おいでなさいませ、血霧の里へ!   作:真昼

1 / 10
プロローグ
プロローグ 第一話


 第一次忍界大戦。今ではそう呼ばれる大戦はこの大陸が始まって以来の未曾有の戦いだった。それ以前も争い自体は長く続いていた。しかし、大戦と呼ばれる程のものは歴史には残っていない。

 

 この大戦とまで呼ばれる戦争のきっかけは単純な事だった。

 

 大陸中の国々が利権や利益、領土拡大の為に、戦いの絶えない戦国時代。そんな時代の大陸の中、国々は一族単位の武装集団を雇い、雇われ返し争い続けていた。しかし、そんな争いの中で最強と恐れられた二つの武装集団があった。そして、その二つの武装集団は手を組み、とある連合組織を誕生させた。更に、この連合組織が領土の平定を望んでいた、とある国と協定を結ぶ。

 今までは国が武装集団を金で雇っていたのとは違い、一つの国にずっと協定を結ぶ非常に強力な集団の誕生だ。

 このシステムをあらゆる国が模倣し追随し、大陸中で一国一里のシステムが構築されていった。逆に、この一国一里が出来なかった一族や国は早くにしろ遅くにしろ亡びの道を進んでいった。

 

 一国一里が大陸中で構築された後、最初に一国一里を作ったある国と他の4ヶ国が強力な大国として大陸に君臨する事となった。

 そして、その五つの大国を中心として、大陸中を巻き込む大きな戦、つまり大戦が始まったというわけだ。

 大陸史上初めての大戦は各地に大きな傷跡を残し。各国はやっとの思いで休戦条約を締結することが出来た。

 

 

 

 

 そしてそれから約20年。

 各国は公平なる利権拡大を理由に領土拡大を行い始める。最初は小規模な領土拡大であった。しかし、いつしか戦火は大陸中に広がっていき、ついに大戦と呼ばれるまでに至った。第二次忍界大戦の勃発である。

 

 

「実際、寒い時代だよな」

 

 と、男が話を始めた。

 何処か薄暗い、静かな森。そして、何かしらの強力な力によって根本から抉られたような谷。森と森に挟まれた形で谷はあった。谷に近い場所だけは薄暗い森の中であっても、横から明かりが差し込み、森の中で身を隠している男の姿をうっすらと照らしていた。

 

「……たった20年だ。たった20年で大戦が再び起こりやがった。どこの国も里も、一族もこの戦でピリピリしてやがる。殺された仲間の復讐を誓う奴も大勢いる。実際、本当にそこまで憎いのかと聞けば、そうじゃないと答えるだろうよ。そうやって目先の目標を見つけでもしないと、この戦いの先が見えなくて不安なんだろう。里の長老たちも顔を顰めていたしな。それでも、戦いを命じるしかない。きっと後世の歴史家は語るだろうよ。今までの大陸の中で、この50年はもっとも悲痛な時代であった、とな」

 

 男は皮肉るような笑みを浮かべる。

 

 森の中に潜んでいるのは彼だけではない。彼の周りには、彼と同じような服装をしている男たちが身を寄せ合いながら隠れていた。口を開くものはおらず、息を潜めながらも彼の……周りに隠れている男たちの隊長の言葉に聞き入っている。

 

「まぁでも、流石に血を流し過ぎたんだろうな。今じゃ第二次忍界大戦と呼ばれているが、この戦いも始めって10年以上。戦争としては十分長く続いた。休戦を求める声も各地で出始めている。各国が休戦に向けて動き始めているという噂も聞いた。最初は信じられなかったが、噂が出始めてから、時間が経ち始めているのに噂は消えていない。各国が動き始めているのは本当の事かもしれん。もしかしたら、この任務が終ったぐらいの時期で休戦条約を各国が結ぶかもな」

 

 そこまで言うと、男は再び皮肉るような表情で笑った。男としてはここまで犠牲者を出して、やっと休戦に動きが出始めたという事に笑うしかないといった表情だった。彼が心の中に隠していた本心を周りの部下のほとんどは理解していた。

 

「……戦いが終わるというのは本当の事なのでしょうか?」

 

