モノリス・コード選抜戦が終わり、解散となったその後、達也は仲の良い二年生七人と共に行きつけの喫茶店『アイネブリーゼ』に来ていた。
「なんか牙を隠してたって感じだよね」
来てすぐに話題となったのは先ほどまで行われていたモノリス・コード選抜戦だ。そしてやはりと言うべきか、話題の中心は一人の男子生徒に向けられる。
コーヒーを一口口にしカップを音もなくソーサーに戻して、そう評したのはショートの髪型に明るい髪色のハッキリした目鼻立ちで活発な印象を持つ千葉エリカだ。
「阿僧祇のことだよな? すげー一年だったな」
エリカの主語のない言葉に主語を付けたのは西城レオンハルト。父親がハーフ、母親がクォーターで外見は純日本風だが名前は洋風。大柄で骨太な体格で客観的にはゲルマン的な彫りの深い顔立ちで、ちょっと気になる男の子の地位を獲得しているとかなんとか。
「阿僧祇が術式解体を使えるとは思わなかった」
そう驚きを口にしながらも表情が変わっていないのは北山雫。
雫と紅葉は一度だけだが面識がある。
恒星炉実験の練習の際、実験メンバーの大半が生徒会から出ていた為、生徒会の留守番に紅葉とその監視に雫を居させたという経緯があった。
ただ、その時なされた会話は少なく雫の疑問に紅葉が答えた程度で終わっていた。
「達也は知ってたのかい?」
レオの隣に座るのは雫と同じ風紀委員であり、モノリス・コード本選メンバーでもある吉田幹比古だ。幹比古から話を振られた達也は首を横に小さく振った。
「いや、紅葉が魔法を使ってるところさえ初めて見たな」
「確かにそうですね」
当然の様に達也の隣に座る深雪が同調した。
「魔法を使うのもそうですが、戦っている所を見るのも初めてですね」
「そうなんですね。見た目は好戦的に見えたんですけど」
意外、と口にしたのはエリカの隣に座るメガネをかけた少し気弱そうな外見の柴田美月だった。
「好戦的というか大人びてるよね。最初、一年生って言われた時嘘でしょってなったわよ」
「お前と同じなのは癪だが、俺もそう思ったんだよな」
「うん、確かに」
エリカの言葉に──一言余計だが──レオと雫が言葉と共に、幹比古が無言で頷いた。
そして余計な一言を言ったがためにエリカとレオの小競り合い始まったのを達也と深雪は同じ心情で見ていた。
「(歳は上だがな)」
「(歳上なんですよね)」
二人は紅葉の本当の年齢を知っている。
紅葉が復学した時の試験結果から彼の年齢を知ってしまった。
そしてそれは本人から内緒にしてほしいと言われている為、この場で明かすつもりはないと表情を変えずにただただ聞いているだけでいた。
「(うぅ、この話題ボロが出そうで何も言えないよぉ)」
そんな中、達也の対面に座る生徒会書記の光井ほのかだけ愛想笑いを浮かべながも内心涙目でいた。
生徒会にいるのだから達也達同様、紅葉の年齢を知っている数少ない二年生の一人である。
今まで紅葉が話題になったことがなかったためボロはでなかったが、こうして話題になってしまうと口を開けばポロっと言ってしまいそうで口を開く事ができなかった。
それを不審思う人が居なければよかったのだが、残念な事にほのかの一挙一動を見逃さない人が隣に、幼馴染の雫がいた。
「どうしたの、ほのか?」
「えっと、何が?」
突然の雫からの問いに、どうにか平静を保って聞き返した。ここで付き合いの浅い友人であれば自分の気のせいかと思って引き下がるだろうが、小学校以来の幼馴染である雫に下がる気配がないのをほのかは感じとっていた。
徐々に雫のジト目が迫ってくるのをなんとか目を合わせないようにとかわそうとするがこの場から逃げればますます──すでに手遅れ感はあるが──怪しまれてしまうと、頭が軽くパニックになりかけた時、救いの手が差し出された。
