魔法科高校の留年生   作:火乃

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モノリス・コード選抜戦5

「……あいつ、何をしたのよ?」

 

モノリス・コード選抜戦第五回戦、阿僧祇紅葉対籠坂龍善の戦いを七草香澄はしっかりと見ていたにも関わらず頭が追い付いていなかった。

 

「術式解体だと思うけど、香澄が聞いてるのはそういう事じゃないよね」

 

頬を掻きながら香澄の問に答える笠井彩愛もそれが香澄が欲している答えでないのはわかっていた。

彩愛の言うとおり香澄が欲している答えはそこではない。

 

「うん、あいつ術式解体を撃った後、デバイスから手を離してたのに続けざまに術式解体を撃ったじゃない。遅延発動の術式でも組んでたの?」

 

二人の欲しい答えは紅葉がやった術式解体二連発の仕組みだ。

香澄の言うようにCADのトリガーなりスイッチを押してから即時発動するのではなく一定時間おいてから発動する遅延式魔法もあるのだが、そんな兆候があったようには見えなかった。

それは香澄だけでなくこの試合を見ていたギャラリー一同の疑問でもあった。

そこかしこでなんだ? なにがおきた?とざわついている。

ただし、一部を除いてではあるが。

 

「音声認識ではないでしょうか? 阿僧祇さんの声が聞こえたわけではないのですが、CADから手を離して魔法を発動させるとなると、その可能性が高いと思います」

 

その一部の一人、香澄の隣にいる七草泉美から答え、というよりは予想がもたらされた。

 

「音声認識? また、レアな」

 

魔法の音声認識。

一昔前は魔法の発動に呪文を使っていたこともあったが、今やCADでスイッチを押すやトリガーを引くで魔法が発動する為、あまり見ることのない発動方式である。

 

「でも確かにそれなら納得できるかな。術式解体といい、あいつ珍しいモノ好きなんじゃないでしょうね?」

「あははは、そんなこと……ないよね?」

 

香澄の訝しむ目と彩愛の困惑した目を同時に向けられた泉美は「はぁ」とため息をついた。

 

「私にわかるわけないじゃないですか」

 

彼女の呆れ混じりの言葉に二人はそりゃそうだと愛想笑いを返すしかなかった。

 

 

 

そんな香澄達のような考察が各所で行われているだろうな、と思いながら紅葉は再び試合会場の端に戻っていた。

そこからざっと選手やギャラリーを見回す。

 

「(見るに、答えに行き着いてる奴はいなそうだな。いたらいたで困るんだが)」

 

難しい顔をしているギャラリーを見てとりあえず一安心と軽く息をはいた。

人によっては音声認識に行き着くだろうとは思っているが紅葉がやった事はそこまで単純ではない。

ズキリと痛む左腕を右手で軽く抑える。

 

「(わかってはいたが、無理矢理はよろしくないか)」

 

今日何度目なんだかと苦笑が漏れた。

 

「(ま、それも次で最後だ。次の試合は七宝と……何部の誰だったかな?)」

 

今始まろうとしている第六試合の対峙している二人を見てまさかここにきて何もわからない選手がいたことに気づいた。

 

「(あー、やっべマジでわからねぇ。あれ? もしかして試合見逃しまくってる?)」

 

情報は大事と思っておきながら情報収集を怠るとはこれいかにと若干後悔しながら、対峙する二人に目を向けるとちょうど第六試合が始まったところだった。

 

「(お互い距離をとって、さて?)」

 

七宝とその対戦相手はお互い後退、距離を取りCADを起動して撃ち合いの体制になった。

 

「(先制は七宝か)」

 

魔法の起動が早かったのはさすがと言うべきか七宝のエア・ブリットだ。

相手はそれを予測していたのか即座に攻撃性魔法の起動を諦めて自己加速術式を発動、回避行動に移った。

 

「(お、なかなか判断が早いが)」

 

さすが一回は勝ち上がっているだけはあるなと感心するも

 

