魔法科高校の留年生   作:火乃

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疑惑5

「(あー、こりゃどうにもならねーな)」

 

 振り返った先にいた楽しそうな笑みの双葉を見て紅葉は早々にその場から逃げる事を諦めた。

 

「阿僧祇さん?」

 

 そんな様子を見ていた泉美はなぜ紅葉が焦って振り返ったのかわからず小首を傾げていた。

 

「紅葉、どちら様かな?」

 

 しかしその理由も彼の後ろから現れた女性の姿を見てなんとなく察する事は出来た。

 

「(綺麗な人ですね。阿僧祇さんの焦り様からして、もしかして)」

 

 泉美は昨日の香澄との会話にあった紅葉があずさと付き合っているのではないかという内容を思い出した。それは香澄の思い込みによるものが強く噂にもなっていないレベルの事だったのだが、この状況を見るとあずさと付き合っている可能性は低くなっていた。しかし、泉美の頭の中には別の可能性が高くなっていた。

 焦るという事はそれは見られたくない事。だから目の前の女性は紅葉と付き合っているのでは、と。

 

「あらあら、可愛いお嬢さんね。紅葉の彼女さんかしら?」

 

 しかしそんな疑念は目の前の女性、双葉から発せられた言葉ですぐに消えていた。

 

「(もしかしてこの人は。いえそれよりも……)」

 

 行き着く答えの解を求めるよりもあまりにも無視できない言葉に泉美が何かを言おうとするがそれよりも先に口を開いたのが

 

「ちげぇよ」

 

 呆れた顔をした紅葉だった。

 言葉的には強めな否定だった事に泉美は無意識にムッとする。

 しかしその感情を自覚する前に次の紅葉の言葉に意識が向いていた。

 

「俺が彼女なんて作るつもりがないの知ってんだろ」

「……(作るつもりがない?)」

 

 その言葉がどういった意味のものか考えようとした時、目の前の双葉から「紅葉」と怒気を増した言葉が発せられた為、そちらを見るや彼女は見るからに怒っていた。

 

「私がその手のセリフ、嫌いなの知ってるわよね?」

 

 突然、今にも一戦始まりそうな雰囲気になり泉美だけでなく周辺にいた他のお客にまで注目され始める。

 

「ちょい待てって。話を振ったのは姉貴だろうが。つーか、こいつの前でその話はナシだ」

 

 だが紅葉は、注目されている事ではなく別の事に焦っていた。それに気づかない泉美ではない。

 

「(その話?)」

 

 今の話の流れのどこかに泉美には聞かれてまずいワードがあったようで、それに対して紅葉は焦っていた。

 

「……たく、あとで説教だから」

 

 その焦りに双葉も気付いたのか渋々下がる事にした。ただでは下がらなかったが。

 

「はいはい、あとで十分聞いてやるよ」

 

 姉の小言によって今日一日丸潰れになる事が確定した紅葉は双葉の言葉を流し気味に受け取り、泉美に数歩近づく。

 

「悪いな泉美、ちょっとあっちに行こうぜ」

「え、阿僧祇さん?」

 

 さすがに注目されている事には気付いていたので、このままここで話を続ける気は紅葉にはなかった。だから紅葉は泉美の肩に手をかけ、強制的に泉美の身体を反転させてからそのまま背中を押すように歩き出す。

 その突然の行動に考え事をしていた泉美の思考はついていかず、なすがままに動かされていく。

 双葉も二人の後ろをついて行くように歩き出したが、数歩遅れてから歩き出していた。彼女の視線は紅葉達ではなくやや右側に向いていた。

 

「(タイミング良すぎ)」

 

 微笑が漏れそうになるのを我慢する。

 そこには目的の人の姿があったのだから。

 

 

 

 

「(さーて、泉美がいるって事は香澄もいるだろうな)」

 

 泉美の背中を押しながら歩く紅葉は、次の展開を予想していた。

 今日の紅葉と双葉の目的は七草真由美と会う事。にも関わらず最初に会ったのは真由美の妹である泉美だった。となれば泉美は偶然この場に居合わせたのではなく真由美が連れてきたのだろうと予想がつく。そうなれば泉美だけでなく香澄もいるのだろうと。

 

「(まさかとは思うが、姉貴が先輩に二人を連れてこいなんて言ったんじゃないだろうな?)」

 

 そのまさかは見事に的中しているのだが、双葉がそれを明かす気はないため、紅葉が知る日はなかった。

 そんな事を考えながら歩いていたからか突然「こらーっ!」という怒りと非難を乗せた甲高い声が紅葉の耳に飛び込んできて珍しくビクリとしてしまった。

 

「泉美から離れろ! このナンパ男!」

「げっ」

 

 紅葉は名指しで泉美と言っている事からナンパ男が自分なんだろうなと瞬時に理解しながら甲高い声がした方に目を向けると小柄な少女、七草香澄が一直線に駆けてくるのが見えた。

 

「香澄ちゃん!?」

 

