「最後は八番、阿僧祇紅葉が──」
ホワイトボードに書かれたトーナメント表に、九校戦本戦モノリス・コードメンバーの一人吉田幹比古が抽選箱から次々と引いていた。
そして紅葉の八番が残ったまま他の枠は埋まっていき最後まで空いていたのが
「──Aブロック一番だな」
第一回戦の位置だった。
そこに紅葉の名前が入る。
紅葉としては決まる一つ前まで空いていたBブロック四番、すなわち対戦相手が七宝の方が良かったのだが、こっちはこっちでメリットがあるのでこれはこれでいいかと思っていた。
紅葉とは対称的にBブロック四番に入ってしまった山岳部一年生は地獄にたたき落とされたように膝から崩れていたが、紅葉は気にすることもなくそのまま目を少し下にさげて、自分の対戦相手の名前を目にする。
「日浦志郎? うちのクラスじゃねーな」
「スピード・シューティング部の方ですね」
誰に聞くでもない紅葉の呟きに、いつの間にか隣に立っていた泉美が答えていた。
まさかの解答に少しビクリと驚いてしまった紅葉は恥ずかしい気持ちを隠すかのように泉美へ気配を消して近づくんじゃねーよと抗議の半目を向ける。しかし、彼女に意図は少しも伝わらず小首を傾がせることしかできなかった。
「音もなく近寄るなっての」
目で意図が伝わらなかった事に仕方ないと口で抗議する紅葉。それに今度は泉美が目を細めて反論した。
「近寄ったつもりはありませんが? むしろ、阿僧祇さんが近寄ってきたんですよ」
「あ? んな、アホ……な?」
そんなアホな事あるかと言い切りたかった紅葉だが、CADをチェックされてから今いる場所に来るまで周りを気にしていなかったことに気がついた。
その時、たまたま泉美の近くで止まって、今まで気づかなかったとなれば
「……スピード・シューティング部の奴か。早さか正確性はありそうだな」
どちらに非があるか察した紅葉は言った文句をなかった事にするように会話をつづけた。
「何か言うことはありませんか?」
しかし、泉美の言葉とジト目に逃げることは叶わなかった。
「すまん」
「わかればいいです。ところで、作戦はあるのですか?」
珍しく素直に謝ってきた紅葉の言葉に満足した泉美は特に追い討ちをかけずに、気になっていることがあったので聞いてみることにした。
「……作戦?」
まさか次の質問があるとは思わなかった紅葉は素で聞き返してしまう。その態度に泉美の目が再び細められた。
「……」
その目から逃げるように少し罰の悪そうに目をそらす紅葉。彼にとって泉美のジト目が苦手になってきたようだ。
「そんな目で見んな。作戦なんてあるわけないだろ。今のとこ相手の戦闘スタイルの予想ぐらいしかつかないし、作戦なんて立てれねーよ。出たとこ勝負だ、出たとこ」
今紅葉が持つ日浦志朗という男の情報は泉美が言ったスピード・シューティング部の部員というものしかない。そこから得意魔法を割り出すなんて不可能に近い。
だから始まってからじゃないとどうなるかわからないと紅葉は口にしたが、本当のところ初戦の戦い方はだいぶ前から決まっていた。
相手が誰であろうと、効果の高い一回限定の手を。
そんな作戦──たとえ他の作戦があったとしても──があるなど誰でも聞けてしまうこの場で言うはずもない。
「そうですか。では、頑張ってください」
「あぁ、適度に頑張るさ」
そんな紅葉のセリフをマルッと信じたのか泉美は応援の言葉をかけてから香澄のいる方へと歩いていった。
それから少しして生徒会から改めてルール説明が行われた。参加者にとってはすでに既知の情報ではあったが観戦者に知ってもらう&再確認の為でもあった。
とは言え本来のモノリス・コードからモノリスに関する事を除いたのが選抜戦のルールになっている。
①相手を戦闘続行不能にする
②魔法攻撃以外の直接戦闘行為は禁止
そうして、ルール説明がなされた後は始まるのみと思った参加者達だが、五十里から待ったがかかった。
「もう一つ。ルールではないのだけど審判について説明します」
その言葉に紅葉の意識は五十里の右隣にいる達也に向いた。
「(達也じゃねーのか?)」
達也にとっては不本意だろうが、審判と言われたら達也のイメージ強かった。
