コードギアス Encore   作:騒樫無音

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「この期に及んで大事に抱え込むものとしては、趣味が悪過ぎる。そんなものを後生大事に抱え込んで、一体何のつもりだ」

 

 カツン、と暗い世界に足音が一つ。

 時間は深夜。

 一度は叡智の光に灼かれ、再建された離宮。その最奥の寝室からさらに隠し階段を降りた地下。

 常設されているはずの警備になど何ら意味はないと言わんばかり、どころか、踏み込んだ女の存在が雄弁に語る。

 

「そんなもの、だなんて……。魔女には、分かりません。たったの一度も献花すらしたことがないくせに……」

 

「意味のない行為だ。私にそんな無駄な時間はない。結局、執着を収めるには10年でも短すぎたか? 情けないよ、義姉として」

 

「そう言うあなたは、随分と耄碌したようです。たった10年前のことも覚えておられないようですね」

 

 暗く、そしてただただ広い空間だった。

 部屋の中央には、床から天井までを繋ぐ巨大なパイプのような、あるいは上下端が裾野のように広がった柱のような、円柱状のモニュメント。

 離宮の主である女は、その円柱にもたれかかるようにして座っている。

 一方の侵入者。こちらの賊もまた女だが、主よりは年若く、尊大な口調にそぐわない少女。

 

「お兄様は生涯未婚でした。あらゆる名前、あらゆる経歴において」

 

「見識が浅いぞ。魔王の伴侶は魔女と相場が決まっているんだ。誰にも私とあいつの関係を否定することなどできんさ」

 

「世迷い言を……」

 

 賊の少女が、照らし出された円柱と主の女に近付いていく。

 主の女にも賊の少女にも、交わした言葉とは対象的な笑みが浮かんだ。

 

「なあ、お前、本当にナナリーか? 純粋で優しく可愛らしかった私の義妹はどこへ行ったんだ?」

 

「ええ、お久しぶりです、C.C.さん。でもね、あなたの言うナナリーなんて、もうあの日より前にいなくなっていたでしょう?」

 

 

 

 Encore

 

 

 

 ナナリー・ヴィ・ブリタニアが病の療養を理由に引退してから4年と4月。

 未だに、世界は概ね平和だ。

 ブリタニアや日本、あるいは他の国々や共同体でも、現在に至るまで大規模な国家間の戦争は起こっていない。かつて戦場を支配したナイトメア・フレームの多くが非殺傷武装に装いを変え、闇に潜み権力に抵抗を続けていたレジスタンス達は次第にその数を減らし、新しい社会へと溶け込んでいった。

 世界が彼にかけ、彼が世界にかけた呪い、あるいは願いは、世界を変えた。誰もが彼を憎み、恨み、その死を望み、そして英雄がそれを叶えた。

 

「ですが、もう時間の問題です。ギアスは、お兄様の願いは」

 

「当たり前だ。長続きするものか。あんなささやかな願いだけで、世界を維持できるものか」

 

 当然ながら、各国の軍がなくなったわけではない。小規模な戦闘行為、散発的なテロリズム、思想的な対立、抱え込んだ憎悪の発露、独立紛争。火種ならば探さずともいくらでもありふれている。

 火を熾したい者たちは大勢いる。対応にいくら腐心しようとも、湯水のごとく沸き立つその火口は尽きることがなかった。

 ブリタニアの代表となった主の女にとって、注力すべき案件がただ一つであったなら、あるいは延命は可能だったのか。反省を伴わない、願望と後悔だけの仮定の話に意味はない。少なくとも、兄はそのような愚か者ではなかった。なればこそ、彼女がその愚行を犯すことを、何より自身が許せなかった。

 

「結局、負けたのは私の身体の方でした。5年と8月。随分と長い間居座ることになってしまいましたが、せめて、治療はまじめに受けるべきだったのでしょうね。おかげで、今ではこの有様です。私一人だけ10年前に逆戻り」

 

「当たり前のことを、何を今更。お前がそんな無茶をしたことを知ってみろ。恥も外聞もないほどに取り乱して、挙句には泣きかねないぞ、あいつなら」

 

 だが、と賊の少女が付け加えた。

 

