魔法科高校の留年生   作:火乃

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疑惑6

「それでどっちが紅葉の彼女さんなの?」

 

 ちょうど紅葉が真由美に気付いて驚いた時と同じく双葉は香澄と泉美をエスカレーター近くに備えられてはいるベンチに座らせ質問したところだった。

 

「か、かかか彼女?!」

「どこを見てそうだと」

 

 双葉の言葉に慌てる香澄と目が据わる泉美の様子に双葉は内心で「これはこれは」と盛大にお節介を焼きたい気持ちが沸いてきていた。

 それほどまでに二人の態度は違えど表情は似たように赤らめていたのだ。これを脈ありと思わずにはいられなかった。

 

「それに阿僧祇さんは先程、彼女を作る気はないと言っていたと思いますが」

 

 しかし泉美のカウンターに双葉は内心「そうなんだよねー」と同意する。いくら紅葉の相手となりえそうな人が脈ありの様に見えても、当の本人にその気がなければ大した意味はないことなど双葉にはわかっていた。

 それでも可能性の一つとして賭けたい気持ちはある為、期待せずにはいられなかった。

 

「え? 泉美、それどういう事?」

 

 そんな複雑な気持ちを抱いている双葉とは別に経緯を知らない香澄は泉美の言葉に疑問を呈していた。

 

「どういうことも何も、そのままの意味だと思いますよ」

「……(じゃあ本当に会長とは付き合ってない?)」

 

 その話が本当であれば自身が抱いている疑問は解消されるのだが、別の疑問が生まれてしまった。

 

「(でも、なんで作らないんだろ……って何を考えてんのよ!)」

 

 紅葉の「彼女を作らない」発言の意味を考えてようとして寸前で思考を止める。

 

「(あいつが彼女を作らないんだったらそれでいいじゃない)」

 

 紅葉に彼女がいないとわかっただけでも香澄の心にかかっていたモヤモヤは少しだけ晴れたので、彼女はこれ以上深く考えない事にした。

 そんな香澄を泉美は横目に見ていた。

 

「(察するに、自己完結したのでしょう)」

 

 誰に何を示す訳もなく香澄は腕を組み強く頷いていた。その様子から泉美は香澄が抱いていた疑問は解消されたのだろうと推測。

 

「(それにしても……)」

 

 泉美は視線を香澄から双葉へと移した。当の双葉は香澄と同じように腕を組んではいるが悩み顔で「ホント、あいつどうしたらいいかなー」と独り言を呟いている。

 

「(この人はなぜ、阿僧祇さんの彼女を作ろうとしているのでしょうか?)」

 

 普通に考えれば姉のお節介か面白がっているかなのだが、どうにも違うように思えていた。

 

「(彼女を作らない阿僧祇さんと作らせたい双葉さん。……いくら考えてもわかりませんね)」

 

 あまりにも情報が少なすぎるため、頭の中に納得できる程の答えは一つも浮かんでこなかった。ただ一つだけわかったことがある。

 

「(阿僧祇さんは、何かを隠している)」

 

 紅葉が「こいつにはその話はナシだ」と言っていた事が泉美の心に靄をかけていた。

 そんな二人の心情変化をよそに双葉のもつ情報端末が鳴りだした。

 

「っと、二人ともごめんね。あぁ、紅葉? やっぱりそっちに行ったんだね」

 

 そして二人に断りをいれた双葉は着信音に応じるとそれは紅葉が真由美と一緒にいるというお知らせだった。

 

 

 

「やあやあ、まゆみん。声では昨日ぶり、会うのは二年ぶりね!」

 

 真由美の質問から逃げるように双葉に連絡をとった紅葉は真由美を連れて、今いる男性物のフロアから一階降りた女性物のフロアに移動していた。

 そこで待っていたのはいつも通りに笑っている双葉とジト目の泉美、そして妙に晴れた顔の香澄が二人を待っていた。

 三者三様な表情に紅葉は待ってる間、双葉が二人にいろんな事を吹き込んだんだろうと呆れた表情で双葉を見る一方、笑ったまま真由美に目を向けていた双葉はそんな事を言っていた。

 

「双葉さん、今日は逃がしませんよ」

 

 そんな双葉を据わった目で見る真由美。昨日一方的だった事を根に持っているようだ。

 

「もちろん、逃げも隠れもしないわよ。だからここにいるんだもの」

 

 真由美の言葉に胸を張って言葉を返す双葉。その姿を見て真由美はこの人は本当に変わらない人だなと思っていた。

 

「その前に、紅葉」

 

 双葉はケラケラと笑ったまま、そこでようやくずっとこっちを呆れた目で見てきていた紅葉と目を合わせた。

 

「なんだよ?」

 

 この時、紅葉は直感する。

 弟であるからこそわかる事がある。この姉の顔は碌な事を言わないと。だから何を言われても大丈夫なようにと気構えた。

 