それは紅葉だけではないようで他の参加者も目は向けなくても意識は達也に向いていた。
「……」
意識されているのに気付いていそうな達也だがポーカーフェイスを貫いている。
「参加者に生徒会、部活連、風紀委員から出ている人もいる為、公平性から審判も生徒会、部活連、風紀委員から一名ずつ出てもらいローテーションであたってもらいます」
「あーそういうことね」
確かにと納得する。
達也だけが審判をしていると同じ生徒会から出ている紅葉の試合も審判することになる。そこに文句をつける人がいてもおかしくはない。
「生徒会からは司波副会長、部活連からは服部会頭、風紀委員からは千代田委員長が審判をしてくれます」
達也の横に服部と花音がスッと現れた。
「一回戦は千代田委員長に審判をしてもらいます。それでは阿僧祇くん、日浦くん準備をしてください」
「(千代田ね。ま、大丈夫だろ)」
紅葉にとって花音に真面目な印象は薄かったが、こんな大きな舞台でからかう事はしないだろうと思いながら──花音が不敵な笑みを浮かべているのを見なかったことにして──開始位置へと向かった。
そして紅葉とは対照的に色んな人に応援されて送り出された男子、日浦史郎が紅葉と対峙する。
日浦は昔のガンマンを彷彿する様な両足をしっかりと地面につき膝を軽く曲げ、腰に付けているホルスターからいつでも短銃型CADを引き抜ける構えをとっていた。
対して紅葉は棒立ち。
その姿に日浦はなめやがってと怒りが沸き上がった。
彼は選抜戦の参加者の名前がわかってから今日まで、自身持ちうる情報網を使って各参加者の事を調べていた。そこで得られたら紅葉の情報は、生徒会所属と魔法技能に関しては中の中、つまり一科生の中では普通だったというだけで使用魔法や実力に関することはわからなかった。
その理由は生徒会にいながら思って立って行動していないらしく生徒会のワードで聞き込みをしても紅葉の名前が少しもあがらなっただけでなく、実技ではクラスで目立った成績を出すことなく淡々として終わらせているとしか聞き出せなかったからだ。
ならなぜそんなザ・普通な男が生徒会に入れて、今回この選抜戦に生徒会枠で参加出来ているのか。
そう思うと考えれることは少ない。日浦が行き着いたのは阿僧祇は何か隠した力があるのでは?という答えだった。
そして、対戦相手が紅葉と決まってから日浦はより警戒を強めていたのだが、その警戒心は紅葉の棒立ちによって怒りという感情で上書きされ消え去った。
はやる気持ちが構えに現れる。
より前傾姿勢になり手はホルスタースレスレまできていた。
それを目にしていながら紅葉は変わらず棒立ちのまま。
むしろ日浦の表情に対して不敵な笑みを浮かべてさえいる。
そこで日浦の感情はピークを迎えた。
「モノリス・コード選抜一回戦、阿僧祇紅葉対日浦史郎」
二人の準備が整ったと見計らった審判である花音がゆっくりと右手を挙げ
「始め!」
言葉と共に振り下ろし、試合が始まった。
日浦は開始の合図からすぐに腰にあるホルスターからCADを抜き、ゆっくりと動き始めている紅葉に向け引き金をひいた。
この時点で日浦は勝ちを確信する。
「(阿僧祇はまだCADに触れてない。俺の勝ち……え?!)」
だが、その確信は驚きにより停滞した。
発動したと思った魔法が発動しなかったのだ。
「なんで?!」
突然のことに持っているCADを凝視してしまう。何が起きたのか混乱しているが、日浦はこの場において一番忘れてはいけない事を忘れていた。
それは、戦いの最中であると。
「がっ!?」
突然の衝撃。
頭が激しく揺さぶられたような感覚に視界は歪み、気持ち悪さから体の力が弱まる。
何事かと、日浦はなんとか顔を上げてみると、紅葉が短銃型CADを構えているのが見えた。
それにしまったと思ったところで遅い。
紅葉の短銃型CADから魔法が放たれ、日浦の意識を吹き飛ばした。
「勝者、阿僧祇!」
日浦が倒れ、動かなくなったところで花音が勝者の名をあげる。
それを聞いた紅葉は軽く息を吐き、左手に持っていた短銃型CADを右脇のホルスターに戻した。
「(さて、うまく誤魔化せたか?)」
