「……ほら、早くこいつ連れて帰りなさい。一応あんた達の主なんだからね。気絶しているだけだから適当に看病してやりゃあ勝手に復活してるわよ。」
霊夢は気絶している陽の服の襟首を持ってぶん投げる。黒音と光が何とかキャッチするのを見ると、今度はツキカゼの襟首を持ってぶん投げようとする。
「っ!?待って、あいつはどこに行ったの!?」
しかし、既にその場からツキカゼは消えており、捉えることは出来なかったのだ。どこに逃げたかもわからない以上、追うのは無駄だと判断したい霊夢は、ため息をついてから黒音達のところにやってくる。
「……そう言えば、気絶したのにどうして憑依が解除されてないのよ?普通こういうのって気絶したら解けるものなんじゃないの?」
「……恐らく主様の意志と深く結びついたんじゃろ。だから解けるまで時間はかかるだけで、少し待てば勝手に解けてくれるじゃろ。その間までに主様が起きなければいいだけの話じゃが。」
「へー……ま、いいわ。そいつがそんなんじゃ持って帰るのもしんどいだろうし博麗神社で少しだけ休ませてあげる。付いてきなさい。」
そういって霊夢は飛び始める。黒音と光も続いて飛び始める。一人、おいてけぼりにされかけていた慧音は、自分は行く理由がないのにも関わらず雰囲気的についていこうと思ってしまって、付いていくことになったのだった。
「……何であんた付いてきてるの?」
「い、いや……何故かこのまま戻るのも癪なように感じてしまって……まあ乗りかかった船、というやつだ。流石にあれを目の前で目撃しておいて、そのまま『はいさよなら』で帰れるほど私は薄情では無いさ。」
「ふーん……まぁいいけど……別にあんたには仕事はないわよ。あんたに巫女の格好させたところで、どうせ参拝客は突然増えるわけでもないからね。」
霊夢は慧音の方を見ずに棚を漁る。中からお茶葉をを取り出したかと思えば、それを急須に入れてお茶を作り始める。
「……冷めるぞ?」
「いいのよ、冬場なら確かに1回お湯は捨てるけれど別に今は決まって寒いわけじゃないもの。
だったらちょっと冷めてる方が飲みやすいわ。 」
「……う、うぅ……?」
霊夢と慧音が話し合っている中、陽が目を覚ます。天井を見て、右を見て左を見る。そしてここが八雲邸では無いことを察した陽は、うつ伏せにね転がろうとするが━━━
「動けないでしょ、そりゃそうよ……頭ぶん殴って止めたんだから例え目が覚めてもしばらくは頭がフラフラして立ち上がろうとすることすら出来なくなるわ。」
「主様……目が覚めたか………」
「……にしても、未だに憑依が解けないのですね。」
各々が言葉を口に出す中、陽は自分の憑依が解けてないことをようやく気づいた。意識が未だちゃんと回復していないので、解けさせようとすることが出来やしなかった。
「……ま、そのうち戻るでしょう。今はまだ寝ときなさい。じゃないとあとから本当にきつくなるかもしれないんだから……」
霊夢と陽以外の3人は、『でも気絶させたのお前じゃん』という思考の元、密かに一致していたのだがこれは誰も気づかなかったのであった。
「……なんか今凄い嫌なこと考えられた気がするわね……」
「気のせいじゃないか?というか、そろそろ入れた方がいいだろう。というか茶葉からお茶を引き出しすぎると後でまた何度も買い直すハメになるぞ?」
「いいのよ、これ,……何回目の茶葉だったかしら。10回目以降の数を一切数えてないからなんのこっちゃ分からないわね。」
「………買い直せ、お金はある程度までなら私が出してやるから茶葉だけと言わず、好きなものなんでも買っていいんだぞ。」
霊夢は、慧音の哀れむような表情に少しだけイラッときていた。茶葉は自分が好き好んで何度も使っているだけなのに、何故こうやって自分が哀れなければいけないのかと。
「慧音、喧嘩売ってるなら本気で買ってあげるわ。そう出ないならしばらく喋らないでイラついてしょうがないから。」
