「紅葉、てめぇ知ってたな!」
十四日土曜日。
紅葉が教室に入ると待ち伏せしていたかのように坊主頭の男子、籠坂龍善が迫りよってきた。
「なんだ藪から棒に?」
紅葉は少し驚きはしたものの、すぐに龍善の横を通り過ぎて自分の席についた。
「藪から棒にじゃない。これだ、これ!」
そう言って龍善はバッと紅葉の前に自身の情報端末を突き出した。そこには今日行われる選抜戦の内容が映されていた。
「あぁ、これか。お前も出るんだったな」
「昨日委員長に言われたんだよ。あんた、明日これがあるからって軽くな!」
「それは災難だったな」
どうやら花音は生徒会から通達していた守秘義務を守っていたようだ。
「(あいつの性格からして、おもしろ半分って感じだろうが)」
花音の性格を知っている紅葉としては、風紀委員長という立場で守秘義務を守ったのではなく、決められていた選抜戦告知解禁日に知らせた方が面白いと思っていたに違いない、と思っていた。
だから心の中で龍善に向けて合掌する。
「しかも、負けは許さないって言われたんだぞ」
「そうか、頑張れよ。あぁ、俺と当たったら負けてくれていいぞ」
「ふざけんなこら。お前、いつから知ってた?」
さてどうしたものかと思案する。
紅葉としては龍善は今のところ気心の知れた友人の一人だと思っている。
本当の事を言っても、特に気に留めないかもしれないが一応隠しておくかと口を開く。
「んー、昨日会長からとつぜ──」
「いつから知ってた?」
「……」
どうやら隠しても無駄なようだ。
「二週間前ぐらいだな。安心しろ、俺が全部知ったのは昨日だ」
「なにも安心できないんだが?」
そりゃそうだと内心で同意しつつ少しだけ龍善に身を寄せ、人差し指で彼に近づけと指示を出す。要は内緒話の姿勢である。
「なんだ?」
「ここだけの話、他の奴らは準備万端だろうから頑張れよ」
「うへぇマジか」
聞きたくなかった悲報に龍善の顔が歪む。
と、そこで紅葉は一つ訂正を入れた。
「あー、でも七宝の奴は違うかもな」
「七宝?」
「そっ、あいつ部活連からだからな。服部会頭が告知解禁日前に言うわけがないだろうよ」
「あー、確かに」
「(まっ、あいつの場合、準備なんか必要なさそうだけどな)」
七宝の事に興味などないものの、七宝と七草の双子が戦っていたのを見ていた事と、あれ以降、紅葉と七宝に接点などはなかったが服部から度々部活連内の話に七宝が出てきた事もあってある程度、実力は測れていた。
それを加味して現時点で紅葉の七宝に対する評価は±〇となっている。
「まぁ、アレだ。当たったら心置きなく負けてくれよ」
ちょうど良く話が終わった所で予鈴が鳴った。
紅葉は龍善に席に戻れと手で払うようなジェスチャーとあながち本心に近い言葉を言ってやる。
なにせ七宝と違って龍善の情報は少ないのだ。驚異レベルで言えば龍善の方が高くなるのは仕方がない。
「ふざけんな、てめぇが負けやがれ」
紅葉の言葉に龍善は中指を立てて言い返しながら自分の席へと戻って行った。
そして向かえるは午後。
「なんでお前が居るんだよ」
選抜戦参加者が集まるグラウンドには選抜戦に関係のない生徒の姿もあった。
その一人が紅葉の目の前にいる七草香澄だ。
「なんでって、こんな面白そうな事見るしかないじゃない」
「ロアガンの練習してこい」
手でシッシとあしらう紅葉。
その仕草に香澄はカチンときたのか腕を組んで「ふーんだ」と顔を逸らした。
「あんたの負けっぷりみたら行くわよ」
「性悪な」
「なんですってー!」
そんな紅葉と香澄が口撃の応酬をしている所を見ている人物が三人。
「あいつ、元気そうじゃないか」
一人は紅葉を見て懐かしんでいる、三七上ケリーという名の金色の髪に黒い肌という珍しい色彩を持ったインド&ブリテン系の三年生。