「私、まゆみんを連れて行くから、妹ちゃん達をよろしくね」

「あ?」

 

 しかし思っていたよりも謎の言葉を言われた為、呆けてしまった。そんな紅葉を尻目に双葉は、自身の隣にいる香澄と泉美に向き直り

 

「そんな訳で、かすみんにいずみん、まゆみんは借りてくよ。まぁしばらく紅葉とデートしてて」

 

 紅葉としては耳を疑いたくなるような事を言いはなっていた。

 

「え?」

「は?」

 

 それは香澄と泉美も同じだったようで、目が点となって固まる。

 そうして双葉はいつもの如く一方的に言いたい事を言って話し終えたとばかりに真由美に向かって「さ、行こうか」と声をかけていた。

 そこに待ったをかける弟が一人。

 

「ちょっと待て姉貴!」

「なによ紅葉?」

 

 なにか文句でもある? と言った感じの目を向ける双葉。

 

「文句大ありだボケ。姉貴達がいなくなるんだったら、こいつらと一緒にいる意味ねえだろ。俺は帰るぞ」

 

 紅葉の目的は姉の付き添いであって、香澄と泉美とデートする事ではない。双葉一人で真由美に話をすると言うのであればこの場に残る理由はなかった。

 

「へー、そんな事言っちゃう?」

 

 しかし、双葉はそれを良しとしない。帰られては狙っている効果が得られない。

 だから、絶対に帰れない言葉を使う事にした。

 おもむろに紅葉に近づき耳元で囁く。

 

「だったら、二人にも話すわよ?」

 

 その言葉に紅葉の顔は苦虫を噛み潰したように歪んだ。

 

「ぐっ、てめぇ卑怯だろ」

 

 紅葉の中で自身に起きた事は、出来る事ならこれ以上他人に知られたくないと思っている。特に在校生、もっと言ってしまえば一年生には最後まで話す気はなかった。知られてしまえばどうなるのかわかりきっているからだ。

 それを双葉は人質にとった。

 紅葉が在校生に自身に起きた事を話さないのは今の彼の結論からわかっていた。

 しかし双葉はその結論を絶対に受け入れたくないと拒絶している。

 もう使える時間も限られてきている為、使える手は使うと決めていた。それで紅葉の双葉に対する評価が下がろうとも構わないと。そうなったら悲しいと思っているが。

 

「卑怯で結構。で、どうする? 帰る?」

 

 心の中で双葉は「ごめんね、紅葉」と謝っていた。

 

「たく、わかったよ。二人とも行くぞ」

 

 紅葉は雑に頭を掻きながら渋々と白旗を上げた。そして香澄と泉美を一瞥してから歩き出す。

 

「あ、阿僧祇さん」

「え、ちょっと。えっと、お姉ちゃん?」

 

 それまで固まってよくわからないまま紅葉と双葉の会話を聞いていた香澄と泉美はどうしていいかわからず二人は真由美と紅葉を交互に見て慌てていた。

 

「二人とも、少しの間紅葉くんと一緒にいてくれる?」

「お姉ちゃんがそう言うなら」

「わかりました」

 

 真由美のお願いに二人は渋々と頷き返す。そして二人は双葉に一礼した後、紅葉を追った。

 

「阿僧祇!」

「阿僧祇さん」

 

 だが、すぐに紅葉の背中に追いついた。

 どうやら彼は普段の歩幅の半分ぐらいで歩いていたようだ。

 二人から呼びかけられた紅葉は気怠そうに振り返る。

 

「あー、お前ら行きたいとこあるか?」

 

 紅葉は行き先を決めずに歩いていたようで、気怠さの中に気まずさが見え隠れしているような表情だった。

 

「私は特にありません。香澄ちゃんは?」

「ボクもないかな」

 

 紅葉の問いにすぐに応じた泉美は香澄にはありますかと流すも香澄も同様に特に行きたい場所はなく首を横に振っていた。

 二人の答えを聞いた紅葉は一息吐いて、

 

「なら、少し休むか。つーか俺が休みたい」

 

 そう提案していた。

 

 

 

 

 

「阿僧祇さん、今日はお姉様に会う予定だったのですか?」

 

 ここは副都心のとある喫茶店。

 もともと紅葉と双葉はこの喫茶店で真由美と待ち合わせする予定だった場所である。

 双葉と真由美は喫茶店に向かう道とは真逆に行ってしまったためこの店ではないと踏んだ紅葉はこの喫茶店を休憩場所に選んだのだった。

 店に入って上座、壁側にある長椅子に双子を座らせた紅葉はその対面──正面に香澄、右斜めに泉美──に腰を下ろしていた。

 お互い飲み物の注文が終わり紅葉が出された水に口をつけた時だ、泉美からそんな質問をされたのは。

 

