「1-B阿僧祇紅葉だ」
四人は生徒会室まで後少しという所で立ち止まっていた。それは香澄から「彼、誰?」発言の所為で香澄を除いた三人の足が止まった為なのだが。さすがにスルーするのもはばかれた為、紅葉は香澄に向かって自己紹介をした。香澄は泉美の呆れた目から逃れる様に彼に向き直り、
「1-C七草香澄、です。よろしく!」
彼誰発言を誤魔化すように勢い良く自己紹介を返していた。
中途半端に敬語なのは風貌で上級生と思っていたが、紅葉が1-Bと言っていたのを思い出して敬語をやめていたからだ。その証拠に香澄は泉美に「同い年?嘘でしょ」と耳打ちしている。
「香澄ちゃん失礼ですよ。すみません阿僧祇さん」
紅葉の表情から耳打ちが聞こえている事を察した泉美が謝ってくる。
「気にしてない。こんな見た目じゃそう思っても仕方がないしな」
「えっと、あの、ごめんね、阿僧祇、くん」
まさか聞こえてたとは思わなかったのか、慌てて香澄も謝ってきた。しかし、どっちつかずの対応に紅葉は苦笑いになってしまう。彼女は年上(のような見た目)の人には弱いのだろうか? と思うも香澄の見た目からは気にしないタイプのようにも見える。どの道、このどっちつかずなままでいられると紅葉もやりづらかったので呼び方を提案しておくことにした。
「呼び捨てで構わないぞ。同……じ一年なんだから」
同い年と言いかけて、寸前で言い直す。さすがに同い年とは言えなかった。
「うん、じゃあ、よろしく阿僧祇。ボクの事は香澄でいいよ」
少し不自然な言い方になってしまったが、香澄に気にした様子はないことに安堵するのもつかの間、泉美の「おや?」といった表情が、紅葉の言葉に違和感を持った事なのか、または香澄が呼び捨てを許可した事なのか、どちらなのかわからなくなってしまっていた。。
「(んー? 少し気をつけるか)なら、よろしくな香澄、それに」
「私も泉美で構いませんよ」
「……」
紅葉は泉美の方を向いて、「七草」と呼ぼうとするもまさかの名前呼びを許可されて思わず面食らってしまった。
「なんですか?」
「あ、ああ、なんでもない。よろしく泉美」
「はい、よろしくお願いします、阿僧祇さん」
お互いの自己紹介を終え、五十里が蚊帳の外になっている事を思い出した紅葉は彼の方を向く。すると彼は微笑ましい表情で紅葉達三人を見ていた。常に穏和な表情でいる五十里だから、本来ならこの表情はおかしくもなんともない。しかし、彼の目から『良かったね』と言われている気がして紅葉はイラッとした。
「なんですか?」
「なんでもないよ。それじゃ行こうか」
だからつっかかった言い方になったのだが、五十里は微笑ましい表情を崩すことなく、踵を返して歩き出していってしまった。
生徒会室に着いて中に入ると、生徒会役員が全員揃っていた。
ロングテーブルの上座にあずさ、左隣に一つ席を空けて男子生徒、女子生徒、女子生徒の順で座っている。五十里が空いている席の近くにつき、それに合わせてあずさが立ち上がった。
「来てくれてありがとうございます。阿僧祇紅葉くん、七草泉美さん、七草香澄さん」
生徒会長 中条あずさからの挨拶に三者三様の返事を返したところで、あずさの右隣に座るよう促された。紅葉達の着席を確認してから、なぜかあずさではなく五十里の左隣に座っていた男子生が話し始める。
「生徒会副会長の司波達也です。よろしく、阿僧祇君」
名指しで挨拶されては、挨拶を返さない訳にはいかない。紅葉は当たり障りなく「よろしくお願いします、司波先輩」と返したのだが、そのちょっとしたやりとりで周囲から小さな緊張を感じとった。
『ん?』と不審に思いながら、ざっと周辺に目を配らせる。知っている三年生の二人は除外して、挨拶をしてきた達也は平然とし、その隣にいる女子生徒、司波深雪はにこやか微笑んでいるだけ。ならと彼女の隣にいるもう一人の女子生徒、光井ほのかに目を向けると不自然な程に緊張した面持ちで、紅葉の方を見ようともしていなかった。その様子から自分の中でぼんやりしていた疑問が形になっていくのを感じた。
