五角形の箱に入った蛙チョコと引き換えにお金を払う。
箱からチョコを慎重に取り出してみれば、活きがいいようで手足をびくびくと動かして必死に俺の手から逃れようとしている。
これが噂の蛙チョコかー!
本当にカエルだ。うん、蛙だ……。なんかちょっと食べる気を無くさせるフォルムだね。うん、ダイエット中のお姉さま方にオススメの一品です。
「さあ、早く着替えて頂戴。今だったら、荷物を運ぶついでにあなたもホグワーツに連れて行ってもらえると思うわ」
俺に捕食されてもなお、口の中ビクビクと動くカエルに気持ち悪さを感じながら、おばさんの話を聞く。
ああ、よかった、よかった……。一応学校には連れて行ってもらえるらしい。まあ、入学初日から遅れるとか、どこの不良生徒だよとか思うけど……。まぁいっか、俺はこれからハリーを避けるために傲慢ないじめっ子キャラで頑張るんだからっ! 入学初日に遅れて行く方がなんか悪いヤツぽっいよな。ハリーは、軽蔑間違いなしっ!
「ゴミは捨てちゃうから私に渡して頂戴」
口の中で暴れていたカエルもいなくなり、ご馳走様でしたと言いながらおばさんに蛙チョコのゴミを手渡す。
「あら、カードはいらないの?」
ふーん、蛙チョコにはカードが付いてるんだ。なんか子供心をよく理解できているなー。俺もおまけについてくるおもちゃや付録が欲しくて、お菓子とか漫画雑誌とか買ったなぁー。
おばさんが渡してくれたカードを見るとそこには、アルバス・ダンブルドアという文字とニコニコと微笑みこちらに手を振る奴のが目に入った。手の中にあったそのカードを一瞬で潰すと、それも捨てといてとおばさんに返した。
気分悪い。アイツのカードとかホント気持ち悪い。動くアイツとかほんとヤダ。こんなところまで現れるなんてお前はストーカーか!
なんでそこまでヤツを毛嫌いするのかって? まず、あの全て見透かしているような微笑みがウザい。お前に一体、俺のなにが分かるんだあぁ? 言ってみろよおらぁ!ってなる。ウザったいことこの上なし。そのくせ、こっちからはヤツが何考えてんのか全く分かたもんじゃない。周りには聖人君子のように振る舞いながら腹の中では何を考えているのか。普段から周囲に悪態をつき、悪い空気を撒き散らすヤツより、あのようなタイプの人間は信者ぽっいのがいるから実に厄介だ。
ヤツがちょっかいかけてくる→俺は反撃→誰かに目撃される→人望あるあいつは被害者、ぼっちな俺は加害者にされる→俺の悪評が立つ→ぼっち化が進む→チーン…………。
「ちょっと、坊や? あなたホグワーツに行く気あるの? ぼけっとしてないで早く準備なさいっ! 置いてくわよ!」
せかせかと動いていたおばさんがぼけぼけしている俺に気づき、つり上がった目で俺を睨みつけてくる。俺を叱咤するその姿は、力が有り余りすぎて、今にも襲ってきそうなバケモノのようだ。
「はい、はい、今すぐ準備しますよ」
座っていた列車のシートからのっそりと腰を上げる。顔を上に上げれば、怖い顔をしたおばさんと目が合う。
「『はい』は1回っ!」
「はぁい……」
はあぁ……、やっぱりホグワーツ行きたくない。
ぼく、おうちかえる。
……切実に帰りたい。
おばさんの目が怖かったので、着替えるから恥ずかしい、出て行ってと乙女な理由でおばさんをコンパートメントから追い出す。はあー、これで一息つける。おばさんは「乙女かっ!」とツッコミながらも大人しく出て行ってくれた。どうやら、悪い人ではなさそうだ。
さあ、早く準備しなければ、また怒られてしまう。トランクの中から制服を出して着替える。
「準備はオッケー?」
ずっと扉の側で待っていてくれたらしいおばさんが声をかけてくる。俺は、最後に残していた黒い長いローブを上に羽織ると扉をガバッとあけて元気よく返事をする。
「イエッサーー!」
ふと、自分の着ているローブを見てみると胸のあたりに何かの液体がべっとりと付着している。もしや、これは……。寝ている時に顔にかけていたから……。
「『よだれ』ね」
呆れた表情でおばさんが俺を見ている。せっかく「イエッサー」ってかっこよく決めたのに、これじゃあ台無しだ。恥ずいよオレ……。おれの顔はリンゴのように真っ赤に染まりました。
あまりの恥ずかしさに意気消沈していた俺。おばさんに身を任し、引きずられるように移動させられた。
気づけばホグワーツにいます。ただいま大広間の扉の前です。おばさんは、それじゃあ頑張ってと俺を置き去りにしました。
俺はどうすればいいの?
