おいでなさいませ、血霧の里へ!   作:真昼

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プロローグ 第二話

 彼が赤ん坊になってから既に一週間がたった。

 

 彼はまだ、夢から覚めない。むしろ逆に、今まで前世で生きていた事が夢のように感じられる。まるで胡蝶の夢の様だ。

 

 ―――いくらここだ夢だったとしても。ここまでの世界観を作れるのなら、物書き、作家の才能があるんじゃないか。夢から覚めたらこの夢をもとにして創作活動でも初めて見るかな。

 

 そんなことさえ彼は考え始めていた。

 時代背景は江戸時代と現代が上手く、そして中途半端に混ざっている感じだ。割合としたらだいたい8:2ぐらいだろうか。江戸時代に現代の利便性だけを持ってきたといった感じである。

 つまり、ここは異世界という設定になるのだろう。現代の日本ではありえなものが多々としてある。江戸時代にしてはやけに建造物が大きい。そして、何より快適に過ごせる。江戸時代としては考えられないものばかりだ。まさに和風ファンタジーといったところだろうか。

 

 ―――小説にするんじゃなくて、ゲームの設定シナリオにしてもいいかもしれないな。

 

 そんな事にも考えが及ぶ。

 それと同時に不思議に思う。赤ん坊というのはここまで自意識があるものなのかと。やはり夢に違いないと彼は確信を持ってしまう。

 

 ―――もしゲームにするなら、ほのぼの生活系和風ファンタジーRPGとでも言ったところかな。

 

 彼は赤子になりながらも妄想だけは続いていく。

 

 

 

 そんな考えが打ち破られたのは、美しい月夜のことだった。

 

 人口はそこまで多くない、少し人里から離れた所にある森の奥地。街道もあまり使われず、世界から忘れられたような村。そこに赤ん坊とその家族はのんびりと暮らしていた。

 

 そこに突如、普段の静観な村からはあり得ないような轟音が響く。

 襲撃者は複数人居た。そもそも、村を襲いにかかったわけでは無さそうだった。襲撃者同士が互いに戦っていた場所に、たまたま村があったというところだ。

 襲撃者の男たちは互いに武器を構えたり、投擲具を投げる。そして、繰り出される蹴りや拳が互いの骨を砕きにかかる。尋常じゃない速さで村を駆け巡り、交戦を行っている。

 

 まだ幼い赤ん坊は母親に担がれながら、家族と共に街道の方に逃げ出していた。偶然にも赤ん坊は後ろ向きで抱えられていた為、襲撃者同士の戦いを目にする事となる。

 襲撃者が建造物より高く飛び、獣より速く駆け回り、何より口から火や水を噴いていたところを。

 襲撃者たちの衣装から彼らを何と呼ぶかを赤ん坊は知っていた。ゲームでは和風の魔法使いや暗殺者に属している者達。忍者と呼ばれる者達だ。

 彼らのような存在がいること、その事実は赤ん坊である彼には衝撃的なことだった。

 

 その後、村人たちと共に他の街まで逃げ切る事となった。赤ん坊の家族を含めて村人たちはほとんど無事であったことから、やはり村は襲われたわけではなく、単に戦場となっただけのようだ。殆ど無事だったといっても、少なくとも何人かは被害が出ている。

 

 ―――まるで、HUNTER×HUNTERのハンターみたいだ。人がとんでもない速さで駆け回って、飛び跳ねて。しかも、超能力みたいなの使ってたし! あれは忍術なのか!? 

 

 先ほどの光景を見て、彼も忍者になって駆け回り飛び回りたいと思っていた。しかも、彼にとってここは夢の世界。きっと、物凄い忍者に成れるに違いないと彼は妄想していた。

 彼がそんな妄想の中に居る間、彼の母親に当たる人物が背負っていながらも語りかけてくる。

 びっくりしたわね、ユキト。でも泣かないなんて偉いわね、と赤ん坊の母親は頭を撫でて語った。赤ん坊は泣くこともなく、妄想を続けていた。

 しかし、深い妄想を続ける為か、赤ん坊の習性故か。赤ん坊に本能による睡魔が襲い始める。赤ん坊は睡魔に打ち勝つことなく、ゆっくりと意識が沈んでいく。

 両親はこれからのことを話し合っているが、赤ん坊はその話を子守唄代わりに眠っていた。

 

 

 彼が赤ん坊になって早くも1年間がたった。この一年は彼にとって非常に残酷な一年になったことだけは確かであった。彼は意識はしっかりとあるものの、赤ん坊であることには違いない。彼の理性は赤ん坊の本能に連敗記録を更新し続けていた。そんな彼に両親は優しく接してくれていた。理性は恥ずかしいやら本能は嬉しいやらで混乱し続け、一刻も早く夢から覚めてくれと願う毎日だ。

 

