道行く人は皆マントを着ていて、いかにも魔法使いという雰囲気を醸し出している。お店のショーウィンドウを覗き込めば、そこにあるのは怪しい魔法道具の数々。
俺は、とんでもないところに来てしまったと改めて実感した。
はあー、俺こんなところにいて大丈夫だろうか……。ハリーに見つからないか、それだけが心配だ。見つかったら面倒なことになる。絶対面倒なことになる……。
けど、それにしても面白そうなものたくさんあるなぁー。
あっ、あの店、ほうき屋さんじゃないか! 魔法使いは、本当にほうきで空を飛ぶのかっ!
はじめは、ハリーに見つからないようにとフードを深々と被って俯いていた俺も、いつの間にか子供の時に夢に見たような世界に目を奪われていた。
ダンブルドアは、そんな俺がはぐれてしまわないように優しく手を握っていた。
「さあ、ここだ。まずはここで制服を買わなくてはのう」
奴がそう言って立ち止まった店の看板を見て見るとそこには『マダムマルキンの洋装店』と書かれていた。
ふーん、まずは制服か。
あっ、そうだ! いいこと考えた。
「ねぇ、俺の代わりに制服の採寸行って来て。さっきのなんとかジュースってヤツまだ残ってるんでしょ?」
制服の採寸なんてめんどくさいに違いない。じっとしてサイズを測られるのなんて疲れるに決まっている。こういう時こそ、奴を使わなければな。
「おお、わしをパシリに使うのか。こりゃ、将来は大物になること間違いなしじゃな」
しょうがない子だといった顔をしつつも、どこか嬉しそうな奴にムカついてさらに要求する。
「ああ、お金も置いてって。本屋さんにいくから」
「パシリだけでなく、カツアゲもか! こんな経験をしたのははじめてじゃよ。ああ、ガリオンやシックルは知っておるか?」
知らないと呟くと奴はニコニコしながらここでのお金の単位について説明してくれた。
えっと、金貨がガリオン、銀貨がシックル、小さい銅貨はクヌート。17シックルが1ガリオン、1シックルは29クヌート。
一応、覚えたと思うが、それにしても分かりづらいなぁ。何でこんなに中途半端なんだ。何だか、もの凄くムズムズする。
「ダドリーそれじゃあ、髪の毛を1本おくれ」
突然のその言葉にギョッとする。一瞬、この変態大丈夫だろうかと考えたがナントカジュースとやらに必要なのを思い出す。確か、人間以外はダメだったんだよな。女の子が猫の毛を飲んですごいことになってたような気がする。
今、猫の毛やら犬の毛を持っていたらあいつをその恥ずかしい姿にすることができたのに。
まあ、俺の髪は金髪だからすぐバレそうだけど。
ぶちりと1本髪の毛を抜き、奴に渡すと、奴が俺に変身するのを見る間もなく、その場を後にした。
それにしてもナントカジュースってやつ、恐ろしいな。あれがもし人間界で悪用されたらすごいことになる。
1日だけ美女に変身すれば、男たちにいっぱーい貢がせて、がっぽがっぽだ。しかも、男たちがしつこくても1日で効果は切れるから、付き纏われることもない。なんて素晴らしい考えだろうか。
ただ問題は、どこで美少女の体の一部を手に入れるかとその美少女に迷惑がかかることだな。
そんなことを考えながら、ぼーっとしながら歩いていると『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』という本屋さんを見つけた。中に入ってみると、天井まである棚にはぎっしりと本が詰められていた。
敷石ぐらいの大きな皮製本があるかと思えば、シルクの表紙で切手くらいの大きさの本もある。
Wow! wonderful beautiful cool!
なんて素晴らしい本屋だろうか!
こんなにウキウキしたのは久しぶりだ。
前世では、本を読む趣味などなく、読むといえば漫画ぐらいであったが、今世では、本好きな優等生キャラで過ごしていたら、いつの間にか読書が趣味になっていった。今では、前世で本を読まないなんてもったいないことをしたなと思っている。ていうか、ハリー・ポッターの本を読んでいれば、もっと色々、対策出来たに違いない。きっとホグワーツに行くことになんてならなかったに違いない。
くそっ。
そんな後悔を今更しても遅いので、奴からせしめた金貨でばんばん本を買って憂さ晴らしをすることにした。
奴、ダンブルドアが迎えに来たころには、ちょうど本を会計し終わって教科書の本以上に趣味の本を買って、両手が塞がって、顔が隠れて前が見えないぐらい本を抱えていた。
「おぉ、これまた随分と買い込んだのう。それ、この鞄に全部突っ込んでみろ」
奴が持って来たトランクに持っていた本をそっと入れるとあんなにあった本が綺麗さっぱり収まってしまった。
魔法スゴイ……。
奴は、ニヤリとして言う。
「少しは、ホグワーツに行くのが楽しみになったかのう」
どんどん奴の手の中に収まっていくのが何だかムカつくので、そっぽを向いて小さな声で言う。
「全然……」
その後も大きな鍋を買ったり、望遠鏡を買ったりした。それも全部トランクに押し込む。一体、このトランクの中はどうなっているんだろうか。
トランクについて考えを巡らせているうちに次の買い物場所に着く。
「さあ、お待ちかねの杖じゃ」
奴は、そう声をあげた。
狭くてみすぼらしい店のドアには、『オリバンダーの店』と書かれている。紀元前382年創業 高級杖メーカーとも書かれている。
紀元前ってすごいなぁー。これ、ほんとなんだろうか?