 彼に質問を投げかけたのは、この部隊の中では一番若い20前後の青年だった。

 彼は若いながらも戦いに身を投げれるだけの技術、技量がそして何より才能がある。しかし、歴戦の猛者に数えられるような、この部隊の中ではどうしても若い印象が目についてしまう。

 

 

「さぁな、休戦に向けて各国が動きだしているという事は事実かもしれん。しかし、欲に呑まれる国もあるだろうし、負けたまま戦争が終わるのは我慢ならない国もあるだろうよ。国ってのは難儀なものでな。損をしちゃまずいわけだ。ここまで長く続いて被害を出した大戦だ、利益を取るのも一苦労だろうな。どちらにせよ、大戦なんてろくなもんじゃないって理解してくれたら一番手っ取り速いんだがな」

 

 隊長の言い様に、部下たちは苦笑で返す。その苦笑には国は再び目先の利益の為に戦を起こすだろうという予感も含まれてあったのかもしれない。

 

「隊長、奴さん来ましたぜ」

 

 隊長の話が一息ついた所で部下の一人が報告をする。

 その言葉に、身を隠していた男たちは緊張に包まれる。先ほど話を聞いていた時と違い、顔を引き締めいつでも戦闘が出来る体勢に構える。

 

 緊張に包まれている中で、先ほど質問をした青年も今から起こる戦闘に身構えた。今回の任務は危険度は最大、帰れる保障も無い任務だったのだ。青年もそれを理解し任務を引き受けた、故郷の為、そして一族の為と……。

 

「…………!」

 

 誰かが叫ぶ。

 

 しかし、その叫び声は何を言っていたか聞き取る事が出来なかった。男たちが身を隠していた場所に、非常に強力な何かが炸裂した為だ。男たちは吹き飛びながらも間一髪の所で、その炸裂の衝撃から身を守った。

 青年を除き男たちはこの大戦でも大きな戦果を叩きだしたり、活躍するような集団である。単純な話、一人で戦っても素人の集団ならば100人単位でも適う相手ではない。

 百戦錬磨といっても過言ではない男たちが、身を守ったとはいえ為す術もなく吹き飛ばされたのだ。避けることはおろか、攻撃に反応するのがやっとであった。

 それでも、吹き飛ばされた後は直ちに体勢を整え、地面に着地して攻撃を仕掛けてきた人物に眼をやる。

 

 彼らの表情は重い、今の一撃で彼我の戦力差が大体わかってしまったのだ。

 

 そして、彼らの前に現れたのはたったの一人。現れた男は彼らの部隊が所属している里と敵対している、一つの里のトップに君臨する者だった。

 

 その男を前にして、彼らは覚悟を決めた。目の前の男は見た目は子供のようであった。しかし、中身は一つの里のトップに相応しい実力を持っている。青年は男の動きを見逃さないとばかりに凝視する。

 部隊の何人かが襲い掛かる。複数人で襲い掛かっても、まだ男の顔には余裕がある。

 

「面倒だ……」

 

 まるで飽きたかのように男が部隊の男たちに告げた。

 そして、男の背後に尻尾のような何かが生える。尻尾の様な何かは鱗のようなもので覆われている。だが見た目の変化より恐ろしい変化があった。男から発せられる圧力が今までの比では無くなった。

 そして、男は手を軽く振った。それだけで部隊の半数が為す術もなく吹き飛んだ。

 

 本当に、子供の癇癪のような単純な行為。だがそれだけで、いとも容易く青年の居た部隊は破壊の波に呑みこまれる。その破壊の波は根こそぎ森を、地形を変える。

 悲鳴をあげるまもなく、潰されていく部隊の仲間たち。再びの一撃で、生き残ったのは元々後ろの方にいた青年と隊長の二人のみ。

 歯を食いしばるような表情を見せる隊長、青年の顔も悲壮な覚悟に変化しはじめる。

 

 そして、再び破壊の衝撃が押し寄せ始めた。

 

 隊長だった男は抵抗するものの、呆気なく衝撃の波に呑まれた。そして青年の目前にも迫っていた。青年は咄嗟に回避しようとする。そしてその行為をあざ笑うかのように衝撃は青年を襲う。

 

「……化け物め」

 

 青年は力なく呟き、衝撃に吹き飛ばされる形で青年は谷へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 彼が目を覚ますと、彼の体は思うように動かなかった。意識はしっかりしているのに体だけ動きが鈍い。このような状況を彼は知っていた。そう、夢の中に居る時の状況とよく似ているのだ。

 

 ―――ここはどこだ。……夢か?