 彼にとって残念なことに、夢からは未だ覚めない。一年経って、彼自身も赤ん坊の状態が夢ではないと諦め現実を受け入れにかかってきた。

 まず、徐々にだが赤ん坊になって暮らしている生活や建造物、世界観に見覚えがあるからだ。

 高校の時の友達の家にあった漫画、NARUTOに酷似しているのだ。彼自身はHUNTER×HUNTERやONE PIECE派だった為に漫画は持っていない。友達の家に遊びに行った時に薦めて貰って、パラパラっと流し読みした程度である。

 確信したのは、両親が話している時に国のあり方や忍者の里についての話が出た時だ。言葉自体はほとんど一緒であり、聞き取る事に関しては問題がない。なにより、丁度彼がコンビニで立ち読みした時に出てきた話、一国一里のシステム。NARUTOにこんな設定があったのかと当時は感心したものだった。

 

 ―――つまり、この世界は俺の創作ではなくて、パクリだったのか。危なく盗作家になってしまうところだった……。所詮、俺には小説家の才能はないってことか……。

 

 そして新たな問題が起き始める。一年だ。一年経っても覚めない夢があるだろうか。そして、この世界は夢と思えない程のリアルさを誇る。ここまで、考えが至ってしまうと赤ん坊、ユキトも知らぬふりは出来ない。現実逃避をやめ、ちゃんと向き合おうと決めた。

 今、ユキトが生きている世界は漫画NARUTOの世界であり、ユキトは未だに信じきれないが、生まれ代わりを果たしたのだと。

 

 ユキトはこれからの事も考え始める。

 夢じゃないと認めたとしても今度は新たな問題が発生する。彼自身が漫画を詳しく知っているわけではないということだ。

 

 ―――なんで、俺の持っている漫画に生まれ変わらないんだよ……。なんだっけ、こういう漫画の世界に生まれ変わるのを確か転生物って言うんだったっけ。昔、姉貴がそんなのを書いていた気がする。

 

 彼が知っている漫画の世界と同じであるならば、場所が多少変わったところで生き抜くこともシビアな環境、ということには変わらないだろう。たかが会社の利益の為に、橋を建設させない為に殺人や見せしめなどを行う描写があったはずだ。。それほどにこの世界では命というものは安い。

 現実を受け止め、なお思案する。

 

 ―――だからといって、忍者になったとしても実力が低ければ呆気なく殺されてしまう世界だしな。主人公補正でもあればいいんだがな……。

 

 せっかくの二度目の人生である。最後の記憶、ハメを外して酒を飲んで死んでしまったとなれば悔いを残さずにいられない。彼はもっと生きたかった。現世では今度こそ長生きをしてみたいというのが、彼の紛れもない本心であった。

 

 彼は曖昧な記憶を必死に思い出す。漫画では、死ぬ確率が高ったのは何だったのか、何が起きて死ぬことになっていったのかを。

 彼が丸一日かけて考え抜く。

 

 ―――この世界は弱者に厳しい世界なことは確かな筈だ。それはつまり、裏を返せば実力が低くなければよほど事が無い限り死ににくいことの筈。実力をそこそこにつけて危ない任務につかなければどうだ? 自分の実力で出来る範囲の任務を繰り返して、後は極力危険な場所に近寄らない事も大事だな。だとすると前線に立つような忍者じゃなくて、後方支援の忍者になったりすればどうだ? 

 

 彼は頭の中の漫画の情報を引っ張り出す。実力がそこそこありつつも前線に出る事がなく、後方支援に徹していた者達の事を。この世界では医療忍術という術があり、これを使う彼らは人を癒す術のエキスパートたちであった。

 

 ―――そして何より、医療忍術を習得さえすれば、よほどの事がない限り自身の治癒も出来る。つまり、死ににくい。しかも医療ということは前の世界でいう医者だ……。金銭面も保障される可能性が高いんじゃ!? いや、待て待て、金銭面で裕福な暮らしが出来るかはまだわかないな。ただ、医療のスペシャリストを前線に送り込むなんて普通はしない筈だしな!

 

 彼は自身の考えに興奮しはじめる。

 身の安全も確保されたうえに、自身も死に辛くなる。平和な時代であれば、医療忍術で民間医療として野に下ってもいい。野党などが出たとしても忍者として一定以上の実力を身に着けていれば返り討ちにすることも容易いだろう。前世の時より、死ぬ確率はかなり下がるだろう。

 なにより、赤ん坊になってしっかりとした理性があることは大きなアドバンテージになるに違いない。

 忍者について詳しいことはわからない。それでも基礎の修行の仕方は漫画に乗っていて偶然にも覚えている。何より精神が大人なのだ、勉強や修行出来る時間の確保には困らないだろう。

 

 彼はそう確信した。人生の方向性が決まった為、次は生き抜く為の努力を開始する。

 

 ―――決めた。俺は忍者になる! そして、医療忍者になる!! この世界にもオーラみたいのがあったな。チャクラだっけ? まずは、チャクラを練ることから始めないといけないな。オーラのようなやり方でいいかな?

