十六日の月曜日。
紅葉が校門を通りすぎると各方面から視線を向けられているのが感じられた。
なぜか? とは疑問にならず彼の頭にはすぐ答えが浮かんでいた。
「(選抜戦で勝ったからなんだろうが、正式発表前にこれかよ)」
紅葉が選抜戦の優勝者であるとはまだ正式発表されていない。
そもそも新人戦のモノリス・コードメンバーの一人が決まっただけで、あと二人はこれから決めるため正式発表は少なくてもあと一日二日は経ってからすることになっていた。
それにも関わらず、校門付近にいる生徒の半数以上から視線を向けられるのはさすがに多すぎることに朝だというのに少しだけ気が萎えはじめていた。
このまま教室へ行けばどうなるか。
「(くっそダルい事になるな)」
即座に囲まれ質問責めや求めてもいない感想が降り注がれるのが容易に想像できて、紅葉の足は教室ではない方へと舵をきっていた。
「こちらに居たのですか」
「あぁ、泉美か。おはよう」
放課後。
生徒会室に入った泉美はまさかいるとは思わなかった相手がここにいてすぐさま冷ややかな視線と共に言った。その相手、すなわち生徒会室に逃げていた紅葉は悪びれもなく朝の挨拶を返す。
もう一度言うがすでに放課後である。そこで朝の挨拶を返すということは今日紅葉は泉美と初めて会ったということになる。
要はこの男、全部の授業をサボったのだ。
「おはようではないのですけど。阿僧祇さんが登校してるのは見たけど、教室にいないのはなんでですかという質問がなぜか私の方に沢山きて、大変だったのですが?」
「なんで泉美なんだ? その手の質問なら龍善に行きそうなのに」
紅葉はまさか泉美に迷惑がかかっているとは思わなかった。彼の予想では自分がいないことで矛先が向くのは、選抜戦に参加していて自身とよく話すクラスメイトの龍善だと思っていた。
龍善にだったらいくらでも迷惑をかけてもいいだろうと判断しての行動だったのだがあてが外れてしまったようだ。
「籠坂さんはHRの時はいたのですが休み時間の度にいなくなってました」
その言葉でどういうことか察しがついた。
つまり龍善は紅葉の姿がないことから面倒事が来そうと感じて紅葉の様に全部の授業をサボるのではなく、休み時間は逃げ、授業が始まれば戻ってきていたということだった。
「風紀委員って肩書きがあるからサボれなかったのかね」
「生徒会役員なのに堂々とサボってる人は見習ってほしいと思うよ」
紅葉の言葉にツッコミを入れたのは奥の机にいたあずさだ。
彼が授業をサボっているとあずさが知ったのは昼休みの時だった。昼休みが終わろうとしているのに一向に出て行こうとしない事になんでと聞いたらこの男は堂々とサボると宣言したのだ。それに驚きなんとか紅葉を生徒会室から出そうとしたが、あずさ自身が午後の授業に遅れそうになって渋々諦めた。
そして放課後、生徒会室に入ったあずさは泉美と同じように冷ややかな視線を紅葉に送った。小言を言いたい気分でもあったが、彼のことだから右から左だろうと諦めて仕事を始めたのが泉美が来る五分前のこと。
そして今、同じ心情であろう泉美が来たことで諦めていた小言を言えると思ってツッコミを冷ややかな視線とともに口にした。
「安心しろ。たぶん、今日ぐらいだこんな堂々とサボるのは」
だが、そんな視線を向けられて怯む訳もなく紅葉は背もたれに体重を預けてふんぞり返って二人を見た。
「「……」」
その二人は紅葉の言葉は信じられないようでジト目を向けていた。
その様子に「だよなー」と紅葉は小声で苦笑をもらす。
普段の言動から信じられないのは自分でもわかっていたし、今の言葉は自分でも信じられなかったからだ。だから今、何を言っても無駄だろうしと紅葉は先ほどまで見ていたモニターへと視線を戻した。
紅葉の行動にあずさは「もう」と小さく呆れながら呟き自分の仕事に戻り、泉美も何を言っても流されると思い自分の席に座って仕事を始めることにした。
「メンバーは決まったのか紅葉?」
生徒会室に主要なメンバーが集まったのは泉美が仕事を始めて三十分ぐらい経った頃だった。
残りの生徒会役員である五十里、達也、深雪、ほのかと風紀委員長の花音がほぼ同時に、最後に部活連会頭の服部が生徒会室に入ってきた。
これから決める事に必要なメンバーが揃ったのを確認した達也がきりだした。それに全員の視線が紅葉へと向く。
「まぁぼちぼち。一人は龍善にしようかと」
「龍善……あぁ籠坂くんですね風紀委員の」
「へぇ、籠坂選んだんだ。決め手は?」
