魔法科高校の留年生   作:火乃

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嘘つき者1

 阿僧祇紅葉と七草泉美が生徒会に入った事はすぐに学校中に広まることとなる。

 決して誰かが噂を流したとかではなく、学内掲示で新生徒会役員と題されてお知らせされていた。しかも同じクラスから二人という事もあって、否応なく注目を集める事になっている。

 ちなみに、そのお知らせに風紀委員 七草香澄、それに部活連執行部 七宝琢磨が所属したとも書かれていたが、紅葉はサラッと読んだだけで済ましていた。

 

 昨日まで紅葉の風貌を怖れてクラスの誰もが近寄ってこなかったが、今日になって男子数人が彼の机を囲んでいた。最初は遠巻きに様子を見ていたクラスメイトだったが一人が意を決して話しかけてくると、他の生徒達も寄ってきて話しかけてくるといった、赤信号一人が渡れば渡れるさ精神で次々と寄ってきて最終的に囲まれていた。

 しかし、その囲んでいるクラスメイトの興味は紅葉自身ではない。彼らの興味は別にあった。

 

「深雪副会長に会えたか!?」

「光井先輩可愛いよな」

「会長、癒されるわぁ」

 

 生徒会の女性陣はどうだったかという事に集中していて、さすがに紅葉は辟易としていた。

 

「(それはあっちも同じか)」

 

 彼は人垣の隙間から、同じく生徒会役員になった泉美を見てみる。彼同様に人に囲まれているが、あっちはまだ女子生徒に囲まれている(人数は倍)から、そこまで見苦しい感じは受けない。しかし、こっちは男子100%である。暑苦しくて仕方がなかった。

 今日も先輩方の授業を見学する日である為、ほぼ自由時間となっている。予鈴が鳴ろうが本鈴が鳴ろうが、人集りは中々解散されないでいた。

 今日一日中ずっと囲まれっぱなしのままでいる気はない紅葉は、突然その場で無理やり立ち上がった。中学上がりたての生徒の平均身長は169cmぐらい。それに比べて紅葉は175cm。立ち上がれば、周りの生徒達を見下ろせる形になる。

 

「その話はまたあとでな。見たい授業があるから行くわ」

 

 見下ろす形を利用して目の前にいた生徒を睨むようにして少し怯えさせる。睨まれた生徒は彼の思惑通り一歩後ろに下がっていた。それに同調するかのように、他の生徒らも一歩引いていく。そして、引いたことによってできた隙間からスルリと囲いから抜け出したのだった。

 

「(さて)」

 

 このままさっさと教室を出る為に早足でドアに近づき、サッと出たところでドアを閉める為に振り返ったところでピタリと動きが止まった。

 

「……」

 

 紅葉が動きを止めた原因は、もう一つの人集りの隙間から彼をジトリと睨んでいる視線に気付いてしまったがためだった。視線の主は、女子生徒に囲まれている泉美。その目から『ずるいです』と言われている気がした。

 

「(俺にどうしろってんだ。……そうだ、これを利用しちまえばいいか)」

 

 さすがに同じ生徒会になったとは言え、助ける義理はない。そう紅葉は思っていたが、ふとある事を思いついたので助けることにした。

 

「おい、七草」

 

 女子の人集りに向けて名前を呼ぶ。泉美と呼ぶのではなく、七草と呼んだのはクラスメイトにいらぬ誤解を与えない為である。呼ばれた本人だけでなく、周りの人集りまでもが一斉に紅葉の方を向いたことで、一瞬ホラーのように思えて少しばかり言葉が詰まっていた。

 

「っ……昨日、お前が生徒会室で言ってた見たい授業始まってるぞ。行かないのか?」

 

 紅葉が今誘ったではなく、『昨日』『生徒会室で』『自分が見たい』と言っていた、と設定を付け加える。もちろんこれもいらぬ誤解を出さない為。

 

「はい、行きます。皆さん、申し訳ありません。見学したい授業がありますので失礼します」

 

 泉美は紅葉のアドリブにすかさず頷き返す。ゆっくりと立ち上がるとそれに合わせて人集りもゆっくりと解かれていった。そして十分、人が通れる間ができたところで抜け出し、紅葉の隣にきたところで一度振り返り一礼してから彼女は教室を出て行った。その後ろ姿を紅葉はゆっくりと追っていった。

 

 

 教室を出て、人の少ない廊下になったところで泉美の足が止まった。

 