「(……まさか、ねぇ)」
その疑問をより明確にする為に、自身の左側にいるあずさへ、彼女以外にバレないよう目を向ける。するとあずさは彼の目線に気づいてすぐに申し訳ないといった表情と共に目礼で返してきていた。
「(マジか。……どこから漏れた?)」
妙な緊張感とあずさの表情と目礼から二年生三人に自分が留年している事を知られていると紅葉は確信した。しかし彼にとって留年していることを知られるのは問題ではない。問題があるのは知られてしまった経緯である。
「(中条……じゃないな。あいつらには口止めしてるからまずない)」
あずさの表情から彼女が言ったのかと一瞬だけ考えたがすぐにそれはないと否定する。紅葉が復学する際、あずさ達に「一、二年生に留年している事を言う時は俺から言う。だから勝手に言わないでくれ」とお願いしていた。それにと、改めて思うのは、仮に彼女が言っていた場合、もっと罪悪感に染まった表情になっていると思っていた。
「(考えられるのは……あー、あの可能性があるのか)」
チクタクチクタク……ポーンといった具合に頭に思い浮かんだ可能性に行き着く。その場合なら、仕方がないと思うしかなかった。
「(生徒会ならでは、つーか、失念してた。……とりあえず確認はしないとなー)」
「それでは、私たちと阿僧祇さんの誰かを生徒会役員として取り立ててくださるということですか?」
紅葉が一人で別のことを納得というか諦めたところで、達也と泉美で話が進んでいたことに気が付いた。大部分の話を聞き逃していた紅葉だが、泉美のまとめでなんとか理解することができた。
話は達也と泉美が主導で進めていて、香澄はというと今にも吠え掛かりそうな目で達也を睨んでいる。
「深雪先輩とご一緒にお仕事できますなんて……夢のようです」
一方泉美は真面目に話をしていると思えば、頬に手を当ててうっとりとため息をついていた。その視線の先にいるのは司波深雪。彼女は愛想笑いを浮かべているだけだった。
敵意むき出しの香澄と煩悩むき出しの泉美。あずさも五十里もほのかも二人の異様な態度に呑まれてしまっている。最初からこんな雰囲気になることを予想していたから、交渉役が達也だったのかもしれない。
「やる気があるなら全員でも構わない」
全員と言われても香澄達の決定権を紅葉が持っているはずもない。紅葉は答えずに隣を見ると香澄の口が開くところだった。
「私に生徒会入りの意志はありません」
生徒会への拒絶というよりは、別のことをすなわち司波達也を拒絶している強さが感じられた。
「香澄ちゃん、さっきから司波先輩に対して失礼ですよ」
香澄のあからさまに刺々しい口調をさすがに看過できなかったと見えて、泉美がきっぱりと注意する。香澄の言葉に泉美以外も注意をするかと思ったがそんな事はなく、なぜかあずさ、五十里、ほのかは深雪を見て意外感を出していた。
「そう、残念ですね」
三人の奇妙な視線を気にする様子もなく、深雪は泉美に向き直る。
「では泉美さん、生徒会に入っていただけますか?」
「喜んで」
彼女を見詰める泉美のますます熱っぽさを増した眼差しを受けても、深雪の淑女の笑みは揺らがなかった。
「阿僧祇君は入ってくれるかい?」
香澄達の交渉が終わったところで対面の達也が聞いてきた。
「はい。よろしくお願いします」
迷う事なく即答。それはそうだろう。紅葉は復学を決めた時点でどんな事であろうと、あずさ達三年生から頼まれれば手伝うと決めていたからだ。
「では、阿僧祇くん、泉美さん、よろしくお願いします」
こうして、紅葉の生徒会入りが決まったのだった。
阿僧祇くん、司波兄妹と出会う