 

 チャクラを練る事は漫画でも忍者になる上では一番大切なことと書かれていたのを思い出す。きっちり練れるようになれば、次に漫画であった木登りや温泉の上に立つ修行でも試してみるか、と彼はこれからの計画を練る。

 ただ、未だにしっかりと筋肉がついていないのが現状である。ユキト自身は立つのも一苦労であり、ハイハイの偉大さに驚愕さえしてしまう。

 

 赤子用のベッドの上でユキトは自分の考えに喜び、はしゃぎ始める。そしてはしゃいでいる姿を目撃した彼の母親は顔を微笑ませ近づいてくる。

 彼の心の黒歴史にまた新しい一ページが刻まれる。

 

 

 

 色々な黒歴史を乗り切り、ユキトはもうすぐで二歳になる。二歳に近づくにつれ、他人と会話やコミュニケーションを少しずつ取れるようになってきた。勿論、聞き取りは完璧に近い。元々、和風ファンタジーであった為、言語は同じであったのだ。

 聞き取りに比べると、話す方が難しい。なにせ、まだ舌の筋肉や他のもろもろが発達していないのだ。どうしても話す言葉はつたなくなってしまう。それでも、両親とのコミュニケーションや意思疎通をこなすには十分であった。

 チャクラも幼児にしては十分に練れるようになってきている。最初こそはどうやって練ったらいいのかもわからなかった。何せよ前世ではそんな超能力紛いな力は無かったのだ。

 つまり知識は知識でしかなかったということだ。改めてチャクラを練れるようにする為に、ユキトはHUNTER×HUNTERで言うところの点のような瞑想を繰り返し行っていった。しかし、未だに赤子と言っても差し支えない幼児の身。瞑想の途中にコテンと寝てしまう事も多かった。おかげでユキトは両親からは座って寝る子だと認識され、この事を大きくなってからも両親からからかわれるようになる。

 

 チャクラの練り方を頭で一から理解し、訓練をしていた為、ユキトが満足出来る練り方を覚えるまで、一年程時間がかかってしまった。しかし、その甲斐もあって、前世では当たり前のことだが出来なかった超能力のような魔力のようなものを練れるようになった。ユキト自身最初練れた時は興奮したものだった。

 

 ―――チャクラを練るだけで一年間も使うとはね。まぁどう考えても両親、忍者じゃないしな。傘屋さんだし。そう考えればいい方なんだろうなきっと。

 

 ユキトが見ていた限り、両親は忍者ではないだろう。そもそも忍者であれば、村が襲われた時に応戦するなりなんなりしていただろう。村から逃げたてきた家族は近くの町に住み始めた。ユキトの両親は傘屋を営んで、なんとか日々を暮している。

 

 漫画の世界では一族によっては強い力を引き継ぐ家系も居たことを思い出す。

 事実、忍者は血筋がものをいう。

 血筋で強弱が決まってしまう事が多々ある世界、それが忍だ。それ故、努力をせずとも血筋だけで強者になる者もいる。また、強者の血筋である者が努力を行うと、それこそ化け物と呼ばれるぐらいに強くなる。

 

 ―――才能っていう面では原作のキャラクター達には逆立ちしても勝てないだろうな。本来なら、一コマで瞬殺されてしまうようなモブだ。だからこそ、早めのスタートは有効の筈。

 

 その為、原作キャラ補正や血筋という才能がない彼は人一倍努力を行い、その差を埋めようと決めた。他の者と比べると、生後一歳から修行を始めるということは、今後のユキトにとって大きなアドバンテージになっていく。

 

 一年かけてチャクラを自身が満足するまで練れるようになった為、漫画の最初の方にやっていた修行を開始しようとする。

 

 忍者が行う修行のことを業という。業とは忍者が行う修行法のことであり、肉体を鍛えるものからチャクラのコントロールを鍛えるものまで色々な業がある。

 その内、彼が漫画で見た修行法とはチャクラのコントロールを鍛えるための木登りの業であった。

 木登りの業とは手を使わずに、木登りを行う修行だ。チャクラを必要な箇所に必要とするだけ集め、集めたチャクラを維持する。これは足というチャクラのコントロールが難しい場所で一定量のチャクラを常に練り込むという、チャクラをコントロールする為には忍者にとって必須の修行法であった。

 

 記憶を掘り起し、木登りの修行を実行しようとするが彼はまだ幼児。二歳児が外に出て木登りをする姿を両親にでも見られたら、その場で間違いなく止められるだろう。

 

 ―――うん、流石に二歳だと一人で外には出れないよな。別に木じゃなくてもいいよな? 家の壁でやるか。

 

 前世では彼は両親と疎遠気味であった。大学の費用は姉が出してくれていた事もあり、両親の愛にはほとんど触れる機会が無かった。彼にとって新しい両親は優しい人たちであり、愛して育でて貰っている以上、極力心配等はかけたくなかった。

 

 壁までたどり着き、木登りならぬ壁歩きの修行を開始する。

 しかし、すぐにユキトは壁歩きの修行に大きな落とし穴があったことに気づく。

 

 ―――うん、足は意外とまぁ上手くくっつくみたいだ。たださ……、当たり前の事だけど。重力ってのはは下向きの力だよね。筋肉の発達していない赤子に垂直歩行なんて真似できるか!! 最近、やっとまともに走れるようになった程度の筋肉なんだよ!!

