西暦二〇九六年四月九日。入学二日目の朝。
登校後、クラスを確認して教室に向かう。教室に一番乗りでもなく、すでに数人の生徒がいる中、入ってきた紅葉を見るや数人が訝しむ顔をしていた。
「(ま、そういう反応になるよな)」
彼は留年して一年生ではあるが、身体の成長が止まってる訳ではない。容姿は人並みに清潔さを保っていて、髪は男にしては長めで首あたりでまとめている。身長は175cmぐらいであり、筋肉もそこそこ付いている方になる。要は、中学上がりたてに見えない風貌をしているということだ。不審がられても不思議ではない。
予想していた反応だったので、気にする事なく自分のID番号がある席を見つけて腰を降ろした。そしてすぐに、机の端末を立ち上げてインフォメーションのチェックを始める。各規則類、主だったイベント、年間行事など二年前に目を通してはいるが変更点などを確認しながら読み進め、受講登録の画面に入ったところで教室が少しざわついた。
端末画面から顔を上げると、教室にいる生徒がみな教室の出入口に意識を向けている。それに習って紅葉も顔を出入口に向けると、ストレートの髪を眉の高さと肩に触れる長さで切りそろえている女子生徒が教室に入ってくるところだった。
女子生徒は複数の視線を浴び慣れているのか、気にする素振りもなく自分の席つく。
「(七草か)」
好奇の目に晒されるなど、紅葉のように不審な奴か、有名人のどちらかだろう。
この学年で有名人は三人。そして女子生徒ならそれが七草ということは容易にわかる。七草が教室に一人しかいないという事は紅葉の予想通り、七草の双子は別々のクラスになったのだろう。結局当たりは引けなかったなと少し落ち込む。
「(まあ、誰と同じクラスになろうが関わらなければいいんだよ)」
そう思うと興味が失せたので、止めていた操作を再開した。
予鈴が鳴り、思い思いの場所に散らばっていた生徒たちが自分の席に戻る。立ち上がっていた端末が操作を受け付けなくなり、画面がリフレッシュされる。同時に、教室前面のスクリーンにメッセージが映し出された。
「(五分後にオリエンテーション開始と。ここら辺は変わらないな)」
二年前と流れが変わっていないので、このあとの流れは大体予想できた。
本鈴と共にカウンセラー担当の先生が来て、カウンセリングの説明が始まる。それが終わると各端末に学校に関するガイダンスが流れ、選択科目の履修登録を行って、オリエンテーションが終了となる。彼が履修登録まで終わらせていたのは、履修登録が終わっていれば退席していい事を知っていたからだ。そして、本鈴が鳴ると予想通りになり、最速で教室を出る事が出来た。
一年生は入学二日目で早速授業が始まる訳ではなく、先輩達の授業を見学出来る期間が今日明日と設けられている。
これは専門課程に馴染みの薄い新入生の戸惑いを少しでも緩和させるための措置になる。しかし紅葉は二年前から魔法の授業を受けていた身なので、見学に行く必要はない。さらに、上級生は普通に授業が始まっている。彼をこき使おうとしている連中は、授業を受けていることになる。要は、彼は明日の放課後までは自由なのだ……と思っていた。放課後1-Bに彼にとって思わぬ人物が来るまでは。
「阿僧祇紅葉くん、それに七草泉美さんはいるかな?」
放課後、紅葉が帰り支度をしていると教室が急にざわついた。『なんだ?』とざわついているもとに目を向けると思わず彼の口から「うげ?!」と変な声がでてしまった。それは仕方がないことだ。「いるかな?」と訪ねながら、視線をしっかり紅葉にロックしている三年生、五十里啓が立っていたのだから。
すでに五十里によって視線ロックされていることから、「阿僧祇って誰だ?」とはならず、変な声を出してしまったことも合わさり紅葉に教室の視線が集まっていた。注目されている片方、七草は首を傾げて「私ですか?」という表情をしている。
知らんぷりするのを断念してカバンを持って五十里に近づく。その目で『なんの用だ』と訴えるも、少し遅れて隣に泉美が来たことで五十里から返答は貰えなかった。
「こんばんは。生徒会の五十里です。少し生徒会室に来てもらっていいかな?」
「わかりました」
「……了解です」
ここで紅葉は予定が変わったのだと気づいた。彼は昨日の復学祝の場の最後にあずさと五十里から明後日に生徒会に呼ぶと言われていた。それが何かの理由で前倒しになったのだろうと予想し、頷き返していた。
「泉美」
教室を出ると、五十里の後ろにいたのか癖のない髪をショートカットにした女子生徒が現れた。七草の双子の片方、七草香澄である。
入学式の時は後ろ姿しか見ることはなかったが、こうして改めて見ると二歳上の先輩に似ているところはあるなと妙な納得感を紅葉は感じていた。
「香澄ちゃんも呼ばれたのですか?」
「そうだよ。何の話しかな?」
香澄は近くにいる紅葉の事は気にせず泉美と会話を始めた。紅葉としても無関心でいられた方がありがたいので、彼女たちに話かけることなく五十里の横について歩き始める。そして小声で問いかけた。
「で、前倒しって解釈でOKです?」
「うん。突然ごめんね。明日、別件が入って中条さんがいないんだ。だから、今日になったんだ」
「なるほど、それなら仕方がないですね」
ここで五十里に適当な事を振って話を続けようとしたら、後ろを歩いている双子の会話が聞こえなかった。どうかしたんだろうか?と思い後ろを見ると、双子の目が紅葉と五十里に向いている。そして、紅葉の対角上だった為か香澄と目がばっちり合ってしまい彼女は慌てて目を逸らしていた。
「すみません、阿僧祇さんは五十里先輩とお知り合いなのですか?」
恥ずかしくなったのか、顔を伏せてしまった香澄に代わり泉美が聞いてくる。
「ああ、五十里先輩とは家の関係で知り合いなんだ」
さすがに本当の事、紅葉が留年していて二年前からの友人であると、いきなり言える訳もなくぼかした言い方になる。ただ、家の関係という点もあながち間違ってもいないので嘘ではない。
「そうなんですか」
それだけで納得したのか、その先は聞いてこなかった。
「ねえねえ泉美」
「なんですか香澄ちゃん」
いや、
「彼、誰?」
「……」
香澄の呆れた質問で聞けなかっただけに違いない。
ここまで二年生出てこず。