「いや、それは姉貴の予定だな。俺はただの荷物持ちだ」

 

本当は付き添いだけなのだが、それでは余計な詮索にあいそうと思った紅葉は当たり障りのない役割、荷物持ちに変えていた。

 

「今日はのんびり過ごすつもりだったんだが、姉貴が夏物の服が欲しいから付き合えって言ってきてな。んで、道中で七草さんに会うって聞いたんだよ」

 

 本当なら真由美に会うまで時間がありそうだったから買い物していただけなのだが、それを逆転させ自分はあくまでも「ついで」に仕立て上げる。

 

「ねぇ、阿僧祇は前からお姉ちゃんと知り合いだったの?」

「まぁ、姉貴経由だけどな。てか、お前。よくも人前で人のことをナンパ男って大声で呼びやがったな」

 

 そこでようやく紅葉は香澄にナンパ男と呼ばれた事を思い出した。どちらかというと、真由美との関係について色々と詮索されないようにと話題を変えただけなのだが、ナンパ男というレッテルは剥がしておきたかった。

 

「あ、あれはあんたが悪い!」

 

 それを今思い出すかといった風に香澄の顔に羞恥心が浮き上がる。

 どうやら香澄は自分が勘違いしていたのを理解していたようだが、自身の性格から素直に認められなかったのかそれとも紅葉からの指摘に反発心が沸いたのか、紅葉にそう言い返していた。

 その言葉に紅葉は妙な安堵感を得ていた。

 

「いやいや、あれはお前お得意の早とちりだろ」

 

 そういえば香澄とはなぜか気まずいままだったなと思い返しながら、こういった言葉の応酬は不思議と久しぶりのように感じていた。

 

「お得意って何よ! あんたが泉美の肩に手をかけて、その顔が困っていたら誰もが──「香澄ちゃん」──って何よ泉美」

 

 そんな紅葉が安堵感を得て気だるさがあった表情から穏やかな顔になった事にも気づかないまま、香澄はいつも通りヒートアップして行くのだがそこに泉美がストップをかけた。

 

「周りを見てください」

「周りって……あっ」

 

 泉美に促されるまま周りを見ると他の客の視線が自身に集まっているのに気づいてしまった。ヒートアップしていた気持ちが羞恥心へと変わっていく。

 

「自業自得だな」

 

 顔を真っ赤にした香澄を見ていた紅葉はいい気味だと言わんばかりにニヤニヤしていた。

 

「あんたのせいでしょう!」

 

 それを目にした香澄はキッと紅葉を睨みつける。

 

「香澄ちゃん」

「ぐぬぬぬ」

 

 そして再び噛み付こうとしたがまたしても泉美に止められるのだった。

 

「それで阿僧祇さん。双葉さん経由で知り合ったとは?」

「この流れで話を戻すのかよ。まぁいいけど」

 

 出来れば紅葉にとってはうやむやにして終わってほしかった話題なのだが、どういう訳か泉美がサルベージしてきてしまった。

 真由美とどう知り合ったのかは、本来なら二年前、在校時に先輩後輩関係だったと言えれば楽でいいのだが、香澄には留年している事を教えていない。この先も教える気はない為、色々とあやふやに答える事にした。

 

「姉貴が九校戦の選手として出場した時があってな、って、姉貴が一高の卒業生だって知ってるよな?」

「はい、お姉様の先輩なのですよね?」

「そうそう。んでだ、それを見に行った時に姉貴から七草さんを紹介されたんだよ」

 

 何年前などの時系列は隠しているが概ね真由美との初対面は紅葉の言った通りだった。

 詳しく言うと、紅葉が中学三年生で双葉が二年生、真由美が一年生の時、九校戦の会場で双葉に「私の弟でーす」と当時の九校戦選手とサポーターに紹介されていたのが真由美と紅葉の初対面であった。

 

「こうして顔を合わせたのは数年ぶりだな」

 

 理由が理由ではあるが一応、間違いではない。

 

「それよりも、お前ら試験前だってのにショッピングとは余裕だな」

 

 そしてまた区切りがいいと踏んで話題を変える紅葉。

 

「それ、あんたもでしょ」

 

 紅葉の話題転換にさして何も感じていない香澄はそのまま話題にのっかっていく。しかし泉美はそうもいかなかった。

 

「(また、話題を逸らした)」

 

 話題がかわったところで注文していた飲み物がそれぞれの前に置かれる。

 

「(お姉様の話題をそんなにしたくないのでしょうか? それとも香澄ちゃんに年上であると知られる事を警戒している?)」

 

 紅葉としてはどちらも正解ではあるのだが、そんなことを知る術を持たない泉美はミルクティーを口に寄せながら疑いの眼差しを紅葉に向けるのだった。

 


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