 

 ユキトは心の中で吠えた。

 下向きの力が加わっている中で筋肉の発達していない子供が垂直に壁を登ろうとするとどうなるだろうか。残念な事に、ユキトにはまだ重力に逆らってまで、上半身の重さを支える筋肉はついていなかった。

 ユキトは仕方がないので、足と手は床に着けたままで足だけをチャクラ吸引で登らせていく。その姿はまるで子供が一生懸命に壁倒立を行おうとしているようであった。両親はその姿を微笑ましく見ていた。

 

 半年程続けた結果、ユキトは今世でも出来てきている感触を持った。勿論、出来たという感触は壁倒立が上手くなったというわけではなく、チャクラコントロールが身についてきたという意味だ。

 しかし、半年も壁倒立を続ける姿から、両親は壁倒立が大好きな子という認識である。父親に至っては壁倒立のコツなどを教えようとする始末であった。

 半年程経っても未だに重力に逆らって上半身を壁に向かって垂直にすることは出来ていない。

 その為、ユキトは他の修行を先に行うか考えるようになっていた。このまま、上半身を支えれるまで同じ修行を行っても問題はない。しかし、それでは時間が勿体ないと感じる。

 

 ―――漫画の世界だと思ってたから出来ると勝手に思ってたけど……、本当に出来るのか? この状態で歩くとか正気の沙汰じゃない気がするんだが……。

 

 弱気になってしまうほど、壁に対して垂直に立つというのはユキトにとって難しく遠く感じたのだ。忍者等など居なかった前世の時より体が上手く動かない事にも不安を持つ日々が続いていたのも原因だ。

 他の業を行う前にも、色々工夫をして壁昇りの修行を行おうとした。

 ―――垂直歩行が無理なら、壁に貼り付けばいいじゃないか。手と足を使って虫の様に……。ロッククライミングといこうじゃないか!

 

 そして、実践してみてわかることもある。

 手と足で壁昇りを行えば、確かに壁を登ることはできる。しかし、足と比べて手でチャクラをコントロールすることは簡単であった。簡単なことを行ってもそれは修行にはならない。ユキトは足でチャクラをコントロールすること難しいからこそ修行になるのか、と改めて思い知った。

 ユキトは偉大な先人たちの知恵に関心すると共に、これ以上は今の筋肉の段階では壁登りの修行は出来ないと判断した。

 

 ―――木登りの修行の次に主人公が行ってたのは確か……水面に立つ修行だったっけか? 川なんて一人で行ける筈ないしな……。水に立てばいいなら、家の風呂場でもいいか? 風呂場なら目立たずに問題ないはず。

 

 原作の漫画でナルトが行っていた水面に立つ修行、それは水面歩行の業である。水面歩行の業は木登りの業と違って、固定されたものに吸着しておけばいいものではない。水面を歩く、もしくは浮くためにはチャクラを常に出し続けなければいけない。もちろん、チャクラコントロールの難しい足でやらなければ修行にはならない。そのうえ、体を浮かせ続ける為に適量のチャクラを出し続けなければならない。チャクラの放出量のバランスも適したものでないといけなく、単に維持をするという行為より難易度はあがる。

 

 一人でお風呂に入る事も最初は両親に渋られたが、ユキト自身一緒にお風呂に入るということが黒歴史にどんどんと刻まれていたので、ここは頑として我儘を突き通した。癇癪を起したといってもいい。それでも、母親がたまに一緒に入ってこようとするため、その度に黒歴史のページ数が増えていくことになっていった。

 

 そして始めた水面歩行の業。これも漫画で主人公は簡単とはいかないが、一ヶ月程の時間でマスターしていたことを思い出す。それに対して比べてユキトは非常に苦戦している。

 

 ―――誰だ!? 漫画の主人公が落ちこぼれとか言ってた奴! これを一ヶ月もかけずに出来るとか普通に優秀じゃないか!!?

 

 あまりにも上手くいかないのでユキトの涙腺が緩みそうになる。

 だからといって、修行を辞めるという選択肢はユキトには無く、どうにかこうにかして修行の日々は続いていく。

 

 

 

 

 彼がユキトになり、異世界転生という稀有な体験をしてから、早三年の月日が流れた。

 子供の成長は早いもので、一年前には身体が出来上がっていなかった為に、不可能であった壁登りの修行もしっかりと出来るようになった。最初こそは走りながら登って行ったが、慣れた今では歩きながらでも登れるようになっていた。

 

 ―――しかしまぁ、この世界の体のポテンシャルにはビックリさせられるな。多少は傾くものの、重力に逆らって垂直歩行……。前世ならサーカスとかじゃないと有り得ない光景だよな。

 

 生まれ変わった最初の頃は、前世の時と比べても身体が上手く動かない事に不安もあった。しかし、日々成長していく身体を見て、その考えを払しょくすることが出来た。むしろ下手をすると、前世の高校生の時より体が良く動くかもしれない。高校の時には足だけで上半身を支えるなんて出来なかったはずだ。

