「さあ、起きて! 早く!」
「起きるんだよ!」
一階の方で叫ぶ母さんの金切り声で目が覚めた。いつもは目覚まし時計で起きるので、母さんがうるさく叫ぶこの時間には、外に出てジョギングをしているんだが……。
何年も前から使い続けている目覚まし時計の方に目を向けると、時計はピタリと止まって動いていなかった。はぁ、どうやら電池切れらしい。これはしょうがない、後で電池を換えよう。
ついてない朝だなと考えながら、俺はベッドから起き上がった。
部屋にある洗面所で顔を洗い、鏡を見ながら髪を整える。鏡の中には、金色の髪で、薄い水色の瞳をした少年が無表情で立っていた。
今日は予定があるので、ジョギングしている余裕はもうなさそうだなと思い、ランニング用に来ているジャージではなく、普段着のシャツズボン、それから上にお気に入りの青い色のベストを着る。
よし、準備は完璧。
ドアをトントントンと3回ノックする音の後に甘ったるいぐらい猫なで声の母さんの声。
「ダドリーちゃん。起きてるの?」
ドアを開けて母さんを部屋に招き入れる。
「おはよう、母さん」
「ああ、おはようダドリーちゃん。今日は、貴方の誕生日よ! あんなに小さかった私の坊やがこんなに大きくなったなんて」
愛してるわとつぶやきながら母さんが抱きしめてくるので、俺もだよと母さんの腕の中で言ってあげる。そうしておけば、きっとこの母親は笑顔を浮かべる。なんとちょろいのだろう。
嬉しそうにニコニコする母さんが誕生日プレゼントがいっぱい届いているのよと俺をリビングの方に行くように促した。誕生日プレゼントなどそこまで楽しみではなかったが、さも楽しみでたまらないという振りをしながら駆け足で階段を降りてリビングに向かう。
「まだ起きないのかい?」
母さんのきつい声に後ろを振り向くと、階段下の物置小屋のドアの前で、アイツに怒鳴っていた。
俺には優しくしてくれる母親が他のやつにはこんなにも態度を変えるのを見るとなんか辛くなる。これ以上、母親のそんな姿は、見たくなかったので、そんなやつほっといて早く早くと母さんの手を引いてリビングまで、無理矢理連れて行く。
リビングに向かうと食卓の椅子には、すでに父さんが腰かけていた。あんな丸々とした父さんが座って、よくあの椅子壊れないよなと俺はいつも感心する。
「おはよう、父さん」
「ああ、おはようダドリー。お誕生日おめでとう」
食卓は、俺へのプレゼントの山に埋もれて見えなくなっていた。
うわっ、これいったいいくつあるんだうか。さすが社長の息子。けど、こんなガキにプレゼントあげすぎだろう。こんなんだから、元のこいつは、我が儘な豚に成長したんだよ。
「うわーっ、すっごい母さんっ! これいくつあるのかな?」
いち、にー、さん、……と1つずつ数える。
「36個もあるっ!」
「坊や、マージおばさんの分を数えていないわ。パパとママの大きな包みの下にあるのよ」
「じゃあ、37個だね!」
ふわっといい匂いと共にアイツが美味しそうに焼けたベーコンと卵を持ってやってくる。アイツの緑色の瞳が寂しそうにこちらを見つめる。
「おはよう、ハリー」
そう声をかけてあげると、ぱっと顔を嬉しそうに輝かせ、おはようと返してくる。
「ダドリー、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、ハリー」
俺よりも背の低いハリーの頭を優しく撫でてあげるとちらりと額に稲妻型の傷が見えた。
これだ。この傷がいつの間にか俺のことを思い出させてくれた。俺が過去、いや、前世について思い出したのは、はっきりといつだったのか覚えていないがこの傷を見たことでだんだんと思い出していった。前世の俺は、一般家庭で育ち、大学へ進学して、就職して……。そんな俺が学生時代に流行っていた本や映画に『ハリー・ポッター』というものがあった。シリーズものだったので何度か友人や恋人と映画を見に行ったのを覚えている。
『ハリー・ポッター』。
目の前でおとなしく撫でられているこいつがヴォルデモートとかいう悪い魔法使いと戦う話だったと思う。
そんなに真剣に見ていたわけではないのではっきりとは覚えていないかった。
確か、こいつのこの傷にヴォルデモートとかいうヤツがいるんだっけ?
はっきりとしたことは思い出せなくて、むしゃくしゃする気持ちだけが残る。
「あら、坊やはこんな子にも挨拶を忘れないなんてなんて優しいのかしら」
「だかな、ダドリー。こんなヤツには、話しかけなくていいんだぞっ!」
父さんと母さんは、ハリーにも挨拶したことが気に入らなかったのか、ハリーには、挨拶するなと暗に伝えてくる。確かにこいつは、魔法の力を持っていて危険だし、こいつの騒動には俺も巻き込まれたくないけど、挨拶ぐらいは普通にして大丈夫だろ。こいつには、嫌われるよりかは、好かれていたほうがいいからな。
なんたってこいつは、『主人公様』だ。
「けどね、僕みんなに優しくしなさいって学校の先生に言われてるから……。みんなに優しくしたい……」
瞳に涙を浮かべて、両親にそう訴える。
「ああ、ごめんなさい。ダドリーちゃんは、本当に優しいのね。まるで天使みたいな子供だわ」
この親は、本当に親バカだ。
俺は、ニコニコと天使の笑みを浮かべながら朝ごはんを食べ始めた。
まあ、こいつがあの『ハリー・ポッター』だったとしても俺には関係ない。俺は原作では、死ぬキャラじゃなかったし、このままニコニコして親のご機嫌取ってれば、親父の後を継いで社長になって、今まで通り贅沢な暮らしができるだろう。
原作では、改心してダイエットしてボクシングチャンピオンになるまでバカでデブな豚だったけど、今の俺は、ジョギングして引き締まった体型だし、前世の記憶があるから頭はいいほうだし。
俺の人生まじイージーモードだわ。