「……それは流石に理不尽過ぎやしないだろうか。いや、私がなにか琴線に触れるようなことをしてしまったのだからそれに従うが……」
陽はそのやりとりをぼーっと眺めていた。立てないから暇なのである。疲れている訳でもなく、頭がフラフラするせいで全く立てないという事態のせいで話の輪に入りづらいのだ、寝転ぶことも出来ないからである。
「あぁいや、もう何も言わなくていいわ。何も聞かなかったし見なかった。今の発言は忘れてあげる。失言扱いにはするけれどね。
そんな事より、そこの寝転ぶことも出来なくて話の輪に入れなくなってる御仁の機嫌をどうにかして取りましょうよ。」
「……いや、別に俺は機嫌なんて悪くなってないんだから取らなくていいぞ。寝てた方がいいんだろうけれど、頭が揺れすぎるせいで寝れないなぁって思ってるだけだから一切なんにも気にしなくていいんだ。」
「思いっきり機嫌悪いじゃないか……まったく、以外に子供みたいなことで拗ねるんだな、君は。」
慧音の一言で陽の顔にますますシワがよる。それに気づいてない慧音はまるで手間のかかる子供をあやすような感じで接し始めているために更に陽の機嫌は悪くなっていった。
「……慧音ってさ、何というか……周りに喧嘩売っていくスタイルなのかしら?良くも悪くも自分に素直すぎるというかなんというか。
まぁ、敵は作っていくけれどぶつかってきたものを粉砕していってるからこそ人里での信頼があるのかもしれないけどね。」
「……?私は別にそこまで素直じゃないぞ?私が素直なら霊夢なんて本音の塊になるじゃないか。人を褒めるのもいいが自分と比べてみるのもいいと思うがな。」
「………まぁけど?その性格が災いして子供達には授業が分かりづらいと言われても全く直せない教師にあまり向いていない人物な気がするけどね。」
「うっ……私が気にしていることを言わないでくれ……」
霊夢の一言で慧音は心に刺さったのか少しだけ悲しそうな表情をしていた。
そして、一番会話に入れていない黒音と光はボーッとしながらその光景を見ていた。陽は何となく会話に入ってこないのを察せてはいたのだが……いかんせん、小声で励まそうにも顔も体も動かない状況では黒音と光の側によることさえ不可能なせいで、その気持ちが心の中でモヤとして残っていた。
「あ、2人とも。しばらくの間陽の様子を見てきてくれるかしら?」
「む?どこかに行くのかの?」
「どこかに行く、と言うより安全のための結界作りよ。こうやって会話は出来てはいるけれど、またあの男がいつ来るかわからないんですもの。私一人でも問題は無いけれど面倒は回避できるなら回避するに越したことはないし、毎回毎回一撃でねじ伏せれる訳じゃないしもしかしたら私の方がやられるかもしれない。」
「なるほど……分かったのじゃ、ここは妾達に任せてほしいのじゃ。」
「という訳で、付いてきてもらうわよ慧音。言っておくけどこれは強制だから貴方に拒否権は無いわ。」
「……前言撤回だ、霊夢はあまり素直じゃなかったな。」
霊夢が立ち上がり、それに続くように慧音も立ち上がって霊夢のあとをついていく。
そして、部屋には黒音達とは全くの別の方向を向いて寝転がっている陽と黒音と光が取り残された。
「……主様、体痛くないかの?」
「いや、大丈夫だよ。痛くもないし痒くもない。ただ頭が揺れてるだけさ。それのせいで若干酔い始めてきているけど。」
「……私、水を組んでくるのです。とは言ってもご主人様に飲ませられないためしばらく放置の形になって暇なのでしょうが。」
「まぁ起き上がれるようになった時にでも飲ませればいい理由じゃしな。妾は別に放置していても構わぬと思うぞ、ただ蓋か何かはつければ良いとは思うんじゃがな。」
適当な会話をしていく3人。しかし、話題が尽きてもすぐ別の話に行くために三人ともそこまで暇を持て余して居なかった。
