魔法科高校の留年生   作:火乃

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疑惑1

 魔法科高校を困惑と混乱の渦に放り込んだ通達から、一夜明けた七月三日、火曜日。

 大会の公式サイトに詳細が公表されたことを受けて、競技種目に関係のあるクラブでは一喜一憂する生徒が大量発生した。そして当然のように、生徒会は問い合わせの嵐に襲われた。しかし、前日に服部達三年生(一人一年生)のおかげで、あずさの復活に成功したことにより競技から外された種目に出場予定だった生徒が所属するクラブの部長に対する事情説明の内容や手順、選手の再選考案、さらに新競技に必要な器具の手配などの確認が話し合われた為、問い合わせにはスムーズに対応することができていた。だからと言って疲れがないわけではない。この日、校門を出た時には、生徒会役員の全員が疲れきった顔をしていた。

 

「だー、づがれだー!」

 

 寄り道もせずに帰宅した紅葉は着替えないまま自室の畳にダイブしていた。そしてゴロンとうつ伏せから仰向けになる。目に映るのは見慣れている天井。

 

「今日で説明はひと通り終わったし、明日から選手の再選考。そんで来週から定期試験で終わったら、モノリスの選抜戦か」

 

 よっと足を上げて振り子の要領で上体を勢い良く起き上がらせる。

 

「やる事は山積みだが、再選考案はだいたいまとまってるから問題なし」

 

 今日は事情説明で一日が終わってしまったが、生徒会が始まる前に役員全員に前日に話し合われた内容は伝えてある。その中に選手の再選考案も含まれていて事情説明が始まる前の少しの間であずさ達と達也が話し合う時間があった。

 

「そうか、選抜戦前に試験か。ある意味有り難いな」

 

 定期試験には魔法理論の記述式テストと魔法力(処理能力・キャパシティ・干渉力)を見る魔法実技テストの二つがある。この二つで紅葉が有り難いと評したのは魔法実技の方だった。

 

「それなら真面目にやるか」

 

 紅葉は魔法実技の授業を真面目に受けていない。それはまだ復習範囲内であるためなのだが、他にも原因がある。現在、紅葉が魔法実技で用いる系統魔法を使うためには相当な集中力が必要となる。それは彼が魔法を発動する為のシステムが普通の魔法師と違う事に起因している。

 普通魔法を使う場合、想子(サイオン)をCADに流しそこから起動式を受け取る。その起動式を自らの魔法演算領域で受け取り変数などを設定することで魔法式が構築される。そしてイデアに魔法式が投射されエイドスの書き換えが行われ、魔法が発動したことになる。しかし、紅葉は系統魔法を発動させる為のCADをずっと意識し続けなければならないのだ。通常はCADを装備・装着して軽く認識するだけでそのCADに想子は流れ込むのだが、彼の場合そうはならない。使うCADを意識し続けていないと、想子はそのCADに流れ込まずに別の場所に流れ込んでしまう。このことから、紅葉が系統魔法を使う為にはCADを意識し続ける集中力が必要となっていた。

 その集中力を得る感覚を定期試験でウォーミングアップしてしまおうと決めたのだった。

 

 

 

 七月四日水曜日~七月六日金曜日までは、選手の再選考が行われた。

 そして本日、七日土曜日、競技の練習が再開となった。月曜日から定期試験だが、その前に一度は新代表で練習をしておこうという事となったのだ。特に新種目のロアー・アンド・ガンナーとシールド・ダウンは、競技のイメージを掴む為に模擬戦をやってみようという話になった。

 シールド・ダウンの方は運動場に急ごしらえのリングを男女各一つずつ作っている。ロアー・アンド・ガンナーの練習はバトル・ボードの水路をそのまま使い、的はバイアスロン部と狩猟部から調達して、そこで放課後早々から模擬戦が始まろうとしていた。

 

「おー、こうなってんのか」

 

 シールド・ダウンには達也と服部が行っている為、紅葉はロアー・アンド・ガンナーの手伝いに来ていた。

 ロアー・アンド・ガンナーは、ボート上から水路に設置された的を破壊しながらゴールするタイムを競う。ペアは一人がボートを走らせ、一人が的を撃つ。ソロはこれを一人で行われる。的は水路の脇と頭上に設置され、水上をミニチュアボートの標的が走り回る。この的を制御するシステムを五十里が作って、現在その動作確認をやっているところだった。