 泉美の方はといえば、名指しされた事と聞き慣れた声で誰なのかすぐに理解していた。

 泉美は駆けてくる香澄を見てから後ろにいる紅葉へと顔を向けるが突然腕を引かれる。

 

「え?」

 

 紅葉は香澄の勢い的に目の前で止まるとは思えなかった。なにかしらの攻撃はあるだろうと予想して、目の前の泉美をどうするかを考えた。

 前に突き出して自分から離す事も考えたが、突然突き出されたら躓いて転んでしまうかもしれない。

 ではどうするか。

 ならばと、紅葉は泉美の背に当てていた左手で彼女の右手首を握った。

 

「あ、阿僧祇さん?」

「とりあえずこっちだ」

 

 前がダメなら後ろ、ということで紅葉は泉美を引っ張って来た道を戻る事にした。

 すぐ後ろに双葉がいると思っていたが思いの外、離れていたことに内心毒づきながら姉のもとに近づく紅葉。

 

「姉貴、こいつとあっちからかけてくる奴は先輩の妹だから」

 

 そして近づくやいなや泉美を双葉の前に出して彼女とこちらに駆けてくる香澄をそれぞれ指差して真由美の妹だと説明した。

 

「あー、やっぱり? どことなーく似てるのよねって紅葉?」

 

 双葉は泉美と香澄の名前は知っていたものの姿までは知らなかった。ただ泉美の面影からこの子が真由美の妹なのだろうと感じてはいた。

 と思っていたらなぜか紅葉は泉美を置いて離れようとしている。

 

「そんじゃ、俺は逃げるから先輩と合流したら適当に呼び出してくれ」

「逃げるってあんたね」

「じゃ、あとはよろしく姉貴」

 

 そう言って紅葉は女性物のエリアから走り去っていった。

 

「たく、あいつは。まぁいいか」

 

 やれやれと困ったようなそぶりをしながら困惑顔の泉美に苦笑気味に微笑んだ。

 

「うちの弟がごめんね」

「い、いえ。その弟という事はあなたは」

 

 泉美は紅葉が双葉の事を姉貴と呼んでいる事に気づいていた。だからもう双葉が紅葉の彼女かどうかは疑ってはいない。

 

「そ、紅葉のお姉さんだよ。自己紹介したいけど、それは彼女が来てからにしましょう」

 

 双葉は駆けてくる香澄に目を向ける。

 

「は、はい」

 

 泉美もそれに合わせて香澄に目を向けた。

 香澄の目は自分たちを見ていないようで泉美と双葉の後ろ、逃げ去る紅葉に「こらー! 逃げるなー!」と声と共に向けられていた。

 少ししてから香澄は泉美のもとにたどり着いて彼女の肩を両手でガシッと掴んだ。

 

「泉美大丈夫!? 何もされてない?!」

「香澄ちゃん落ち着いて下さい。私は何もされてませんよ」

「あのナンパ男、どこ行った! 見つけたらただじゃおかないんだから」

「あの香澄ちゃん。そのナンパ男と言ってる方ですが……」

 

 と泉美が頭に血が上りきっている香澄を落ち着かせようとナンパ男の正体を言おうとしたその時、隣からクスクスと笑い声が聞こえてきて二人は同時に声のする方を見た。

 

「あーおっかし。あいつがナンパしてくれたらどれだけ嬉しい(・・・)事やら。でも、()のあいつじゃ絶対にナンパなんてしないよ香澄ちゃん」

 

 香澄の言葉に笑ってしまった事に「ごめんごめん」と小さく謝りを入れてコホンと小さく息をつく双葉。

 そこでようやく香澄は自分の目の前、泉美の隣に立っている双葉に気が付いた。

 

「……えっと、誰?」

 

 もちろん香澄は知りもしない女性の為、頭に沢山の?が浮かんでいる。

 双葉はその様子が可愛らしくてまた小さく笑い出しそうになるのを寸前で耐えて口を開いた。

 

「さてと、それじゃ自己紹介といきますか。私は阿僧祇双葉。さっきこの場から逃げた阿僧祇紅葉のお姉さんです」

「あ、阿僧祇のお姉さん? え、まって、さっきの男って……えぇー!?」

 

 突然、紅葉の姉が登場するだけではなくナンパ男と思っていたのが紅葉だったとは少しも思わなかった香澄は、人目を憚らず──先ほどから大声で叫びながら走っていたので今更だが──驚きの声が上がった。

 

「な、なななんで阿僧祇がここにってお姉さんってどういうこと?!」

 

 どうやら香澄の頭は相当パニックになっているようで両手で泉美の両肩を掴みガシガシと泉美を揺らしていた。

 

「か、香澄ちゃん落ち着いて下さい」

 

 それをなんとか落ち着かせようとする泉美を見ていた双葉は疑問を抱いていた。

 

「あれー? 真由美から聞いてないの?」

 

 どうやら真由美が二人に自分たちの事を言わずに連れてきたのが意外だったようだ。

 

「「え?」」

 

 双葉の言葉に泉美を揺らしていた香澄は止まる。そして二人して双葉を見た。

 

