「魔法を使うほどですか?」
紅葉達と別れた双葉と真由美は手頃な喫茶店に入り、その店の一番隅の席に座った。そして店員に注文したコーヒーが届けられるまで適当な雑談をし、届くと双葉はおもむろに自分たちの周りに遮音障壁をかけていた。
「まぁ一応ね。周りに聞かれたら気分が悪くなるのは目に見えてるし」
双葉は周りに目を配らせる。
そこには雑談してる人達、勉強している人など様々な理由で喫茶店を利用している人達がいた。この人達の邪魔をしたくない。というのは建前で本音はこの中に今から話す内容を知られてはいけない人間がいないとも限らない。
双葉はコーヒーに備え付けられたミルクや角砂糖には一切手を付けずにカップに口をつけた。コーヒーが舌を通りすぎ、苦いと感じてから彼女は気を強く保たせる。
これから話す内容は冗談混じりには話せない。それに気を強くもっていなければ平常心を保てない自信があった。
「それじゃ、何から聞きたい?」
その双葉の姿勢に気付いた真由美は背筋を伸ばして姿勢を正す。
そして自身が一番知りたかった事を口にした。
「双葉さん。あの時、二年前の九校戦最終日、何があったんですか?」
二年前の九校戦最終日。
その日、真由美は朝に紅葉の姿を見ている。しかし帰りのバスには紅葉と双葉の姿はなかった。
「やっぱりそこになるよね」
双葉にとってもあの日は突然だった。
突然、日常が壊れた。
「あの日に紅葉は……」
双葉の言葉が途切れる。
彼女は奥歯を強く噛み締め沸々とわき上がる怒りを抑え込み、真由美に真実を話し始めた。
それから一時間弱。
喫茶店で雑談していた紅葉の通信端末に双葉から連絡が入り、香澄と泉美を連れて喫茶店をあとにした紅葉達を待っていたのは、妙に笑顔に力がこもっている真由美と少し疲れた顔をした双葉だった。
二人のおかしな雰囲気に香澄と泉美は首を傾げる中、紅葉は四人に気付かれないように小さくため息を吐ていいた。
「(ほら、予想通り)」
真由美の視線が強く紅葉に刺さる。
それだけで真由美が自分の敵になったのだと確信した。
「(ホント、諦めてくれりゃ色々と楽なのにな)」
こう考えるも紅葉は自分の考えに賛同する人は皆無だろうと思っている。
「(こいつらに知られるのも時間の問題か)」
横目に香澄と泉美を見て、二度目のため息が出た。
「(たく、あいつらでさえ無理矢理納得させてどーにかなってるってのに、こいつらに知られたら説得でき……ないよなぁ。あいつら違って時間がなさすぎる)」
頭の中で色々と想像していたら頭痛が起きて精神的疲労がドッと押し寄せてきた。
「(頼むからこいつらに言わないでくれよ七草先輩)」
真由美が人の秘密を勝手に言いふらす人ではないとわかっているがそう思わずにはいられなかった。
その後、双葉は真由美と香澄、そして泉美に二、三個話かけそれで満足したのか紅葉に向き直る。
「それじゃ帰りましょうか。あ、それともまだデートして──」
「帰るに決まってんだろ」
双葉が帰るかどうかの提案をしてきたかと思えば茶化してきたので紅葉はバッサリ両断してやった。
「なーんだつまんないの。それじゃ私達は帰るね。まゆみん、かすみん、いずみん、またねー」
それにブーたれながら、仕方がないと三人の方へ振り返り手を振る双葉。
「それじゃ七草さん、失礼します。二人ともまた明日な」
「あ、紅葉くん!」
紅葉も帰る挨拶を三人にして踵を返そうとした所で真由美に呼び止められた。
「なんですか、七草さ──」
再び真由美の方へ向こうと振り返る途中で自分の肩に真由美の手が乗っているのに気づいたのも束の間、肩に乗っている手にグッと力が入り紅葉の体が傾いた。
「私も諦めないから」
そして身長差がなくなったところで真由美は紅葉の耳元で囁いた。
紅葉の肩に置いていた手を離して一歩後ろに下がる真由美。
「……頑張らなくていいですよ?」
紅葉は驚きはしたものの、真由美の言葉に『でしょうね』と納得しつつ、精一杯の反抗心を込めて言葉を返した。
七月九日月曜日から十二日木曜日まで第一高校定期試験が行われ、とくに事件や問題など起こることなく滞りなく日は進み十三日金曜日を迎えた。
この日はモノリス・コード選抜戦が一年生に告知される日。
放課後、生徒会室であずさは緊張から解放されたかのようにデスクに突っ伏していた。
いくら事前に各部の部長に打診していても日程が急である為、少しぐらい騒ぎになるだろうと予想していたあずさだったが、予想に反して生徒会に問い合わせの連絡はなかった。
「ま、いくら内緒にしとけって言われても、代表入りさせたかったら言っちゃうでしょうよ」
安堵感いっぱいのあずさを見ながら紅葉はクツクツと笑う。