「無様に権力に縋り付いて後を濁す輩よりは、よほどマシな幕引きだよ。全世界から見舞いの品が舞い込んだそうじゃないか。人が今日の寝床にも困っていたときに、贅沢な話だ」

 

「ふふっ。でも、それももうあと少しで終わりです。わがままを通して、こんなところに引きこもっていられるのもそれが理由ですから。最期だけはどうしてもここで穏やかに、なんて」

 

「馬鹿だよ、お前は。まともな設備もない、看取る者もいない。こんな最期を迎える皇帝があるものか」

 

 違いますよ、と主の女は首を振る。

 現在のブリタニアにおいて、皇帝位はすでに存在しない。第99代皇帝――悪逆皇帝によって、正しくはその次代である第100代皇帝としての短い治世で、主の女は最愛の兄に報いることだと信じて歴史あるブリタニアの君主制は終わった。

 

「つまらない肩書の話をしているんじゃない。そんなところで、あいつに似る必要もないだろうと言っている。その上、棺桶に片足突っ込んだようなワガママ姫が、手元に残ってもいない力を無理やり引っ張りだして、何がしたかったんだ」

 

 そのことですか、と主の女は頷いた。

 まさか自分の見舞いに来てくれたわけではあるまいと思っていたが、存外につまらない問いかけだった。

 

「少しくらいは思い出してくれるかと考えたのです。この平和がどれだけの犠牲の上にできたのか、どれだけの思いを踏み潰して叶ったのか、どれだけ得難いものだったか。あまり、うまくはいきませんでしたが」

 

 悪逆皇帝の生涯、その蛮行。全世界に恐怖をばらまき、不幸と絶望を刻みつけたその悪行と、その死に様。彼の支配から世界を救った英雄の記念式典。

 屈辱と罪悪感を刻み、血反吐を吐く思いで行ってなお、失敗だった。

 形ばかりの参加、関心などあるはずもない賓客たち。表舞台を離れ、影響力をなくしていくばかりの元代表に、各国の反応は冷たい。民衆への一般公開ではそれなりの入場者数だったが、メディアの反応は弱く、世論への影響など望めまい。

 

「ですが、もうよいのです。私の仕事はここまで。後は託します。暗くなっていくだけの私の目には、もうこの世界は映らない。――私にはもう、これだけあれば」

 

 愛おしげに、主の女は円柱を撫でる。彼女が懐から取り出した取り出した仰々しい装置は、いつか天空の要塞で彼女が手にした罪の引き金を模して作らせたものだ。

 素敵な考えでしょう、と主の女は問いかけるでもなく、うっとりと口を開いた。

 

「お兄様さえいればいいのです。もう、私にはお兄様だけ。やっと帰って来られたんです、あの頃に。見てください、ずうっとお兄様はあの日のまま、綺麗なお兄様なんですよ」

 

 カチ、とボタンを押しこめば、円柱の色が褪せていく。黒から灰、白、その色さえ薄れていき、中身を曝け出した。

 学生服に身を包んだ痩身の美しい少年。在りし日の姿をそのままに閉じ込めたそれは氷の檻。

 悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 その亡骸が、あの日から何らの変化もなく、そこに在った。

 

「綺麗なお顔でしょう? 私を守り、私を育て、私に触れ、私に尽くし、私を愛してくれた、私の大事なお兄様。私にたくさんのものを与えてくださって、私の一番大切なものを奪っていってしまわれた、悪魔のような人。でも、もうずっと、ずっと私と一緒です」

 

 主の女の閉じたままの目からは、いつからか涙が流れていた。円柱を支えにして頼りなげに立ち上がる姿は、賊の少女の目にはあまりにも痛々しく映る。政務に打ち込んでいた数年前と比べてすっかり痩せてしまった手を、透明の円柱の中、少年の顔と同じ高さの辺りに懸命に這わせていく。

 

「原理は私も理解していませんが、特殊な薬剤でできた氷で、内部を満たしているんですよ。本当は直接触れたいのですが、残念ながらそういうわけにもいきませんから、こうしてそのままのお姿でいてくださるだけで我慢しています。お兄様はもうお年をとることも、優しく私を見つめてくださることもありませんが……」

 