 

 彼が働かない頭をどうにか動かそうとする。どうやら彼は寝かされている状態のようだが、やはり動きが取れない為に他の体位になる事が出来ない。唯一目だけは自由に動くようなので、彼は今の状況を把握しとうとする。

 まだぼんやりする頭で色々と考える。しかし何も思いつかない。そして目を動かして彼が見たのは白い毛布のようなものに包まれた自分の体だった。彼は一度目線を上に戻す。改めて上を見上げると、そこは木目がついた天井があった。そこから続いている壁も木で出来ている。彼は何処かの室内に寝かされているようだ。室内はある程度の広さがあり、光も照らされている。まるで何処か一般家庭の家のようだ。

 

 彼は体のどの部分がどう動くかを徐々にだが確認を行っていく。手足は白い毛布に包まれていて動けないが、首に関しては何とか動きそうだと彼は確認した。そして、彼がなんとか首をひねり周りを見渡すと、まるで巨人のような人が見えた。その時点で彼はこう結論付けた。

 

 ―――うん……夢だ夢に決まってる。寝よう。

 

 

 彼は再び目を覚ました。しかし、彼の心は昨日の変な夢を見た事に占拠されていた。変な金縛りや巨人のような人、見も知らぬ場所で寝かされていたこと。どれも彼が見る夢としては初めてのものばかりだった。そして、どうしてあんな夢を見たのかと、考えている最中に彼はようやく気付いた。

 

 目を覚ましたはずなのに、上に見える天井が昨日の夢とそっくりだということに。 

 ―――昨日のあれは夢のはずだろ……?

 

 混乱し始めることで、朝の寝ぼけた彼の脳内が慌ただしく動き始めた。やっと動き始めた正常な脳みそは彼に自身の記憶が所々飛んでいることに気づかせた。その事に気づいて、勿論彼は慌てた。しかし、昨日の夢と同様に体は金縛りを受けているように動かない。正確には動き辛い。混乱するだけ混乱した為、逆に冷静になってきた彼はひとまず記憶の整理を始めようと考えた。

 

  何かを何処かで、等と曖昧な事は覚えている。しかし、詳細な内容を思い出そうとすると、どうしても靄がかかったように思い出せない。彼は直近の記憶から一つずつ整理を始める。

 最近、やっとの思いで長く続いた受験という名の戦争が終わり、彼にとって終戦条約つまり大学合格、入学を果たした。長く辛かった受験戦争の分まで羽を伸ばそうと輝けるキャンパスライフに身を投入したのだ。色々なサークルからの勧誘を受け、新入生歓迎会にも行った。大学をなんとか現役で乗り切った為まだ未成年。しかし、新入生歓迎会では費用がタダということでハメを外して、お酒をどんどんかっ込んでいった。そして記憶はそこで途切れる。

 

 ―――つまり……飲み過ぎで意識を飛ばしたのか。ここは介抱をしてくれた人の家なのかな。

 

 そんな事を考えつつ、とあることを思い出そうとして彼は驚愕なことに目を見開いた。彼は自分の名前が思い出せなかったのだ。それだけでなく、他に友人の名前や個人が特定できそうなものは全てと言っても良かった。覚えているているのはあくまで出来事だけ。

 彼が一生懸命思い出そうとしても、彼がいくら頑張ってもこれ以上は思い出す事が出来なかった。

 

 彼の記憶は今は記録といってもいいかもしれない。もしかしたら、まだ酔いが覚めていないのかもしれない。彼はまだ楽観的に考えていた。彼自身ここまでお酒を飲んだことは初めてなのだ。これからはお酒の飲み過ぎには注意しようと心に決めて、再び注意深く周りを見渡す。すると、夢に出てきた巨人のような人が一人、二人……。

 

 

 

 ―――まだ、夢なのか!?

