「陽ー、陽ー……全く、どこに行ったのかしら。折角ご飯作れるようになったから味見して欲しかったのだけれど。」
黒い陽との戦いが終わって既に数カ月が経過していた。その間は特に何もなく、大きなことは何も起こることは存在していなかった。
戦いが終わってからは陽は八雲亭を出ては色々なところの手伝いをしていた。人里の壊された場所などの復興もひたすらに手伝ったりなどをして、人里に住む人達の信用も取り戻してきていた。
特に代わり映えのしない日常、それが毎日続いていく間にも、時は流れていく。
『あんたって母親みたいよね』
という霊夢の言葉をふと思い出していた紫は、少し赤面しながらも自身の作ったご飯を見ながらふと呟く。
「……母親って息子にご飯を味見してもらうものなのかしら?というか、息子より家事ができない母親って言うのも変な話よね……今度から藍にでも教えて貰おうかしら。」
そんなことを言いながら部屋へと戻る。どこかに出かけたのか家に陽がいない以上食べてもらう相手が今誰もいなかったからだ。
「藍も居ないのよね……子供二人に私の仕事取られちゃった気分よ。今までしていたものがなくなるって……何か変な喪失感があるわね……」
「陽ー、八百屋さんが呼んでるよー」
「……陽鬼?なんだ、あの人が呼ぶってのは野菜関連のことだけだと思ってたがそれこの前解決したよな?」
「うん、だから今回は野菜以外のことだよ。どうにも家が軋んでるみたいだから補強するための木材が欲しいんだってさ。」
そして人里。今陽は団子を頬張っていたが、陽鬼からの伝達で再び仕事をすることになった。
陽の仕事は主に幻想郷各地に回って何かしらの土地や建造物関係のサポートをする仕事だった。
そして、その仕事をしながらも幻想郷の面々にお茶や話し合いに呼ばれるなどもあり基本的に忙しい毎日を過ごしていた。
陽鬼達も陽について行き、陽のサポートをしていた。ここ数週間の間は一人で行動することも多くなっていたが。
「……えーっと、次は何か予定入ってたかな。あぁ、特に問題はなさそうだな。
よし、んじゃあちゃっちゃと終わらせてしまうか。」
創造する程度の能力、そして限界をなくす程度の能力。この二つは陽の仕事に大きく貢献することが出来ていた。
だが、貢献云々よりも陽にとっては仕事が出来ているために生まれる忙しさに没頭していたかったのだ。
何もやらないでいると、いろいろなことまで考えてしまうからだ。
黒い陽を倒した後、陽は白土と話をした。妹の杏奈と共に白土も幻想郷に住み着くことに決めたのだった。
しかし、陽のようには簡単に行かないため自分だけはしばらく住み込みで働いたあと、杏奈が退院できればどこかの森にでも勝手に住み着くつもりだと陽に伝えていた。
「……」
陽は空を見上げる。平行世界にいたもう一人の陽、何故外の世界に戻った彼が外の世界に迫害されたのか。
陽は紫に頼んで今のこの世界のことを軽く見てもらってその理由は判明した。
『バレていた』のだ。幻想郷での出来事が外の世界の記録媒体に残されていたのだ。おそらくやった犯人はライガや八蛇……つまりはホライズン派閥の者達が何らかの形で映像や写真などを残してそれを外の世界にばらまく、要するに黒い陽のいた世界ではそれの作戦にまんまとハマってしまい勝負に勝って試合に負けたと言う状態だったのだ。つまり、今戻ってもその記録媒体に残っている以上何かしらの形で迫害される可能性はあった、ということである。
「……まだ体の調子どこか悪かったりするの?」
「いや、ちょっとだけ考えてただけだよ。今は全く異常なしの健康体さ。陽鬼達が心配しなくても俺の体に異常がないのは永琳が証明してくれたのはお前達も知ってるだろう?」
「……そうだけどさ。体に負担がかかるんだからこれからあんまりしないでよ?4重憑依なんて無茶。」
「滅多な事じゃしないって。その滅多な事もほぼ確実に来ないだろうしな。ほら、早く行こうぜ。」
そう言って陽は人里に一足先に向かう。陽鬼は心配しながらも陽について行く。