 また、ユキトが壁に対して垂直歩行をしている所を母親に見られた後は、手品の一種だと勘違いされていた。

 身体にしっかりと筋肉がついたことで出来るようになった壁登りの修行に比べ、水面歩行の業は進み具合が芳しくなかった。

 ユキト自身、どのようにチャクラを流せばいいかは把握出来るようになってきていた。そして最初のうちはしっかりと浮く。ただ、時間が経ち始めると徐々にチャクラが足りずに沈んでいってしまう。

 さらに、チャクラを使い切ることが多く、疲労の度合いがひどい。おかげで、水面歩行の業は一日の最後にやること、そしてお風呂に入った後はすぐに寝るといった習慣が彼についてしまった。

 勿論、進歩がないわけではない。少しずつだが彼のチャクラ量は増えてきており、浮かんでいられる時間はわずかだが確実に増えてきている。

 

 ―――つまり、あれかチャクラ不足なのか。チャクラが増えればしっかりと出来るようになりそうだな。

 

 そして、このことを実感したユキトは毎日きちんと業を続けることが大事であると改めて思うようになった。

 

 

 ユキトが三歳になったことで、一人で外で遊ぶ事も多くなってきた。両親も傘屋を営んでおり、ずっと息子に付きっきりというわけにもいかないのだ。

 そんな中で彼は壁登りの修行をしっかりマスターしたことで、外の木々の中を走り回る事が多くなった。正確にいうならば木々の間を跳んで駆けるといったほうが正しいかもしれない。業による訓練の結果をみることと、復習がてらに外の森で彼は駆け巡っていた。

 そして、その訓練の合間に鳥や兎などの小動物を捕らえていた。両親の傘屋とて常に上手く営んでいるわけではない。少しでも手助けをしようと考えた結果、このような形に落ち着いたのだ。

 最初こそは前世の価値観などから抵抗があった。しかし、今までスーパーで買ってた物を自分で捕っているだけだと、生きる為には当たり前のことだと、そのように自分に言い聞かした。

 何より、一番初めに獲物を捕らえて帰った時に、夕飯のおかずが一品増えたことが幼い彼にとっては大事なことだった。それからは毎日、山や森で山菜を採ったり、小動物を狩る事が日課になった。

 そんな毎日を送っていた為か、動物たちに気配を感づかれないように気配を消す方法も自然と身についていた。

 ある日、ユキトは両親から小さい刀をプレゼントしてもらった。両親からしても、食事代が浮くため喜ばしいことだったのだろう。

 

 

 高く突き立つような針葉樹の森、空気は秋も終盤にかかったとばかりに少し肌寒い。黒い梢が続いており、枝々からこぼれる日差しの中、物音は森の上空をたまに飛んでいる鳥の羽ばたきぐらいである。音がしない間は時間さえ止まっているように錯覚する。

 そんな森林の中で、ユキトは今日も獲物を狩る為に木々の間を駆け巡っていた。駆け巡る間にも視線を色々なところへ向け獲物を探す。移動の際に大きな音を立ててしまうと、それだけで小動物は逃げてしまったり、巣に引きこもってしまう。

 

 ―――うん、完全に忍者っていうよりハンターの生活になってきている気がするな。

 

 そんな事をユキトは考えながら、物音をなるべく立てないように針葉樹の木々の間を駆け巡り、獲物を探す。

 そして、見つけた。彼の前方には、森の中を我が物顔でのしのし歩くイノシシの姿があった。体長は1.5メートル程だろうか、体重も200キロはありそうだ。この森の中では破格の獲物に間違いない。ユキト自身これほどの大物は今まで狩ったことはない。

 イノシシは森の中をあちこち歩きながら、たまに体を木に擦りつけている。たまに振り返って方向転換等をしているがどうやらこちらにはまだ気が付いた様子ではない。

 今日はやけに森の中が静かだと感じていたが、普段この森に居ないイノシシがいたからかとユキトは考え、そして次にどうやったらあのイノシシを狩れるかを考え始めた。

 イノシシは地面に足跡を残しながら歩く、その後ろを小さな狩人が針葉樹に足をつけ追っていた。

 

 しばらくすると、イノシシが足を止めた。再び体を木に擦り始めるようだ。

 これを好機と捕えたユキトは、木に吸着するように維持していた足のチャクラを一気に解放。まるで、肉食獣のようなスピードで跳ぶ。

 獲物を狩り始めた当初こそ、この行動は姿勢の制御や着地が上手くいかずに生傷が絶えなかった。しかし、何回も同じ事を行うことで、今では怪我をすることはなくなった。人間は慣れる動物なのだと彼は改めて実感していた。

 イノシシに急接近した彼は、両親に貰った小刀を上から差し込む。なるべく一撃で仕留めたかったが、今までの獲物より大きいイノシシは一撃で仕留められずに暴れ始める。

 彼はすぐさま小刀でイノシシの首を掻っ切った。上からの一撃に首を斬られたイノシシは流石に致命傷を負ったのか徐々に弱っていき、そして倒れた。

 ユキトは倒れたイノシシの血抜きを施したあと、担いで家まで運んでいく。

 