「あいつはいつもあんな調子だぞ」
もう一人はなにをやっているんだといった表情をした部活連会頭の服部だ。
三七上と紅葉は元クラスメートではないがお互い一年生の時、九校戦で選手だった事もあって知った仲ではあった。
「……先輩達は彼を知っているんですか?」
そして三人目は、細身で中背の体格の男子、吉田幹比古という生徒である。
幹比古と服部、三七上は九校戦本戦のモノリス・コードの選手に選ばれている。今日は新人戦モノリス・コードの選手を決める選抜戦があると聞いていたので見にきていた。
そこで選抜戦参加者を見ながら色々と予想などしていたら三七上と服部が紅葉を見て幹比古が疑問に思ったところだった。
幹比古は紅葉の事は名前ぐらいしか知らなかった。何度か生徒会に用事で赴いても会釈をする程度で会話など一度もしたことはない。
しかし三七上も服部も紅葉の事を知っているような口振りだった為、思わず聞いていた。
「まぁ、知っていると言えば知っているが」
なんとも歯切れの悪い答え方をしたのは三七上だ。
物事をはっきり言う彼にしては珍しいなと幹比古が思っていると
「三七上」
服部が言葉を差し入れた。
名前を呼ばれた三七上が服部の目を見ると、少し厳しめな視線になっているのに気づいた。それだけで彼が言いたい事を理解する。
「悪いな吉田。詳しくは言えないが、少し知ってるぐらいで勘弁してくれないか?」
「あ、はい。わかりました」
服部と三七上の空気からこれ以上聞いても得られる物はないと察した幹比古は素直に下がる事にした。
頭の隅であとで達也に聞けばいいかと思いながら。
「はい、ではモノリス・コード選抜戦参加者の方はこちらに来て、受付と使用魔法のチェックをします」
あずさが目視で参加者全員が集まったのを確認し隣にいた五十里に目配せする。それを受けた五十里が全員に聞こえるように大声で言った。
「阿僧祇紅葉、使用CADは汎用型と特化型です」
一人また一人と受付が終わり最後に紅葉の受付となった。彼の目の前にはあずさがいる。
「はい、確認しますね」
紅葉から差し出された二機のCADを検査装置に掛け走査が始まった。
「はい、阿僧祇くんこれ」
その間、あずさが紅葉にある物を手渡す。彼の手には八と書かれたプレートがおさまっていた。
「なんですこれ?」
「この後、トーナメント順を決めるくじ引きをするんだよ。あの箱の中に八番までのプレートが入ってて、それを吉田くんに引いてもらうの」
「吉田くん?」
「うん、吉田くん。二年生の風紀委員でね、本戦モノリスの選手だよ」
「(あぁ、三七上と服部の近くにいる奴ね)」
あまり聞くことない名前に頭を捻るのも一瞬で、あずさが誰だかを細かく説明したのですぐに理解できた。
紅葉は特に幹比古と話をしたことはなかったが古式魔法「精霊魔法」を得意とするぐらいは知っていた。
「引いた番号の順番でトーナメントに組まれていくんだよ」
「なるほど」
「終わったよ阿僧祇くん。うん、特に問題ないね」
話の切れ目を狙ったかのように五十里が調べ終えたCADを持ってあずさの横についた。
「ありがとうございます」
CADを受け取った紅葉はその場で腕輪型汎用CADを右手首に付け、短銃型特化CADは右脇のホルスターに納める。
「(さて、どこまで上手く行きますかね)」
そう思いながら振り返ると受付を終えてトーナメント順を決めるくじ引きが始まるのを待っていた七人の視線が紅葉に集まっていた。
視線は挑戦的だったり下から上まで観察するようなものだったりと様々だ。
「(まぁ、あいつらが用意してくれた舞台だ。楽しむとしますか)」
紅葉はそんな七つの視線に臆することなく不敵に微笑み返してやった。