「どした?」

 

 斜め後ろを歩いていたため、彼女が止まった事でぶつかることはなかったが、追い越していた。立ち止まり振り返ると泉美が頭を下げているではないか。

 

「阿僧祇さん、有り難う御座いました」

「気にすんな。まぁ貸し一つだ」

 

 そのお礼に対して、紅葉はニカッと笑って言い返すが泉美の顔が訝しんでいた。それはそうだろう。聞き捨てならぬセリフを紅葉が言ったのだから。

 

「それは気にしてしまうのですが?」

「安心しろってすぐ精算されっからよ」

 

 ますます彼女の顔が訝しんでいく。

 この貸しから精算の流れはついさっき助けてやろうと思った時に思い浮かんだ。タイミング的にもちょうど良かった上に、説明を楽に済ませそうだと思っていた。

 

「泉美、見たい授業はないのか? あったらその見学後付き合ってほしいんだが」

「見たい授業は午後にありますので、今でしたらお時間あります」

「そうか。なら、ちょっとついて来てくれ」

 

 紅葉は踵を返し、来た道を少し戻る。その先にあるのは階段。それを上っていく。そして屋上へとついた。

 

「んー、こっち来てくれ」

 

 屋上は人の出入りが少ないとはいえ、今から話す事はあまり見知らぬ人間には聞かれたくないので、紅葉は物陰を指差して誘導する。

 

「……」

 

 しかし、さすがにそれは寛容できないのか泉美の足は屋上口で止まっていた。

 

「ここではいけないのですか?」

 

 異性としては正しい反応。

 紅葉としては、ただ話を聞いてもらいたいだけなので無理強いして聞く耳持たれない状態は避けたかった。

 

「まぁ、授業中だし、屋上に来る奴はいないか」

 

 なので、物陰ではなく三人掛けベンチを指差して、泉美に座るように促す。立っている紅葉と座っている泉美の間は1m程。これぐらいならば問題なく声は届く。

 

「それで、ご用とはなんでしょうか?」

 

 だいぶ話の内容が気になるのか紅葉が切り出す前に聞かれてしまった。

 

「まあ、焦るなって。お前に知っておいてもらいたい事があってな」

「知っておいてほしい事、ですか?」

 

 泉美は紅葉が妖しく笑って精算と言ってきた事と、屋上についてから物陰に誘導しようとしてきた事からやましい事を言うのではないのかと予想していたのだが、予想とは違った事を言われてポカンとしてしまった。

 

「お前、何を予想してたんだよ」

「……いえ、何も」

 

 さすがにやましい事ですとも言える訳もなく、少し頬が熱くなるのを感じつつも泉美は何でもないと装っていた。

 

「まあ、いいや。泉美とはクラスだけでなく、生徒会も同じになったろ」

「はい」

「だからって訳でもってないんだが、お前とは良好な友人関係でいたいと思ってな」

「友人ですか」

 

 正直、同学年に七の家の者がいると知ってから、出来るだけ関わりたくはないと紅葉は思っていた。だから、今自分の口から友人になりたいと言う日がくるとは思ってもいなかった。そして、ここから一番言いたかった言葉を出す。

 

「だから俺はお前に嘘をつかない」

「……はい?」

 

 彼の言葉が予想の斜め上だったのか、一拍置いてコテンと可愛らしく首を傾げている。

 

「嘘をつかない事が、友人ですか?」

「世間一般の友人の定義とは違うだろうが、俺は友人に対して嘘をつくつもりはないってだけだ」

 

 これは言わないが、世の中には必要な嘘もあるので、極力嘘はつかないとなる。

 

「そういう事ですか、わかりました。私としても友人として接して頂ければ幸いです。よろしくお願いします」

 

 泉美が座ったまま律儀に一礼してくる。

 それを物わかりが良いと説明が楽で助かるな、と思いながら見届けて、さっそく本題に入っていくことにした。

 

「ああ、これからよろしく。で、さっそく嘘ついてるから言っとくわ」

「え?」

 

 一礼していた泉美が、バッと顔を上げた。

 彼は間髪入れずに告げる。

 

「実はな、俺、お前より二歳上なんだよ」

「……え?」

 

 泉美の顔が、今まで(出会ったのは昨日であるが)で見たことのない顔で固まってしまった。あまりにも面白い表情だったので写真撮りたいと思ったとか思わなかったとか。


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