制服。
普段着のローブと三角帽、安全手袋、冬用マント。指示通り名前を記入した後、ぴっちりと畳んでトランクの中。
杖。
暴れ出しそうなのでケースに入れてから鎖でぐるぐるに縛ってトランクの中。
教科書。
計8冊。名前を書いてトランクの中。
杖、大鍋、薬瓶、望遠鏡、ものさし。
全てトランクの中。
ハンカチ
アイロンがかけられ、ピチッと畳まれた清潔なものがポケットの中。
よしっ、忘れ物はないな。
という確認作業を繰り返すこと28回目。
母さんが「家を出る時間よ」部屋にいた俺を呼びに来てくれた。
昨夜は、目が冴えまくって一睡も出来なかった。なんだか、遠足を待ちわびた少年みたいで、大変恥ずかしい。
べ、べつにホグワーツに行くのが楽しみとかじゃないんだから!
っていうのは置いといて。
これからハリーに会うとか、マジ憂鬱すぎる。
えっ、俺に一体どうしろっていうの。本当にめんどくさいんだけど。
というか、ハリーがホグワーツに行かないとか言い出した時は、一体どうなるんだかとか思ったよ。けどさぁ、ハリー、ホグワーツに行く気になったんだよ。俺、本当にホグワーツに行く必要あるの? いいよね、俺行かなくて。そうすれば『原作通り』になるのに。
俺がホグワーツに行くことでこの世界には、どのような変化がもたらされてしまうのか……。
どうしよう、悪影響を及ぼしていたりしたら。
ぼるでもーと?とかいう人をハリーが倒せなかったらどうしよう。
俺、マグル生まれの魔法使いだから間違いなく殺されるよね。
やっぱりハリーとは、距離を置こう。
っていうか、初めからアイツを利用しようなんて考えなければよかった。『ハリーポッター』とか映画ちょろっと見ただけだから記憶曖昧だし。そんな俺がハリーを上手く利用出来るわけなかった。原作通り、奴とは馴れ合うべきではなかった。
っていうか、アイツ俺に懐きすぎ。
っていうか、普通虐待しているやつの子供に少し親切にされたぐらいで懐くかよ。アイツは、誰からも愛して貰えなかったから俺が少し優しくしたのを勘違いしてるだけだよな。
っていうか、ハリーは俺がクズい奴だって気づけよな。俺ハリーが両親に殴られても止めなかっただろ。少し、優しくしてあげたぐらいで懐いてんじゃねぇ。
っていうか……、と言い始めたらキリがない。まったく、人生上手く行かないことばかりだ。
とりあえず、俺これからはハリーに軽蔑してもらえるように、原作ダドリーのように傲慢ないじめっ子キャラで頑張る!
「ダドリーちゃんどうしたの?」
どうやら考え事に熱中し過ぎていたようだ。
いつの間にか母さんは俺の部屋に入って来ていて、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
しかし、突然親指を立てて俺の方に突き出したかと思うと俺と言い放つ。
「ダドリーちゃん大丈夫よ」
えっ、何が?
「ダドリーちゃんは、優しい子だから友達なんてすぐにできるわ。目指せ友達100人よ」
「うん……」
母さん。俺、べつに友達の心配は全くしてないから。
俺だって友達ぐらい、作ろうと思えばすぐ出来るもん。っていうか、今までは周りの奴が子供すぎたからだし。
っていうか、俺はもうぼっちを極めたんで、1人でも寂しくないし。
なんだかシラけた気持ちで、父さんがすでに運転席に座っている車に乗り込む。
あっ、今日は父さんまともそうだ。
よかった、よかった。
ぜひ、安全運転でお願いします。この前は、ホント父さんの運転で死ぬかと思った。あんな車にはもう2度と乗りたくない。
キングズ・クロス駅までは、非常に静かな運転となった。
父さんは、喋りながらだと運転を疎かにしちゃうタイプだもんな。この前の俺の誕生日だって、ハリーがなんか言ったのに反応して前の車に突っ込みかけた。
助手席に座る母さんもそれが分かってるからか、いつもはおしゃべりなのに今日は、全く口を開かず、おとなしかった。
安全運転で、事故も起こさず無事に来たので、キングズ・クロス駅に着いたのは、家を出てから3時間半後、10時半のことだった。
さすがに一言も喋らないで3時間半を過ごすのは辛いものだった。寝不足なんだから寝てれば良かったんだが、父さんが事故を起こすかもと考えると怖くて眠れなかった。
駅のプラットホームの前で母さんが俺に抱きつく。
あのー、大変恥ずかしいでやめて貰えますか?