紅葉の言葉にあずさがすぐに全員にわかるように全端末に龍善の情報を表示した。それに一番早く反応したのは龍善の上司でもある風紀委員長の花音だった。
「フォーメーションで考えて龍善は遊撃に向いてると思ってな」
モノリス・コードは森林や平原などのステージで敵味方各々三名の選手が魔法で争う競技である。戦略として攻撃、守備、遊撃というフォーメーションでこれらに当てはめて考えるのが基本となっている。
「遊撃ですか?」
「そ、遊撃。遊撃は攻撃と守備両方を側面支援する役割だからな。選抜戦で見せた空気の壁で足止めしたり圧縮解放で攻撃支援したりと遊撃にはぴったりだろ。それに風紀委員だから実戦慣れしてるし臨機応変に動けるだろ」
紅葉の説明に各々が頷く。それだけ反論しようがない内容だった。
「じゃ、異論はなさそうだし次な。
「七宝か。その理由は?」
紅葉の口から七宝の名前が出るとは思わなかったのか、またはなにかと一悶着あった七宝だからかは定かではないが一瞬、場が静まった。だがすぐに服部が理由を促した。
「直に魔法をくらったからわかったんだが、あいつ、牽制で放った魔法なのに威力高かったんだよ。俺じゃなかったらあれで一発KOされてたぞ」
それは選抜戦決勝でのこと。
七宝が決勝前の試合で牽制の魔法を使っていたことから決勝でも使うと予想した紅葉は牽制なら威力は抑え目だろうと踏んでわざと当たった。だが、予想以上の威力に思わず声が上がりかけたのを思い出した。
「それにあのメンツの中で魔法の選択肢が一番多いのはあいつだろ。ぶっちゃけあいつ、どのポジションにいてもいいからメンバーにいれて損はないはずだ」
「思ったよりも七宝の評価が高いな」
「まぁ、見て戦った評価だな。ちょっと前の素行を加味するとまだマイナスだったりするがな」
思い出すのは新入部員勧誘週間。あの時の七宝は猪突猛進だった。
一昨日戦った七宝はどことなく態度が軟化しているようにも見えたが、紅葉の中ではまだ猪突猛進だった時のイメージが強すぎた。
「それは大丈夫なのか?」
「大丈夫な事を願いたいが、今のところ懸念してるのが連携とれっかなーってとこだからな」
いわずもなが、モノリス・コードは団体戦である。例外はあるが連携が取れなければ勝ち進むことが難しい競技なのだ。
「(俺と七宝が、というよりは龍善と七宝が、なんだけどな)」
口には出さないが自分の脳内でいがみ合う二人の姿が浮かんだ。
紅葉が懸念しているのは自分と七宝の連携ではなく、龍善と七宝の連携だった。
自分の方は七宝を制御はできなくてもいなす事はできる自信がある。
しかし龍善と七宝は絶対に衝突するだろうと思っていた。
その理由は紅葉が七宝と初対面した原因、すなわち新入部員勧誘週間でまっさきに衝突していた二人なのだ。後に、二人で交流があったかどうかは知らないが、紅葉が知る限りそんな機会なんてなかっただろうなと思っている。
「で、異論あります?」
懸念はあれど、嵌まれば強いと思っているからこそ紅葉の中でこのメンバーで行きたい。だから異論はないと助かると思いながら全員の様子を伺った。
それぞれ思うことがありそうな表情をしているが──達也はポーカーフェイスだが──異論がなさそうな空気の中、服部が手を軽く挙げた。
「連携は取れるんだな?」
服部は本選のモノリス・コードの選手だからこそ連携が大事だと知っている。
メンバーの実力は選抜戦を見ていたこともあって疑っていない。だから本番までの日数でその懸念が解消することができるのかという確認だった。
「ま、なんとかなるだろ」
はっきり断言しないその返答が思った通りだったのか服部は軽く笑みを浮かべた。
「……なら、俺はいい人選だと思う」
「服部が言うなら問題ないんじゃない?」
「司波くんはどうだい?」
「特に異論はありません」
服部が賛同したことに花音も異論はないと言いうと、五十里がポーカーフェイスのまま話を聞いていた達也に意見を求めた。だが、すぐに達也の賛同の言葉が出たので五十里はあずさを見た。
「なら、中条さん」
促されたあずさは端末を操作する。
「そうですね。新人戦モノリス・コードのメンバーは1-A七宝琢磨くんと1-B籠坂龍善くん、そして阿僧祇紅葉くんで決定したいと思います」
こうして、新人戦モノリス・コードのメンバーが決定しようやく第一高の九校戦メンバーが全て決定した。
いつも留年生を読んでいただきありがとうございます。
おかげさまでお気に入り数が1000を越えました。
本当にありがとうございます。
香澄と泉美が好きな人が沢山いてくれて嬉しいです。
だから二人がヒロインの作品増えませんかねぇ(ボソッ