中に入ると奥の方でチリンチリンとベルが鳴った。
小さな店内には、古臭い椅子がいただけ置かれている。流石に奴みたいなおじいさんを立たせたまんまなのは気がひけるので、どうぞと奴に席を譲る。
「いらっしゃいませ」
柔らかな声がして、前を向けばいつの間にかそこには老人が立っていた。
えっ、怖、こわい……。この人、いつからそこに居たの。何、この人、幽霊? ゴースト? 紀元前から創業してるってそういうこと!?
「こ、こ、こんにちはー」
俺はだいぶ、ぎこちない挨拶をする。
「うぅーーーーん」
そうすると老人は、いきなり唸りだした。
えっ、なに怖い。この人、大丈夫? やばい人じゃないよね!?
心配になって隣にいる奴の方に不安げな視線を送るが、奴は、「大丈夫、大丈夫」と小さな声で言う。
えっ、全然大丈夫じゃないよね……。
「君は、あの子に似ているなぁ。しかし、あの子の子供、ハリー・ポッターさんは、つい先日に来たし、そこに座っている方の声も聞き覚えがあるような、ないような……?」
んっ! この人、客をいちいち覚えているのか! それはすごいっ! 流石、創業紀元前だけはあるなぁ。なかなかやり手の商売人だ!
「ハリー・ポッターとは、親戚なんです。そこにいる人は、別に付き添いで来ただけなんで気にしないでください」
スッと店主に手を差し出し硬く握手をした。
「そうかそうか! あなたは、ポッターさんの親戚か! するともしかして、君がダドリーさん! ああ、ポッターさんからお話は伺っております。何でもとにかく素晴らしい人物なんだと」
ハリーーーーっ! この人になに話したのっ! やめてよ俺の知らないところで勝手に俺を知る人増やさないでっ!
「いえいえ、ハリーが大袈裟なだけですから。本当に」
本当に恥ずかしい。もしかして、他の人にもペラペラと俺のこと話してんのか? そうならマジで死にたい。恥ずかしい。
「さて、それではダドリーさん。拝見させていただきましょう。さあ杖腕を」
杖腕? きっと杖を持つ腕のことだろうと思って右腕を差し出す。店主は、その腕の様々な箇所を測り、頭の周りまで寸法を採った。
「オリバンダーの杖には1つとして同じ杖はない。あなたにぴったりの杖をお探しします」
そう言うと店主は、棚の間を飛び回って、箱を取り出しはじめた。
「ダドリーさん。これをお試しください。あなたにはこの杖しかないと思うのです」
店主がそう言ってもってきた杖の箱はそこらへんに置いてあるものより少し大きなものだった。
「黒檀にハンガリー・ホーンテールの心臓の琴線。40センチ、良質でとても大きく硬い。そしてハンガリー・ホーンテールのように凶暴」
店主は、その杖を俺に差し出した。
んっ? なんか見覚えが……。これあれだよね。何だか俺が行くはずだったスメルティングズ男子校の例の杖に似てるんだけど……。ちゃんとてっぺんにこぶ状の握りがある。
とりあえず、杖が暴れて店主の手から逃れようとしているので受け取る。杖は、俺の手の中でもジタバタと暴れていたがギュッと強く握ってやると大人しくなった。
「おお、やっぱりこの杖は! さあ振ってください」
えいっと振ってみると杖の先から真っ赤な火花が花火のように吹き出し辺り一面を赤く染めた。
「素晴らしいっ! この杖は、やっぱりあなたにぴったりだ。この杖、何百年も持ち主が現れなかったんです。よかった、よかった、ぴったりの人物が見つかって」
ダンブルドアは、バレないためか、黙って杖の代金に7ガリオンを支払った。そして店主のお辞儀に送られて店を出た。
「いやー、危なかったのう」
ダンブルドアは、冷や汗を拭ってそう言う。
「本当にあの人すごい人だ」
俺はあの店主に感心しながら呟いた。
「そういえば、ダドリー。動物はどうするのじゃ?」
「とりあえず、今はいいや」
フクロウとか可愛いなと思っていたけど、よく考えたら1年生はこの世界になれるのでいっぱいいっぱいだろうしね。
行きと同じようにダンブルドアの魔法で、あっという間についた。
俺の部屋に着くと、奴は俺に封筒を渡してきた。中身を確認するとホグワーツ行きの切符と書かれている。
「それじゃあ、今度はホグワーツでじゃな」
それだけ言い残すと奴は、瞬きする間に消えてしまった。うん、そうださっさと帰ってやれ、奴はマグゴナントカ先生に仕事を押し付けたって言ってたもんな。可哀想だ。
ああ、魔法使いか。
今日行ったダイアゴン横丁は夢のような世界だった。本当に子供の時に夢に見たような。何だかホグワーツも楽しみになってきたかもしれない。ハリーのことを除けば。
俺はホグワーツに行くことが憂鬱で仕方がなかったはずなのに、いつの間にか魔法という存在に心を躍らせていた。