 主の女の笑みは、賊の少女をして狂人のそれに思えた。

 彼女とて伊達に長く生きていない。長い長い時間をかけて、世界中を渡った。ブリタニアに関わったこの数十年では、様々な思惑と内面に触れ続けた。

 だから知っている。人は、その心は、強く気高い。

 失った命とすら繋がり合える、誰もが仮面を捨ててありのままでいられる昨日も。

 人々が求め続けた恒久的平和に守られ、約束された今日も。

 幸せを願い続け、その歩みを止めず、良くしていこうとする明日も。

 

「私もいずれここに入ります。そうして、私とお兄さまだけの世界が完成します。このアリエスの離宮が朽ちるその日まで、私たちはお互いの夢を見るんです」

 

「そんなものは人の最期じゃない。分からないのか、ナナリー。お前がやろうとしていることは、ただ尊厳を踏み躙るだけの行為だ。ルルーシュも、何よりお前自身も」

 

 そして、弱く、壊れやすく、道に惑う。

 主の女の心は歪んでいる。

 それは彼女の言うとおりあの日からなのか、あるいは病に侵され、再び闇に蝕まれ始めた頃からなのか。

 

「お兄様の尊厳なんて、どこにあるというのですか? 世界が知っているのは、悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、それだけです。お兄様が何のために戦ってきたかなんて、何を願って死んでいったかなんて、誰も知らないでしょう。口汚く罵られて、唾を吐きかけられて、絵画や写真は踏みつけられて、切り刻まれて、焼かれて、悪そのものの存在として歴史に残り続けるんですよ?」

 

「それがアイツの望みだ。虐殺皇女の名すら霞むほどの、悪意の終着点。ダモクレスというシステムでは取り込みきれない全ての憎しみを引き受けるための、絶対的な悪としての象徴。全てアイツが望んで、そうして自分で背負ったものだ」

 

 あの男の逡巡も、苦悩も、後悔も、あるいは恐怖も。

 共犯者だったから。何とも換えられない、大切な関係だったから。

 彼女は盾だった。彼を守るための存在。彼の騎士とは違う、彼女だけの立ち位置。

 だから知っている。

 

「私たちだけは、アイツのことを知っている。それでいいじゃないか。ナナリー、お前はあのとき見たんだろう? アイツのことを分かってやれたんだろう? ゼロが、ジェレミアが、咲世子が、ロイドが、セシルが、そしてお前と私が、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの真実を知っている。それだけでいいじゃないか」

 

「……勝手です。あんな後出しのズルをして、卑怯なんです、お兄様は。分かったときには全部手遅れなんて、そんな……そんなの……私は何も知らずに、お兄様にひどいことを言ってしまって……。何も分かってなかった……同じことを考えていたはずなのに、何も……」

 

「アイツはいつも強がってばかりだった。特にお前の前ではいつだって。アイツが、お前にすべてを語って聞かせるわけがないだろう? いいか、ナナリー。人の心の中なんて、誰にも分からない。分かっちゃいけないんだよ。そんなものが分かったって、幸せになんかなれないさ。誰が何を考えているか分からないくらいの不自由はあっていいんだ。知らなくていい。それは間違ってなんかいない。ましてや、罪なんかじゃない」

 

 だから、ナナリーがそんなふうに思う必要なんて全く無い。

 相手の心を知ることができて、それで幸せになれるものか。

 兄を止めたかったと思う彼女の気持ちを、賊の少女は痛いほど理解しているつもりだ。

 それでもと願う気持ちと後悔が残ることも、理解している。だが、そんなものを背負ってほしくないと思うのだ。共犯者であったからこそ、彼の決意を、願いを、どうか受け入れて欲しいと願っている。

 なのに。

 

「でも、あなた達は、私の知らないことを知っているじゃないですか……! 同じ時間を過ごして! ずっと見てきたんでしょう、お兄様を! お兄様の喜ぶ顔も、怒った顔も、哀しい顔も、楽しげな顔も、優しい顔も、照れた顔も、呆れた顔も、誇らしげな顔も、笑った顔も、全部全部、見てきたんでしょう!? 私は……、私は何も知らないんですよ……? 私がやっと見ることができたお兄様の顔は、本当のお兄様じゃなかった。それだけしか見てないんです。一方的にひどい言葉で詰って、笑い合うことも、他のどんな表情だって見ることもできずに、お互いの顔を見て、向い合ってきちんとお話することもできずに!」