 家まで着いた後はあまりにも大きな獲物を捕ってきた為、ユキトの家族だけでは食べることが出来ず。隣の家にもおすそ分けをした。隣の家の住人は村から一緒に逃げてきた人で顔なじみで、おしゃべりなおばちゃんだった。おばちゃんからユキトはよく彼の両親のなれ初め話を聞かされている。人があまり来ない話題性の無かった村では非常に大きな出来事で村中が関心を持っていたらしい。

 

 

 森の中で狩りを行うようになって一年、ユキトは4歳になった。毎日修行を続けたおかげかチャクラ量は順調に増えてきており、水面歩行の業を行っても水に沈まなくなった。チャクラが増える事で底をつくことも少なくなり、業を行った後の疲労感もなくなってきた。

 水面歩行が出来るようになったので、町の近くの池で狩りを行うことも多くなった。夕飯のおかずには池の周りで捕れる獲物が並ぶ事が多くなった。

 ただ、町の周りに川や池が多く、海も近いので魚の値段はかなり安い。対して、水鳥などは市場などでも高く売れる。家計の足しにもなるうえに、お小遣い稼ぎには丁度いい獲物だった。

 

 

 そして、ユキトにとって転機が訪れる。

 

 

 鏡のように空を写し取っている池の近くの森。普段は鬱蒼としている森林ではあるが、この時間は池に反射された日光と上から降りそそぐ木漏れ日のおかげでやけに明るかった。

 そんな森の中でユキト気配を消し、獲物を狙う。本日の獲物は森と池の間で歩いている二羽の水鳥だ。出来ることなら二羽とも仕留めたい。

 池は広さも申しぶんない程の大きさで、ここから町の田んぼなどに水を引いている。町ではこの池を貯水池として使うことが多い。逆にその広さ故に身を隠す事が難しく、水の上を走って獲物を狙おうとすると、鳥などは近づく前に羽ばたいて空へ逃げてしまい、魚は池の中深くに身を潜めてしまう。その為、森に近い場所に居る二羽の獲物は絶好の獲物というわけだ。

 ユキトは周りに目を走らせる。森と池の間には二羽の鳥を除いて生物はいない。付近には二羽を脅かす獣や人間も見当たらない。

 小刀を握り、足にチャクラを込める。そして、いつものように跳ぶ。

 

 結果、ユキトは二羽とも仕留めホクホク顔で市場に向かう。家に持って帰るのは夕飯の分だけでよいので、一羽居れば十分。もう一羽を市場に売る為だ。

 

「おっちゃん、今日も買い取ってくれ」

 

 ユキトが肉屋の店主に声をかける。獲物を狩るようになってから肉屋の店主とは顔なじみだ。いつも獲物を買い取ってもらっている。また、肉屋の店主に獲物を渡す事で解体を行ってもらえるのでユキト自身楽なのだ。 

 

「ユキトじゃねえか。今日は何を捕ってきたんだ? おっマガモじゃねえか。二羽とも引き取っていいのか?」

 

 ユキトの姿と持っている獲物を見て、上機嫌になる肉屋の店主。マガモは美味としられている為、高値で売れるのだ。

 

「一羽はうちで食べるからダメ。もう一羽は売るよ」

 

「あいよ。一羽だけでも十分だ。ちゃんと、もう一羽も解体してやるから。そうだな、これぐらいでいいか?」

 

 そう言って指を折って、マガモの値段を示唆する。示されたマガモの値段を見てユキトは頷く。子供の小遣いと考えればそれなりの値であり、肉屋の店主にとっても売れば結構な利益が出る妥当というべき値段だった。

 

「いつも悪いな。じゃあちょっくら解体してくる」

 

 そういって店の奥に引っ込む。店主の代わりに奥からは店主の奥さんが出てきて代わりに店番を始める。

 

 しばらく経って、店主が解体した肉を持ってきてユキトに手渡す。もう一羽の値段のお金も引き取り、ユキトは肉屋から出る。

 家へ向かおうとするが、母親がそろそろ味噌が無くなるということを言っていたのを思い出し、一度おかず屋へ足を向ける。そこで味噌を買い、改めて市場から家へ向かう。

 

 そこで背後から声がかかる。

 

 

「坊主。最近の若い奴らにしたら、狩りの時の動きはなかなか良かったじゃねぇか」

 

 なっ!?