 

 

 

 

 

    ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―――こっちの世界に来てから、もう15年か……。早いもんだな。

 

 彼は感傷的になりがら、彼が彼になって一番最初の出来事を思い出していた。そして当時の事を思い出しながら、感慨深げに溜息を吐いた。

 彼が彼になって15年。新しい出来事や思い出にどんどん上塗りされていくように昔の出来事は忘れていく。今になっては高校の思い出もごくわずかだ。代わりに上塗りされていく彼の新しい人生での記憶が溢れるようになってきている。

 

 ―――最初はまだ、夢や幻だと思っていたもんな。むしろ途中までは、か。……いや、信じたかったのか。現実と認めたくなくて信じ込んでいたんだな、きっと。

 

 彼がもし、その話を誰かにしたところで誰も信じてくれなかっただろう。一度死んでから赤ん坊に生まれ変わったなどと。何処かのお伽噺や活劇、物語の中の話だと思われるだけだっただろう。

 彼だってそう思っていた。身をもって体験するまでは。

 

 前世での記憶は一部を除いてほとんど意味が無かった。おかげで、前世の経験も役に立つということ自体稀であった。何度も嫌な出来事や死線を潜り抜けてきた。

 その中でも生まれ変わった直後は彼にとって、ある意味思い出したくない黒歴史になっている。

 

 ―――何が嬉しくて、精神年齢20歳近くの若者が母親の授乳体験をしなければならんのだ。……誰か記憶を限定して封印や消去できる封印術でも持ってきてくれ。

 

 生まれ変わった直後は彼自身の精神年齢と彼の肉体年齢のギャップに一番悩んでいた時期なのは間違いない。一度名前さえ忘れてしまった彼は、記憶のありがたみというものを身に染みて感じている。そんな彼でさえ、黒歴史として記憶から消去したいと願っているのだ。どれくらい辛いものなのか想像に難くない。

 

 彼は彼が彼になってからの記憶を順繰りに思い出していった。

 

 ―――それからも大変だったよな。前世と違って殺伐とした世界だし、時代も時代だったしな。激動といっても間違いじゃないな。懐かしき青春の日々よって感じか。

 

 気づいたら苦笑がこぼれる。今になってから改めて思い返してみると、彼自身非常にきつい人生を送ってきたと思う。辛い事や苦い経験など一度ではなかった。両手の指で数える事が出来ないぐらいの回数だ。前世も受験戦争は苦しい苦しいと感じていたが、現世ではその比ではない。かなり殺伐とした人生を送っていると、深々と感じていた。

 

 ―――生きる、この事がここまで大変だったとは最初は思いもしなかったな。前世がいかに幸せだったか今になってわかる気がする。

 

 彼もせっかくの二度目の人生と、割り切って生き残る事を第一としてきた為。遊び等とは無縁の子供時代になってしまった。その事を彼は少し後悔もしていた。ある事件をきっかけに彼も人生を楽しもうと生き方を変え始めたが、今になって子供時代の遊びの思い出が少ないというのも寂しいものだと感じる。

 

「どちらにせよ、今更だな」

 彼は誰にも聞かれないような小さな声で呟く。

 楽しかった事も苦い経験も辛かった事も彼にしたらどれも等しく大切な想い出だ。記憶を一度失ってからというもの、起きる出来事をなるべく覚えていようと彼は常に心がけていた。その想い出の一つ一つが彼を形成していると言っても過言ではないからだ。その後も彼は順繰りに今まで起きた出来事をゆっくりと回想し始めた。

 

 

 

 

「……キトさん! ユキトさん!」

 

 現世での彼の名前を呼ぶ声がする。何処か少し飛んでいた意識を現実へと戻し、そちらに顔を向ける。そこには黒髪の非常に綺麗で整った顔した子供がいた。

 

「どうしたんですか? 突然ボーッとして」

 

 黒髪の子が再び問いかけてくる。その口調はどこか彼を心配してくれているのがわかる。

 彼自身はそんなに長い間呆けてたかな、といった思いだ。しかし、実際に声を掛けられている事からそれなりに長い時間想い出にふけっていたのかもしれない、と考え直して彼は黒髪の子に質問をすることにした。呆けていたのは彼自身だが、今の彼の状況にとって時間というのものは非常に大事なものだったからだ。

 

 

 

「どれぐらい呆けていた?」

 