だが、陽の言ったことは嘘だった。いや、『永琳が陽の体に異常が無いことを陽鬼達の前で証明してくれた』という事は本当だった。
実際にそれは陽鬼達の前で行われたことなので幻術でもないためにそこだけは本当のことだった。
しかし、実際は永琳も陽も陽鬼達に嘘をついていた。もっとも、永琳は陽に『どうしても』と言われたために嘘をついてしまっただけなのだが。
「……あれ?師匠ー、このカルテ誰のですかー?」
「八雲さん家の息子さんのよ。いいから締まっておきなさい。」
「分かりましたー」
永遠亭で陽の診察に使われたカルテを見ながら永琳はため息をつく。陽の体に不調があるとすればかなりの大不調、しかしそれはあくまで『人間てしての』不調だった。
本格的な妖怪化、妖気が強い妖怪の力を浴びて少しづつ人間が妖怪化していくことはよくあること。しかし陽の場合何度も何度も妖怪をその身に宿していたことで簡易的に妖怪化していっていた。それに関しては紫も知っていることである。
しかし、本格的な妖怪化が始まれば陽が人間の形を保っていられるか…そこが永琳の不安要素でもあった。運良く人型を保っていれれば、何の問題もなし。運が悪ければ様々な妖怪の血が重なり合った結果醜い肉塊になる。
「……確かにこれは言いづらいけども……憑依をさせていたせいか、人間も交えて1/6器用に血が混じっているというのがどういうことになるのか……明確な答えが出ない以上、何も言わないのも正解なのかもしれない。」
永琳はカルテをしまって溜息をつく。陽の考えていることもそうだが、未だ自分には分からないことが沢山あるのだと認識させられるからだ。
「……優曇華ー、お茶いれてちょうだーい。」
「はーい、分かりましたー」
窓に見える空を眺めながら永琳はつかの間の休憩を楽しむのであった。
「……なぁなぁなぁ、弾幕ごっこやろうぜー?」
「るっせぇよ、お前も少しは黙ってろ。てか俺に構うな、殺すぞ。」
「殺せるもんなら殺してみろってんだ。私はそこまでヤワじゃねぇよ。それにここに住むってことは弾幕ごっこを挑まれても仕方ないってことだぜ?人がいないから選んだのかはわからねぇけど、魔法の森にも人はいるんだよ。
残念だったな。外の世界に戻りたくないってんなら少しは我慢するべきだぜ。」
魔法の森、そこでは魔理沙が白土に向かって話しかけ続けていた。対する白土は鬱陶しそうに適当な返事を返しているが、魔理沙はそれを完全に無視してなおも話しかけ続けていた。
「……お前暇なのか?そうなのか?あいにく俺は食料の調達で忙しい身なんで放っておいてくれると助かるんだがな。
お前の魔法の実験に付き合う気は無い。」
「おいおい、食料の調達つったって狼娘三人分の食料だろ?お前の妹の分も合わせるととんでもない量になるんじゃないか?なら手伝ってやるよ、その食料集めをな。」
「……『代わりにこのあと弾幕ごっこやろうぜ』っていうのは無しだぞ?その辺分かってるだろうな?」
「おー、わかってるよ。さすがの私もそこまで弾幕ごっこをして遊びたいわけじゃないからな。
まあこれは私なりの気の使い方だと思って素直に受け取ってくれよ。魔法の森で現地栽培してあるものなんて大抵食ったら何かしら起こるキノコばっかりだからな。
こういうのは、人とに行って買うのが一番だぜ。」
白土は内心この意見に納得していたが、徐々に何かがおかしいと思い始め疑問が浮かび上がると、魔理沙の方を振り向いて珍しく目を合わせる。
「確かにその言い分は正しい、人間の食いもんは人間から買うべきだ。もしくは貰うかだな。
人形遣いのアリス・マーガトロイドは人里でたまに人形劇をしてそれの金で生活費を稼いでいるのは知っている。紅魔館も人里と協力して食料を稼いでいる。
けどお前は何で金を稼いでいるんだ……?」
「異変解決すると大金が貰えるぜ?それに私の場合は魔法道具屋とか魔法を使うことによる恩恵を商売道具にしてんだよ。
お前もなんか店立ち上げたらいいんじゃね?そしたら食い扶持ぐらい自分で稼げるようになるだろうよ。」