 

 急に声をかけられ、ユキトは心の中で叫び声をあげる。急いで後ろを振り向く。そこにはユキトを興味深そうに見ている20から30代ぐらいの男が一人立っていた。

 ユキトは彼に後ろが声をかけられたこともそうだが、なにより男の気配が無かったことに驚きを隠せなかった。

 そして男が言った言葉を理解し、もう一度驚愕する。

 彼自身狩りを行うときは細心の注意を払っている。仕留める際にも一度あたりを見渡している。その際に気づかなかった事にも驚きだが、何よりずっと見られていた上に後を付けられていたのだから警戒心が持ち上がってくる。さらにユキトが町に住み始めてから、このような男は見た事がない。彼は警戒を強める。

 彼が警戒する様子を見て、男は言葉を話す。

 

「いやいや、なに。偶然坊主の狩りしているところを見かけてな。忍かと思ったがそうでもないみたいだな」

 

 男の言葉から察するに、やはりずっと見られていたらしい。

 狩りの瞬間を見られたこと自体にはやましいことは無いはずだ、と心の中で呟き男を改めて見やる。

 目の前の男は気配の消し方が野生の動物と比べても上手すぎる。目を離せば誰もいないように感じられるかもしれない。そして男のたたずまいにユキトは忍者なのかもしれないと見当づける。何で彼に話しかけてきたのか、彼自身考えつかなかった。その為、話しかけ何かしらの情報を得れればいいとした。

 

 

「えっと、誰ですか?」

 

「ん、気にするな。他国の忍かと思って少し観察させてもらっただけだ」

 

 どうやら、ユキトは男にスパイ疑惑を掛けられていたようだ。彼は心の中で盛大に突っ込みをいれた。それならばもう用は無いだろうし、帰らせてくれるだろうかと、考えたところで男がそれを察して苦笑をしつつ声をかける。

 

「あぁ、別にもう用はない。ただ、話しかけてみて様子を見たかっただけだからな」

 

「はぁ。……そうですか、では失礼します」

 

 男の言葉にユキトは気の抜けた返事をする。

 せっかく男が帰ってもいいと言ったのだ、スパイ疑惑も張れたので帰る事にした。

 帰るために家がある方向に向いたところで気づく。背後の男は先ほどまでの気配がない状態ではなく、ユキトを見ている視線を感じる。

 彼は怖かったのでさっさと家に帰る事にした。

 

 視線を感じなくなった所まで来ると、先ほどの男に忍者になる為にはどうすればいいか聞けば良かったと後悔もした。しかし、あれ以上関わると碌でもないことになりそうな予感もした為、その考えを吹っ切った。

 

 

 

 色々考えているうちに家の前に着いた。引き戸を開けて家に入る。

 

「ただい……」

 

「ほう、ここが坊主の家か」

 

 心臓が止まる程の驚愕とはこの事だろうか。背後には先ほどの男が気配を消して立っていた。何故ついてきたのかと疑問がユキトの口から勝手に漏れ出た。

 

「えぇっと……、何で付いてくるんですか?」

 

 

「あら、お客さんかしら?」

 

 ユキトが帰って来たことと、彼が誰かと話している事に気づきいた母親が奥から出てくる。

 

「ふむ、こちらも忍じゃないようだな」

 

 どうやらスパイ疑惑晴れていなかったらしい。彼は本日二度目の心の中のツッコミを行った後で納得する。ユキトがどう見ても彼の母親は忍者ではなく一般人である。むしろ他の人よりドジな人だと思うほどだ。

 

「ユキト、知り合い?」

 

 今の会話がよくわからなかったらしい。ニコニコして彼の母親は彼に質問をする。彼が答えようとすると、男が先に答えた。

 

「いえいえ、奥さん。ちょっと狩りの時の動きが素晴らしくてお話をさせていただいただけですよ」

 

「あらあら、そうなの。ユキトは運動神経いいものねぇ」

 

 彼の母親がニコニコと対応する。ユキトはそろっと家の中に入ろうとするが、そこに爆弾ともいえる発言が落とされる。

 

「良ければ奥さん、この坊主を……いえ、ユキト君を忍者アカデミーに入れさせてもらえませんか? 彼はなかなか素質があるように私には見えた」

 

 男の言葉はユキトが先ほど後悔した話でもあり、興味が引かれる内容であった。だが、彼の母親の顔色は一気に変わり青ざめた。

 

「困ります! 忍者になるなんてそんな危ない……」

 

 母親の言葉にユキトは納得する。忍者には常に戦いが付きまとう。親としては子供が危険なところにいくことは見逃せないだろう。

 だけど、とユキトは考える。実際、三年前のように忍者同士の戦いに巻き込まれる危険性もこの世界では十二分にあるのだと。弱肉強食の世界であるこの世界で生き残る為には忍者になるのも一つの手である。

 

「明日、また伺います。その時にでも返事をいただければと思いますので」

 

 それだけ言うと、男は一瞬にして去って行った。未だ忍者でさえない今のユキトの目では追う事も出来なかった。それを見てやっぱり忍者っていうだけあると、彼は関心さえした。

 

「ユキト、とりあえずお父さんと相談しましょう」

 

「はい」

 

 母親の心情として考えれば、当たり前といったとこだろう。

 しかし、彼は今日の出来事はチャンスだと考えていた。

 

 ―――医療忍者になることが俺の目標だ……。忍者になるために、忍者アカデミーという所に入るのは間違いなく近道になる。原作では主人公達が何歳ぐらいで入っていたのかはわからないし。本来、何歳ぐらいで入るかもわからない。それでも早ければ早いだけ忍者になるのも早くなるに違いない。