「だいたい、5分ほどですユキトさん」

 

「……そんなにか」

 

 彼が思っていた以上に、意外と時間が経ってたらしい。

 

「本当に珍しいですね。いったいどうしたんですか?」

 

「いや、少し現実逃避を……な」

 

 彼は正直にぶっちゃけた。

 その言葉を聞いた黒髪の子もぶっちゃけちゃいましたね、といった表情だ。

 

「えっと、気持ちはわかりますが。……後にしませんか? ユキトさん」

 

「だよなぁ。……どうしようか、これから?」

 

「僕はずっとユキトさんについていきますよ」

 

「……ありがとう。だけど実際どうしたもんかな。戻ったら殺されるかね?」

 

「たぶん間違いないでしょう。いくら、ユキトさんでもこればかりは……」

 

 現在、彼と黒髪の子は今まで住んできた故郷とも言われる場所から逃亡中の身だ。追手がきているかも不明だが、彼自身は追手が来るだろうと睨んでいた。つまり、故郷からの追手に追われている為に逃亡中といった方が正しいだろう。

 

 

 彼はとある組織に属していた。彼の僅かにあった前世の知識から考えて生き残る術を学ぶには一番適していると思ったからだ。

 

 ―――後から思えば、この時点で選択ミスをしていたのかもしれないな。

 

 彼は心の中で独白する。

 彼が所属していたとある組織の頭が少し穏便じゃない代替わりを果たした。先代の頭はかなり血生臭い人だったため、先代の部下にも血生臭い部隊がいた。しかし、代替わりした現頭は先代と比べて血生臭くない。つまり、血生臭い人たちは今まで通りの活動ができなくなってしまったわけだ。

 血生臭い人たちのうち、一人は現頭の側近見習いに。一人は祖国の大名を殺し、国家破壊工作などの重罪を犯したうえで、故郷を捨てた。そして、彼にとって先輩に当たる人物は……組織に対してクーデターという大変な事を起こした。つまり、現頭の暗殺を行おうとしたのだ。しかし、結局その血生臭い部隊の一人が企んだクーデターは失敗し、その人も故郷から逃げた。

 

 ―――恨んでる……というわけでもないが、先輩も何であんなことをしたんだろうな。

 

 彼の疑問に答えてくれる人物はここにはいない。もし、再び会えることがあったら聞いてもいいかもしれない、と考える。

 

 そして彼の先輩が起こした出来事で彼にとっては問題が発生した。彼はその血生臭い部隊に少しだけ関わっていたのだ。彼自身としてはあまり血生臭いことは好きではなかったが、上からの命令には従わないといけない、なので仕方が無く行っていた。その為、頭が代わる事は彼にとって万々歳という形ではあったのだが……。

 元日本人の性質故か、彼はそのまま現頭の下につくのだろうと安易に考え、その後も特に何も行動を起こさなかった。彼にとって別に上司が代わっても言い渡された仕事をしっかりこなせば良いと考えていたし、本来ならそれで問題は起きない筈だった。

 

 彼にとって誤算だったのは、国家破壊工作を行った人やクーデターを起こした人のおかげで彼自身も危険視されていた事だ。彼もその可能性も考えなかったわけではなかった。ただ、彼自身が現頭や参謀役の人とは仲は友好だった為に安心していたのだ。

 しかし、想定外の事は起きるもので、裏で色々と不正を働いていた組織の幹部が彼に悪事をばらされるのを恐れて、独断で暗殺しにきたのだ。だからといって彼も簡単に暗殺されるわけにはいかない、暗殺に対して彼はしっかりと返り討ちにした。しかし、頭が穏便でない代替わりを果たし、組織としても色々と敏感になっている時期だ。元々危険視されてる所にそんな事件を起こしてしまったのだ。勿論、他の幹部の人達が異様に反応した。その結果、彼は目出度く反逆者扱いになってしまった。

 

 不正を働いていた幹部も自身が危ないと感じていた為、保身に走ったのだ。彼を反逆者にしたてあげた後に抹殺して、罪をなすりつけようと画策していた。

 ただ、不正を働ていた幹部に関しては彼が悪事ばらすも何も、そもそも現頭の人や参謀役の人にはマークされていた。その為、断罪も時間の問題だろうと彼は考えていた。

 