倒れている日浦に控えていた救護要員と部活の先輩などが駆け寄るのを見てから紅葉は勝利に喜ぶでもなく戦闘エリア外にいる他の参加者と観戦者の方へ目を向けた。
「(気付いてそうなのは──)」
まず目にしたのは紅葉、日浦を除いた他の参加者六名の表情。
龍善含め五人の顔は何が起きたのかわからないといった驚きの表情だったが、一人だけ、七宝だけが紅葉を強く睨んでいた。
「(──七宝ぐらいか。まぁ、予想通りだな。で、あっちはってなんちゅー顔してんだか)」
そのまま紅葉の目は横にシフトして真っ先に見たのは香澄が口を開けてポカーンとした顔だった。
それを香澄が気づくまで見ておきたい気持ちもあったが、今は香澄に目を奪われてる場合ではなかった。
すぐに香澄以外の観戦者を一瞥する。
「(三年は、まぁわかるか。二年は、半々ってとこか?)」
紅葉が急いで確認していたのは自身がやった事を何人が理解しているかを見ていた。
「(どちらにせよ次は、全員に対抗魔法があるって知られてると思った方がいいな)」
紅葉は戦いにおいて情報は重要だと考えている。知っている知らないでは全てにおいて差が出るからだ。だから彼はすぐに試合を見ていた人達の表情を確認した。選抜戦参加者だけでなく観戦者も。
理由は簡単である。この場に参加者の控え室というものはなく、参加者は観戦者の近くにいて、いつでも観戦者から参加者へアドバイス出来てしまうからだ。そのため、参加者が知らないことでも知っている観戦者から情報がもたらされる事は十分考えられる。
「(さて、次の相手はどっちかね)」
警戒レベルを少しだけ上げた紅葉は二回戦を静かに見るために参加者も観戦者もいない場所へと向かった。
「今の、術式解体?」
「(さすがは香澄ちゃんですね)そのようですね」
紅葉にポカーンとした顔を見られたとは知らず見られてから数秒後、隣にいた泉美に今見たものの正否を聞いていた。
泉美はそれに答える前に一瞬でしかなかった紅葉の魔法に気付いた香澄に心の中で賞賛しながら、はっきりではないが合っているのではと返した。
「あいつ、なんて珍しい魔法使うのよ」
香澄が驚くのも無理はない。
術式解体は圧縮された想子の塊を対象にぶつけて爆発させ起動式や魔法式を吹き飛ばす無系統の対抗魔法であるため、発動するには大量の想子が必要となる。それは並の魔法師では一日かけても絞り出せないほど要求するため使い手が極めて少ない。
「阿僧祇くんって実はすごい人だったり?」
香澄と一緒に観戦していたのは泉美だけでなく、香澄とロアー・アンド・ガンナーでペアを組んでいる笠井彩愛もその場にいた。
「あいつを凄いって言いたくないけど、ぐぬぬぬ」
彩愛の言葉に反発したい香澄だが、術式解体を使えるだけでなくしっかり試合に勝っている事から少しは認めても、いやでもと不思議な葛藤をしている横で泉美は別の事を考えていた。
「(先手は間違いなく日浦さんだった。だけど魔法を無効化されてから……)」
泉美の頭の中では、今の戦いの流れがリピートされていた。
「(無効化したのは術式解体。いえ、確か
泉美が紅葉の魔法を知ったのは新入部員勧誘週間の時である。大規模な魔法乱闘を鎮める為に放った魔法。それが八握剣だった。
「(八握剣で魔法を無効化された日浦さんは突然のことに混乱し、その隙をついて阿僧祇さんは攻撃した)」
紅葉が最後に放った魔法は予想はついているもののそこまで珍しい魔法ではなかった為、深く考える必要はなかった。
どちらかというと泉美は紅葉の使った魔法ではなく試合展開について頭を巡らせていた。
そして今、試合が始まる少し前に紅葉と話していたことを思い出していた。
「(出たとこ勝負と言っていたわりにはスムーズな展開)」
作戦はあるのかと聞いた泉美にそんなものはないと答えた紅葉。
しかし蓋を開けてみれば紅葉の動きに無駄はなかった。
最初から魔法の無効化で日浦が驚くことまで計算していたかのように冷静に対処していた事から全て計算通りなのだろうと。
「(普段とは大違いですね)」
それが泉美には今までの教室や生徒会室で見てきたどこか適当感のある阿僧祇紅葉とは違うように思えていた。
実は紅葉の初戦闘回だったり