定期試験が疎かにならないように一年生には選抜戦があると伝えないようにと各部長には通達していたが、それを守った部活は少なかったようだ。
なにせ、告知から選抜戦まで一日もないのだ。特訓や準備充てれる時間がないに等しい。
自分たちの部活から新人戦とはいえ九校戦の代表者が出るのは誇らしくなる上に宣伝にもなる。なればこそ、なんとしても代表入りさせたいとなれば備えさせるだろう。
「確か各部長には七月に入ったところで言ったから、早いやつだと二週間ぐらい練習できたんだろうな」
「そういう意味では阿僧祇さんなら、さらに時間がとれていたのではないのですか?」
軽く頭の中で計算した紅葉の対面にいる泉美がモニターから顔を上げて聞いてきた。
紅葉が生徒会推薦枠で選抜戦に出ると知ったのは六月下旬。そこから換算すれば二週間以上も準備に充てられたことになる。
「俺が練習しているように見えたか?」
「……してませんね」
しかし紅葉の言葉に泉美が記憶を巡らせてすぐに結論がでた。
紅葉は毎日放課後、生徒会室に来て雑務をこなし、時間がきたら帰宅しているのを泉美は見ている。長時間、生徒会室をあける日はなかったのだから、それで練習しているとは思えない。
むしろ、この人は面倒くさがってやらないだろうとさえ思えていた。
「だろ(まぁ、試験を使って、感覚の調整はしたんだがな。そのおかげでちょっとトチッたが)」
実技テストの折りに想子を意識してCADに流す調整を行った紅葉だが、それに気を取りすぎたのか少しミスをしていた。ただそれほどテストの結果は気にしていないので、そこまでやってしまった感は彼になかった。
「それよりも、選抜戦参加者をもう知ってもいいんでしょ?」
と言うのも、紅葉はまだ何人が参加するのか知らない。さすがに彼が生徒会役員とはいえ告知前から知っていては 公平性に欠ける。よって紅葉には選抜戦の大部分が秘密にされていた。
「あ、うん。今、リストを送るね」
彼の言葉に突っ伏していたあずさは姿勢を正して目の前にあるコンソールを叩く。そして、すぐに紅葉の使う端末に情報が送られてきた音が鳴った。
「どれどれ。あー、やっぱり部活連からは七宝が出るかって風紀委員は龍善かよ!?」
「知り合いか?」
あずさから参加者リストを送られた紅葉ではあるが、彼以外はすでにリストを持っていたようで各々モニターの隅などに表示させていた。
そして紅葉の驚きに達也が反応したのだった。
「知り合いってか、同じクラスですよ」
一年生の中では香澄と泉美の次に話す事が多い坊主頭の籠坂龍善の名前があるとは思わなかった。
「あとは知らない奴らだな」
他にはクロス・フィールド部やスピード・シューティング部、はたまたモノリス・コードに適性があるのかはなぞだが山岳部といった計八名の名前と所属がリストには記されていた。
紅葉がざっと見たところ七宝と龍善以外の名前には覚えはない。そして、リストを見て思ったことが口にでる。
「初戦で七宝か龍善、あとクロス・フィールド部の奴に当たれば少しは楽できそうだな」
「当たりたくないじゃなくてですか?」
そう聞いたのはほのかだった。
いつもは紅葉に対して一歩引いたような感じであまり話しかけてこないのだが、紅葉がかわったことを言ったので意味を知りたくてつい聞いてしまっていた。
「んー、まぁ初戦ならお互い情報がないですからね。先手を打ちやすいんですよ」
紅葉は出来れば初戦は七宝だったらいいと考えていた。
ふと泉美を見る。
あの時、七草の双子VS七宝を見ていたおかげで七宝が使う魔法を知っているのだ。そして七宝は紅葉がどんな魔法を使うかを知らない。これほど先手必勝を打てる相手はいないだろう。
「なんですか?」
泉美が紅葉に見られていたのに気付かれたが、彼は「いんや、別に」とシラをきった。
「まぁ、思い通りにはいかないでしょうが。で、どーやって対戦相手を決めるんです?」
「単純にくじ引きだね。細かいルールとかも送るよ」
質問に答えを返したのは五十里だ。再び紅葉の端末が鳴る。
「あざーっす。……そんじゃ、CADの調整しますかね」
「もう読んだのかい?」
送って一分も経たずに席を経った紅葉に達也以外に程度の差はあれど驚きの表情が現れていた。
「サシ勝負ってのはわかってたし、モノリスだから直接攻撃は禁止だろうって予想してましたからね。それが確認できたから大丈夫ですよ。そんじゃ調整室行ってきますわ。ついでに終わったらそのまま帰るんでよろしくー」
そう言って紅葉はカバンを持って足早に生徒会室を出て行った。
そして次の日、十四日土曜日。
九校戦新人戦モノリス・コード代表選抜戦が始まる。