 

 滂沱のごとく流れる涙を、拭おうともしない。

 気性の荒い女性ではない。他人に感情をそのままぶつけるような性格ではない。

 だから、今の彼女の姿は。

 

「ずるい……ずるい、ずるい、ずるい! C.C.さんはずるいです! スザクさんも! カレンさんも! 生徒会の人たちも! 他の人も、お兄様を悪く言う人達だって皆! 私が一番近くにいたのに! 一番一緒にいた私だけが知らないんです!」

 

 8年ぶりに写った世界は、幼い日に見たそれと同じように色付いていた。

 けれど、そこにはもうどこを探してもいないのだ。

 一番大事な人、一番感じたかった人、一番見たかった人。

 写真や動画の中でどんなに笑っていても、そんなものは固定された過去の情報にすぎないのだ。

 自分を見てくれない。自分を感じてくれない。

 

「教えてください、C.C.さん……。お兄様は、どんな風に笑うんですか? どんな顔で私に話しかけてくれていたんですか。どんな顔で車椅子を押してくれていたんですか。どんな顔で私を撫でてくれていたんですか。どんな顔で私の名前を呼んでくれていたんですか。どんな顔で――どんな顔で――どんな顔で――!!」

 

 2人で向かい合って目を見て話すことができていたら、兄はどんな顔を自分に向けてくれたのだろう。

 あの幸せだった箱庭の時間。学園で起こった他愛もないことを話すときはどんな風に、どんな身振りやどんな仕草で。

 想いのままに大声を吐き出して、荒れた呼吸を整え、答えを求めた問を投げかけた。

 

「――C.C.さん、お兄様は、私を許してくれるでしょうか。笑って、優しく名前を呼んでくれるでしょうか? 恥ずかしいお話なんですが、ずっと昔、優しく叱られたことはあるのですけど、本当に悪いことをして謝ったことなんてなくって」 

 

「ああ……、どうだろうな。あの坊やのことだからな」

 

 賊の少女は、肩をすくめて笑った。

 

「許す、許さないの話にもしてくれないと思うぞ」

 

 

 主の女に付いて、上階、彼女の寝室に上がる。

 弱まっていく視力と脚力に苦労している様子だが、主の女は賊の少女の手を借りようとは決してしなかった。とはいえ、視力が相当弱っているのは事実のようで、何をするにも危なっかしく見えるので後ろを歩く身としては気が気でない。

 賊の少女をベッドに腰掛けさせて、主の女は寝室を出て行った。

 たっぷり十数分後、ティーセットを用意したワゴンと共に主の女が寝室に戻ってくる。

 

「少し、大声を出しすぎました。お茶でもいかがですか。先日、良い茶葉をいただきましたので」

 

「悪いが、紅茶の良し悪しなど私には分からないぞ」

 

「知っていますよ。ピザとコーラばかりでしたものね」

 

 2人並んで、ベッドに腰掛ける。

 主の女1人で使うには大きすぎるサイズだが、賊の少女が知るかぎり、金が余り始めた人間というのは寝具にこだわり始める傾向があるので、多分に漏れずというところだろう。旅の疲れでも残っていれば即座に倒れこんでしまいそうな、いっそ凶器のような柔らかさに腰を沈め、2人はしばらく紅茶を楽しんだ。

 

「今夜は、泊まっていかれますよね? もう遅い時間ですし、泊まれる場所も近くにはありませんから」

 

「ああ、そうしてもらえるとありがたい。こう見えてひどく疲れているんだ」

 

「では、寝る前に汗を流してきたほうがいいですね。バスルームは」

 

「ああ、いいよ。場所なら知っている」

 

 主の女の知らぬところではあるが、賊の少女はかつてのアリエスの離宮に頻繁に出入りしていたことがあった。勝手知ったる他人の家、魔女は絢爛豪華な離宮も我が物顔で闊歩する。

 賊の少女は、空になったカップをソーサーと共にワゴン上に戻し、腰掛けたままの主の女の正面に回り、手を差し伸べた。

 