えっ? ローブのよだれ? おばさんが魔法でちょちょいのちょいだよ! 何か文句ある? こっちは今それどころじゃないんだ。
えっ、ぼっち族の俺にどうしろと? なんだか賑やかな声のするこの部屋に「とんとん、失礼します。ダドリー・ダーズリーです。遅くなってすみません」と言って注目されながら入れと?
えっ、無理だよ。ムリ、不可能だよ?
よし、こうなったら誰にもバレないようにこっそりと侵入してやる。大丈夫さ、盛り上がっているから俺の事なんて誰も見つけやしないさ。
そう、思っててを扉にかけた時、ギギギギーと大きな音を立てて開きました。独りでに。
ここ注目、『独りでに』
なにっ!? この扉勝手に開いたんだけど。しかも大きな音を立てて。大広間で仲良く食事を取っていた少年少女たちは、静まり返って俺を見つめている。
俺は呆気に取られ、直立不動でぴっくりとも動けずにいた。
顔を上げて、上座の先生が座っているほうの席を見ると、いつものにこやかな笑顔のヤツ、ダンブルドアが座っていた。
今の絶対あいつだろっ! あいつワザと大きな音を立てて扉をあけたよなっ? おのれダンブルドアっ! 許すまじ、ダンブルドアっ!
「遅れていた新入生がやっと着いたようじゃのう」
ヤツは、楽しそうに笑い声を上げながらこっちにおいでと俺を手招きする。ここでヤツに従わないのも変なので、生徒の座っているテーブルの間を通ってヤツの元まで進む。
視線が痛い。痛いっよ、ぐさぐさ突き刺さるよ!
なんとかヤツのところまで着くとそこには、椅子があり、その上には継ぎ接ぎだらけで、ボロボロの汚らしいとんがり帽子が置かれていた。
なんだ? 帽子から鳩でも出すのか?と考えていたら、帽子がピクピク動き出し、つばのヘリの破け目が口のように開いて、歌い出す。
『私は嫌いじゃな「ストップ」
なんだか長くなりそうなんで、俺は思わず「ストップ」をかけてしまった。こんな視線の中、呑気に歌を聞いているなんて俺には耐えられない。俺は、一刻も早くこの視線から解放されたいんだ!
「大切なことを短く簡潔に」
『私、天才、組分け帽子。あなたの寮を教えます。勇敢グリフィンドール。ハッフルパフは忠実、真実。レイブンクローは賢いよ。狡猾ならばスリザリンっ!』
なんだか、ラップ風で歌ってくれたんだが、みんなは盛り上がってないようで、白けていた。ざんねん帽子っ!
教師の席から、四角いメガネをかけた厳格そうな女の人が降りてくる。
「ダドリー・ダーズリー、帽子をかぶって椅子に座り、組分けを受けてください」
女の人の指示に大人しく、従う。
目が隠れるほど帽子を深くかぶると、帽子の内側の山のなかで声が聞こえた。
「フーム」
大人の男のような低い声だ。
俺は「ハリーと一緒の組はヤダ、ハリーと一緒の組はヤダ」と思い続けた。
「ハリーの入ったグリフィンドールはいやなのかね?」小さい声が言った。
「大丈夫! 君はそこまで勇敢じゃないからグリフィンドールには入れないさ! 忠実でもないから、ハッフルパフもなぁ。まあ、頭は悪くないし、狡猾さはありそうだから。レイブンクローか、スリザリンでどう? スリザリンとか偉大になる未来は間違いなしさっ!」
勇敢じゃない、忠実じゃないって、なに? 悪口? 喧嘩売ってんの? 事実だけどさぁー。とりあえず、偉大になりたいからスリザリン? とかいうところがいいかな? ハリーと離れられればどこでもいいや。
「よし、それでは、スリザリン!」
『スリザリン』という最後の言葉だけを広間全体に向かって叫ぶのを聞いた。
帽子を脱ぎ、生徒たちの方に目を向けると、にやにやと悪そうな笑顔を俺に向けるスリザリンの連中と今にも泣き出しそうなハリーの顔が目に入る。
あぁ、スリザリンってアレかぁ。もしかして俺ヤバイ所を選んじゃった系ですか? そういえば、スリザリンがヤバイ所だよな、すっかり記憶から飛んでた。最近、『ハリーポッター』についての記憶も随分曖昧になったしなぁー。まあ、元からそこまで詳しくないしね。
黙ってスリザリンの席に向かう。
「よろしく、ダーズリー」
手前に座る銀髪? なんて言うんだっけ?あれだあれ、ぷらちなぶろんどの髪をオールバックにした、同じ新入生らしき少年が手を差し出してくる。
どうやら、歓迎されてるらしい。ハブられることは無さそうだ。たぶん……。
こうして、俺はホグワーツでの学園生活をスタートさせることとなる。
この日、心地の良いベットの中でも裏切られたというハリーの悲しげな表情が頭から離れてくれることはなかった。