 幹部が断罪され、罪も晴れて故郷に凱旋……と心情的には彼もそうしたった。しかし、そうは問屋がおろさない。この世界では一度組織から抜けると一生追われ続ける。最悪、元の組織が懸賞金をかけて賞金首になって裏稼業の方々に狙われる。

 だから彼としても出来る限り抜けたくは無かった。彼一人だけならなんとかなったかもしれない。しかし、彼の相方である黒髪の子はまだ10歳。流石に修羅場の連続は厳しいと彼は判断した。そして、彼と黒髪の子は組織から逃亡し、故郷から逃げる身となったのだ。

 そして現在にいたる。

 

「さて……と」

 

 彼がそう呟いた瞬間、後方から苦無が飛んでくる。彼は背中にしょった包帯でぐるぐる巻きにされている大剣をぶん回すことで、苦無をはじく。

 すると、先ほど苦無を投げたであろう者たちが投げた苦無に劣らないスピードで、彼と黒髪の子の前に現れた。数は3人、男たちはあからさまに殺気を放っている。どう控えめに見ても二人を殺しに来た追手に間違いない。

 

 彼は全身の神経に意識を流し、全細胞に戦闘態勢を命じた。勿論、その間も彼は男たちから目線は外さない。そこで彼は気づく、男たちは組織の正規の人員じゃないことに。組織の正規の部隊ではない、つまり不正した幹部の部下だ。そこでさらに、彼は首をかしげる。もしかしたら組織の正規の人からはそこまで追われてないのかと。

 なんにせよ、このことは彼にとってありがたい出来事だ。抜けたからといって、古巣である組織にはやはり手を出しづらい。

 

 ―――だけど、お前たちみたいな、あの野郎の私兵なら別だ。憂さ晴らしにも丁度いいしな。

 

 彼は内心で笑った。

 問題は目の前の男たちがスリーマンセルで来たのか、それとも一人隠れていてフォーマンセルか。彼も気配を探って隠れているような人物は見つからない。見つかったら隠れてる意味がないので、そこら辺は徹底しているのだろう。

 

「よし、こいつらは俺がやる。もし他に隠れていたやつがいた場合フォローを頼む」

 

 彼は先ほどから殺気がもれ出してる相方に話しかける。

 

「わかりました」

 

 殺気を収め、サッと物凄い速さで後方に下がった。

 

「さてと、まぁこんな話をした後でなんだが。俺になんか用かい?」

 

 彼を殺しにきたのであろう3人に対して、彼は旧知の仲であるかのように気軽に話しかける。

 

「油樹ユキトで間違いないな?」 

 

 3人の中でリーダー格であろう奴が少し前に出て問いかける。それと同時に残りの二人は前かがみになり、いつでも彼に襲い掛かれる体勢になる。

 

「ん? 違うよ? 残念な事に人違いだな」

 

 リーダー格の男に対して、またも彼は軽く否定する。

 

「里抜けの罪で貴様を殺しに来た」

 

 彼の回答は見事にスルーされた。彼は内心で呟いた、スルーするなら聞くなよと。実際、彼は油樹ユキトであり、リーダー格の男は間違っていない。

 

「霧隠れの里、忍刀七人衆番外位、油樹ユキト……覚悟!!」

 

 リーダー格の男がそう宣言した瞬間に3人の暗殺者が一斉に襲ってくる。

 遅い。今まで色々な修羅場を経験したユキトは3人を見てそう判断を下した。

 

「忍が殺す相手にピーチクパーチク話していいのかね……、まったく」

 

 先ほどまで自分も気軽に話していたことを棚にあげ、ユキトは頭をがりがりとかきながら背中の大剣に手をかける。

 

 

 そして振るう。

 

 一瞬にして3人の背後に回ってだ。

 

 そして、そのままユキトは3人を斬りつける。反撃の隙もない。

 たった数瞬の出来事。その間に致命傷が一人、軽傷の者が二人という状況になっている。ユキトには勿論傷などない。

 

 最初と位置が逆になってから相手を見やる。

 流石にリーダー格は実力が少し高い。あくまで他の2人に比べてだが。

 