「あ、タオルと着替えならバスルームに備え付けのものが」

 

「違うよ。そうじゃなくてな」

 

 不思議そうな顔で小首を傾げる主の女。歳不相応な仕草に、賊の少女はかつての日々を思い出しながら告げる。

 そう、これは意趣返し。

 朴念仁な皇帝陛下。契約をきちんと果たさないからこんなことになるのだと、思い知らせてやらねばなるまい。

 

「いつの間にか、身内に甘いところが私にも伝染っていたらしい。確認するぞ、棺桶姫。この世、残りの人生に未練はないか? 人としての執着は?」

 

「もうっ……棺桶姫って何ですか? ふふっ」

 

「いいから。どうなんだ」

 

「ありません。ありませんよ、もう。覚悟を決めて、ここに閉じ籠もっているんですから」

 

 呆れ半分、笑い半分。

 厳粛な空気など欠片もない。だが、これでもいいと、賊の少女は思う。

 死にたがりはもういない。むしろ、殺されては困るのだから。

 

「分かった。なら、私がお前を落ちるところまで落としてやる」

 

「どういうことです?」

 

「これは契約。

 力をあげるかわりに私の願いを一つだけ叶えてもらう」

 

 主の女が息を呑む。この台詞に心当たりがあるはずもなかろうが、察しが良い女だ。

 

「契約すれば、おまえは人の世に生きながら、人とは違う理で生きることになる。

 異なる摂理、異なる時間、異なる命。

 王の力はおまえを――」

 

 賊の少女は言葉を止めた。

 王の力など、もはや宿り得ない。少なくとも目の前の女が手にするとすれば、それは。

 

「――孤独にする。

 その覚悟があるのなら……」

 

 嗚呼、と吐息とも声とも取れぬ音が、主の女から漏れた。

 止まっていたはずの涙がハラハラと流れ落ち、両の手から滑り落ちたカップとソーサーには気がついているのか、いないのか。

 

「C.C.さん……ああ、なんてこと……。こんな、こんなこと……なんて、罪深い……」

 

 賊の少女にも、早鐘のように跳ねる鼓動が聞こえるようだった。

 クラクラと揺れるような視界、千々に咲き乱れる世界。

 

「さあ、選べ、ナナリー。私の手を取らなくても、お前は生きられる。この契約には差し迫った理由も、意味もない。力を否定したお前たちにとっては、ただの堕落だ。だからこそ、お前が……」

 

 女の痩せた手がゆっくりと重ねられ、細腕に似合わないほどの力で握られた。希望に縋り付くようであり、怨讐に身を窶すようでもある。虚ろにドロドロと濁ったような藤色の瞳が、少女を見つめていた。

 

「構いません。結びましょう、その契約」

 

 重ねられた二人の手。

 世界は止まり、黒白に褪せ、極彩色に明滅する。

 

「これは……ふふっ……あははは! ああ、そうか! そうだったよな、マリアンヌ」

 

 そうして、賊の少女はようやく気づく。

 打ち鳴らされた早鐘は錯覚ではなく、共鳴だった。

 千々に乱れた世界が解れ、弾けていく。

 融け合い、繋がり、今までとは少しだけ違う形に作られていく。

 

「ルルーシュだけじゃない。ナナリーも、そうだったな」

 

 藤色の瞳。

 しっかりと強く見つめる双眸、その左。

 兄と同じその瞳に、超常の力が赤く刻まれる。

 

「さあ、始めようか。ナナリー」

 

 二度とこの世界に力を与えるつもりなどなかった。それは嘘ではない。契約外のことではあるが、魔王の願いを叶えてやりたかったからだ。

 しかし、今目の前の一人の女。この女を見捨てることだけは、彼が絶対に許さないとはっきり言える。その溺愛に少しばかりの力添えをしてやっても罰はあたるまい。

 

「はい、C.C.さん」

 

 魔女と契約した魔王の妹。煌々と輝く瞳は世を憂いている。

 彼女は思う。

 この世界には、再演こそがふさわしい。

 

 

 

 




arcadia様から移転し、一部加筆修正して投稿します。
よろしくお願いします。

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