偶然会った泉美を半ば強引に誘い姉の双葉の誕生日プレゼントを選び始めたのが一時間前。
泉美があまり乗り気ではなさそうに見えた紅葉は元々選んでいた三点程を泉美に見せて意見を聞くという方法を取った。
その際、泉美から「これ、私の意見いりますか?」などとあまりにも当然な事を言われはしたが、紅葉は聞こえないふりをしてその言葉をスルー。
『なんでそこまでして私の意見がほしいのでしょうか?』と疑問に思いながらも、泉美は泉美で見せられた三点の商品にそれぞれしっかりと意見を述べ、それを聞いた紅葉は「なら、これだな」と一つの商品をレジへと持って行ったのが十分前。
これで解放されるかと思った泉美だが、紅葉から「なんか奢るぞ」とこれまた強引に喫茶店に連れていかれ今に至る。
二人席に案内された後、それぞれが注文し終えそれが来るのを待っていると頬杖をついている紅葉から言葉が飛んできた。
「今日はサンキューな助かったわ」
「……先ほども言いましたが、私は必要でしたか?」
「そりゃ、俺一人じゃ決めきれてなかったからな。あ、コーヒーはこっち」
ウェイトレスが持ってきたのがどちらかのモノか軽く言ってから手振りで『ありがとう』と謝意を伝える紅葉。ウェイトレスもそれがあったからかは定かではないがにこやかにお辞儀して下がっていった。
「……なんだその顔は?」
コーヒーカップを手に取り一口つけようとしたところで泉美のジト目顔が目に入った。
突然なんでそんな顔になってるのか紅葉にはさっぱりわからないから素直に聞いてみるしかない。
「いえ、別に」
泉美はティーカップを持ち一口。そんな綺麗な所作に紅葉は流石はお嬢様などと思いながら思わず見入ってしまった。
だからか、今度は泉美が聞く番になった。
「なんですか?」
「いや、別に……」
見入っていたなどと口にする訳もなく、ついた言葉が少し前の泉美の言葉と殆ど同じ返しになった事に気付いた紅葉は軽く咳払いしてから話を戻した。
「てか、俺がお前のその顔を見る時は大抵、誰かが何かやらかしている時だと思うんだが?」
「どの顔の事をいっているのですか? そもそもやらかしている自覚はあるのですね?」
「誰かっつてんだろ。つーか俺、そんなにやらかしてるか?」
「自覚がないんですか?」
この時、紅葉は今日初めて泉美の笑み――薄っすらとではあるが――を見てやっといつもの空気に変わったと感じた。
「あると思うか? それよか二年生共や琢磨とか香澄の方がやらかしてるだろ」
「それは失礼では?」
「本当にそう思うか?」
「……」
紅葉の挙げた人達がやらかしてないとは言い切れなくて泉美は黙ってしまう。その様子にほらみろと言わんばかりに少しドヤ顔してみる。
その顔にうっすらと青筋がたちそうになるのを我慢して、この胡散臭い年上同級生が事件事故の渦中にいないかと思い出してみるが。
「残念ですが、阿僧祇さんは巻き込まれているだけですね」
「ほらみろ。って残念ですがってどういうことだ?!」
「そんなこと言いましたか?」
「このやろう」
お互いの軽口の応酬。
少し暗かった空気が晴れたことでこれなら大丈夫かと紅葉は切り出した。
「んで、何か悩んでるんだったら相談にのるぞ」
その問いに泉美は数瞬固まった後、「何がですか?」ととぼけた。
「とぼけるなって。買い物に来ましたって雰囲気じゃなかったし」
「そんな事は、ありませんが? なぜそう思うのですか?」
「なぜって、目的もなくぶらついてるとかお前らしくないだろ。香澄ならまだしも」
くしゅん、とここにはいない香澄がくしゃみをしたとかしなかったとか。
「まぁ、ほらここには頼れるお兄さんしかいないんだ、さっさと吐いちまえって」
「……」
自分や香澄の事を知ったような事を言う紅葉を睨みつけるような目線を送りかけたところで、聞きなれない言葉が飛んできて彼女の頭は思考を停止してしまった。
「ん? おーい、泉美?」
「誰が頼れる、ですか?」
「目の前にいるだろうが。さっきお前が言ってたじゃねーか、トラブルに巻き込まれてるだけだって。トラブルに巻き込まれて解決してんだ。ほら、頼れるだろ?」
「それは……言いましたけど……」
泉美自身が言ったからこそ、強めに否定はできなかった上に思い返せば確かに解決もしている。
だからと言って素直に認める気にはならなかった。
それはなぜか。理由は簡単だ、目の前で紅葉がドヤ顔しているのだ。これはむかついても仕方がない。
さらに言えばいつになく大人びて見える。だからか泉美の心情は乱高下していて落ち着かなかった。
そんな落ち着いていないのを紅葉に悟られないよう、軽く一息ついた。
「そもそも、私は悩んでいなっ」
このままこのいつもと違うように見える年上同級生を相手にしていたら、遅くない時間で自身の心が暴かれてしまうと危惧した泉美はもう強く否定してこの場を終わらせようとした。
だがその判断は遅かった。
泉美の強い否定が言い切られる前に紅葉の言葉が差し込まれた。
「悩みの種は十中八九、九校戦なんだろうけどな」
「っ」
見破られて言葉が詰まる。そんなにわかりやすかったのかと泉美は顔を下げて今までの自分の行動を思い返し始めた。
その様子を見て少し踏み込みすぎたかと瞬時に反省する紅葉。
このままだと今日以降の泉美との関係が少しばかりギクシャクすると思ったから、こっちが本心を明かすしかないと意を決した。
「今日はな、泉美」
そんな必死に思い返している泉美に、いつもより優しい声色で声をかけられ彼女の頭で行われていた思い返しは止まり顔を上げた。
そこには今まで見たことがない優しい笑顔の男性、阿僧祇紅葉がいて目を奪われる。
「お前に本当に感謝してるんだ。偶然とは言え、俺の我儘に付き合ってくれた。だから、何かに悩んでいるお前を見たら助けたいと思ったんだ」
「……」
紅葉から発せられる言葉一つ一つが素直に泉美の耳に残る。
「話したくなかったらそれでいいさ。でも、俺はいつでもお前の味方だからそれは覚えておいてほしい」
意を決した言葉は少し恥ずかしくなる言葉だったからか、恥ずかしさを隠すように少し冷めたコーヒーを一口のどに流しいれた。
泉美の様子を窺うとすこし顔を伏せていて感情までは読み取れない。
「(今日は解散かな)」
「……っ」
これ以上踏み込む気はないと、伝票を手に取ろうとして泉美から小さな声が漏れ聞こえてその手を止めた。
「……阿僧祇さんは」
そこから少し恥ずかし気に小さな声で泉美は話始めた。