めた陽は弾入りの拳銃を即座に作り出して発砲した。
「おっと……あぶねぇな、当たったら怪我するところだったぜ?」
「うるさい、お前は殺さないといけないんだ……!」
刀を二本作り出し勢いよく飛び出して振り抜く。しかし、素人の剣筋……それも二刀流である為に簡単に後ろに下がって避けられてしまう。
「クソッ…クソッ……!」
「ははは! そんなおっそい攻撃でどうにか出来ると思ってんのか……よっ!!」
「がっ……!」
隙だらけのその攻撃に1発の蹴りを入れられる陽、その蹴りは強烈だったのか軽く吹っ飛ばされてしまう。
だが、その痛みも気にしないほど怒っているのかすぐに立ち上がり再び拳銃を即座に作り出して発砲する。
「当たんねぇって言ってんだろうがよ! お前はただの人間だ! 妖怪になら勝てるかもしれねぇが……『神の一種』である俺に勝てるとでも思ってんのか!? あぁ!?」
「……神、だと……?」
「おうよ、生きる神あらば死せる神ありってな。
死神ってのがいるだろ? 外界じゃあ魂を狩る存在って言われてるけどよ……まぁそれの格上の存在とでも思ってくれや。
分かりづらかったら……そうだな、創造神と逆の存在だとでも思ってくれ。そうだな、
「殺神……? 聞いた事も無いね、そんな種族。神にも色々いるって言うのは知ってるけど無闇に人を殺すのが神だとはとても思えないよ。
あの家族を殺す必要はあったの? 私にはそうは思えないけど?」
陽鬼が陽に駆け寄って男に問い掛ける。もし陽が手で静止させなければ殴り掛かっていただろう、そのくらい今の陽鬼は怒っていた。
「
野菜を育てるためにクズ野菜を肥料にするのと同じ事だ。
目標の為に必要のある犠牲を敷いてんだよ。何かをやる為には必ず何かを犠牲にする覚悟がいるって事だ。
ここまで言えばわかるよな? 何故あの家族を殺したか、って言うのはよ」
「……陽を、誘き出して殺す為に殺したって言うの……!?」
その言葉で陽の体が少しだけ反応する。だが、あまりにも小さかったので誰もそれに気付きはしなかった。
「その通りだよ、いやほんと大正解だ。
俺の能力は『殺す程度の能力』何かを殺す事が出来る能力だ。けど発動する時に霊力とかそういう力が強い奴には効きづらいんで疲れさせる必要があるが……殺す対象は何でもござれだ。
本来死なないような蓬莱人や幽霊なんかも問答無用で『殺す』事が出来る能力。まぁあの親二人を殺したのは俺じゃ無くてまた別のやつだが……それはどうでもいい事だな」
「幽霊や蓬莱人でさえ、も……」
陽鬼はその言葉に戦慄した、そこまで強力な能力が相手だとまともに戦えるかどうか分からない。どうすればいいのか、と。
しかしここで一つ疑問が出てくる。
「……その能力、殺すなら最初から使えばいいのに。そうやって余裕ぶっこいてるから……今、ここで、私に殴り飛ばされて! あんたは、終わる!!」
そう言いながら陽鬼は前に飛び出す。体を捻って自身の今の使える範囲での能力をフル稼働させながら拳に炎をともして拳による一撃を加えるために。
だが━━━
「おいおい、ガキがでしゃばんなよ」
「っ!」
陽鬼の一撃はあっけなく終わった。避けられてしまった上に腕を掴まれてしまったのだから。
そのまま腕を折る事も可能だったのだろうがそんな事はどうでもいいのか男は掴んだまま陽鬼を陽の方へ投げ飛ばす。
「くっ……!」
「それと、さっきの質問だが特別に答えてやるよ。
そいつは俺の能力が効きづらいんだよ……他の奴より特別効きづらい。たまにいるんだよ、強力な能力を持った奴の中に何人か効きづらい体質の奴がな。そいつらは他の奴の能力もなかなか受け付けないんでな、俺の能力もその例外には当てはまらねぇってこった。
そいつらは念入りにダメージを追わせて能力を受け入れ易くする必要があるんだ。そういう奴らを
説明し終わると片手を陽達の方に突き出す男。そしてその手には黒いエネルギーが溜まっていく。弾幕ごっこならばこれが弾幕だと即座に分かる。だが、今男が放とうとしているものは性質が全く同じものだが相手を殺すという殺意が込められている。
殺すための、『ゴッコじゃない弾幕』を撃とうとしているのだと陽鬼は理解した。
「……俺が、特異点だから……あの親子は死んだのか」
「ん? あぁ、そういう事になるかな。そうか、たしかにお前が特異点じゃなけりゃこんな回りくどい方法取らないで済んだんだよな。つっても、特異点は強力な能力があるからなるんじゃなくて特異点だから強力な能力を得れるって事だしな。悔いるところがあるとすれば自分の産まれにまで遡って悔いなきゃいけねぇって事になるな」
陽がポツリと呟く。その呟きは震えてこそいたが悲しみや恐怖などといった類の震えの声では無い事だけは陽鬼は感じ取っていた。
「……俺はな、さっきまで自分自身に怒っていたんだ。俺に関わった事で死んだんだったら昨日、あの子を無視しとけば良かったんじゃないかって。
そしたら関わる事がなくあの子は死なずに済んだのかもしれない、ってな……けどさ、今はっきり認識した事がある」
「へぇ、なんだよ。とりあえずは聞いてやるよ、お前の人生の最期の言葉って事でな」
余裕を見せている男、表情の読めない陽。何故か嫌な予感がしてしょうがない陽鬼。この場にいる三者の考えはすべてバラバラだった。
「……認識した事は、確かに俺が悪い。俺が関わったことで死んだんだったら俺のせいだ。俺はあの親子を守れないほど弱い自分に心底腹が立っている」
「認識してんのか、なるほど。んで? 自分が弱いからキレたところでどうなるってんだ?」
陽鬼は陽のポケットがうっすら光っている事に気づいた。しかし、それは相手の男は認識出来て無いのか全く気にしていなかった。
「だがな、それ以上に……俺が自分自身に腹を立てている事以上に、俺は、お前に腹を立てている……!!」
「……は?」
「特異点だから俺を殺す為にはあの家族を殺す必要があった? わざわざ呼び出す為だけにその犠牲をしいたと言うのなら……俺はお前を殺し返さないと気が済まない……!!」
固く握られる拳。その拳だけで陽の持っている怒りの度合いがヒシヒシと陽鬼に伝わってくる。まるで燃え盛る炎の様にとても熱く怒り、触れるだけで傷つけてしまいそうなくらいの敵意を男に向けて。
「力があれば守れたかもしれない……もうちょっと考えて行動していたら良かったかもしれない……そんな俺が心底嫌になって……殴り飛ばしたくなる程に怒ってしまう……だが、だがそれ以上に……その怒りも全てひっくるめて……俺は、あの家族を……『繋がり』があった家族を殺した事だけは許さねぇ!