「……主様、憑依は解けそうかの?未だに無理そうなら妾の魔法をつかって無理矢理解除することもできなくはないから、その手でも良いのじゃぞ?」
「確かに憑依は解けそうな気配はない……けど、多分そろそろ解けると思うぞ。いや、何の根拠も無いただの勘なんだが……何となく、そんな気がしているんだ。」
「……月魅の勘はよく当たるのです。その月魅を憑依させているのだから、本当にそろそろ解けるかもしれないのです。
けどその時二人共気絶していたら、世話係が足りなくなってしまうのです。」
「……確かにのう……あ奴らまで気絶していたら妾達だけではちいときつい気が……いや無理じゃな、すぐにでも目を覚ましてくれねば帰るときに圧倒的に数が足りないのじゃ。最低でも3人は動けるやつが欲しいでな。
というか、主様はまだ動けんのか?まだ動けないというのはどれだけ強い衝撃を脳に与えられたのかのう。」
黒音に聞かれて陽は試しに腕や足を動かそうとする。一応腕や足は動かない訳では無いが、力が入らない状況が未だに続いていた。
腕や足を使って動こうとしても、まるで滑るかのように全く体を上に持ち上げることが出来なくなっていた。
「……うん、やっぱり無理だ。未だに全然力が入らない。たださっきよりは力が入ってきたような気がする。」
「恐らくそれは気のせいじゃな。すまぬが妾には先ほどと全く変わってないように思えたのでな。
それに関しては月魅の勘があろうとも絶対にそんなことは無いと断言出来るレベルなのじゃ。」
「……スッパリ切り捨て無くてもいいじゃんか。とは言っても、動けないことは事実だしそろそろ箸を持てるくらいの力は戻ってきて欲しいところだな。
まぁいざという時は俺を縛るくらいはしてくれた方が助かるけどな。」
そう言った陽、しかし突然にその体が光り始めて中から青い光と赤い光に別れて陽の体から飛び出してくる。
「何だこれ……いつもの憑依の解け方と違うな。いつもならすぐ人型に戻るのに。」
「今回は光の塊のまま飛び出してきたのう……なんか段々でかくなってきておるの…随分個性的な戻り方じゃのう。」
黒音の言う通り、陽の体から飛び出してきた光二つは陽の側の床に落ちた後、段々と巨大化し始める。そして、それが陽の頭程の大きさになるとすぐさま人型に変わり始める。
その間も巨大化していくが、サイズ調整とかその程度のスピードの巨大化をしていなかった。
「……あー、気絶してないといいのう……」
「その願い、叶うといいのです。私も願ってはいるのですが、如何せんあまり希望を持ってはいけないような……そんな気がしてならないのです。まぁ私も……流石に二人を背負えるほどの筋力はないのです。弓矢とは違って常に重いものがかかるから……なのです。」
そうやって話し合っているうちに、段々と人型をなしていたのものが月魅と陽鬼の形になっていく。
そして、完全にその二人の形になった後に二人の体をまとっていた光はすっと消えるようになくなってしまった。
「ん、んん……ここは……?」
「博麗、神社……ですか……?何故私達はこんなところに…?」
そして、その後すぐに二人が目を覚ました。あたりをキョロキョロ見渡してここが博麗神社だということにすぐに気がついた。
しかし、何故こんなところにいるのかの理由だけはわからないらしく、首を捻っていた。
「よう起きたのう。あのまま主様の体から排出されなかったらどうなってしまうのかドキドキしたのじゃ。」
「あなたの言うドキドキは私たちがいなくなることなのか、それともマスターの体を公的に見ることが出来てしまうことに対するものなのかが少し気になるところですね……」
「……まぁこれで、持ち運ぶ問題は解決したのです、もうそろそろ帰るのです。」
「そうじゃな……なら、とりあえず霊夢達が一旦戻ってくるまで待つとするのじゃ。」
陽鬼と月魅が何とか陽から分離できたので、陽達は霊夢たちが戻ってくるまでじっと待つことに決めたのであった。