無理やり母さんを離れさせようとしたが強く抱きしめてくるので、その腕の中から逃げ出すことは出来そうになかった。
「ダドリーちゃん元気でね。ママを安心させるために毎日お手紙を書いて頂戴」
あー、1ヶ月に1度くらいで勘弁してください。
「ダドリーちゃんなら、大丈夫! お友達たくさん出来るわよ」
マジその心配は、結構です。
「ダドリー坊やが寮生活なんて、いつの間にそんなに成長してしまったのかしら。ホームシックになったらいつでも帰って来ていいのよ」
ホグワーツは、いつでもお家に帰れるような場所にありません。
「ダドリーちゃん、ダドリーちゃん。愛してるわ」
そう言うとむちゅーうと頰にキスをする。
母さん、ここにはホグワーツの先輩や同級生たちがいるんだよ。本当恥ずかしいから、今すぐ俺から離れてください。
無理矢理、母さんを引き離すと袖で頰をゴシゴシと拭う。本当スキンシップが激しいのも困りもんだよな。かわいい女の子にされるなら大歓迎だけど、自分の母親にされてもって感じなんだけど。
そう思っているといきなり何かに包まれた。これはなんだろうかそれに触ってみるとむにむにしてみると暖かくてぷにぷにしていて……。もしやっ! と思って顔を上げてみるとそこにあったのは困ったような表情の父さんの顔だった。
あ、いきなりすいません。
けど、父さんのお腹がこんなに気持ちいいなんて、俺知らなかった。
あ、もう少し触ってていいですか?
「どうせ、あいつらは頭が湧いてる。帰りたくなって来たらいつでも帰ってこい」
そういうとお腹をむにむにしていた俺の手をそっとお腹からどけて、俺から2、3歩離れた。
あー、俺のむにむにー。
「じゃあ、行ってこい」
父さんはそう言って、トランクを俺に手渡すとなかなか俺の側から離れようとしない母さんを引きずって車に連れて行った。
母さんは「ダドリーちゃーん」という叫びながら父さんに引きずられていった。
恥ずかしい。
どうして、うちの両親はこんなに親バカなんだろうか。俺への愛だけはすごく伝わってくるけど……。
真っ赤に染まった顔を誰にも見せたくなくて、俯きながら9と4分の3番線へと向かった。
こんなところにいつまでも突っ立ているとハリーと鉢合わせてしまうからな。
9番線と10番線の間に着くと俺は、周りを見渡した。他に魔法使いがいないか確認するためだ。いきなり、柵に向かって走り出すとか怖くて出来ないからな。
あ、ビビリとかいうなよ。
俺は、決してビビリなんかじゃない、ただちょっと慎重なだけだから。
じろーっと柵のあたりを気にして見ていると3分ほどの間に男の子が5人、女の子が3人通って行った。
よし、あそこで間違いないな。
俺はビビリじゃない、慎重なだけだからな。
ゆっくりと柵に向かって歩く、いや絶対あれぶつかるよね。ちょー怖いだけど。柵の向こう側に行こうと足を突き出した。
カコン。
ん? 再び、足を柵に突き出す。
カコン。カコン。
ん?ん?ん?
通り抜けらんないんだけど、え? う? え?
なんで?
なんか通り抜けるには法則があるのかもしれない。少し離れた場所で再び柵の観察を開始する。
あ、今1人すり抜けた。
今のは男の子だったな。走って突っ込んだな。
あ、また。
今度は女の子だ。早歩きで突っ込んで行ったな。
うーん。
あそこを通り抜けるには歩いてちゃいけないのか。
よし、行ってみるか。ハリーとはまだ会いたくないからな。
トランクを両手で抱えるように持つと目をつぶって柵に向かって走り出す。
怖くない。怖くない。
今度こそ通り抜けられるに決まってる。
スーッ……、まだ走ってる。通り抜けたんだろうか。
目を開けてみるとそこは、先ほどのホームではなかった。
プラットホームには紅の蒸気機関車が停車していて、ホームの上には『ホグワーツ行特急11時発』と書かれている。
ここが9と4分の3番線か。
色とりどりの猫が足元を縫うように歩き、ふくろうがホーホーとないている。
なんだかここにたどり着いたことに安堵してか、緊張の糸が切れて眠くなってきた。
最後尾の車両の近くに空いてるコンパートメントの席を見つけるとそこに素早く入り込む。トランクからローブを取り出すとそれで顔を隠す。
寝てる間にハリーに見つかるとか寝起き最悪な事態は、やだからな。
大きな欠伸を1つすると窓に寄りかかって、目を閉じる。
あ、車内販売がくる頃には起きたいな。
蛙チョコ楽しみ……。
次に俺が起きたのは、ホグワーツにあるプラットホームに機関車が着いた後だった。
周りには、1人の生徒も残っておらず、すでに学校に行ってしまったようだ。今頃学校で、帽子が寮分けるヤツやってるかもしれない。
コンパートメントに忘れ物がないか確認をするために来たえくぼのキュートな車内販売のおばさんがニコニコとこちらを見て言った。
「あら、寝ぼすけさんね。とりあえず、蛙チョコでも買っとく?」
「蛙チョコ1つお願いします」
あー、魔法使いデビューしくったわー。
今年中に、もう1話ぐらい投稿できたらいいなと思っています。