 そこで、ユキトは疑問をもつ。傷を負ったのにリアクションが無い為だ。男たちはユキトを追っていた筈だ。ならばこの刀の特性ぐらいは聞いていてもおかしくない筈なのに。

 

「お前らが追い忍として、俺の事調べなかったのか? この刀の特性知らなかったのか?」

 

 ユキトは疑問をそのまま投げつけた。

 

 2人は目を見開く……。

 

「まさか今ので……!?」

 

 リーダー格が愕然とした表情でこちらを見る。

 

 ―――あぁなるほど、つまり致命傷が3人ってことか。

 

「毒刀・海蛇、斬った瞬間に斬り口に致死毒を流し込む。事前に知らされてたけど、半信半疑だったか性能面に懐疑的だったかってとこか? 早く処置しないと……」

 

 

「死ぬぞ?」

 

 彼は言葉を一旦切り、その後で無情にも告げる。

 

「早く手当や毒抜きをしないと大変だぞ? ……する暇があれば、いいがな」

 

 言葉通り、ユキトも処置や治療をさせる気はない。

 ユキトは話終わると、相手を押し潰すような殺気と共にまた相手に向かって跳ぶ。リーダー格は苦無で防ごうとするが、斬りかかった筈のユキトがいきなり消える。

 

「なっ!? 分身の術!?」

 

 リーダー格は狼狽えたように当たりを見回す。

 

「分身の術、忍術の基礎だ。使いどころによっては非常に有効だぞ? 落ち着いてじっくり見ればわかっただろうに。焦りすぎだな」

 

 ユキトは先ほど位置が逆になった瞬間に分身の術を行い、本体は隠れていた。そして、隠れながらも次の術の準備を行っていた。

 

‐霧隠れの術‐

 

 追い忍2人の周りが一気に霧に包まれる。

 1m先も見えないような霧に包まれ、二人は戸惑っている。ユキトの気配にも気づいていないようだ。

 

 そして、一瞬だけ霧の中で刃物の鈍い輝きがきらめいた。

 

「ぐぁあ!?」

 

 鈍い輝きがきらめいた後、すぐに悲鳴があがる。先ほど、軽傷で済んだ男の一人だ。これで、残すはリーダー格ただ一人。

 

 

「2人目」

 

 ユキトはリーダー格にかろうじて聞こえるような声で呟く。

 

 無音殺人術(サイレントキリング)。これはクーデターを起こした先輩が得意だった戦法だ。

 ユキト自身さっきまで、その人のことを思い出していた。懐かしさと共に少しだけ癪に障ったので使うことにした。

 

 さて、とユキトは溜息をついた。

 

 相方と合流してさっさとこの場を去るかとユキトは考え始めた。どうせ彼は既に手遅れだからだ。毒に対して何も処置をしようとしない、さらに時間が経ち始めている。今から処置したところで当分は体が満足に動かないだろう。

 それにこうも霧に包まれていては、いつ敵が襲ってくるかわからない。こんな状態では処置をしたくても出来ない。処置を始めた瞬間に襲われたら、その時点で彼の命は終わることになる。

 

 ユキトは自らが作り出した霧を抜け、相方の黒髪の子が待っているであろう所に向かう。

 その途中で、結局3人だけだったなと脳裏にかすめたが、既に終わった事だと頭の中を切り替えた。

 

「白」

 

 ユキトは先ほど後ろへと下がった、相方である黒髪の子を呼ぶ。

 

「ユキトさんこちらです」

 

 霧を抜けた先にある森の中から、すっと白が現れる。

 

「さて、少し遊びすぎた。さっさと行くか」

 

「いいのですか? 一人まだ霧の中で頑張っていますけど」

 

「どうせ死ぬ。傷はつけた」

 

「なるほど。では行きましょう」

 

 チャクラを足にこめ、木から木へと森の中を飛ぶように走る。

 今まで故郷だった霧隠れの里呼ばれる場所から背を向けて走る。

 色々な想い出と辛い記憶が残る場所から、逃げるように走る。

 

 故郷とは水の国の霧隠れの里、所属していた組織とは霧隠れの里の忍。

 

 何の因果かユキトは今、漫画だったはずの世界。NARUTOの世界で生きている。




移転しました。

また、改稿しました。

これからも宜しくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。