ダンジョンで双璧が暴れるのはまちがっているだろうか 作:よづき
「リヴェリア」
比喩ではなく、最短距離を走ってきた彼女は普通の人では選択しない崖を飛び降り、リヴェリアの魔法を上手く避け戦地までたどり着いた。
「ノエル、どこから…」
「アイズが飛ばされてきたから、代わりに。どういう状況」
「……あぁ。フィンと戦ってる赤毛の女がいるだろう。あやつは極彩色のモンスターを操ってるようでな。倒して話を聞かねばならん。
それに、あの子をアリアと呼んだ」
「それは、本気でアリアと勘違いしてたの」
「娘だとは思いもせんだろうな」
それだけ確認すると来た道を振り返る。てっきり参戦しにきたのかと思っていたリヴェリアは質問をなげかけた。
「そのためだけに来たのか?」
ノエルは少し間をあけ、つぶやくように答えた。
「アイズが苦戦したみたいだから、どんな相手かと思ったけど、」
「けど?」
「フィンに勝てないような相手には興味が無い。もっと強い相手かと期待した」
昔のくせで、暗に現在のアイズにも興味がないと、そう告げる。
「そう言うな。お前のように軽々とレベル差を埋めるやつの方が珍しい。あの子はレベル5だ」
「そう。どうでもいい」
リヴェリアの目に映る彼女は、3年前よりいっそう冷たく、まるでファミリアに来た頃のようだった。
「お前…」
冷酷な少女が生来の優しさを初めて見せたのは、アイズが入団して半年ほどすぎた頃だった。アイズいわく、入団してからずっと「そう」だったらしいが、他の団員、特に古参や幹部相手には決して見せてはくれない優しさだった。
そこからノエルの半ストーカーと化していた人嫌いのカナや、今以上に尖っていた一匹狼のベート、そして誰より構い倒したロキのお陰ですっかりその角は取れたと思っていた。
表面上言葉では突き放しても、端々に相手を思う気持ちが見えていたのだ。11年を経て彼女は確かに【ロキ・ファミリア】を愛していた。
だから3年前、最後に彼女に会ったベートが怒り狂っていたのも、ロキがそれを放置していたのも、アイズに何も言わず姿を消したのも理解ができなかった。
そして現在。どうして入団した時のように、突き放すような言い方。
「お前、なぜ急に居なくなった」
「…ベートから聞いてるでしょ」
「あやつはあの時冷静ではなかった。お前がロキに刃を向けたなど、ファミリアごと潰そうとしていたなど信じられん」
高潔なエルフはその美貌に珍しく焦りをうかべる。
いつだって私の上から物を語る彼女も、あれはトラウマか。そんな彼女を目にして胸を痛める自分が、ノエルは嫌だった。
未だ消えない惨劇と、ロキのいるファミリアを愛してしまった事実、どちらかを消してしまいたかった。
「…フィン、は、気がついてるよ」
ふ、と息をこぼし答えにならない答え口にする。
「フィンは教えなかったでしょう」
「……」
リヴェリアもその線を考えたことがなかった訳では無い。ベートも知らない事実を知る者がいるとすれば、ロキとフィン、アルト、そして酷く嫌っていたフレイヤだと確信していた。
アルトとは会話をしたことはあれど、いつもにこやかな笑顔で撒かれていたしノエルと同時に姿を消したので聞けなかったし、フレイヤは論外だ。
そしてロキとフィンが口にしないのなら、本人に聞くしかないのだ。
「だからお前に聞いている」
「…そうだね。でもフィンはリヴェリアには聞かせたくないと思うけど」
「私?」
「そう、高潔なエルフ様には聞かせられない。プライドが高くて面倒で、汚いものが嫌いな、生まれながらに高貴なエルフ様には」
アルトが人を怒らせる時にする表情を真似、彼女は己の口角をゆっくりと上げる。
その美貌に浮かべる冷たい笑顔と言葉は、隣にいたレフィーヤを怒らせるには充分すぎた。
「あなたっ!?リヴェリア様になんてことっ!エルフをバカにしてるんですか!?」
胸ぐらを掴み憤慨するエルフの少女の手を上から掴む。魔力特化のレベル3が、オールラウンダーのレベル6に勝つ道理はない。
「そうやって、すぐに逆上する頭の足りないエルフに教えることはないよ」
「よせレフィーヤ!ノエルもやめろ!お前はどうしてそうわざと怒らせようとするのだ」
事実、リヴェリアには言えないことだった。理由は彼女が気高く高潔なエルフであるから。
本当のことを言えばリヴェリアは自身を酷く責めるだろう。そんなことになるくらいなら自分がヒールになる方がずっといい。
裏切ったのは事実。本当のことなんて、なくていい。
「その言い方は感心しないな、ノエル」
「フィン」
振り向くとあまり機嫌が良くなさそうなフィンがいた。少し不自然な手の動きーーーーー指を折ったか。
「リヴェリア、済まない。逃がした」
「…そうか」
「で?ノエル、君はどうしてここに?」
「あとでリヴェリアに聞いて」
「わかったよ。君の口は、今もそうしなければいけないのかい?」
「口?」
「まるで入団した時のようだよ」
腕を組み仕方がないなと笑う彼に、1度も勝てたことがなかったなと思い出す。いつか自分の手で膝をつけてやりたい。
「…別に。ただ、あの事を探るなら容赦はしない」
良くも悪くも、表情が乏しい故に美しい顔でも無機質さを感じさせる彼女が、その顔を凄ませると普段を知っているだけに恐ろしい印象をいだく。
「らしいよ、リヴェリア?」
「仕方ないな。レフィーヤ、ノエルから離れろ」
「でも!リヴェリア様をあんなふうに!」
「逆上すれば思うツボだ。昔より上手くなったな」
前はこれくらい言えば逆上していたのに、と月日の流れを感じた。