 

 善は急げ。思い立ったが吉日。兵は拙速を尊ぶ。色々なことわざがある。もちろん時と場合に寄る事が多いものの命が掛かっているのだ早いに越したことはないだろう、とユキトは決心する。

 

 ユキトは決心する今日一日かけて両親を説得すると。この時、彼は自身の身体能力を押していけばなんとかなるかな、と安易に考えていた。

 

 

 

「ということで、俺は忍者になりたい」

 

 夜、食事を終えた後ユキトは父親に今日の経緯と説明をして、説得する。やはり彼が忍者になることを母親は反対のようだ、しかし父親が頷けばしぶしぶながらも納得してくれるだろう。

 ユキトは心の中でごめんなさい、と母親に謝る。せっかく大切に育ててもらいながら、命を粗末にしようとしているダメな息子でごめんなさいと。

 

「……ユキト。気持ちは分かった。確かにいくら第二次忍界大戦が終わったとして、今は再び戦乱に向かってる。もしかしたら、このまま第三次忍界大戦に突入するかもしれん。世の中はまだまだ不安定だろう。生き抜くには力が必要だというのもわかる」

 

 父親の言葉はどちらかといえば、彼の考えに理解を示してくれる言葉だった。

 

 しかし親父は閉じていた目を開いて、話を続ける。

 

「生き抜く力をつけるため忍者になる、それはわかった。しかし、普通に生きるより忍者で生きることは辛いぞ。それはわかっているのか?」

 

「はい、それは十分に承知の上です」

 

 父親が睨むようにユキトの目を見つめてくる。ユキトも負けないとばかりに見つめ返す。それぐらいの気持ちであり、生半可な気持ちでないことを視線に込めた。

 

「もちろん人を殺すこともあるだろう」

 

 父親はなお目線を外さずに続ける。

 それも承知の上だ。生き抜くためにこの道をいくのだ。

 

「殺した人の家族からは一生恨まれる覚悟もあるんだな。もちろん、お前が殺されれば俺は殺した奴を恨む。もしかしたら、復讐に駆られるかもしれない」

 

 ……そうだ、どのような人にも家族はいる。それも背負う覚悟が必要か。前世でも考えたことのない考えにユキトはさらに覚悟を背負うことを決意する。

 

「……それでも、忍になりたいか?」

 

 これが最後とばかりに父親が射抜くような目でユキトの目を見てくる。嘘やごまかしは許さない。そんな目だ。普段の優しい父親からここまでの眼光で睨まれることは今までなかった。ユキトはその視線にたじろぎそうになる。

 

 

 もしかしたら、とても安易な考えだったのかもしれない……。それでも、俺は……。

 

「……ああ、俺は忍者になりたい。そして生き抜いてみせる」

 

 沈黙が家の中を支配する。視線と視線が交わり、時間が止まったように錯覚する。

 

 父親は一回目を閉じ、少し考えた様子をとった。そして、目を開き言葉を紡いだ。

 

「わかった。お前の覚悟はよくわかった。お前の人生だ。お前の生きたいように進むべきだな。ただ俺に、いや俺たちに誰かを恨ませてくれるな。そしてちゃんと生き抜け。それに、辛くなったらいつでも辞めていいからな。簡単に辞めれるものなのかは知らないが、その時は俺が、親である俺たちが全力でお前を守る」

 

 優しい顔で父親が告げる。母親は今にも泣きそうな表情でユキトを抱きしめる。彼もぎゅっと母親を抱きしめ返す。

 前世である青年の時には、ここまでの愛情を彼は受けたことはなかったかもしれない。改めて気づかされる、この無償の愛情がとても尊いことだったに。今から生きていく人生の中でこの4年間は短い出来事かもしれない。それでも、彼にとってこの生活は何事にも代えれない4年間になるに違いない。

 

「大丈夫、必ず生き残るために力をつけてみせる」

 

 優しい両親の愛情に応えるようにユキトは言葉にしてそう誓った。

 この瞬間、彼は青年という前世に生きた人間から今世で生きるユキトという人物に成った。

 

 

 次の日。

 

「昨日の返事を聞きに来た」

 

 昨日の忍者が朝一番に家にやってきた。男の言葉にユキトは昨日の決意も込めて返事をする。

 

「はい、忍者アカデミーに入ろうと思います。よろしくお願いします」

 

 そして、ユキトはその忍者とともに霧隠れの里へ向かうことになった。今住んでいる町からそんなに距離があるわけではない。少し遠いがお隣って感じなので、暇があれば実家に帰ってこよう、と道中はそんなことを考えながら忍者の里へ向かう。

 

 

 ユキトはまだ知らなかった。原作の知識もあやふやなこともあった。彼が今から行く忍者の里について両親が多くを語らなかったこともあった。

 

 今からユキトが住むことになる忍者の里、霧隠れの里がどんなところかを。

 

 後から考えると両親があんなに反対したのもわかった。

 

 

 

 霧隠れの里、別名『血霧の里』と呼ばれている。

 

 


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