七月二十一日土曜日の午前。紅葉は渋谷副都心のファッションビルにいた。
目的は姉である双葉の誕生日プレゼントを買いに来ただけ。なので長居するつもりはなかったのだが、かれこれ三時間ぐらいが過ぎようとしていた。
本当ならばさっさと買って帰って寝るつもりだった。だから何を買うかもある程度は決めてはいたが、いざ商品を目にしてそれを双葉にプレゼントした様子を想像すると
「あー、これもダメだな。ノータイムで正拳突きが飛んでくる」
なんとも痛々しい未来しか見えなかった。
この想像が何度も続いていてプレゼントを決めきれないでいた。
なぜそんな怖い未来しか見えないのか。その理由はわかっていた。
「思ったより、なにを送っても祝ってるようには見えないな」
誕生日に送るプレゼントは普通なら誕生した事を喜び祝って贈り物をするのだが、紅葉が送るつもりのプレゼントには別の意味を含まれようとしていた。そしてその意図は双葉にとって喜べるものではないと紅葉はわかっていた。なんだったらキレるだろう。
「直接渡さなければいいか。……それはそれで怒涛のコールが来そうだな」
姉のお叱りをくらわないように何かしらの対策を取ろうとすでに何個か案を巡らせているが、どれも突破されむしろその対策の所為で倍怒られそうまであった。
「俺の考えがばれないプレゼントってなんだ?」
出来れば姉には喜んでもらいたいと考えている。誕生日に贈るのだからその考えは当たり前だろう。なら別の意図は含まなくていいだろうとなるが、その意図を贈るタイミングがどこにもなかった。だから誕生日プレゼントに含めるしかなかった。
「んー、どうすっかなー」
悩んでも悩んでも答えが出てこなかった為、一旦周りを見て何かないかと見まわす。目に入ったのはカップル、親子連れ、友達と一緒など複数人で買い物に来ている人達。
「誰かと一緒に買った物ならいけるか?」
自分だけでは意図がバレバレ。では自分だけではなければ?
「ありだな。なら、姉貴を知ってる奴を呼ぶか」
プレゼントを渡す際に誰々と一緒に買ったと言えば双葉もすぐには紅葉の意図には気付かないだろう。疑われはしそうだが。だが、ノータイムフルボッコよりはマシだろうとポケットから携帯端末を取り出し誰を呼び出すかと一覧を開く。
「しっかし、服部達はやめといた方がいいか。あいつら以外となると誰だ?」
一番呼び出しやすいのは仲が良い服部やあずさ、五十里なのだが残念なことに双葉のように紅葉の意図を速攻で看破する可能性のある面々なため、今回は呼べないと判断。
「柊とかならちょうどいいか。……いやまて」
元クラスメイトである柊蒼真なら双葉も知っているし彼女がいるのだからプレゼント選びでも良案をもたらしてくれるだろうと考えてコールを押そうとして留まった。
紅葉が思いとどまったのは彼女の点。今日は休日なので蒼真は彼女、久我原黄泉と一緒にいる可能性が高い。
蒼真を呼ぶのは構わないが黄泉は呼びたくなかった。
「試しにかけてみるか? 絶対って訳じゃなさそうだし。いやでもなぁ」
あの二人は学校でも二人で居る事が多い。であれば休日ぐらいはとも思うが黄泉の性格を考えれば休日でも一緒にそうではある。
なぜ、紅葉は黄泉を呼びたくないのか。単純にうるさいからだ。
抑える役目でもある蒼真がいれば要所要所で宥めてくれるが、基本的には騒がしいのが久我原黄泉という女性である。
「……見送るか。久我原がいたら絶対に目立つ」
今日は
ただし同一人物に見えなくても名前を呼ばれたらわからない格好をしていても意味はない。
蒼真なら紅葉の恰好を見て察するだろうが、黄泉は絶対に笑う。その様子が容易に想像できる。
ただでさえ騒がしい奴がさらに騒がしくなるのだったら呼ばない方が正解だろう。
「じゃあ、他に……歌倉は連絡先しらねぇし。んー」
色々と候補を上げていくが三年生に連絡をつけれる人が見つからなかった。では同級生か二年生かとなるが、そこで連絡先を知っている人たちはいない。そもそも姉の双葉を知っている人はいなかった。
「仕方がない、諦めて買うだけ買うか」
人と一緒に買う作戦を実行できそうにないので諦めて、買う予定だった物を取りに行こうとした時だった。一人の女性とすれ違って紅葉は「ん?」と足を止めて振り返った。
「泉美?」
その姿よく見知ったひとだった。平日であれば毎日見ている七草泉美だ。
泉美は紅葉に気付いた様子もなく歩いていく。その後姿を見たまま思案する。
「(泉美なら姉貴知ってるし、こっちの事情は知らないと)」
頓挫しそうになった作戦を実行するのに泉美は今のところ一番条件に合っていた。
それならと紅葉は泉美の後を追って声が届くところで名前を呼んだ。
「っ?!」
突然、名前を呼ばれた泉美は肩をビクリとふるわせてからゆっくりと後ろを振り返る。
驚きはしたものの名前を呼んだのだから知り合いだろうと思っていたが、そこにいたのは見慣れない男性だった。
いや、どこかで見た事があるようなと小首を傾げている。ただ警戒しているのはまるわかりだった。
「そんな警戒するなって、阿僧祇だよ。これでわかるだろ」
そう言って紅葉は伊達メガネを外し、少しだけ前髪を前に流す。ここで泉美は目の前の男性が知っている人だと理解した。
「阿僧祇さん?」
ただ理解はしても普段の気怠い雰囲気がなかった為、完全に一致とまではいかないようだった。
「まだ疑うか。これ以上は証拠を示しづらいんだがなぁ」
「いえ、その、すみません。阿僧祇さんだというのはわかっているのですが、普段とその……装いが違うもので」
「まぁ、完全に外行き用だからな。てか、なんかよそよそしくないか?」
「そんなことは、ないと思いますが」
「そうか? まぁいいか。今日は香澄と一緒か?」
どことなく歯切れが悪いというか元気がないように見えるが、これ以上深く踏み込むものでもないかとその疑問は頭の片隅にでも置いておき、別の事を尋ねた。
紅葉はどうにも泉美が
「香澄ちゃんですか? いえ、今日は一人です。双子だからといって四六時中一緒にいるという事はありませんよ?」
「そりゃそうだ。ならちょっとした買い物って感じか?」
「そう、ですね。少し見て回ってなにかあれば買おうかなと。阿僧祇さんも買い物ですか?」
「(んー? なんか変だよな?)」
二、三言葉をやりとりしただけだがやはり気になる。
今日の泉美は少しおかしい。
「阿僧祇さん?」
「ん? あぁ、今日は姉貴の誕生日プレゼントを買いに来たんだ」
「お姉さん、双葉さんのですか?」
「そう。ただちょっとプレゼント選びに難航しててな」
「そうなのですか?」
「そうなんですよ。そんでな泉美」
「なんでしょうか?」
「少し時間あるか?」
「……ありますけど、それがどうかしましたか?」
「一緒にプレゼント探してくんね?」
「……」
珍しく泉美が固まった。
ホント、今日のこいつはどこかおかしいなと思いながら紅葉は泉美が口を開くのを待った。