「ところでお兄様、お聞きしたい事があるのですがよろしいですか?」
その声に達也を除いた六人の意識が深雪に向いた。
深雪としてはこのまま放置していてはほのかが紅葉の秘密を口にしてしまうかもと思って雫の意識をほのかから剥がせればよかったのだが、なぜか全員の視線を集めてしまって少しばかり恥ずかしい感情があった。それを表情や態度に出さないのはさすがとしか言いようがない。
「なんだい深雪?」
ただその恥ずかしい感情は達也には筒抜けだったようだ。微笑み返された声色に可愛いものを見たといった意識が乗ってるのを感じた深雪は今度は頬を赤く染めたのだった。
そんな二人のいつものイチャついた空気に慣れた六人は冷ややかな、または生暖かい目で見守るしかなかったのだが、そんな空間がずっと続けられてもと痺れをきらしたエリカが「で?」と深雪に切り出した。
「深雪は達也くんに何を聞こうとしたのよ?」
「そうでした」
エリカの軌道修正にスッと表情を変えた深雪は改めて達也の方を向いた。
「阿僧祇さんはどうやって七宝くんに魔法を当てたのかと」
「……へ?」
深雪からの質問なのだから比較的高度な質問だろうと予想していた六人の目が点に、あの雫でさえなった。
それだけ答えが簡単にでそうな質問にエリカが達也より先に答えていた。
「どうやってって阿僧祇が倒れたあと、それに驚いた七宝が棒立ちになったところを当てたんでしょ?」
その時の光景を額に人差し指を当てて思い出しながらエリカは言った。彼女の言葉に達也と深雪以外が頷く。
それは状況的に何も間違っていない。だが、深雪が聞きたいのはそこではなかった。
「阿僧祇さんは倒れていたのよ? どうやって魔法の照準をつけたの?」
「あ」
そこまで説明されてようやく六人は気がついた。普通に考えればそれはかなり難しいことをやったことになるからだ。
「ドロウレスだろうな」
「……嘘でしょ?」
その難しいこと、いわゆる高等技術の名が達也の口からでてきた事にエリカの顔がひきつった。レオや幹比古もそれぞれ驚きを露にしている。
そういう反応が出るのは仕方がない。とても一年生が使うような技術ではないからだ。
紅葉が使っていた短銃形態の特化型CADにはCADを向けた方向に照準をつけるという補助機能を持つが故に、普通なら照準をつけずに撃つのが難しい。
だが、紅葉は自分の感覚だけで照準をつけて魔法を放った。これが拳銃形態CADの高等技術ドロウレスと呼ばれる。
「ダメージを負いながらドロウレスをしたのか。凄いな彼は」
幹比古はあの時は一度も被弾しなかった紅葉が攻撃を受けて吹き飛んだという予想外の展開で視野狭窄が起きていたが、今冷静に考えれば凄い事をやっていたんだなと思い返した。
実のところ、深雪はドロウレスだろうと予想はしていた。ただあまりにも紅葉の動きにそれらしい形跡がなかったため確信が得られなかったから達也に聞いたのだった。
とはいえ、深雪のこの質問はほのかを助けるために聞いただけで彼女的にはそれほど重要なことではなかった。
それは達也にも伝わっていたようで、それ以上詳しい説明はしなかった。
「術式解体にドロウレスとかとんでもない一年ね。阿僧祇家ってそんなに凄いのかしら?」
「実際凄いのかも。お姉さんが九校戦に出てたから」
「お姉さん? どういうこと雫」
今度は雫から思わぬ発言が飛び出した。そこから二年前の九校戦、そして今年の九校戦がどうなるかと話題が移っていった。
ifストーリーを抜いて42話目にしてようやくエリカ、レオ、美月が登場。