「その様子じゃ聞いてないっぽいね」

「もしかしてお姉様の言っていた急用とは」

「あぁそういってたのね。そっ、今日ちょっと真由美に用事があって呼び出したのよ」

「あの、あ、阿僧祇さんのお姉さまは──「双葉でいいわよ」──双葉さんは」

 

 紅葉と呼び方が被ると思った泉美は一瞬どう呼ぶ迷ってから無難に「阿僧祇さんのお姉さま」と呼んだが、双葉がすぐさま気軽に呼んでいいと言った。

それに内心でありがとうございますと思いながら言い直す泉美。

 

「お姉様と同い年なのでしょうか?」

「一個上だよ。真由美は私の後輩になるね。さて、ここじゃなんだからちょっと移動しよっか」

 

 ちょっとした悶着があったからだろう先ほどからチラチラとこちらを店員やお客が伺っているのに双葉は気づいていた。

 彼女は二人に軽くウィンクして付いてくるように促して歩き出す。

 

「ねぇ泉美、今日これから何があるの?」

「私にもわかりません」

 

 そういって二人は双葉の背中を追うのだった。

 

 

 

 

 

 その頃紅葉は、女性物のフロアの一階上の男性物のフロアにあるベンチに息を切らしながら座っていた。

 

「ぜーぜーぜー、クソッ、無駄な体力使った」

「香澄ちゃんがごめんね紅葉くん。はいお水」

「あぁ、サン……キュー……」

 

 右隣から差し出されたペットボトルを受け取り、礼を言ったところで紅葉の動きが止まる。

 彼の目はペットボトルから相手の腕に向かい顔へと辿り着いたところで隣にいるのが誰なのか認識した。

 そこには七草真由美が申し訳無さそうに座っていた。

 

「七……草先輩?」

「お久しぶりだね紅葉くん」

 

 実は真由美、女性物フロアから逃げ出した紅葉を密かに追ってきていた。

 そんな不意打ちをつかれた紅葉は完全に固まっていた。

 まさかこんな反応になるとは思っていなかった真由美は少しずつアワアワしだす。

 

「あ、あれ? 紅葉くん?」

「……」

「紅葉くーん?」

「……」

「ね、ねぇ大丈夫?」

「ハッ……あぁびっくりした」

 

 数回の呼びかけでようやく再起動した紅葉は受け取ったペットボトルを脇に置いて両手で目をこすった。

 

「そんなに驚くことかな?」

 

 心外だと言わんばかりに膨れっ面になる真由美。

 

「いやさすがに驚きますよ。ただでさえ会うことに勇気がいるってのに、心構えする暇なく隣に現れたんですから」

 

 正直な話、紅葉は真由美と会いたくはなかった。正確には一人では、である。双葉が一緒にいるなら話は別なのだが、この状況にはなりたくなかった。

 

「……そんなに私と会うのが嫌だった?」

 

 少し悲しそうな表情になる真由美を見て罪悪感を覚えたからか表情は苦笑いだった。

 

「嫌ではないですよ。ただ、俺は先輩に何も話す事がないんですよ」

「どういうことかしら? 今日は、その、あの時何があったのか話してくれるんじゃないのかしら?」

 

 昨日双葉から連絡をもらった時から二年前に何があったのか教えてもらえるものだと思っていたのだが、紅葉の口からは真逆の事を言われてしまい困惑する。

 

「えぇ、それは姉貴が話すと思いますよ」

 

 否定されたかと思えば肯定されてますます意味がわからなくなる。

 

「えっと、どういうこと?」

「だから俺からは何も言いません(・・・・・・・・・・・)

「それはどうして……」

 

 そこでようやく意味を理解した。

 双葉は話すが紅葉は黙秘するということだ。なんでそんなややこしいことになっているのかと聞こうとしたがそれよりも前に紅葉の口が開いた。

 

「ぶっちゃけ先輩にはこのまま姉貴に会わないで帰ってもらいたいんですが、どうです?」

「ど、どうです? じゃないわよ! 聞けずに帰れるわけないでしょ!」

 

約二年も謎だった事がようやく明かされるのだ。このまま帰る選択肢は真由美にはなかった。

 

「ですよねー。すみません、ただの悪あがきです。今のは忘れてください」

 

 それは紅葉もわかっていたようでため息混じりに謝った。

 

「悪あがきってどういうことなの?」

 

 しかし真由美は謝られた事よりも、意味のわからない言葉に反応していた。

 

「……姉貴の話を聞いたら先輩、間違いなく敵になりますからね。ま、どう足掻いても防げないのはわかってたんですけど」

 

またしても意味がわからない、というよりも心外な言葉が出てきて真由美は紅葉にズイッと近寄る。

 

「敵ってどういうこと? ねぇ、紅葉くん、いったい何があったの?」

「言ったじゃないですか、俺は何も話さないって。さ、姉貴と合流しますかね」

 

 そう言って紅葉は近寄った真由美を避ける様に背を向けながら情報端末で双葉に連絡を取るのだった。

 






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