お前が神だろうがなんだろうがお前の勝手な考えだけで人を殺しちゃいけねぇんだよ!!」
「……だから殺す、ってか? はん、人が人を裁く、ならまだいいかもしれねぇけどよ……人間であるお前に、神である俺を裁く権利なんてどこにも存在しねぇ!
勝手な私刑に合わせるのが許されると思ってんのかよ!」
「誰が誰を裁こうとも! 例えその私刑が間違っていようとも! 俺はお前を殺すという罰を与える、その罪を負わせてやる! 神だろうがなんだろうが、お前の考えの方が間違ってるって事を死をもって教えてやる!」
「は、ははは……なるほどな。お前の言いたい事はよく分かった。位が上だから裁けない、じゃなくて負けた方が悪って奴か。
確かにその通りだわ。自分の正当性を主張したいならまず気に入らないやつを何でもいいから倒せばいいんだもんな」
笑いながら陽の言っている事の意味を理解した男。しかし、例えその通りであっても自分が勝つ事には変わりないという態度はあくまでも貫き通している。
絶対に負けないという自信、それが男の根底にあるのは陽も分かっていた。だからこそ、彼はこう思った『その鼻っ柱を叩き折って膝を地面につかせてやる』と。
「いいぜ……とことんやろうじゃねぇか。ただの人間に等しいお前とその小さい鬼の餓鬼が俺に適うかどうか確かめてみりゃあいいさ。
ほら…来いよ、俺から攻めるのは無しにしておいてやるよ」
「……その余裕、絶対にぶち壊してやる…!」
「っ……何だ? 急に暑くなったような……」
「な、何……? 何だか私も凄く……怒ってきて……る……!」
急に周りが暑くなってきてる中、陽はポケットの中に手を入れて
「……スペルカード? 持っていた事は予想は出来るが……何だ、あのスペルカードは…」
「……世の中は広いんだという事を教えてやる。陽化[陽鬼降臨]」
陽がスペルカードを唱えると周りが更に暑くなる。男はダラダラ流れ始める汗を拭いながら明らかに異質なスペルカードを唱えた陽を睨む。弾幕が出るものが通常ではあるが、身体能力の強化や近接技だったりの時もある。だが、今唱えている『それ』はそれらのどれとも違う感じだと感じ取っていた。
「……え、ちょ、体が……!?」
陽鬼の体から突然炎が吹き上げる。拳や足などに宿る様に燃え上がる。その炎は陽鬼の体全身を包み込んだかと思えばすぐさま拡散し陽の体の周りを回り始める。
そして、先ほどまでいた陽鬼の姿は忽然と消えていた。
「なっ……!? あの餓鬼どこに……!?」
「覚悟しろよ神とやら……俺の怒りは頂点に達している……太陽の炎は消える事が無い炎だ、俺の怒りも……その炎の様にお前を倒すまで消える事は、無い……!」
そして炎が陽の体を完全に包み込んでまるで卵の様な形になる。それを見てこの中からあいつを出してはいけない、と男は直感で悟る。
「その卵の中で死ね!」
直接殴ったら燃え移る可能性も少し考慮していた男は炎の卵に向かってなるべく近づいて弾幕を放つ。しかし、放たれた弾幕は炎の卵に当たった瞬間に全て
「なっ……こんな、こんな事が……!?」
段々と膨らんでいく卵。まるで破裂するかの様に膨らんでいくその姿を見て男は咄嗟に木の影へと隠れる。その瞬間に卵は破裂して辺りには炎が撒き散らされる。燃え移った炎は森の木々を焼いていく。
その中で男はゆっくりと出てきて陽がいた場所を観察する。
「……
後ろに伸びている長い2本の角、オールバックになっている赤い髪。陽が今までいた場所には
いや、男はその鬼の存在を知っていた。何せ
「……分かってんだろ? 俺が、『俺様』が月風陽だよ! この腐れ外道のマイナー糞神がぁ!!」
鬼の男……月風陽は吠える様に叫ぶ、相手を滅ばさんが為に、燃やし尽くす為に。