 

「阿僧祇くん、僕が的のカウントをするから、タイムの記録をお願いしてもいいかな?」

 

 その動作確認がちょうど終わったのか五十里は制御端末から目を離して、紅葉にあっちとジェスチャーと共に指示を出す。

 

「りょーかいしましたー」

 

 その指示を軽い言葉で応えながら、簡易テーブルに置かれていたストップウォッチと記録用のタブレットを手に取り、スタート地点に向かう。そこには数名の男女がウェットスーツ姿でそれぞれウォーミングアップや雑談をしながら始まるのを待っていた。紅葉は代表選手が全員いるか確認するためにタブレットに目を向けたその時、

 

「なんで、阿僧祇がここにいるのよ」

 

 聞いた事のある声が彼の耳に届いた。その声は姿を見なくても誰なのかわかる。だから、声のした方へ振り返りながらいつも通りに軽口で言葉を返したのだが、

 

「香澄か。なんでって、タイム計る……ために……」

 

 その言葉が最後まで紡がれる事はなかった。振り返った先にいたのは紅葉が思っていた通り、七草香澄である。それだけならば、紅葉はいつも通りに言い切っていただろう。そうならなかったのは、香澄が普段の見慣れている制服姿ではなく、ボディラインがはっきりと出るウェットスーツ姿だった。てっきり制服姿だと思っていた紅葉は思わぬ姿な香澄に面食らってしまったのだ。

 

「……なによ」

 

 そんな固まっている紅葉に香澄は腕組みをしながらジト目を向ける。彼女は彼女で紅葉が固まった理由に気づいていない。

 

「ん、ああ、いや。なんでもない。そう言えば香澄はロアガンの代表に選ばれてたな」

 

 それを良いことに視線をゆっくりと香澄から外しながら何でもない風を装うが、顔が少し赤くなっていた。

 

「怪しい。なんでさっき固まってたのよ」

「(目の保養になってた、なんて言えるかっての)」

 

 年が離れているとはいえ、たった二歳差である。しかも香澄は行動自体は荒いが見た目は美少女である。そんな彼女のウェットスーツ姿を一瞬とはいえ紅葉は扇情的に見てしまったのだ。

 ズズイと寄ってくる香澄に、内心毒づきながらゆっくりと後退する紅葉。そんな彼に思わぬ助け船が現れた。

 

「点呼しなくていいの阿僧祇くん?」

「ん?」

「むっ」

 

 顔だけ振り向くとそこにはウェットスーツ姿の男子生徒が笑顔を浮かべて立っている。

 

「歌倉……先輩?」

「や、久しぶりだね」

 

 その男子生徒は紅葉の二年前のクラスメイトであり、現三年生の歌倉 宗一郎(うたぐら そういちろう)だった。紅葉は危うく呼び捨てになるところをなんとか誤魔化す。改めて身体ごと宗一郎に向けると、後ろから香澄が肩をツンツンと突っついた。

 

「ねぇ、阿僧祇。だれ?」

「三年生の歌倉宗一郎先輩。一応知り合いだな」

「一応とは酷いな。初めまして、七草さん。歌倉宗一郎です。一応、彼の友人です」

 

 にこやかな笑顔から苦笑いに代わり、また笑顔になるとコロコロ表情が変わる宗一郎を見て紅葉は前にも思ったがやっぱり変わったなと思っていた。

 

「は、初めまして七草香澄です」

 

 知らなかった事が失礼だと感じたのか香澄は少し縮こまってしまう。それを見た宗一郎はまた苦笑するが特に気にする事はなく紅葉に目を向けた。

 

「みんな、準備出来てるよ。たぶん全員いるとは思うけど、点呼した方がいいかな」

「あー、すみません。それじゃ、はーい皆さんちゅうもーく! 生徒会の阿僧祇です──」

 

 宗一郎の助言から、即座に行動する紅葉。手を挙げ集まっていた代表選手の視線を集め、点呼と説明を始めたのだった。






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