「(七宝の方が先を見ているな)」

 

避けた先に七宝が回り込んでいたことの方が紅葉の評価は高かった。

 

「は?」

 

なぜそこに?と言わんばかりに対戦相手の男子は目を見開くのも束の間にドンと腹部に圧がかかり、痛みを感じる前に身体が大きく後ろに吹き飛ばされた。

衝撃を緩和するなんて考えが浮かぶ間もなく背中から地面に激突しその痛みで、何が自分の身に起きたのか少しは理解出来た。

痛みで鈍る身体を無理やり動かし上体をあげる。視界に七宝がCADを自分に向けているのが映り、慌てて自身が得意とする魔法を展開した。

 

「(領域干渉ねぇ)」

 

領域干渉は自分の周囲の空間を自分の魔法力の影響下に置くことで、相手の魔法を無効化する対抗魔法の一つである。

 

「(さすがにそれは良くないだろ)」

 

紅葉がそう思ってしまうのも仕方がない。

この時期の一年生同士の戦いであったのならば良い選択だったかもしれないが、相手が七宝では話は変わってくる。

領域干渉は基本的に相手より強い干渉力が必要となる。

すなわち、七宝より干渉力が上回っていなければ効果は薄いという事になる。

 

「(こりゃ勝負あったな)」

 

紅葉が心の中で合掌すると同じタイミングで、七宝から七発のエア・ブリットが放たれた。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

相手の領域干渉は七宝の干渉力に勝てずエア・ブリットに破られ全弾ヒット、悲鳴があがった。

 

「勝者、七宝琢磨!」

 

そうして審判をしていた司波達也から勝敗が告げられモノリス・コード選抜戦第六回戦までが終わった。残るは第七回戦すなわち決勝戦の七宝対紅葉のみ。

七宝は一息ついて会場端にいる紅葉に目を向けた。

 

「(阿僧祇紅葉)」

 

七宝にとって紅葉はとるに足らない存在だった。新入部員勧誘週間で紅葉と出会うまでは。

その時を境に何かと紅葉と──一方的に──衝突したり、目撃されたりと気にさわる存在に変わっていた。

 

「(何かと目につく奴だったが、それもこれで終わりだ)」

 

ここで紅葉を倒しはっきりと自分の方が上だと示してやると士気を高める七宝とは違って紅葉はなぜか若干ひきつった顔をしていた。

 

「(うへぇ、オーバーキルすぎんだろ)」

 

その理由は七宝が最後に放った七発のエア・ブリットだった。七宝と相手の力量から見ても領域干渉を破るなら二発で十分なところを七発も叩きこんだのだ。オーバーキルと言わずとしてなんという。

 

「(まぁ、おかげで使えそうな手は見つかった訳だが)」

 

ただその事に引いているだけではなかったようだ。

次の作戦に使えそうな案が頭にポンっと浮かび上がった。

 

「(とはいえやりたくねぇなぁ)」

 

しかし自分にオススメできる案かと聞かれたら普段なら薦めない案にひきつった気持ちは消えなかった。

 

「(ま、一番効果あるだろうからやるしかないんだろうな)」

「阿僧祇!」

 

そんな事を考えながら決勝戦の審判を務める花音から声がかかった。

 

「はいはい、今行きますよっと」

 

なんにしてもこれが最後だと紅葉は中央に向かって歩きだした。

どうやら七宝は連戦になるというのにインターバルを取らずに決勝をすることを選んだようだ。

そのことを少し意外に思いながら、紅葉は七宝と対峙する。

 

「……」

「(集中してるのか、はたまた言葉なんかいらないのか)」

 

紅葉としては七宝とは今までの経緯から一言二言はあるだろうと予想していたが七宝は無言のまま睨んでくるだけだった。

 

「(ま、どっちでもいいか)」

 

とはいえ予想とは違ったからといって紅葉が警戒を高める訳もなく、いつも通りにスッと思考を戦闘態勢に切り替えた。

 

「(ラスト一戦、頑張りますかね)」


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