「……なるほどな。まぁそういうことなら……仕方ねぇ、ならそうするしかねぇか……人里で働きに行くのもいいがあいつらろくに料理しねぇからあのボロ屋を店に改築した方が早そうだな……」
「あぁそうそう、外の世界の道具は売るなよ?自分で作った機械ってのを河童が売りさばいて紫にこっぴどく絞られたからな。」
「……あいよ。」
渋々と言った表情で白土は魔理沙の言うことを聞いていく。そうしてまた今日も何気無い非日常が過ぎていくのであった。
「……ただいまー」
八雲邸に帰った陽達。家に入ってそのまま夕飯の支度をして、団欒と洒落込む。
そして風呂に入って、寝床に入って就寝。翌日また朝に起きては朝食の準備をして飯を食べ、外に出て己のやるべき事をそれぞれ果たしてまた家に帰って夕飯を食べる。
その繰り返し、偶にいいことも良くないことも起きるが幻想郷における非日常という日常が過ぎていく。
そしていつかのどこかで紫は陽と二人で出かけていた。
「……ねぇ陽、貴方は私のことをどう思ってるのかしら?」
「……家族、かな。紫の事はお母さんだと思っているし陽鬼達はまるで娘ができたみたいだった。
藍はお姉さんみたいで橙は妹……けどさ、やっぱり思うことがあるんだよ。」
「思うところ?」
「家族は家族……だからみんな大好きなんだけどさ。紫はなんか違うんだ。家族として好きなのはそうなんだけど……こう、もっと別の好きがある感じ、かな。
俺の中ではよくわかんないけど……その、恋愛的な好きって意味がこういう好きって意味なら……多分、俺は紫の事が大好きなんだと……いや、愛してるんだと思う。」
陽の言葉に驚きの表情をする紫。いきなり告白されたくらいの唐突さだったのでリアクションが難しいと感じているのだ。
陽も陽で気恥ずかしかったのか紫の顔を見ずに少しだけ顔を背けていた。
「……ふふ、ムードも何もあったもんじゃないわね。貴方ってやっぱり家事以外の事はてんで不器用よね。」
少しだけ笑いながら紫はそう告げる。陽はそれに対して何も言わずにそっぽを向き続けた。
「……けど、嬉しいわ。ありがとう……私も……好きよ。ただその好きがあなたと一緒でどういう類のものかはわからないけれど……もし、そういうものなんだとしたら……あなたと結ばれるのも悪くは無いのかも。」
「……自分から言っといてなんだけど、確かに雰囲気が全くないな。けど……やっぱり嬉しいよ。」
「私もよ……ねぇ、陽……一つだけ今から言うことを約束してくれる?」
「約束?別にいいけど……」
少しだけ言い淀んだ後に紫は深呼吸して真剣な表情で陽に向けて言葉を放つ。
「……私と、ずっと一緒にいてほしいのよ。生きてる限り……ずっと、ずっと。だから……その、私より先に死なないでほしいって言うのが私のお願いよ。
その……ダメ、かしら?」
陽の前で珍しく見せる弱気な表情と態度。陽は少しだけそれに唖然とした後に、少しだけ微笑みながら紫のために言葉を紡ぐ。
「いいよ。当たり前だ。俺は紫より先に死なない……俺だけが生き残ったら、何度でも言うんだ。『俺が愛した女性は愛して良かったと思える女性だった』ってな。」
「……ありがとう、それと……嬉しいわ……ありがとう、陽。」
そう言って紫は満面の笑みを向ける。陽はそれに少しドキッとした後に躊躇せずに紫の肩を抱き寄せる。紫はそれに驚いた後、頬を赤らめながら陽の肩に頭を置く。
そうして二人が見上げた空には、満天の星空が広がっていた。
非日常が日常のこの世界に、小さな非日常が起こった。しかしそれは当人達にとってとても幸せになる事であり、誰も損はしなかった。
月は巡り太陽と入れ替わる。闇は光に照らされまた闇を落とす。月の光は夜の闇を照らし、太陽の光はくらい闇も払う。
そんな日常がこれからも続く、続いていく。少なくとも……本人達が幸せならば、それは続いていくのであった。
『東方月陽向』完
今回で最終回とさせていただきます。
今まで読んでくださった方、ありがとうございました。